本項の記事概略

※「犬連れ登山を考える」トップページにある「はじめに」と同じです。トップページではなく、本ページから入ってここだけ読まれる方もいる上に、記事の主旨を読み取れないままにトンチンカンな質問をされる方もたまにいらっしゃるので、重複しますが、敢えて再掲載しておきます。




犬はジステンパーウィルスのような野生動物に重大な影響を及ぼす病原体を持っていることがあり、万一それが野生動物の間で感染拡大すると、大量死に至ったり、希少野生動物の場合は絶滅に至る可能性が、獣医学者から指摘されています。従って犬連れ登山には重大な問題があるわけです。

●犬はジステンパーワクチンを打っているから感染源にはなり得ない、というのはよくある勘違いです。ワクチンを一度接種したからといっても抗体価は変動するので発症を防ぐことはできても、感染を完全に防ぐことはできません。またジステンパーウィルスは、唾液などから飛沫接触感染もするので、糞を処理すれば感染を防げるわけでもありません。

●人間はよくて犬はなぜダメなんだ? という疑問もよく聞きます。確かに人間もいろいろな問題(オーバーユース等)があるのは事実です。しかし生態系に影響があるかないかで、立ち入りの可否が決まるわけではなくて、重要なのは、その影響がどういう性質のもので、どれくらいの影響が予想されるのか、という視点です。その視点から考えた場合に人間よりも犬の方がはるかに高いリスクが予想されるので山への連れ込みは遠慮してもらおうということです。人間の場合、最も重大な影響が懸念されるジステンパーウィルスには感染しないので、人間が媒介して希少野生動物を絶滅の危険にさらすことは、今のところありません。

●実に困ったことですが、科学音痴のニセモノに共通するのは、「環境に影響がある=立ち入り・持ち込み禁止」と「環境に影響がない=立ち入り・持ち込みOK」という、どちらか一方の答えしか頭にない二分法バカが多いということです。こういう定性と定量の違いすらも理解していない人間が、よくも環境問題を論評できるもんです。まったくもって噴飯物です。

●またジステンパーウィルスは、高山帯の希少野生動物だけに感染するわけではなくて、都市近郊にも棲むタヌキやイタチなどにも感染します。つまり高山帯だけ犬連れを避ければ問題ないわけではなく、野生動物の生息域と重なる山間部の地域において犬の飼い方が今まで通りでいいかどうか、検証の必要すらあるという話なんです。過去には犬からジステンパーウィルスが感染拡大して、タヌキが大量死したと強く疑われる事例もすでに国内で報告されています。この例では遺伝学的な調査も行われて、犬から広がった可能性が高いとされています。

●犬にはワクチンを接種できても野生動物を一頭一頭捕獲して接種することが不可能なのはいうまでもありません。しかも、もし野生動物に感染すれば、彼らは山の中を動き回ってウィルスを撒き散らし、同種他種のほかの野生動物と縄張り争いなどで接触して感染を広げる可能性もあります。人間が管理している家畜と違い、野生動物の場合は異変を察知しにくく、察知できたとしてもできることは限られます。万一、感染が広がれば、もはや人間の力で停めることはほぼ不可能です。また感染症というのは、数十年間何も起こらないかもしれないが、もしかしたら明日、何かが起こる可能性もないとはいえません。いざ感染が広がると爆発するように拡大する可能性もあります。
万一の事態を迎えたとき、アウトドアに犬を連れ出そうという宣伝をしてきた方々や犬連れ登山者全員は、必ずその結果責任をとらなければなりません。みなさんも彼らを特定できる個人情報を今のうちに記録しておきましょう。匿名の個人サイトでもわかる範囲で記録しておくことを勧めます。

●さらにいえば、犬連れ登山禁止看板がない山があったとしても、それは地元行政が調査検討した上で問題ないと判断して看板を設置していないのではなく、行政の担当者もまだ何が問題なのかよく理解していない場合も多いのが実態なんです。つまり単に未調査・未検討なグレーゾーンということでしかない。グレーゾーンということは将来的に黒の結果で終わる可能性もあるということです。犬連れ登山禁止看板がなければ問題ないという判断をして犬を連れ込むのは問題があることになります。

●マタギの犬、ハンターの猟犬、山小屋が飼っている犬、山岳救助犬みたいな犬もいるじゃないか。だったら犬連れ登山も問題ない…と思う人も確実にいるでしょう。しかし、それが正しく聞こえるのは典型的な文系発想ですね。山の動植物名をちょろっと覚えたとか、現地情報に詳しい程度のことでいっぱしを気取っているカスも実に多いわけですが、いくら「自分は自然や山に詳しい」と気取っていても、所詮は科学の基礎すらもよくわかっていないニセモノということがモロバレです。これらの犬も好ましくはないし、いずれ規制される可能性はありますが、これらの犬がいるからといって犬連れ登山の犬も許される理由には一切なりません。詳しくはこちらの記事参照。

●犬連れ登山の問題点について直接検証する能力がないカスのみなさんは、当然のことながら行政やメディアなどの反応でもって判断しようとします(彼らにはそれしか方法がない)。そして反応が鈍いのを見て「大して問題ないのではないか」と安心するわけですが、彼らが反応を伺っている方々も、ほぼ全員、微生物の知識どころか、科学リテラシーすらもなく、実は彼ら同様によくわかっていないだけなんです。この問題は獣医学者や獣医師に広く認識されている知見によるものではなく、普段から野生動物に接して、その感染実態を知っている獣医学者や獣医師が中心となって懸念していることなんです。従って野生動物に接する機会がない専門家はこの問題の全体像を詳しく知りません。このことは重要な点です。

従って以上のことから考えれば、いくら犬連れ登山者が「自分はマナーを守っている」と宣言しようが、ペット連れ込み禁止になってない山だけを選んでいようが、要は感染症のリスクについて、よく理解もせずに山で犬連れ登山を見て真似する人も全員、マナーを守るとは限らないし、本来は犬を連れ込むべきではない未調査・未検討の山にも犬を連れて行くかもしれないことを考えれば、その実態がどうであろうとも犬連れ登山者というのは全員、野生動物のリスクを上げるだけの


「有害なバカ」


と断じるよりほかにないですね。このような有害なバカに自然環境のすばらしさを享受する資格は一切ありません。


●もし、本当に犬連れ登山に問題があるのなら、ヤマケイなどのアウトドア系メディアが、もっと取り上げているはずだ…と考える人もいるでしょう。しかし彼らが積極的に取り上げないのは、問題がないからじゃないんです。


ヤマケイは、自然環境よりも小銭稼ぎを優先する科学リテラシーすらもない無能文系メディア。「山と自然のトップブランド」を名乗る資格は一切なし


ヤマケイは過去に2〜3度取り上げてはいますが、いずれの記事も文系メディアがわかったような顔してテキトーに取り上げれば、かえって害でしかないことを証明するレベルでした。特に2009年1月号の記事なんか最悪で、微生物の知識ゼロの人物が書いていることがすぐにわかるお粗末で有害な内容でした。

あの記事を読んだ犬連れ登山者は、きっとこう思うでしょう。「やっぱり犬連れに問題はなかった。じゃあ、どこの山だって問題ないし、禁止されているところだって無視して犬連れで登っちゃおう」と。行政もあの記事の問題点に気づくような能力はありません。中には犬連れ禁止にしていた山の禁止措置解除をしたかもしれません。

私がせっかく2005年に著書のコラムで警鐘を鳴らしたのに、ヤマケイはそれを見事にひっくりかえしてくれちゃったわけです。でも、その記事は科学リテラシーもないスッカラカン編集部が、テキトーに専門家を選び、細菌とウィルスの区別すらもつかない無能ライターにテキトーに書かせた極めてお粗末な代物でした。でも一般読者にそのレベルの低さを見抜けるわけがありません。だってヤマケイ以上にスッカラカンなんですから。ヤマケイの記事には大きな間違いがあることを私はすぐに本項で指摘しましたが、私の指摘を読んでヤマケイの間違いを知った人はわずかです。ほとんどの人はヤマケイがそういうのだから正しいと思った可能性の方が高いでしょう。


ヤマケイさんはさすがに文系集団です。あんな記事を垂れ流しておいて平気なんですから。私から見れば「ヤマケイは相当に頭がおかしい」としか思えませんね。

もし、どこかの山で野生動物の大量死が発生すれば、その責任の一端は山と渓谷社にもあります。みなさんも、そのことをよく覚えておきましょう。




ヤマケイが、まとな記事で犬連れ登山を批判したくないのは、次の理由があると思われます。

@
出版社ってのは文学部出身者が一番多いんですが、彼らに細菌やウィルス知識がカラッポなのは当たり前で、実はややこしい科学の問題になるとお手上げ(ヤマケイにも限界がある)だからでしょうね。つまり一般登山者同様にやっぱりよくわかっていないだけ。Aヤマケイ自身も過去にアウトドアへ犬を連れ出そうという宣伝に荷担しているので、問題として取り上げれば自らの失態を認めることにつながる上に、最近では犬連れ登山を散々宣伝してきた大バカ者・シェルパ斉藤の本を出して金儲けをしたいので犬連れ登山を問題として取り上げたくない…などの裏事情があるからとしか思えません。つまりAのことからは…

ヤマケイさんの価値観としては、希少野生動物が絶滅する事態よりも自社のメンツや金儲けの方が重要ということのようです。

私は実際にヤマケイに電話し反応を確かめたのですが、ヤマケイは犬の病原体が野生動物に感染するということがどういうことなのか、まるで理解されていないようでした。それどころか反論らしい反論もなく、随分、呑気だなと呆れる発言もありました。加えて「ライターの資質の問題だ」とか、「専門に勉強した人のようにはいかない」といった言い訳が続きました。しかし前者は、それと同時に資質のないライターに仕事を発注した編集部の資質の問題でもあります。後者については、メディアがそれを言い訳にしたら終わりですよ。「専門に勉強した人のようにはいかないので、小誌の記事には、ひょっとすると重大な間違いがあるかもしれません」というのなら、メディアとしての価値はないも同然。ヤマケイのメディアとしての姿勢に、私は大いに疑問に感じました。この電話で、ヤマケイのレベルが、大体わかりました。まさか、あんなものだとは思ってもみませんでした。正直、驚きました。


●ほかのアウトドア系メディアも似たり寄ったり。犬連れ登山を問題として取り上げないのは、擁護できる情報をもっているからではなくて、そもそも意味を理解していないし、実はいろいろな裏事情があって理解したくないからに過ぎません。希少野生動物が絶滅するかもしれない問題をスルーするどころか、それを懸念して、いろいろ行動している人たちの足を堂々と引っ張りに来るヤマケイが、自ら胸を張って「山と自然のトップブランド」って偉そうによくもいえるよな、というのが私の本音です。私の中では2012年にヤマケイというブランドは完全に終わっています。はっきりいってバカレベルです。こんなアホな出版社にデカイ面されたくないですね。


みなさん、こんなアホメディアを山と自然のトップブランドと思うのはやめましょう。ヤマケイは完全に「オワコン」です。かつてファンだった私としては実に残念なことですが、ヤマケイにそれほどの中身はありません。


2012年秋にあった「iPS細胞移植手術誤報問題」は、日本のメディアが、いかに科学に疎いかを世間に広く知らしめたわけですが、要はあれと同じようなことなんですよ。ヤマケイのような科学リテラシーもないメディアに対して、あたかも何かの権威であるかのようにその反応を伺うこと自体、馬鹿げていますね。いづれヤマケイの実態をさらに詳しく記事にします。


●アウトドアに犬を連れ出そうという宣伝をしてきた方々(野田知佑、シェルパ斉藤ほか)にしろ、それに与するメディア関係者などにしろ、彼らはほぼ全員、微生物とはなんら関係しない大学の出身者ばかりです。つまり細菌とウィルスの区別もつかないどころか、科学の基礎知識すらも十分に勉強したことがないにも関わらず、アウトドアに詳しいとか山岳情報に詳しいというだけで、自分たちもこの問題に関して、なぜかいっぱしの判断ができると思い込んでいる失笑レベル。知識がないので犬が保有する病原体のリスクを、せいぜいこんなものだろうと勝手に位置づけ(当然、自分たちに都合よく低めに)、その基準でもって大して問題ないだろうと判断している(笑)。そんな人間に犬の保有する病原体が環境へ及ぼす影響について正確な判断なんかできるわけがない。いかに救いがたいバカか、わかりますよね。

つまり彼らは、せいぜい自分たちに都合のいい情報や自分が漠然と抱いたイメージだけを元にして意見を主張することしかできないし、真っ正面から反論することもできないので、彼らに残された道は、敢えて犬連れ記事を出して悦に入ることくらい。しかし、それは同時に「野生動物がどうなろうと知ったことじゃない」と言ってるにも等しいわけですが、それさえもよくわかっていない。犬に問題がないといいたいのなら、しっかり根拠を揃えて反論すべきですが、彼らにそれができるわけがない。実に哀れで幼稚な方々です。やってることも人間としてゴミ同然です。

なるべく客観的な判断をしようと一応は努力するメディア関係者でさえ、自分では真っ正面から検証したり分析したりすることもできないので、まわりの反応を参考にしようとする。そして反応が鈍いのを見て、「大して問題ないのではないか」と勘違いしちゃうわけですが、自分たちが反応を伺っているのは、自分たちと同レベルの文系メディアばかりということにも気づいていない。まあ、本当のことをいって大変申し訳ないが、彼らは科学とは、どういうものかさえも理解していない。知らないから自分たちの立ち位置を客観的に認識できないし、ああいうバカレベルの判断を平気でしちゃう。彼らの知識は三流だが、メンツだけは一流なので余計に鬱陶しい。

●私は本サイトを開設した当時から、日本アウトドア犬協会などを名指しで批判していますが、彼らから一度も反論されたことがないですね。日本アウトドア犬協会は、イヌキン看板を立てた市町村役場に、あれほどしつこく質問攻めを繰り返していたのに、自分たちをボロクソに書いている私に、なぜか一度も反論メールを送りつけてきません。なぜ反論しないのでしょうか。何も知らないド素人集団が反論なんかできるわけがないのは、わざわざいうまでもないことです。

そもそもメールでアプローチできるようになっているにも関わらず、日本アウトドア犬協会に限らず、犬連れ登山を擁護したいゴミのみなさんからも、答えに窮する質問をされたことが一度もありません。すでに8年も批判を続けているにも関わらず…です。バカ丸出しの質問メールは何度かもらいましたが、それを見て私がいえるのは

犬連れ登山を擁護したい方々は全員共通して「ものすごいバカ」…という事実がはっきりしただけです。

犬連れ登山に関する意見メールで、「おっ、この人はなかなかやるな」という感想を持ったことが過去に一度だけありますが、それは犬連れ登山反対の立場の方からのものでした。従って議論の論点は犬連れ登山の可否ではなく、もう一段上の議論でした。かなりよく調べておられて、私は初めて感心しましたが、同じように感心するレベルの犬連れ登山擁護派からの反論や意見は、これまでタダの一度も寄せられていませんね。

●でも、さらにその根底にあるのは、科学を理解しているかどうか以前の問題として、日本人は論理に弱くて、イメージで判断していることが実に多いということです。本来、論理に弱い人に訴えても、何がどう問題なのかよくわからないでしょうね。それがわかるくらいなら苦労はありません。ヤマケイの犬連れ登山者を理解しようとする理屈を希少植物の盗掘に当てはめれば「珍しい植物を自宅で育てたい気持ちもわかる。法的に規制されていない山から絶滅しないように注意して採取すればOK」というのと似たようなもんです(むしろ万一の時は、野生動物が絶滅する可能性もある犬連れ登山の方が、盗掘よりもリスクが高いと考えることもできます)。文学部ヤマケイさん、これと犬連れ登山の擁護論と、どこがどう違うのかぜひ説明してください。犬という自分にとっていいイメージのものには、何の根拠もないのに自動的に3歩下がるって感じです(笑)。しかも、それで公平な判断をしたとでも思っているわけですから、もう、ため息しか出ません。これこそ普段からイメージでしか物事を考えていない証拠ですよ。

●専門家から否定意見が上がっても、それでもとにかく「まだ結論が出たわけではない」という結論にしてしまうネットなどでの意見にも呆れ果てました。これって、ちょっと思い込みも度を過ぎて、もはや「異常」のレベルでしょう。論理回路もなく、イメージ思考が骨の髄にまで染みこんでいるとしか思えません。特定の食品添加物に発がん性の疑いがある、という報告を聞いて「まだはっきりしていないから食べても大丈夫」って思うんでしょうか? なんなんでしょうね、このバカっぷりは。

犬連れ登山が問題ないように感じてしまう(「考える」ではないってことがポイントです)困ったちゃんは、生物学はもちろん、科学教育もろくに受けたことがないにも関わらず、登山やアウトドアをやってて現地情報や山の動植物名をちょろっと覚えたくらいのことで、自分もいっぱしの知識を有していると勘違いしている自信過剰な人が多いようです。そんなもんで、どうして完全素人が自信たっぷりに発言できるんでしょう? 科学の問題を一般常識で考えようとしているところからして、もうすでに「イエローカード」なんですけど、なぜイエローカードなのか理解されているはずもないですよね〜。ご自分の半生をもう一度よく振り返った方がいいんじゃないですか? 「あれ〜オレって勝手にわかっている気になってたけど、どこかで科学や生物学の勉強したっけ〜?? う〜ん、そういえば高校の生物授業以外ではまったくしてなかったなー」。でしょうねぇ〜。鉄道ファンの多くが、鉄道の知識は自分こそ一番だと思い込んでいるのと同じですね。

犬連れ登山のようにアウトドアに犬を連れ出すことがあたかも素晴らしいことでもあるかのように大宣伝を繰り返してきたシェルパ斉藤や野田知佑、ビーパル編集部は、そういう意味では完全な素人です。野田は早稲田大学出身かもしれませんが、文学部卒で、生態系や感染症について専門家よりも詳しい知識を持ってるはずもなく、正しい判断ができるはずもありません。大学卒業後に勉強しているわけでもないのは、発言を読めばすぐにわかります。それを自分の的外れな信念と単なるイメージ、それに実は薄っぺらな知識だけで、「日本の犬規制は、すべて犬嫌いによるものだ」と断言する、もはや宗教の域に達している変な人ですよ(しかも作家という割には想像力もない)。シェルパ斉藤に至っては、生態系の意味すらも理解しておらず、「自分はまわりから仰ぎ見られるようになった」と自ら書いてのけるパーな人です(ご自分で書くくらいですから、きっとご立派なんでしょうww)。

 ご両人とも実は何も理解していないにも関わらず、いろいろチヤホヤされていくうちに自分もいつの間にかそれなりの専門家のように思い込んでしまったということでしょう。自分を素人だと認識している初心者よりも、よほどこういう人物の方がやっかいだと思いませんか。
 要はただのタレント商法なんですけど、野田は、もはや宗教臭さすら漂うゴミ雑誌・ビーパルから「賢人、賢人」とまるでどこかの宗教団体が教祖を持ち上げるが如くチヤホヤされて、ご本人もその気になっています。生まれてこの方、微生物による環境への影響について頭をかすめたこともない文学部卒の作家が自信満々に「日本の犬規制は、すべて犬嫌いによるものだ」とは、また何を勘違いしてるんでしょうかねぇ〜。こんな意見は浅学のほどがバレただけの噴飯物としかいえません。

野田知佑によると、白神山地や屋久島などの世界自然遺産のコアエリアで、環境省がペット連れ込み禁止にしているのも「犬嫌いによるもの」ということらしいです(爆笑)。 

 こんな超低レベルの作家のどこが「賢人」なんでしょうか。まず間違いなくこの作家は細菌とウィルスの違いすらも理解していないはずです。反論できるのは、「自分には獣医師の知り合いもいて…」みたいなことをいうのがせいぜいでしょうが、そんな反論自体、すでに素人丸出し。素人さんには理解できないでしょうけど、真っ正面から反論できないところで、すでにアウトなんですよ。そんなものは反論のうちに入りません。そもそも科学リテラシーの欠けらもない作家やライターに真っ正面から反論できるはずもありません。

シェルパ斉藤と野田知佑、ゴミ雑誌ビーパルとは、わかりやすくいうと「長年に渡り、野生動物と犬の双方を危険にさらす行為でもって金儲けをした」ということにしかなりません。

 彼らに悪意はなかったでしょうが、無知でした。まわりからチヤホヤされて、世界中の川をカヌーで下ったとか、世界中のトレイルを歩いたというだけで、本来は科学の基礎知識すらもない人物に判断できるはずもない環境への影響について自分でも判断できると勘違いして専門家気取り。そんな彼らを使って商売をし、せいぜい希少植物の盗掘や踏み荒らしくらいのことで威勢のいいことをいって正義漢ぶっている程度の、どこまでも鈍いビーパルやヤマケイなどの無能アウトドアメディアだけでなく、彼らの実態に気づく能力がゼロなのはいうまでもない一般アウトドア愛好者たちも一緒になって彼らを持ち上げて、彼らの有害活動と生活を支えています。これをマヌケといわずして何というのでしょうか。まさに「バカここに極まれり」です。

 でも、近年の口蹄疫や鳥インフルエンザなどの報道を通して、ようやく「あれ?」とピンときた人もいらっしゃるんじゃないですか。テレビなどでも「ワクチンは発症を防ぐことはできても感染を防ぐことはできない」という専門家の発言もありましたから、日本アウトドア犬協会の主張がデタラメだったことも証明されました。でも残念なことに、そういう報道があっても、まだピンときていないアホゥもきっとたくさんいらっしゃることでしょう。理解が足らない場合は説明して何とかなりますが、頭が悪い場合はもう対策のしようがありません



Nature
犬連れ登山を考える

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皆さん、犬連れ登山者ってどういう人たちかご存じですか


 犬連れ登山者だって「山を愛する同好のなかま」って思っていないだろうか。でも、それは大間違い。はっきりいって「まともじゃない人たち」である。それを知りたければ、彼らがネット上で書いていることをじっくり読んでみよう。呆れる発言が目白押しである。残念ながら偏差値でいえば40以下をウロウロしているような、おバカ丸出しの人たちなのだが、それをご本人たちは少しも認識しておらず、同レベルのなかまどうしで集まって「イヌキンはおかしい」と勝手に盛り上がっているのが実情である。同じ意見をもつ人が少しでもいると、なぜか気持ちが大きくなってしまうらしい。以前にも書いたことがあるが、例えば、こんなことをいっているのをご存じだろうか(発言を正確に拾ったものではないが、主旨はほぼ同じだ)。

@犬だって野生動物である。

A犬はニホンオオカミの子孫。だから日本の野山に連れ出しても問題ない。

B希少動物を守らなければならないと考えるのは、そう考える人のエゴである。

C地元では野生動物による農作物被害が増えている。だから犬連れ登山が野生動物の害になるのならちょうどよい。

D犬に関する規制は、すべて犬嫌いに起因するものである。

E犬よりも数倍大きい人間が入れて犬はダメなんて筋が通らない。

F犬と野生動物は系統的距離が近いから問題というのなら、猿は人間に近いでしょ。


→これらを読んだだけで、ものすごいバカってことがわかるだろ。こんな「キ印連中」が、野生動物に対する危険を無視して自分たちの欲求を守るためのゴリ押しを続けているってことにみんなもいい加減気づこうね。


 この程度の発言はほかにもいっぱいあるけど、これらを読むだけで「まともじゃない」連中だということが、よくわかるだろう。しかも、これほどレベルの低い主張を自信満々に書いているのは、もはや「病気」の域に達しているといわざるを得ない。この問題は専門性の高い問題であり、自分たちの知識や印象だけで判定できる話ではないこと、そして自分たちは、この問題に対しては完全に「素人」の部類に属することさえも説明しなければ理解できない(説明しても理解できない)「困った人たち」なのである。そんな素人が、ちょっと思いついた程度の反論で、流れを変えられると思っているところからして救いがたいが、その反論が的外れだと、かえって犬連れ登山者とは、健全な議論もろくにできない、あまり相手にしたくない人たちなのだとの認識が広まり、さらに自分たちの首を絞める結果になることすら想定していない。いえばいうほどボロが出るってわけ。バカは、死ななきゃわからないらしい。
 こんなレベルの発言にいちいち反論するのも疲れるが、念のためなぜこれらが間違いなのか、簡単に説明しておこう。まず@は、論外。犬は野生動物ではない。野生動物とはどういう動物のことをいうのか、最寄りの自然系博物館にでも問い合わせて勉強してね。

 
Aこの発言をした犬連れ登山者は、洋犬ですらニホンオオカミの血が入っていると思ってるらしい。日本産の犬種でも川上犬のようにニホンオオカミの血を引く種類もいるが、そもそもニホンオオカミの血筋か否かというのは、この問題の正否には関係しない。仮にニホンオオカミの血を受け継いだ犬種であっても問題があることに変わりはないのである。

 
B希少動物を守らなければならないのは、生態系保全の観点から必要なことなのであり、個人的な「エゴ」とは何の関係もない。この発言をした犬連れ登山者にいわせると、環境省や各都道府県などがレッドデータブックをまとめて、絶滅危惧生物の保護活動を進めているのも、みんな個人的なエゴに起因するんだそうだ(爆笑)。こんな信じがたいことを、しかも自信たっぷりに主張してる人が実在するんだぞ。驚愕するだろ。そもそも犬連れ登山者が思い浮かべる希少動物って、ライチョウ、オコジョ、ヤマネの3種しかないんだよ。それも大いに笑える。あのさぁ、環境省編『改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 哺乳類編−レッドデータブック−』などを一式揃えて、よーく調べてね〜。頼むから。

 
C犬のもつ病原体が野生動物の間で広がると、数が増えて問題を起こしている動物だけ、ちょうどよく減るとは限らない。それどころか希少動物も一緒に被害を受ける可能性が高い。野生動物が増えているといっても絶滅してしまっては、生態系保全の観点から大きな問題といえる。野生動物が増えすぎて農作物の食害が増えているのは確かだが、重要なのは、科学的なデータを基にしてバランスよく個体数を管理しなければならないということ。この意見を読んだだけで、この人には生態系に関する知識がゼロってことがすぐにわかる。生態系について無知な人にありがちな勘違いだが、農作物を食い荒らす野生動物を仮に完全に排除してみたところで、それで丸く収まらないのが生態系問題の難しいところ。生態系というのは、生物や環境が複雑に絡み合っている体系であるから、ひとつの要素が欠けると、思いもよらない別の新たな問題が生じる可能性がある。それをあらかじめ想定しにくいのも怖いことで、人間の都合通りに簡単にいかないことをまったく理解していない。

 
D犬にとって都合のいいことは、すべて犬の長所になり、都合の悪いことはすべて「犬嫌いの人物による妄言」になってしまうのは、もはや一種の宗教のようですらある。これを発言したのは、作家の野田知佑(野田だけじゃなくて、大抵の犬連れ登山者も同じことをいっている)だが、こんなイタイ人をビーパルは「賢人」と呼ぶ(笑)。どこが賢人なんだよ。ダムのない川の方がいいのは、誰にでもわかってることだろ。彼が問題なのは、自分の印象だけの話をろくに調べもせずに、あたかも事実であるかのように記事にしてしまうところである。これって作家としても致命傷だろう。そうやって賢人に仕立て上げる方が、雑誌の売り上げには都合がいいもんな。な、そうだろ、これまで犬連れ登山を折りに触れて取り上げて、野生動物を危険にさらす行為を大宣伝しておきながら、旗色が悪いことを悟ると、気づかれないようにそっとフェードアウトして知らん顔をする無責任ゴミ雑誌・ビーパルさんよ。
 大体、犬連れ登山者というのは、これこれこういう理由で問題があるといっても、自分や犬にとって都合の悪いことは、なぜかスルー。右耳から入ったら左耳に自動的に抜けてしまう。視覚情報で入ってくると、どうも大脳に入る前にブロックされる特殊な機能があるらしい。犬連れ登山の発案者・シェルパ斎藤も、大いにこういう傾向がある人で、アマゾンにおける彼の著作の書評欄で、「宗教関係者ではないか」という指摘をする人がいて、一見、これは唐突な指摘にも思えるが、私は的を射た指摘と思う。彼はなによりも自分大好きのナルシスト(もはや気持ち悪い域に達している)。自分こそアウトドアや自然分野における第一人者と思っているフシがある。昨年だったと思うけど、ビーパルの連載記事で「(自分はまわりから)仰ぎ見られる存在になった」と書いていたのにも大いに呆れた。そりゃ、アンタを仰ぎ見るバカもいるだろうけど、そんなこと自分で書くか。な、タダのバカだってことよくわかるだろ。そんなバカだからこそ自分が正しいと思ったことは正しいのであり、自分に専門的な知識が完全に欠如していても、彼がそれに気づくことはない。なんてったって、あの有名雑誌ビーパルで人気を博する(ホントかな?)作家なんだから。その自信が揺らぐことなんかあり得ないのである。でも、そもそもビーパルの読者というのは、ビーパルというブランドを前にすると、どんなことでも何となく正しく思えてしまう初心者・素人が多い。大学の自然科学系学部を出ていても、ビーパルの問題点に気づかない人もいるだろうけど、かねてより一部の人からは「ただのカタログ雑誌」と批判されていた雑誌である。シェルパ斎藤も、かつて2ちゃんねるでボロクソに批判され、アマゾンの書評欄でも辛辣な批判を書いている人もいる。でも、それらの批判は、私が感じていたことともほぼ一致し、おおむね無理のない主張と感じる。興味がある人は一度、読んでみるといい。2ちゃんねんの批判も「シェルパ斎藤」で検索すると、何ページ目かに2点ほど出てくるよ。なんとなくいい人と漠然と思っていたかもしれないけど、あれを読むと実はかなり問題がある人だってことに気づくだろう。

 E本項で以前にも指摘したご存じ、シェルパ斎藤の自信たっぷりの爆笑発言。生態系に関する知識をもっている人には説明する必要もないと思うけど、このどこがおかしいのかすらも理解できないレベルなのに第一人者ずらしているから、みんなから笑われているんだよ。誰だよスゴイ人っていってるのは。知識がある一部の人の間ではすでに有名だよ。シェルパ斎藤が、こんなもんだってこと。

 
F犬連れ登山者が、心底おバカと思うのは、ネット上で意見を書いているのは、なぜか自分と同レベルの、いわゆる「世間一般人」だと思い込んでいるところである。だから、自分の薄っぺらな知識と比較して、一見矛盾するところを見つけると、こんな感じで、もう自信たっぷりに指摘して論破した気になっているわけである。でも、その中身の程度は、極めてお粗末なもので、これを書いたのはほぼ間違いなく文系の人だと思うけど、世間には野生動物の専門家の人だっているし、専門家ではないにしても大学でそれに近い分野を専攻した人、もっと広い範疇では生物系や環境系の大学を出ている人だっているわけよ。じっくり読めば、それくらいのことに気づいて、自分の立ち位置と比較して、普通は慎重になると思うんだけど、それをそうじゃなくて自信満々に発言するところが、いかにも「おバカな犬連れ登山者らしいところ」といえる。あなたには、どこがおかしいのか指摘するまでわからないだろうけど、その意見を読んだだけで実は大して知識がない人物ってことがすぐにわかるんだよ。自分の「身の程」を理解しておく方が、恥をかかなくてすむよ。こういうところが、犬連れ登山者がアホだと思う根拠だね。彼らの判断基準なんて、所詮「ビーパルがいうから正しい」なんてレベルなんだよな。それにしても、本当にショぼい連中だよ、まったく。同じ日本人の中に、こんなバカがいるかと思うと、日本の将来も暗澹たるもんだね。


●これほどおバカな人たちの主張をなぜか理解しようと努力する、

これまた「困った人たち」


 私は、犬連れ登山をしない大多数の一般登山者は、決して見識があるわけではないと考えている。犬連れ登山をしない一般登山者は、犬連れ登山に興味がないからしないだけであり、犬連れ登山の問題点をきちんと理解しているからしないのではない、ということである。確かに関心をもっている人もいっぱいいるが、大多数の登山者は、実は単に何も理解していない、というのが正しい。「登山者」と聞くと、なんとなく自然や環境問題にも関心が高くて、知識が高いようにも感じられるが、理想と現実の間にはかなり隔たりがある。一般登山者といっても、生態系に関する知識がある人はごくわずかであり、いくら知識と見識がある人でも圧倒的に文系インテリの方が多いのが実態。確かに山に関わる問題の中でも高山植物の盗掘やオーバーユースによる山岳環境の荒廃のような問題は、目に見える問題だから誰しも問題を把握しやすい。ところが、犬連れ登山問題のように「微生物」が相手では、目に見えない話だけに理解しにくいのだろう。当然、微生物の動態や想定しうる危険なシナリオなんか、思いも及ばない。微生物の知識がなくても、いろいろな関連知識を統合して判断できる人であれば、それほど難しい話ではないと思うが、過去に微生物に関する情報に接したことがほとんどなければ、なぜ私がここまで口を酸っぱくして主張しているかも理解できないだろう。

 「生態系の攪乱要因」という言葉の意味は理解できても、その中身までも理解できるかとなると別問題だ。野生動物の間に病気が流行して、多少の野生動物が感染して死ぬかも知れないが、いづれは終息して終わり、と思っている人がほとんどだろう。そういう事態になったら、いよいよ本格的に対策を検討すればよい……と。だが、そう楽観的に考えていいのか疑問である。一度、自然界の中にこれまで存在しなかった病原体が拡散すると、あとから完全に除去することは不可能である。もともと北海道にはエキノコックスは存在しなかったが、外国から侵入したのち、今では北海道のほぼ全域に広がってしまった。人命に影響するほどの危険な寄生虫だが、これをリセットするのは容易ではない。これと同じように病原体が拡散してしまってから犬連れ登山規制をしても遅いのであり、そうなると野生動物に対する病原体の脅威が常態化、深刻化するかもしれないということである。感染流行が終息しなかったときは、もはやお手上げ状態。そうなってから対処する方法はほとんどないといっていい。しかも、目の前で飼育・管理している家畜と違い、野生動物の場合は異変を察知しにくく、気づいた段階では、すでに深刻な状態になっている可能性もある。加えて一度終息しても、それで終わりになるとは限らない。ゆえに専門家は、絶滅に至るほどの危険性を警告しているわけだ。犬連れ登山者も一般登山者も、ここまでの事態を想定していないのは明白である。

 的外れな雑音を遠回しに書き連ねる人も困ったものである。これまでも、またおそらくこれからも所詮「タダの傍観者」に過ぎない。傍観者が口を出すのなら、明らかに犬連れ登山者を批判するのが先であり、さらにいえばまずは自分がきちんと理解するのが大前提のはずである。あらゆることも想定した上で、それでも私が批判すべき対象を名指しで批判しているのは、この問題が、それ以外の要素よりもはるかに優先すべき重大要件だからである。あなたが想定しているくらいのことは、当然想定した上で故意にいってるに決まってるでしょう。それくらいわかりませんか。

 このように一般登山者の理解度は、「頭の中にモヤがかかっている状態」みたいなもの。なんてったって、その問題とされているのは人間に最も身近な動物「犬」である。だから、いくら犬連れ登山の問題点を説明しても、その「身近な愛すべき動物=犬」というイメージに引っ張られるのかどうか知らないが、なぜか犬連れ登山者の立場も理解しようと努力する、これまた「困った人」も当然のように出てくるわけである前項で書いたように、犬連れ登山者がこれほどアホ丸出しの主張をしているにもかかわらず……である。これまでの新聞や雑誌のピンボケ記事を持ち出すまでもなく、そんな人ばっかりなのにもウンザリ。「犬も家族の一員だから、どこでも一緒に行きたい気持ちもわかる」って、おまえアタマ大丈夫か。野生動物が絶滅する可能性があるって話なのに、「犬も家族」って同列で考慮しなければならない理由かよ。ふたつの要素を対比させて、どちらがより重要かって判断をしない、この手のアホって、よくいるけどさ。もし、そうでないとしたら、この人のアタマの中では、きっと次のような関係が成立しているのだろう(笑)。

         犬は家族だから登山も一緒 ≧ 野生動物が絶滅すること

 法的規制がかかっていない山から希少植物を次々に掘り取ってくる連中を「法に違反しないのなら珍しい植物を採取しても問題ないし、手元で栽培したい気持ちもわかる」といって理解するのだろうか。犬連れ登山は、それよりも重大な問題ってことにいい加減気づいてもらえませんか? みなさん。



●はっきりいって、マスコミもトホホな状態


 さて、一般登山者からして、こういう状態だから、マスコミもその延長戦上にある。マスコミというと、調査能力が高いから的確な記事を書くと思うのは早計である。過去に何度か犬連れ登山が記事になっているが、その中で「さすが」と思ったのはひとつもなかった。むしろ「こんなレベルの記事書いて、よく新聞記者っていえるな」と思った方が多い。文系記者なら、余計に充分な調査が必要だと思うが、科学分野の問題でも自分がちょっと取材すれば、そこそこの記事になると考えているところからして、そもそも思い上がりである。そんなことだから、「あるある大事典」のような問題が発生するんだよ。頭の中に文系知識しかない文系記者のみなさん、マスコミの的外れな科学関連記事に理系の人はみんな辟易してるんです。すべての記事がそうだとはいいませんけどね。ちなみに私は文学や経済学について、完全な素人である。もし、その私がそれに関する記事を書かなければならなくなったら、素人だけに的外れなことを書きそうで相当な不安を覚えるだろう。従って調査に調査を重ね、さらには専門家にチェックしてもらったりするはずだ。それなのに逆の立場で、みなさんは、ろくな調査もせずに中途半端な、私が一読しただけで間違いに気づくような記事を平気で世の中に送り出してるわけですよ。それが、おかしいことくらいわかりますよね。みなさんの記事は、自然界や社会にとって有益どころか害でしかありません。

 見識ある雑誌のはずのヤマケイまでも、2009年1月号では、あんな記事を何の疑問もなく出しちゃったわけだし。あれはライターだけの問題じゃない。原稿は当然、編集長やデスクもチェックしているはずだが、そのチェックでもひっかからなかったというのは残念というほかない。ヤマケイ編集部は山の情報には相当お詳しいだろうし、高山植物の盗掘のような話だと、たとえ素人であっても論点が単純明瞭、理解しやすいわけだが、微生物相手になると、これまでなかった分野の話だけに論点が知らず知らずのうちにズレるってことなんだろうな。おそらく編集部には、文学部出身の人が多いんだろう。そんな人に細菌やウィルスのことを一発で理解しろっていうのも無理かもしれない。でも、それを理解してきちんと記事にするのがヤマケイのお仕事。専門家にインタビューしたにも関わらず、ああいう記事しか書けなかったのは、やはり大チョンボといわざるを得ない。これまで犬連れ登山規制による野生動物保護のために少しずつ積み重ねてきた、さまざまな見識ある人たちの地道な啓蒙活動を一気にひっくり返した、とまではいわないが、それに近いよ。ヤマケイが、この問題を理解して、きちんとした記事を書けるまでにはあと数年はかかるかもしれない。従って、一般登山者に認識が広まるのはさらに先ってわけ。だけど犬連れ登山者が理解してくれるのを期待するのはハナから諦めよう。彼らは、理解できるアタマもないけど、要は理解したくないんだから。どうしたら犬連れ登山を続けられるかってことしか考えていないんだから。そこを勘違いしちゃダメだよ。啓蒙することが問題解決につながるといっても、犬連れ登山のコアな部分にいる連中を啓蒙するなんて不可能。まともじゃない「病気」の人たちなんだから。先に書いた彼らのブッ飛び主張を読めば、よーくわかるだろ。こうやってマゴマゴしているうちに「あと戻りできない事態」にならなきゃいいけど…。



[付録] 日本アウトドア犬協会のお粗末極まりない主張が正しく聞こえちゃったご立派すぎる無能・文系メディア一覧。自分の願望とイメージに沿って記事を書くレベルでありながら、そんなもんでよくもジャーナリズムを標榜できますね。お笑いです。あなたたちの無知が生み出す結果を考えると、もはや「バカ」というほかないです。


BE-PAL
Yomiuri Weekly
中日新聞
東京新聞
山と渓谷









山と渓谷2009年1月号の記事には何が抜けているのか


 山と渓谷2009年1月号で、山の論点2009と題して、山にまつわるさまざまな問題を検証する特集が組まれ、そのひとつとして「犬連れ登山」が取り上げられていた。この記事を読んだ私は、本サイトで以前から書いてきた内容と比較して特段目新しい要素もないだけでなく、取材内容の整理が不十分で記事の内容や構成の仕方にいくつか問題があると感じた。
 内容云々以前に、まずこの執筆者は、犬連れ登山者とはどういう人たちなのか、あまり実態をご存じではないようだ。すべてとはいわないが、犬連れ登山者の意見をこれまで散々読んできた私にいわせれば、犬連れ登山者というのは、何事も自分たちに都合のいいように解釈する傾向が顕著で、その扱いには十分すぎるほど注意しなくてはならないということ。誰でも理解できる至極単純な理屈でさえ、きちんと説明しなければ、彼らの中で勝手に都合よく拡大解釈され、手におえない事態になりかねない可能性がある。おそらくこのことは、記事の中で証言されている麻布大学獣医学部の太田光明教授もその実態はご存じないことだと思う。
 犬連れ登山問題をずっと調べてきているわけでもないライターが、わずかな時間の調査と専門家にインタビューして構成するだけだろうし、編集サイドから指定された文字量に合わせざるを得ずスペースが限られていることを勘案すれば、これは仕方ないことかもしれないが、この記事にはこのように抜けている点がいくつかある。今回は、それを指摘したい。



 太田教授は「細菌の主な感染経路は排泄物…」と述べられ、「(おそらく細菌の場合は)尿は身体の成分を濾過している上に流れてしまうので、あまり心配はない」といわれているが、なぜウィルスの場合については触れていないのだろうか。この記事がどこまで正確に太田教授の発言を拾っているか不明だが、例として挙げている狂犬病の病原体は、細菌ではなくウィルスのはずだ。それなのにウィルスではなく、細菌で話が進んでいるのは、どう考えてもおかしい。この執筆者は、細菌とウィルスの違いをきちんと認識していないのではないのか。そのために太田教授の発言の真意が、余計にわかりにくくなっている。
 私が調べたところ、これも野生動物への感染が懸念されるジステンバーウィルスの場合は、唾液や尿からでも感染する可能性があるとのことだった。また、これも私が調べたことだが、ワクチンというのは、犬を病原体から守ることしかできないということ。ワクチンを接種しているからといって、野生動物に感染させる病原体をもっていない証明にはならない、という話も聞いた。犬連れ登山者は、ワクチンさえ接種していれば、あたかも犬の体内から細菌やウィルスが完全に除去できると思っているようだが、それは違うということだ。


 この記事を読むと、「つまり糞さえきちんと処理すれば、どこでも犬連れ登山をしても問題はないってことだろ」と勘違いする犬連れ登山者が確実に出てきそうで大変懸念する。「上高地の場合は上高地地区より奥の山岳地帯では犬を持ち込ませない」ことにしているとのことだが、この「糞さえ処理すればOK」という理屈をそのまま当てはめれば、たとえ高山帯でも糞さえ処理すれば問題ないようにも受け取られかねない。そのあたりのことは、もっとしっかり説明をしておくべきだった。でなければ、ヤマケイにそう書いてあったと犬連れ登山禁止処置に対して現地管理者に文句をいう人が出てくることは充分に考えられる。この執筆者は、そんな影響や迷惑が及ぶことを微塵も考えていない。


 仮に糞を処理すれば、感染症の危険性は低下するとしても、犬の尿の臭いを野生動物が警戒して、その周囲に寄りつかなくなる問題が消えたわけではない(野生動物の生態への影響が懸念される)。この点については、太田教授も写真のキャプションで「野生動物の行動に影響があるだろう」と述べられているが、それがどの程度の問題なのか、動物生態学や動物行動学の専門家にも意見を聞いて提示すべきである。行動に影響があるのであれば、やはり犬連れ登山は、慎重であるべきではないのか。


 太田教授は以前、東京新聞の取材に対して「感染症予防の点から規制は必要」とも述べておられる。その点も含めて考えると教授のおっしゃっていることは、要は山岳地のどこでも犬を連れ込んでいいというわけではなく、犬連れ可と不可のエリアをはっきり分けることも含めて、(この記事でも触れている)ガイドラインが必要ということだと思うが、現在、ほとんどの山では、その線引きも確定していない段階ということを忘れてはならない。その線引きがまだ確定していないのに「ここまでは問題ない」あるいは「犬連れ登山禁止看板がなければ問題ない」というように感染症のことも生態系のことも、とにかく恐ろしいほど何も知らない「ど素人」である犬連れ登山者が勝手に判断していること自体に大変問題があることにも、この執筆者は関心がないようだ。


 仮に糞を処理したり、予防接種をしたり、専門家から何の問題もないと太鼓判を押された飼い主と犬だったとしても、私はやはり自粛すべきだと考える。なぜなら、この問題の何が、なぜ問題なのか、という点について一般に広く認知されていないからである。例えばである。そのような問題がない犬を山に連れ込んだとしよう。その登山途中、それを見かけたほかの登山者が、「愛犬と山旅なんて素敵だなぁ。じゃあ、今度自分もやってみよう」と考える人がいても不思議ではない。だが、その人も同じく感染症のことをきちんと理解しているかとなると話は別だ。中にはつい最近登山を始めたという人だっていよう。そういう人は「犬連れ登山」が問題になってきた経緯はもちろん、なぜ問題とされてきたのかも知らない。糞を処理したり予防接種をしたりするマナー意識や、この問題に対する知識が高くなければ、予防接種も受けず山で糞を放置したりする人が出てくる可能性は当然考えられる。「糞の処理をすれば危険は低下する」といっても、犬連れ登山者すべてが、それを確実に守るという保証はどこにもなく、しかも守らなかったときに重大な問題に発展する可能性があるのであれば、危険を犯してまで「少数派の趣味」程度のことを許容する必要はまったくない、と私は考える。そもそも、住宅街における犬の飼い主のマナーは低下しているのが実態であり、私の近所でも犬の糞が道端に放置されていることも近年、増加していると感じている。市街地でも、そんな状況なのに犬連れ登山者だけは確実にマナーを守ると思う方がどうかしてるだろう。犬連れ登山者が確実にマナーを守るという根拠は一体どこにあるのか。現に私が志賀高原で遭遇したノーリードの犬連れ登山者を注意したところ、彼は「一から十のことをいわれても…」という呆れた返答をした。ほかにもかなりの頻度でノーリードの犬連れ登山者を目撃しており、むしろ私の印象では、リードをきちんとつないでいる方が少ないくらいだ。リードのマナーも守れない人が、糞の処理マナーを守れるわけがない。どんなに熱心にマナーを呼びかけても、実際には守りたくないものは守らない、ほかの登山者が見ていないところでは好き勝手にする…というのが彼ら犬連れ登山者のホンネらしい。これが犬連れ登山者の実態であり、犬連れ登山者は、みんなマナーを守るなんて現場を知らない人間の勝手な幻想に過ぎない。
 マナーさえ守れば問題ないということは、以前から日本アウトドア犬協会をはじめ、あらゆる犬連れ登山者が口にしてきたことだ。日本アウトドア犬協会は、「ウィルス除去」なんて珍策を打ち出している(爆笑)。つまり、感染症対策さえしていれば問題ないというわけだが、彼らは、自分たちの犬連れ登山が、さらなる犬連れ登山を誘因する可能性(犬連れ登山者の増加に伴って、その中にマナーの悪い人が含まれる可能性が高くなる)や、その結果については何も考えてはいない。要は感染症という批判に対して、どうすれば犬連れ登山を続けられるか、という視点から考え出した場当たり的な策に過ぎないからである。まさか登山道で出会う登山者ひとりひとりを呼び止めて、「私が犬連れ登山をしても許されるのは、完璧にマナーを守り、予防接種もしているからです。もし、あなたが犬連れ登山したいと感じたのなら、確実に厳守してください」と念を押しているわけではないだろう。たとえ犬連れ登山を真似る人が出てきて彼らが山で糞の処理もせず、それが万一の事態につながったとしても、それは私の知ったことじゃない、と逃げて終わりだろう。このことは、ある程度の想像力があれば、容易に想定できると思うのだが。
 しかも、それが些細な問題であれば、様子見ということもあり得るが、太田教授も証言されているように、「感染した場合、蔓延を防ぐにはアライグマを手当たり次第に駆除するしかない」というとんでもない事態になりかねないことを考えると、たとえ対処法があるからといって野生動物の命を犬連れ登山者の良識だけに頼るのは、あまりに危険ではないのか。もし自分の命が犬連れ登山者のマナーに左右されるとしたら誰もOKを出さないはずだ。それをOKとする人は、頭のどこかに「多少の野生動物が感染症で死んでも大したことじゃない」的な感覚を持っていると断言してよいだろう。こんな状況下にありながら犬連れ登山を安易に許していいものなのか、甚だ疑問である。
 それなのにこの記事は、「飼い主には、感染症に対する予防接種を徹底し、リードを放さず、常にコントロールできる状態で歩き、糞を持ち帰れば」犬連れ登山はOKであるかのようにも読める文で締めくくっている。おいおい、まだガイドラインさえ確立されていないのに、どうしてそこまでいえるの? ガイドライン次第では、完全に犬連れ登山ができなくなる可能性だってある。マーキングについても「多角的な調査・審議が必要」な段階じゃないのか? 太田教授は「野生には、どんな細菌があるかわからない。安易な犬の連れ込みは危険」とおっしゃっているが、ここでいう「細菌」のすべてに対応する予防接種を受けているわけではないだろう。つまり犬にとっても危険があるということではないのか。問題なのは犬の側には予防接種ができても野生動物の側には予防接種はできないということだよ。それ、わかってる? この執筆者は、あまり理解してないんじゃないの。困るんだよな。わかってない人が適当な記事を書くのは。



 ヤマケイといえば3年前にも犬連れ登山について記事にしているが、あのときは日本アウトドア犬協会のようなトンデモ団体の間抜けな意見(専門家からも完全否定された)を信州大学・中村教授の意見と同列に並べ、「どちらが常識とも非常識ともいえない」とした失笑に値する経緯もあるから、あれに比べれば今回の記事は随分進歩したといえるが、しかし、それでも相変わらず微妙に「抜けてるなぁ」っていうのが私の正直な印象だ。犬連れ登山問題に関心をもっている人は、一般登山者の中にもかなりいて、中には自分でもいろいろ調べて、鋭い指摘をしている人もいらっしゃるが、そんな人たけでなくほかの専門家だって読んでるんですよ。ヤマケイさん、もっとよく調べ、よく考察してから記事にしてね。こんな記事では、かえって問題がややこしくなるだけであって、むしろ取り上げない方がマシってもんです。ヤマケイに限らずマスコミが、毎度、中途半端なピンボケ記事を載せる度に、ペット規制による野生動物保護の取り組みに対して、足を引っ張ってばかりいることにいい加減、気づいてほしいものだ。取り上げるのなら複数の専門家にじっくり取材し、できれば一度、専門家に原稿チェックをしてもらった上で掲載してもらいたい。このような複雑な科学の問題について細菌とウィルスの違いもわかっていないライターに的確な記事が書けるはずもないし、わずか1ページ程度で簡単に解説すればすむと思っているあたりもヤマケイ編集部が何も理解していない証拠だ。山と渓谷2008年11月号の特集「山の環境読本」の記事で、南アルプス研究会の方が、ペット連れ込み問題に対する登山者の関心の薄さを「登山者は環境を守ろうとする意識は高いが、それはあくまで平地の感覚に基づくものであって、山岳環境の特殊性までは考えていないのではと思いました」と述べられているが、その記事を載せているヤマケイ自身にも同じことがいえるのではないか。
 ところで同特集にはほかにも、ペット連れ登山について簡単に触れ「外来植物や動物を持ち込まないように」とする記事などが掲載されている。だが、犬連れ登山者のようにほぼ共通して無知な連中には、「外来動物」といわれてもピンと来なかっただろうし、自分たちに都合が悪いことが書いてあることすら理解してないだろう(笑)。まあ山と渓谷に限らず、マスメディアが短期間でまとめあげた犬連れ登山問題関連記事で、優れていると感じたことは一度もないから、今後も似たようなことが続くのだろう。やれやれ。
 いっておくが、私は犬連れ登山に否定的だから優れている、肯定的だからダメという単純な視点で判断していないので、あしからず。犬連れ登山者は、ほぼ共通して犬連れ登山を批判するのは犬嫌いだからという実に単細胞な人が多いが、私は犬好きではないが、犬が嫌いなわけじゃないし、犬の好き嫌いというような低次元の視点から、この記事を書いているわけではない。それははっきりいっておこう。





BE-PAL2007年11月号・野田知佑のピンボケ意見

 少し前のことだが、BE-PAL2007年11月号で作家の野田知佑が、聞き捨てならないことを書いていたので、今回はそれを取り上げてみたい。カヌーに一切興味がない私は、彼の連載を読むことはないが、偶然その部分に目がとまったのである。
 記事では地方自治体がキャンプ場を作って、それ以外の場所でのキャンプを禁止にするなど意味のない規制が多く、その規制を無視したところ役場の連中がやってきて、こんなやりとりをすることが多いとして、次のように書いていた。


 「向こうにちゃんとしたキャンプ場がありますから、そこでキャンプをして下さい」
 「嫌だね。俺はここの方がいい。君達のキャンプ場には下らん規制が多すぎてつまらんよ。意味のない禁止令が多すぎる。まったく君達はお役人だな。人間じゃないよ。夕方5時までにはキャンプ場に入れとか、一度入ったらその日は出られないとか、君達は人を何だと思ってるんだ。ぼくは犬連れだが、犬はいけないんだろう?」
 「犬は困ります。犬連れはダメです」
 「何故ダメなんだ?」
 「犬は吠えてうるさいし、走り回るし、他の人の迷惑になりますから」
 「俺の犬は吠えないよ。それに人の迷惑になるようなことはしない。君よりずっと出来がいいぞ。こんな所に来たら犬や子供は喜んで走り回るのが当然だ。君達はよほど犬が嫌いなんだな」
 「君も犬を飼ってみるといいんだがね」
 「飼っています」

 …とこんな感じで、やりとりが続くのだが、記事の中には、次のような一文も入っている。

 
日本の犬に関する規制はすべて犬が嫌いな人間が作ったものだ。


 これを読んで、みなさんはどうお感じになっただろうか。最後の一文は論外だが、ほかの部分は犬連れ登山者の意見と同じように微妙にズレていると感じた。野田知佑ってアウトドアズマンを地でいくような感じで、バカ丸出しのシェルパ斎藤なんかに比べれば、はるかにいいイメージがあったのだが、実はそれほどでもないようだ。
 公共の場の規制については、確かにいろいろな意見がある。中には規制が行きすぎの場合もあろうが、利用者が常識人ばかりとは限らず、いろいろ問題が生じた場合、ほかの利用者や近隣住民からの苦情処理も役場の仕事ということを考えれば、役場には役場の立場があり、規制がやむを得ない場合も多いと思う。規制というのは初めからあったわけではなく、むしろいろいろな問題が生じる度に加えられていったものだろう。野田知佑の意見は、それがどんな問題であったのかも一切無視して利用者が常識人である場合のことしか考えていないということだ。また管理人が常駐する場所では、マナーを守る人だけは例外扱いにできても、管理人がいない場所では例外は作りにくい、ということにも気づいていない。
 「俺の犬は吠えないよ」というが、役場の人の立場でいうと、それが本当なのかどうか、外見から判断することは難しい。今はおとなしいが、状況次第では激しく吠えるということはないのか。それに「吠える」、「吠えない」というのは曖昧な表現で、「吠えない」というのは一切吠えないことなのか、少しは吠えるけど、迷惑にならない程度なのか、人によって考え方は異なるはずだ。ほとんどの人が迷惑と感じるくらいに犬が吠えても「これくらい許容範囲。大したことないじゃないか」っていう飼い主だっているかもしれない。そういう飼い主の可能性はないのか、やはり外見から判断することはできない。
 仮に野田の言葉を信じて、彼の犬だけ例外扱いにした場合を考えてみよう。犬連れ禁止エリアで犬を見かけた人は、「あそこは、犬の連れ込み可になったのか。じゃあ明日から犬の散歩コースにしよう」などと思い、そうやって犬連れが犬連れを呼び、徐々に規制は有名無実化し、中にはマナーの悪い人もいて再び利用者や近隣住民から苦情が出る可能性もある。そして役場の人が出向いて注意すると、こういうはずだ。「先日、ここで犬連れの人を見た。彼はよくて、どうしてオレはダメなんだ」と。そういってごねる一人一人に、いちいち理由を説明し納得してもらわなければならない。一部の例外を認めれば、例外にあたらない人すべてに説明しなければならない状況が生まれ、場合によっては、役場の人の手間ばかりが増えるかもしれない。このことは、マタギの猟犬や山岳救助犬がよくて、なぜ犬連れ登山はダメなんだと、散々ごねる犬連れ登山者が最もいい例だ。野田知佑は、そういう状況になる可能性も考えてはいない。彼の頭にあるのは、自分はここで犬連れでキャンプがしたいということだけであり、それ以外にどんな影響が及ぶかについては、まったく想像力が働いていないのだ。
 以上の理由から役場の職員が現地にずっと滞在して管理できない場所では、「一律で犬は遠慮してもらおう」という判断になったとしてもやむを得ないのである。


 また「日本の犬に関する規制はすべて犬が嫌いな人間が作ったものだ」とは、随分自信たっぷりの断言だが、本サイトを読んでる人なら、この意見がいかにおかしなものであるか、よくわかるだろう。犬連れ登山者もそうなのだが、彼らはイヌキンを見て理不尽に感じたとき、ちょっとは頭がまわる人なら「もしかすると自分の知らない理由や自分が気づいていない考え方もあるのではないか」と一歩下がって冷静な判断ができるのだが、自分の知識や考え方に問題がある可能性は一切考えず、おもしろいほどに「犬嫌い」という安直な理由のせいにしたがる傾向があるのには、まったくもって笑ってしまう。そういえばあのオマヌケ団体・日本アウトドア犬協会の河本勝昭事務局長も野田と同じことを書いていた。日本アウトドア犬協会にとっては、正当な理由なんか無視して犬嫌いのせいにする方が、何かとご都合がいいだろうし、高山にも犬連れで望むシェルパ斎藤に比べ、野田の場合は川だけだから大きな問題とはいえない(場所によっては微妙なところがあるかも)が、彼もやはり犬連れでアウトドアというスタイルを散々見せてきた人だ。やはり自分の立場を危うくしないためにも犬嫌いが原因という方が、好都合なのは間違いない。不幸なのは、そんなレベルの反論がいつまでも世の中に通用すると思っていることだ。
 さらに、こんなことを断言しておきながら、自らの体験談の中に出てくる「犬はダメです」という役場の職員が犬を飼ってることも書いているのである。これは完全に矛盾してるだろう。犬嫌いなのに犬を飼う人なんて存在しないから、このやりとりの例を見るだけでも「犬嫌い」が理由ではないことになると思うんだけどね(笑)。


 日本の犬に関する規制がすべて犬嫌いの人間によって作られたというは、100%デタラメである。本サイトでは、犬連れ登山がなぜ問題あるのか、専門家の意見を前提に書いてきたが、専門家は犬が嫌いだからそのように証言しているわけではない。そして、その専門家の意見に基づき犬連れ登山禁止措置に踏み切った行政担当者も同じである。むしろ専門家の先生方は、素人相手の問題に関わりたくないと考えている人がほとんどだ。「意見を聞かれれば専門の立場から見解を話すが、正直あまり関わりたくない」というのが本音なのだ。しかし、それでもウソを放置するわけにはいかないと証言されているのである。従ってそれを犬嫌いなどという実に低次元の理由とするのは、まったくの見当違いである。だが野田知佑によると、これらの規制はすべて犬嫌いに起因するものであり、病院やレストラン、コンビニがペット連れ込み禁止なのも、白神山地や屋久島の世界遺産エリアがペット連れ込み禁止なのも、すべて犬が嫌いな人がやってることなんだそうだ(爆笑)。
 野田知佑も犬連れ登山者も、おそらくこういいたいのだうろ。「犬はすばらしい動物だ。犬は人類の友だ、いや家族だ。こんなにすばらしい動物を連れ込み禁止にするとは、何という不見識なのか!」と。私も犬は嫌いじゃないから、犬の長所も理解するが、しかし犬がいかに性格のいい愛すべき動物だとしても、それと犬の生物学的な位置づけとは何の関係もない。これをたとえるなら「彼女はすごくいい人だから、私にインフルエンザをうつすことはない」といってるのに等しいのである。
 常々、私はアウトドア系の人の無知ぶりに呆れているが、野田知佑も例外ではないらしい。この人は日本のアウトドア界で大きな位置を占めていると思うが、そういう人ですらこんなレベルなのである。いくら有名な作家でも、ペット連れ込み禁止に関わる分野についてはズブの素人だろう。BE-PALに長年連載を続けられファンも多いはずだが、それによって何か勘違いされているのではないか。私は、シェルパ斎藤とまったく同じものを感じる。
 それほど自分の意見に自信たっぷりというのであれば、ぜひ獣医学などの関連分野の学会にでも出向いて、「日本の犬に関する規制は犬嫌いの人間によって作られた」と題して講演し、専門家の前で持論を展開されればいい。しかし会場から失笑やため息がもれるまでに5分とかからないだろう。
 この先、野田知佑が、いつまでこの持論をいい続けられるか見ものである。シェルパ斎藤やホーボージュンのように勝ち目がないことがわかったら、どうせ黙っておしまいってとこだろうが、彼らは「自分が発言したことに対する責任」について、何かお考えになることはないらしい。さすが、ご立派な人たちである。
 野田知佑のファンには、彼の反骨精神を持ち上げる人もいるようだが、的外れな反骨精神というは陳腐で説得力にも欠け、さらにいえばただの自己中と大して変わりはない。







相変わらずショボい犬連れ登山者の意見

 ここ半年ほど「犬連れ登山」で検索していなかったが、最近久しぶりに検索。新たに犬連れ登山者によって書き込まれた記事を見つけて目を通した。しかし相変わらずレベルの低い意見にうんざり。でも彼ら犬連れ登山者っていうのは、ひとことでいえば「勘違いの天才」だから、黙っていると「やっぱり反論できないだろ〜」と思い込むのは火を見るよりも明らか。よって、今回はこれらの意見を取り上げて、きちんと反論しておこう。
 まずひとつ目。昨年12月頃のことのようだが、はてなブックマークに本項「犬連れ登山を考える」がエントリーされ(そのページは→こちら)、それに対して次のような反論の書き込みがあった。


「動物どうしなら系統的距離が近いために感染率が高くなるため、犬の方が人間より生態系へのリスクは大きい」 そりゃキツネやタヌキは近いけど、サルにはヒトのが近いでしょ。これでよく他人を無知だと言えるなぁ。


 これを書いた人物が犬連れ登山者という証拠はないが、こんなことを書き込みするくらいだから、その可能性は高いだろう。この反論を読んだ私の感想は「失笑」である。う〜ん、だから「無知」だっていってるんだよ。
 まず、はっきりさせておきたいが、「動物どうしなら系統的距離が近いために犬の方が人間より生態系へのリスクは大きい」といって犬連れ登山の危険性を警告しているのは私じゃなくて獣医学の専門家である。勘違いされないように念を押しておくが、私が本項で書いている主張の中核部分は専門家の意見に従ったものであって、私個人の持論などではない。もちろん中核部分以外の意見については、私の考えや知識を元にして書いているが、最も重要な部分はあくまで専門家の意見だということだ。
 もし万が一である。この問題に対して、きちんとした知識をもった獣医学の学会などが、「いろいろ検討した結果、犬連れ登山は問題ないと判断した」(あくまで仮定の話)と将来、方針を転換して発表したら、私はその意見に従うまでのこと。つまり私の立場は「専門家の意見を前提にしている」ということである。

 犬連れ登山者という言葉で多くの人をひとくくりにするのも申し訳ない気もするが、悪いけど犬連れ登山者全般の私の印象は「想像力が足らない上に科学や論理にも弱い」ってことだ。それは、彼らの意見を読めば一目瞭然。長々と説明しなきゃ、ご本人には自分の意見のどこに難があるのか、わかんないだろうけどね犬連れ登山者にとってイヌキンがおかしく見える理由は実は簡単なことだ。単に無知だからである。複雑なことなんか何もない。この犬連れ登山者の意見にしても同様である。
 さて日本におけるサルといえば、ニホンザル1種類である。ほかにもヤクザル(ヤクシマザルともいう)もいるけど、あれはニホンザルの亜種だから、きわめて近い種類といえるし、この場合、ニホンザルとしてまとめて考えてみたい。
 確かにニホンザルと人間の系統的距離はほかの動物よりも近いかもしれない。だが、野生のニホンザルと人間の間で危険な病気が感染する可能性があるからサルは人間から遠ざけるべきと獣医学者や獣医が警告しているという話を私は聞いたことがない。専門家が犬の方を問題視しているのは、要は「ニホンザル」対「人間」よりも「犬」対「犬に系統的距離が近い野生動物」の方がリスクが高いからだろう。
 すでに日本人はニホンザルと極めて長い年月にわたり間近に共生してきた歴史があり、現在ではますますサルの生息環境は人間の生活圏と重なっている。ニホンザルと人間の相互間に病気感染の可能性はあると思うが、普段から間近に接しているのにサルと人間の系統的距離が近いからといって人間の登山は控えるべきというのは、あまり意味がない。それにニホンザルは有害鳥獣として駆除されることもあるほどたくさんいる。
 一方、犬の場合はそうはいかない。犬と系統的距離が近い野生動物は1種類だけじゃない。そして最も重要なのは、その中にはただでさえ個体数が少なくて絶滅が心配される希少動物もいるってことだ。彼らに犬がもつ病原体が感染し流行したら、もう打つ手はない。なぜなら人間と違って、感染したすべての野生動物(取り残せば流行を食い止めることはできない)を山で捕獲して隔離し、治療を施すことなど不可能だからである。その結果、最悪、絶滅の可能性すらあるってことだ。これまで繰り返し述べてきたことだが、病原体に対する感受性は動物によって違う。犬は何ともない病原体でも、ほかの野生動物には重大な結果を招く恐れがある。専門家はそこを心配しているのである。
 以上。アンタにも少しは理解できたかいな。こんな稚拙な反論で論破したと思い込んでいる無知なcastwaysさんよ。
 その程度のことを私が気づかずに主張していると思い込むのもどうかしているし、素人(反論の中身を見れば、すぐにわかる)が専門家の意見(いうまでもなく私のことじゃないよ)に反論している構図になっていることすら気づいていない。読解力ゼロ。レベル低いぞ。
 しっかし、それにしても犬連れ登山を擁護している連中って、どうしてこうも揃いも揃ってアホばっかしなんだ? 未だかつて「ムムッ、コイツは手強い!」って思った書き込みを見たことって一度もねぇぞ(笑)。いっとくけど日本アウトドア犬協会やシェルパ斉藤なんか論外中の論外。あの程度の反論が無敵に聞こえるお気の毒な人もいっぱいいるんだろうけどね。




 ではふたつ目。アンログjpってサイトで犬連れ登山是非のアンケートを、昨年からやっていた(そのページは→こちら)。その書き込み欄に書かれていた、次の犬連れ登山者の意見を取り上げよう。


人間と生活を共にしている犬だけに特有の雑菌など存在し得ない。少なくとも「環境」云々なら人間を排除すべき。


 ひとことでいえば、ため息しか出ない。犬連れ登山者に限ったことではないが、世の中には自分の意見こそ真実であり、それがもしかすると間違っているかもしれない、少しは自分なりに調べてよく考えてから意見をいおうってことに微塵も思考回路が働かない人が結構いるようである。この人の意見は明らかな間違いである。雑菌という言葉を使うところからして間違いだし、人間と犬は生活を共にしているのだから、両者が持つ雑菌(それをいうなら、むしろ病原体でしょうね)は同一というのは、明らかなウソである。犬はジステンバーウィルスに感染し得るが、人間には感染しないだろう。動物が感染する、すべての病原体は人間にも感染するって本気で思い込んでいるのかね。そもそも犬には犬特有の雑菌があるから問題だっていっている専門家なんて一人もいない。犬と野生動物に共通する病原体が存在するから問題なのである。





 こうして犬連れ登山者の意見を読んでいると、なぜ専門家のみなさんが積極的にこの問題に関わりたくないと考えているのか、私には理解できる。彼らの意見のどこが間違っているか、時には中学校や高校の理科や生物レベルの内容にまで戻って説明しなければならない。生態系、野生動物、病原体といっても、それが何なのか正確に理解していない。説明に使用する言葉ひとつひとつの意味からして、イチイチきちんと教え、犬連れ登山者ひとりひとりの勘違いを正していく、というのは気が遠くなるほどの作業である。そして何より一番のネックは、そもそも犬連れ登山というのは彼らの個人的欲求と深く結びついているということだ。ゆえに、こんな連中の不毛な議論に付き合うのは、ただただ骨が折れるだけなのである。
 あれがしたい、これがしたい。誰しもそういう欲求というものを持っている。食欲など根源的な欲求というのは人間という生物種が生きていく上で大切な生物学的なしくみだ。だが、根源的な欲求が満たされた現代にあっては、その欲求というのはさまざまな分野にも広がって行く。そのひとつが犬連れ登山というわけだ。なんとしても愛犬と山旅をしたい、という欲求の前には、たとえ専門家の意見だろうとも異を唱え、あるいは無視し、はたまた自分たちに都合のいいように解釈し直して犬連れ登山を続ける。おもしろいのは、自分が本当に環境のことも無視する極悪人とは見なされたくはないって思っているところだ。だから自己流の言い訳を用意して、他人というよりも自分自身を納得させている。なぜかは知らないが「野生動物が絶滅しようが知ったことじゃない。オレ様は日本一の自己中心主義者だ」と開き直る人はいないのだ。聞きようによっては正論にも聞こえる言い訳を用意している。それが私には何とも笑えるのである。マナーを守らない人が注意された時と同じだよ。よく見るよね。そんな見苦しい言い訳をしている人。






BE-PALの犬連れ登山関連記事について

〜BE-PAL編集部に電話して聞いてみました〜


 2006年秋、アウトドア雑誌BE-PALで、犬連れ登山を扱った写真や記事が3ヶ月に渡って掲載された。最初は9月号のアウトドア犬養成講座で犬連れ登山途中のシェルパ斉藤と飼い犬を撮影した写真が掲載されていたのに続き、11月号ではライターのホーボージュンが犬連れで八ヶ岳を縦走する「愛犬とともに雲上散歩するワンブラー」、12月号では、シェルパ斉藤が熊対策に犬連れが有効とする「愛犬サンポやトッポは優秀な熊除け」なる記事が続いた。
 昔からビーパルは犬連れでアウトドアというスタイルが好きな雑誌だったし、犬連れ登山に関しても、日本アウトドア犬協会を取り上げたり、イヌキンに疑問を呈する記事を掲載したりしていた雑誌。だから不思議でもなんでもないのだが、これほど連続すると何らかの背景があるのではないかと勘ぐりたくなる。ビーパル執筆陣には、きちんとした知識を持った、まともで有能な人もたくさんいるし、その中には私がよく知る人もいるのだが、ことビーパルのアウトドア系ライターの無知ぶりとなると私が指摘するまでもなく、おそらく多くの人が薄々気づいているだろう。その代表選手がシェルパ斉藤だが、11月号のホーボージュンとやらも、まあシェルパ斉藤と大差なさそうだわ。まさか「おいっすホーボーっす。セイタイケイってセイホーケイの親戚っすか?」というほどバカじゃないとは思うけどね。
 これだけ記事を掲載するところを見ると、ビーパル編集部は犬連れ登山には何の問題もないと考えていると思わざるを得ない。一体どんな理論武装をしているのだろう。興味を持ったので、昨年12月初旬にビーパル編集部に電話を入れて聞いてみた。最初に電話口に出た女性の説明は「あの記事は犬連れ登山を推奨しているわけでも、推奨していないわけでもない」という意味不明なものだった。記事の下の方に※印付きで「ペットを同伴しての入山を禁止する法令や条例はありませんが、自粛を促す地域があります。ご注意下さい(以下略)」と書かれていたじゃないか。犬連れ登山をしましょうという意味で記事を載せたからこそ、そんな注意書きがあるのではないのか。それを推奨しているわけでも、推奨していないわけでもないとは?? では、あの記事はどういう目的で掲載したのだろう。まったくもって意味不明。本当は推奨していたんだけど、いろいろ批判されたので、とりあえずそう答えることにしたってところだろう。
 そもそも※以下の注意書きは、まるでトンチンカンなものだ。これを読むと自粛を促す地域以外は犬連れ登山しても問題ないという風にしか読めない。だが日本アウトドア犬協会のイヌキンに対する質問に、きちんと回答をした役所や役場があまりなかったのはさすがに知っているだろう。とすると、本来は自粛を求めるべき地域なのに、逆に役所や役場の認識が不十分なせいで自粛を求めていないこともあり得るのではないか。つまり
現段階では自粛を促していないからといって、そこが本当に問題ないエリアと断言できる状態ではないってことだ。このくらいの注意書きで犬連れ登山を推奨することは重大な問題に発展する可能性も考えられる。そもそも犬がいてもほぼ問題ないといえるのは里山までという獣医学の専門家もいるくらいだ。
 自然環境へのインパクトを意識しながらというが、シェルパ斉藤ですら身体のサイズが小さければ生態系への影響も少ないと思い込んでいるような低レベルなのに、さらに無知な一般の読者がどうやって自然環境へのインパクトを意識できるの? 悪いけど無知揃いの犬連れ登山者に限っていえば、それはほぼ不可能だよ。それに野生動物への病原体感染が最も懸念されることなのに、どうやってそれを意識して防ぐの? 注意書きにも糞を持ち帰ることしか書いていないじゃないか。糞尿って書けるわけないよな。糞尿っていえば犬連れ登山ができないに等しいことだもんな。

 以下、電話のやりとり。


 私 「犬連れ登山にどのような生態系への問題があるのか、ご存じですか」
 ビーパル 「はい知っています」
 私 「では教えてください」
 ビーパル 「ですから入山禁止の法律はないけど自粛を促す地域があることもちゃんと…」
 私 「それは制度とか法律の話でしょ。私が聞いているのはどのような生態系への問題があるのか、具体的に把握しているのかってことです」
 ビーパル 「……。私の方ではお答えできないので、のちほど担当者からきちんと回答させます」
 

 数時間後、小林と名乗る別の女性編集者から電話がかかってきて、「具体的にどんな問題があるのかについては、こちらも把握していないので調べます」だと。つまり、要はビーパル編集部は何も知らないまま、犬連れ登山を推奨していたらしい。これほど犬連れ登山が批判されていても、なぜ批判されているのかろくに調べもしないで、あのような記事を平気で載せるってわけか。私は、これまでビーバルを創刊号からずっと愛読し今も全号を大切に保管しているほどだし、さらにいえばビーパルから受けてきた影響は、今の仕事を選ぶ背景のひとつになっているといっても過言ではない。だが、こんな問題記事をきちんと検証もしないで載せるようになったらアウトドア雑誌もおしまいだ。
 私がその女性編集者に、なぜ犬連れ登山が問題があるのか説明したところ、少なくとも私がいっていることは理解したようだった。最後に私が「有名雑誌・ビーパルに載っているのだから犬連れ登山に問題あるはずがないとして始めた人もいるはずですよね。それについて、どう責任をとるつもりですか。編集部として専門家にきちんと意見を聞いた上で、『これまで犬連れ登山は問題ないとして紹介してきたが、実はこれこれこういう問題があることがわかった』と記事にして読者に示すべきではないんですか」と聞くと、「記事ですか…。」といって黙ってしまった。電話ではいわなかったが、ビーパルの記事に影響されて犬連れ登山した犬から野生動物に病気が感染流行し、万一、種が絶滅したらどう責任をとるのかってことだ。悪いけど野生動物の「種」の重要度はシェルパ斉藤やホーボージュンの命よりも、ビーパル編集部全員の命よりもはるかに大きいんだよ。そこを勘違いするな。電話を切った後、専門家がなぜ犬連れ登山が問題なのかについて解説している、よほどのバカじゃない限り読めば理解できる資料を、その女性編集者宛にファックスで送付しておいた。
 犬連れ登山を推奨宣伝してきたビーパル編集部の実態とは、一枚皮を剥いでしまえば、こんなにお粗末なものだった。電話する前は、さすがに日本を代表するアウトドア雑誌のこと。何らかの理論武装をした上で犬連れ登山を記事にしているだろうと、ある程度の反論を予想し覚悟した上で電話したのがバカバカしいほどのショボさだった。
 以後、見た限りではビーパルに私が求めた記事は掲載されていない。ま、実は私も、ビーパルが犬連れ登山に問題があることを認めて記事にするとは全然思っていない。どこかの週刊誌が騒いでいるのならともかく、わざわざ自分たちの大ボケを自分たちの方から記事にして雑誌のイメージやシェルパ斉藤の評価を大きく損ねるようなことはしないだろう。だが、その一方で犬連れ登山は、ヘタをすれば雑誌生命に関わる問題であるのも間違いない。犬連れ登山にこだわるシェルパ斉藤と心中する気もないだろうから、おそらく今後、ビーパルが犬連れ登山を記事にすることはないだろうと私は見ている。いくら科学音痴とはいえ、個人的欲求に起因しているわけではない分、冷静に判断できるだろうし、日本アウトドア犬協会のように専門家に真っ向から対抗して自分たちの主張の方が正しいと勘違いするほどのバカでもないだろうからね。ただ大手出版社のこと。編集者が何度も入れ替わっていけば、そのうち認識がリセットされてしまう可能性があるのが大手の怖いところでもあるのだが。
 ビーパルについては、別件でも犬連れ登山に関連する「ある意図」を感じたことがある。だが、これはあくまで私の推測で根拠はないから、まあここで話すのはよそう。


 それにしても12月号のシェルパ斉藤の「熊対策」には笑ったなあ。シェルパ斉藤の記事にはこうある。長野県小谷村の山中を犬連れで歩いていたところ、自分が気づく前に犬が茂みに向かって吠えかかってくれたらしい。でもそれはクマじゃなくてカモシカだったそうな。
 確かに犬に吠えられるとクマにはストレスになるようで、だから一部の地域ではベアードックを用いて、市街地へのクマ出没防止に役立てている。だが、それはクマ専門に特別に訓練しているベアードックだから効果があるし、多少の問題があってもやむを得ない話でもあるわけだが、訓練を受けていない普通のペット犬の場合は、シェルパ斉藤の飼い犬がカモシカに吠えかかったように熊だけでなくほかの動物に対しても吠える可能性がある。これまで犬連れ登山の議論の中で、野鳥や野生動物に吠えることで彼らのストレスになることが懸念され、それが犬連れ登山禁止の根拠のひとつにもなってきた。だから日本アウトドア犬協会などは犬連れ登山の犬に限って山で吠えることはなく、ほとんどの犬はおとなしいと訴えてきたわけだ。その主張の説得力はともかく、そんな日本アウトドア犬協会の思いも知らず、シェルパ斉藤は雑誌で堂々と
「犬連れ登山の犬は山でカモシカにも吠えかかる」ことをご丁寧にも宣言してくれたわけだ。カモシカにも吠えかかるのだから、当然ほかの動物、特に犬に吠えられるだけで大きなストレスを感じる動物にも吠えるだろう。さすがに日本アウトドア犬協会もこの記事を見て絶句したろうな。自分たちに都合のいいことをいってくれそうなシェルパ斉藤が、まさかの発言をしてくれたんだから(笑)。
 この記事を読んで、犬を登山のクマ対策に使おうって本気で思った人もいたかもしれないが、ツキノワグマの生態に精通している人は、クマ対策は鈴で充分。もしくは鈴さえもなくていいと思っている。ツキノワグマが危険なんてことをいうのは、素人の認識だ。ここ数年人がクマに襲われる事故が増えているというが、人を恐れない、いわゆる新世代グマの問題は人里や里山の話。深山のクマは、やはり人間とは一定の距離を置くし、登山者の前にノコノコ出てくるようなことは、運悪く鉢合わせすることでもない限り、ほとんどないといっていい(ゼロとはいわない。私も山でクマと間近に遭遇したことがある。ただ向こうの方が先に慌てて逃げてくれた)。また新世代グマが山岳地にも出没するかどうかは不明だが、たとえ出没したとしてもその対策に重大な問題がある犬を使うというのはナンセンスも甚だしい。その程度のことに生態系への悪影響を無視してまで犬を連れて行くメリットは何もない。あるのはデメリットだけだ。


 それにしてもこんなこといいたくないが、シェルパ斉藤ってバカじゃないのかね。無知にも程がある。いえばいうほどボロが出て、中身のレベルの低さが次々に露呈しているのに、ご本人とそのシンパだけはそれに気づきもせず得意満面。どこまでおめでたいんだよ。これまで散々チヤホヤされた挙げ句、勘違いしたままプライドだけは一流になってしまった素人としか思えない。そもそもシェルパ斉藤の文を読むと、やたらと自分がいかにいい人間であるかという記述が多いのも鼻につく。本当に善意からいいことをしている人というのは、自分の方から積極的にそれを口にしない。でも何かの目的がある人は、目的があるからそれを積極的に口にする。私は、そんな人間を一切信用しない。「本人は何もいわなかったけど、実は誰も知らないところでこんなにいいことをしていた」そういう人を信用する。ライターとしては話題がほしいから、どんな話題でも記事にしたい気持ちも分からなくはないが、自分のPRが毎回出てくる、しかも甘ったるい文体の記事は読んでいて不快だ。
 2007年6月号の連載には、サルにエサをやっていた若いカップルに「サルにエサを与えるんじゃない」と正義感に燃えて注意したと写真のキャプションに書いていたが、たった一度注意したくらいのことを「正義感」っていわれてもねえ。それくらいのこと、自然を大切に思う人の多くが普段、普通に実行している。サルの餌付けが好ましくないのは理解できるのに、犬連れ登山が好ましくないのは理解したくないくせにサルの餌付けくらいのことで偉そうにいうな。
 ネット上でシェルパ斉藤に関する書き込みを読むと、人気ライターにしては批判的な内容が目に付くのも、まあ頷けるね。そうはいっても、どうせシェルパ斉藤のシンパは、6月号の記事を読んで「シェルパ斉藤さんって、やっぱりエライ!」なんて思ってるんだろうな。どこまで頭が緩いんだよ。
 誰か、シェルパ斉藤とホーボージュンの救いようがないアホライター2人組に、犬連れ登山がなぜ好ましくないのか、自然や生態系の基礎も含めて3時間くらいレクチャーしてやれよ。それくらい「お勉強」すれば、いくらバカでも少しは理解できるようになるだろう。
 こういうバカが日本の野生動物を危険にさらしているかと思うと、シェルパ斉藤の、あのニヤけた顔を見ているだけで無性に腹が立ってくる。


 シェルパ斉藤のシンパたちは、これを見て大いに不快に思うだろうし、言い過ぎだとか何かと文句をつけたがるだろうが、私は彼らから何と非難されようとも平気だ。
シェルパ斉藤は自分には何の知識もないくせに専門家が「野生動物の絶滅にもつながる重大な問題」と警鐘を鳴らす犬連れ登山を自分勝手に問題ないと解釈して推奨宣伝を続けている大バカ者である。さらにいえば、このような野生動物を危険にさらし続けるような人物に拍手喝采を送る連中も同罪だ。
 近年、犬連れ登山に関して獣医学者の否定的な見解が新聞などでも取り上げられ、一般にも知られている。ところがシェルパ斉藤はその後もイベントで「犬連れトレッキングのすすめ」と題して講演したり、雑誌で犬連れ登山を勧めたりしている。万が一にも、そのような専門家の意見を知らなかったとしても、シェルパ斉藤はプロのアウトドアライターだろう。一般の人も知っていることを知らなかったでは済まされないし、そんなことも知らなかった人間にアウトドアライターの資格があるのかという話にもなってくる。知っていて犬連れ登山を推奨しているのなら、アウトドアライター云々以前の、人間としてどうなのかって問題だ。
 もしシェルパ斉藤のシンパたちが、ここで私が指摘してきた中身を知った上でシェルパ斉藤の肩をもつのなら、それは同時に
野生動物が絶滅する事態よりも、シェルパ斉藤の立場を守ることの方が重要と考えている明らかな証拠にほかならない。その程度の価値観しか持ち合わせないクズから文句を言われる筋合いはない。












斉藤政喜著『シェルパ斉藤の犬と旅に出よう』のコラム「犬連れ登山禁止って何?」はどこが間違っているのか
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 知らない人のためにまず著者について簡単に説明しておこう。斉藤政喜氏というよりもペンネームのシェルパ斉藤氏の方が一般には通りがいいと思うので、ここではペンネームの方で呼ばせて頂く。氏はアウトドア雑誌BE-PALでかなり以前から連載を続けてこられた人気アウトドアライター(ご本人は「作家」とか「エッセイスト」とかいわれているので、あるいはその方が正しいのかもしれないが、この際どっちでもいい)である。私は現在でもBE-PALを創刊号から所有するほど、長年にわたりこの雑誌を愛読しており、シェルパ斉藤氏の連載もかつてはたまに読ませて頂き、文才のある人だとは感じていた。だがBE-PAL1998年10月号P172に掲載された犬連れ登山に関する氏のコメントを読んで以降、氏の文を読む気がまったく失せてしまった。それは犬連れ登山を擁護するコメントを書かれていたからではない。
 その投稿は次のようなものだった。犬連れ登山をするために奥秩父の大弛峠を訪れたところ『車と犬立入禁止』という看板が立っており、大弛小屋のスタッフからも「山には自然の動物がいて、犬を入れたら生態が崩れるし、犬もかわいそう」といわれたが、どう思うか、さらに犬連れ登山で生態系が変わるのならそんな特集を組んでほしい、というものだった。それに対してシェルパ斉藤氏がコメントされていたのだ。
 氏は「犬よりも数倍大きい人間が入山できて、犬はだめなんて筋が通っていません(以下省略)
」とコメントされていたのだが、私はこれを読んだだけでシェルパ斉藤氏が生態系について何も知らない人だとわかり、以後氏の文を読む気が失せたのである。いくら人気アウトドアライターとはいえ生態系について何も知らない人の書いた自然を紹介する文を読む気がしないのが、その理由だ。
 生態学を専攻した人でなくても生物系学部出身者なら、少なくともこんなトンチンカンなコメントは絶対にしないだろう。なぜなら踏み荒らしについての発言なら、この珍説も成立するかもしれないが、生態系への影響というのは、身体のサイズとは必ずしも関係しないからである。このくらいのことはBE-PAL読者層の中でも、ちょっと意識の高い人なら誰しも知っていることである。

 アウトドアライターに生態系の知識なんか必要ない。それよりも楽しい文を書けることの方が重要という人も多いだろう。私も氏が耕うん機で旅をしようが、公園で野宿しようが、そういう旅の体験をおもしろおかしく記事にすることには何の反対もしないし、むしろそれによって読者が楽しい気分になられるのであれば、それはそれで結構だと思う。だが、それがひと度自然や生態系に関する知識が要求されるコメントとなると話は違う。この投稿は生態系への影響について問うている。それに対して極めて大多数の人が目にする場で、一読者の個人的印象ならともかく、著名な人物が何かコメントするのであれば必要最低限の知識が必要だし、逆に言えばいくら著名でも必要な知識がない人物にこの問題をコメントする資格はない。正しい知識を持ち合わせない人に正しいコメントができるわけないのである。
 こんなことをいうとシェルパ斉藤氏のシンパからは「彼はバックパッカーとして絶大な人気を誇るすごい人なんだから」などといった的外れな反論も聞こえてきそうだ。私も氏の数々の実績まで否定するつもりはない。だが、その実績と生態系への影響について正しい判断ができるかどうか、というのはまったく関係ないのである。
 そもそも私は生態系への影響について知りたがっている投稿に対する回答者としてシェルパ斉藤氏を選んだ担当編集者の不見識ぶりに大いに呆れた。アウトドアライターに生態系への影響の有無について答えられると思うのもどうかしているし、それに自信満々に答える方も答える方である。しかも、そのコメントは犬連れ登山者たちの主張の中でも、かなり低いレベルに該当する。自信満々な割に、自分には生態系に関わる知識がないということをお気づきになっていないらしい。
 私はアウトドアライターにしろ、なんにしろ自然について語る人には生態系の基礎知識くらい持っているべきだと考える。いや、ある問題について自分がコメントする立場にあるかないか、きちんと境界線が引けている人なら知らなくてもいい。だがシェルパ斉藤氏は生態系の知識がないにも関わらず、その境界線すらきちんと認識されていない。だから、あのようなお粗末なコメントを平気でできるのだろう。


●コラム「犬連れ登山禁止って何?」はどこが間違っているのか
 さて前置きが長くなったが、本題に入ろう。そんなシェルパ斉藤氏だが、その後も似たような主張を繰り返されているようだ。氏が2005年に出された『シェルパ斉藤の犬と旅に出よう』P140〜142のコラム「犬連れ登山禁止って何?」には相変わらずの持論が展開されている。
 氏の主張は簡単に言うと次の3点である。

@犬が環境に悪影響を与えるというのなら人間も規制するべき。
A自分も3000mを越える山岳地帯に犬を連れて行く気はないが、1500mの高原で文句をいわれるのは納得できない。
B長野県の高ボッチ高原で駐車場の係員から犬連れを注意されたが、その駐車場には放し飼いのパトロール犬がいて、パトロール犬だけは環境に悪影響を与えないというのは理屈が通らない。

 これまで、さんざん出てきた犬連れ登山者たちの持論と大差もなく、確かにその主張もわからなくはないが、この3点とも間違っている。なぜ間違っているのか、きちんと説明したい。
 まず@だが、これは本サイトでも繰り返し書いてきたことであるので、詳しくはそちらをご覧頂きたい。簡単にいうと、犬には無症状のまま病原体を保有していることがあり、それが野生動物に感染すると、病原体に対する感受性が動物によっても異なるため無症状ですむとは限らず死ぬこともある。さらに万一感染が拡大して野生動物の間で流行すると希少動物の場合は絶滅する可能性が高いということだ。それは犬をきちんと健康管理しても防ぐことはできず、動物どうしなら系統的距離が近いことから感染リスクは人間よりも高いのである。これは私の持論ではなく専門家に確認したことだ。

 次にAだが、シェルパ斉藤氏は犬連れ登山をしても問題ない安全エリアと、問題がある危険エリアの境界線をどこに引かれているのか、はっきり書かれていないのでわからないが、同じ本の中で標高2646mの八ヶ岳連峰・天狗岳に犬連れ登山をしたことを記事にされているから、あるいは標高2646mと3000mの間に引かれているのかもしれない。ただ氏の文だけでは3000mの山岳地帯に連れて行かないのは環境への影響を考えるから連れて行かないのか、それとも犬の負担になるので連れて行かないのかは不明だ。文の前後のニュアンスからは前者ではないかと想像するが。
 このサイトでもこれまでに書いてきたことだが、どこに線をひく、というのは簡単にいえることではない。犬連れ登山者たちの意見を読むと高山帯だけ避ければ問題ないとか、いろいろ書かれているが、実はまったく根拠薄弱な主張である。本当にその主張に何らかの科学的根拠があるというのなら、犬連れ登山者たちの意見はすべて同じはずだが、実際には森林限界説、亜高山帯説、高山帯説、そしてシェルパ斉藤氏の標高3000m説(氏の主張はそうではないかもしれないが)とてんでバラバラ。つまり犬連れ登山者たちの主張は自分の印象で好き勝手にいっているに過ぎない。さらにいえば犬を連れ込まないエリアを認めることで、いかにも自分たちは環境への配慮をしているというポーズをとっているようにしか見えない。これらの説が、なぜおかしいのか、わかりやすいように図にしてみた。



 山を略図化した台形にそれぞれの説における犬連れ登山安全エリアと禁止エリア(赤色)を色わけすると、このようになる。これら3つの説を比較しただけでもわかるが、3つの説は同じ犬連れ登山者たちの説にしてもかなりの違いがある。ちなみに亜高山帯というのは本州中部の山では1500〜2500mあたりのこと。高山帯というのは2500m以上のことだが、地方によっても山によっても違うし、ある程度の範囲で漠然とこのあたりの標高としかいえないものだ。
 もし本当に問題あるのが亜高山帯以上だった場合に、高山帯説と標高3000m説が正しいと信じて図のA地点やB地点に犬を連れて行くと問題が生じることになる。つまり、この3説のうち、最も広く危険エリアをとっている亜高山帯説を除けば、どの説をとっても他の説とは結果が矛盾することになる。
 だが生態系への影響を、こんな形で危険エリアと安全エリアとして線を引くことができるのか。そもそも亜高山帯にしろ高山帯にしろ、その名称は植物生態学的な意味があるにしろ、人間が勝手に分けたものだ。この植物生態学の基準に従って、きれいに野生動物の生息地分布が分かれるわけではないだろう(植物に対してならまだしも)。高山帯の限られた場所にしかいない動物もいるが、一方で亜高山帯から高山帯にかけて棲息するものもいるし、希少動物すべてが高山帯ばかりに棲息しているわけでもなく、当然種類によっては山地帯に棲息するものだっている。さらにいえば、近年はクマやサルなどの本来山地帯を中心に棲息する動物が高山帯まで進出していることが問題になっている。それは山地帯で病原体に感染した動物が、場合によっては病原体を高山帯へと運び、そこからさらに抵抗力の弱い動物へと感染が拡大する可能性だって否定できないのではないのか。そもそも高山帯の動物は抵抗力が弱いから配慮が必要といわれるが、高山帯以下の動物について本当に大丈夫かどうか詳細に検討されたこともなく、高山帯以下に棲む動物はたぶん大丈夫なんじゃないの、という程度の話で結論づけられている。いくら高山帯だけ危険エリアとして避けても、亜高山帯の野生動物に犬の保有する感染症が流行したら、高山帯との境界線で、その流行が止まるわけもなく、当然さらに抵抗力の弱い高山帯の野生動物にも流行が広がる可能性がある。つまり野生動物への病原体感染を予防するためには、亜高山帯とか高山帯とか、高い場所だけ危険エリアとして除外しても無意味なのだ。
 では、どこに線を引くべきなのか。それは簡単に答えは出せない。より野生動物の安全を考えるのなら、低山であっても犬連れ登山は禁止すべきとしかいえない。上の図でも示したように危険エリアというのは、明瞭にどこかに線を引けるという話ではなく、危険エリアと安全エリアの間には、かなり微妙なエリアが存在し、強いて図示するのなら、このようなグラデーションをかけて示すしかないだろう。もちろん、この図はかなり単純化しており、現実にはもっともっと複雑なはずだ。
 犬連れ登山者たちがいう亜高山帯説にしろ高山帯説にしろ、それらに科学的根拠があるわけではなく、要はなるべく自分たちが犬連れ登山をできる範囲を広くとって、あとはここだけは遠慮しておきます、と適当に線を引いただけのことである。だから、これらの説にきちんと根拠が書き添えられていた試しはない。
 シェルパ斉藤氏の意見も同様に何の根拠もない。標高3000mに犬を連れて行くことが問題ありと認識されているのであれば、なぜ標高1500mでは問題ないのか、その違いはどのような根拠に基づくのか。きちんと説明していただきたいものだ。おそらく標高1500mなら問題あるはずがない、という程度の話だろう。いっておくが、そんな反論はまったく根拠には当たらないのである。
 そもそもシェルパ斉藤氏は、犬がどんな病原体をもっている可能性があり、それが野生動物にどの程度の感染力があるのか、あるいは野生動物によって病原体の感受性がどの程度違うのか、おそらく何もご存じではないだろうし、それどころか「犬よりも数倍大きい人間が入山できて、犬はだめなんて筋が通っていません」というようなトンチンカンなことを自信満々に語るような人だ。そんな人に誰をも納得させる説明ができるとは到底思えない。

 さて最後にBについて。パトロール犬というのは紛らわしいとは思うが、ここをイヌキンにすることと、まったく矛盾はしない。問題があるのは、むしろシェルパ斉藤氏のロジックである。氏は、本当はそういう問題ではないのに、勝手に「ある」か「なし」かのデジタルな二元論みたいな話に置き換えている。それに置き換えるから矛盾するように見えるだけのことで、本来、この問題はそういう話ではないのである。
 例えば、レストランや病院ではペット連れ込み禁止になっているが、盲導犬や聴導犬だけは例外扱いになっているのと同じ事だ。
病院に犬を連れ込むのは好ましくない。だから禁止されているわけだが、盲導犬や聴導犬についてはやむを得ないからそれだけは例外として認めようということなのだ。それを盲導犬が問題ないのなら、うちの犬を連れ込んでもいいじゃないか、とは普通はあまりいわないだろう。
 あるいは、貴重な文化財の中には公開による劣化を懸念して非公開扱いになっていることがあるが、テレビ局が取材に来ると、時には「特別に」見せてくれたりする。テレビ局に見せるのなら、オレにも見せろとごねる人は世の中にはあまりいない。
 喫煙などによって人体に入る発ガン性物質も同じだ。身体の中に発ガン性物質が「ある」か「ない」かでガンになるか、ならないかが決まるわけではない。発ガン性物質によっても違うが、タバコなどに含まれるごく微量の発ガン性物質なら、ある程度の許容量があって、摂取したからといってすぐにガンになるわけではないが、長期間にわたってある程度の量を摂取し続けるとガンになる可能性がある。ちょっとくらいならガンにはならないのだから、発ガン性物質はいくらでも摂取してもいいという理屈にはならない。
 つまり全体に占める割合のうち、例えば5パーセントくらいまでは大きな問題にはならないから、やむを得ない理由や正当な理由があれば例外として認めるが、それが50、60パーセントと割合が大きくなると問題になる可能性があるので基本的に禁止する、という理屈なのだ。例外とそれ以外のことをごっちゃにすると何でもありということになってしまう。
 犬連れ登山の場合も同様だ。クマの里山への出没が問題になっている長野県軽井沢町では特別に訓練されたベアードックをその対策に利用している。これは「例外としてやむを得ない」話なのであって、ベアードックを認めるのなら一般の犬連れ登山も認めるべきという理屈は同様の理由で成立しない。
 これは山小屋が飼っている犬やマタギの猟犬についても同じことがいえる。山に入るのが年に数頭なら大きな問題にならなくても年に100頭、1000頭となると問題になる可能性が高くなる。だからごく少数のベアードックや山岳救助犬、山小屋のイヌ、マタギの猟犬くらいは例外として黙認するが、それら例外犬と比べて相対的に数が多い犬連れ登山のイヌまで認めていると先に説明したような問題が生じるから認めないということであって、この理屈は論理的にまったく矛盾はしない。
 そもそも生態系や生物の問題というのは、シェルパ斉藤氏が単純化したような「ある」か「ない」かでは判断できないことの方が多いし、逆にいえばこのようなデジタルな見方しかできないのは生物学に無知な人間の特徴ともいえる。生物学を知らない人は、なんでもかんでも「ある or ない」、「A or B」といった具合に、すべての事柄がきれいに1本の線で分けられると勘違いしているのが特徴だ。もちろん分けられる場合もあるが、分けられないこともある。植物ではAという種類とBという種類の相違点が、明瞭に分かれずに「変異が連続している」のはよくあることだ。このように生物や生態系というのは、ある意味ファジーな存在。生物や生態系の問題に対してデジタルな見方ですべて判断しようというのが、そもそもの間違いである。高山帯だけとか、標高3000m以上とか、1本の線で区別すれば、あとは問題ないという主張も、いかにもデジタルな発想の所産としかいえない代物である。


 以上の説明にシェルパ斉藤氏はおそらく100パーセント反論はできないだろう。彼ができるのは(あるいはすでに実行されているかもしれないが)、せいぜい犬連れ登山は問題ない、という獣医師をどこかから捜し出して「ほら、専門家だって問題ないと証言する人がいる」と反論するのが関の山だろう。だが、いっておくが、そんなものは反論には当たらない。科学の分野では専門家によって見解に相違があるのは日常茶飯事。ただでさえ複雑な問題である犬連れ登山について専門家でも意見が分かれるのは、私も当然あり得ることとして認識している。重要なのは、「犬連れ登山が問題あり」とする専門家と「問題なし」とする専門家がいた場合に、ではなぜ自分は問題なしとする専門家の説の方をとったのか、なぜ問題ありとする専門家の意見は考慮しなくてもいいのか、根拠を揃えて説明しなければならないということだ。それが説明できなければ、根拠もなく犬連れ登山を支持しているのと同じことだ。残念ながら「犬よりも数倍大きい人間が入山できて、犬はだめなんて筋が通っていません」というようなトンチンカンなことを自信満々に語るような人に、その説明ができるとは思えない。
 私がなぜ問題ありとする専門家の意見を採ったのか、その理由を最後に説明しておこう。まず問題ありとする意見のどこが間違っているのか、きちんと反論していない専門家の場合は、単に専門外のために問題ありと判断する根拠を知らないだけという可能性が高い。犬連れ登山がなぜ問題あるのか知らなければ当然専門家だろうと一般の人だろうと「問題はない」という判断になるからである。近年、どの分野でも専門化・細分化が進み、大雑派に「獣医学」の専門家といっても、その中のどの分野について詳しいのか、というのは人それぞれだ。犬連れ登山の問題を判断するためには、感染症学と生態学の知識が必要であって、つまりいくら獣医師だからといっても感染症学や生態学の知識がなければ、正しい判断ができるはずもない。専門家、専門家というが、その人が本当に詳しいのはどの分野なのかというのを確認もせずに、単に「獣医学者だから」「獣医師だから」という理由だけでは、この問題に正しい判断ができる専門家とはいえないのである。
 次に本当にこの問題について知識がある専門家が、きちんと反論した上で犬連れ登山は問題ないと主張している場合を考えてみよう。実際にはそういう反論をしている専門家は今のところいないが、仮にそんな人が現れたとしても、それだけでは我々一般人から見れば専門家の意見も五分五分なんだということしかわかない。科学の世界ではそんなこともよくあることだが、懸念している事態というのが、野生動物の絶滅に結びつくような極めて重大なものであれば、はっきりするまで最悪の事態を迎えないように、やはり犬連れ登山は禁止すべきという判断にしかならない。いずれ「問題ない」とはっきりしたら、その時点から犬連れ登山をしてもいいが、問題ありと問題なしの意見が拮抗している段階であれば、まだダメということだ。もしかすると野生動物が絶滅するかもしれないのなら、当然そうするしかないだろう。
 つまり、重大な結果を懸念している専門家がある程度の数でいる限り、反対意見があろうとなかろうと、少なくとも現時点では犬連れ登山は禁止すべきという判断に変わりはないのである。私が犬連れ登山を反対する専門家の意見の方を選択し、犬連れ登山反対の立場をとる理由は以上の通りである。

  シェルパ斉藤氏に限らず、犬連れ登山者たちが問題なしという専門家の意見を持ち出すのなら、私が説明したようなきちんとした理由を示していただきたい。ま、無理だろうけどね。


 シェルパ斉藤氏や日本アウトドア犬協会のように、この問題の肝心な部分を正確に理解していない人物や団体が、専門家が「問題あり」といっていることを自己流解釈によって勝手に問題はないとして「犬連れ登山は楽しいですよ。みなさんもやりましょう」と広く推奨している。特にシェルパ斉藤氏は、早くから雑誌で犬連れ登山というスタイルを一般に見せてきた人だ。彼らは、もし犬連れ登山の犬から病原体が野生動物に感染拡大し、重大な結果になったら、どう責任をとるつもりなのだろうか。そんなことはあり得ない、というわけだろうが、そもそもそのための判断に必要な知識が不十分ではないか。それとも、いざとなれば「犬連れ登山の犬から感染したという証拠はない」と逃げる算段なのだろうか。しかし犬連れ登山を推奨するということは、将来自分たちが重大な結果を招いた張本人とされるリスクを覚悟しなければならないはずだ。日本アウトドア犬協会は解散すれば終わりだが、シェルパ斉藤氏の場合はアウトドアライター生命が終わることを意味している。そこまで自分の立場を危険にさらしてまで、くだらない犬連れ登山を推奨する意味って一体全体何なんだろうか。ホント、不思議な人だわ。犬を溺愛しすぎて、正しい判断能力を失っているとしか思えない。









犬連れ登山者たちに共通する勘違いを指摘する
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実は根拠薄弱。推測あるいは思い込みの域を出ない意見
 ネットで犬連れ登山者たちの意見を読むと、根拠も不明瞭な推測や個人的な印象としかいえないようなレベルの意見も
多い。
 例えば、よくいわれる「イヌよりも人間の方がはるかに環境への影響が大きい」という意見。犬連れ登山者たちはよく「根拠を示せ」とおっしゃるので、逆におたずねしたいが、では人間の方が影響が大きいとする根拠は何だろうか。いっておくが人間の方がたくさん山に入っているとか、人間の方が体重が重いといったことは、まったくその根拠にはならない。
 「イヌよりも人間の方がはるかに環境への影響が大きい」というのは、いかにも説得力がありそうで、実は何の根拠もない。人間の方がイヌよりもたくさん山に入っている、だから影響が大きいに決まっている、というレベルの話でしかない。それは根拠も示さずに「イヌは環境への影響があるに決まっている」という意見と何ら変わりないのである。私は犬連れ登山者たちによるいくつかの同様の意見を読んでみたが、なぜそう判断したのかきちんと根拠が書いてあった例を見た記憶がない。さらにいえば犬連れ登山者たちがお好きな「科学的根拠」(本当は科学の基礎すらも理解していないくせに)まで明示されていた例は皆無だ。よくいわれる自然を破壊して観光開発をしているとか、オーバーユースを利益優先で見て見ぬふりをしている、といった反論は人間も環境によくないことをしている実例でしかないのであって、それだけではイヌよりも人間の方が環境への影響が大きい理由にはならない。こうした反論は見た目には、いかにも犬よりも問題があるように「見える」だけの話で、本当のところどちらがより問題があるのかについてはもっと詳細に検討しなければ結論づけることはできない。つまり「イヌよりも人間の方がはるかに環境への影響が大きい」というのは、あくまで「推測」や「思い込み」の域を出ない根拠薄弱な意見でしかない。
 私はイヌの方が問題が大きいと考えているが、その第一の根拠は専門家の意見である。複数の獣医学者から「イヌが無症状のまま保有する病原体が、野生動物に感染し流行すると最悪絶滅する可能性がある」、あるいは「動物どうしなら、野生動物に感染する確率は高くなる」などの意見が相次いで出ている。しかも日本アウトドア犬協会でさえ人間よりもイヌの方が野生動物に系統的距離が近いためにリスクがあることは認めている。
 むろん人間によるオーバーユースに対しても何らかの対策は必要だ。それは充分理解している。だがオーバーユースという別の問題が放置されているから犬連れ登山はしてもいいという理屈は成立しない。しかもイヌの病気が感染拡大して野生動物が絶滅することの方が、オーバーユースよりもはるかに問題としては大きい。オーバーユースというのは、いずれ何らかの対策をすれば、自然の回復力によって元に戻る可能性が期待できるが、野生動物が一度絶滅したら、どんな対策をしても生き返らすことはできない。どちらが、より重大か。これを比較すれば答えはひとつである。
 このように犬連れ登山者たちの意見は、一見筋が通っているようで、詳しく見ていくと根拠薄弱な主張も多いのである。以前、ネットでそんな意見を読んでいたら「犬連れ登山が環境に与える影響なんていうものは、山岳環境や生態系にまつわる数々の問題の中では、ほんとに微々たる問題だと思う」という意見もあった。この人の意見は全般によく考察されているとは思ったが、その一方で、この部分は「個人的印象」以外の何ものでもないと感じた。この人はイヌがどんな病原体をもっている可能性があり、それが野生動物にどの程度の感染力があるのか、さらには感染した場合にはどんな症状が出て、万一それが野生動物の間で流行したら、どういう結果になる可能性があるのか、おそらく何もご存じではないだろう。山の仕事にも就かれていたようだが、だからといってこの問題において正しい判断ができるわけではない。それとこれとは何の関係もない。自然の中を歩いたことすらない、という人よりかは幾分マシという程度の話で、病院に勤務すればあらゆる病気について判断ができるようになるわけではないのと同じ事だ。正しい判断ができるのは感染症や生態系、野生動物について充分な知識がある専門家だけである。
 犬連れ登山のマナーの面についての議論ならどうぞご自由に、といいたいが、生態系への影響については素人が口を挟む余地はない。ところが、実際は生態系どころか生物学の基礎知識すら希薄な、さらにいえば科学教育も充分に受けていないのではないかと思われる団体や人物が、たかだかネットで何かを調べたからといって、それでもう自分もこの問題に関して専門家と対等に議論できるようになったとばかりに勘違いして自分たちの意見をゴリ押ししている。いや、それだけではない。まだこの問題に結論も出てもいないうちから、専門家が「問題あり」といっていることを無視して犬連れ登山を続けるばかりか、犬連れ登山を広く推奨しているアホもいる。百歩譲って個人的に犬連れ登山するくらいは大目に見たとしても、専門家が問題ありとしていることを一般に推奨するのはダメだろう。
 それをするのなら、まずはその専門家の意見を論破しなければならないはずなのに、都合の悪いことには気づかないふりをする卑怯者。どうしようもないバカだ。つまり専門家の意見を論破できないまま犬連れ登山を続けるということは、必然的に「自分たちが犬連れ登山を続けるためには野生動物が絶滅しようがどうしようがオレには関係がない」ということを宣言しているのに等しいではないか。それに気づいているのだろうか。私にいわせれば、こういう連中は万死に値する。

※なお、以前の記事で日本アウトドア犬協会の根拠薄弱ぶりを今後、指摘すると書いたが、それは今回の記事のことではない。日本アウトドア犬協会の主張のどこが根拠薄弱なのかは、別途きっちりと指摘する。



科学的根拠と因果関係について
 続いて科学音痴の犬連れ登山者たちが、なぜか大好きな科学的根拠と因果関係について考えてみたい(科学音痴だからこそ好きなんだろうな)。犬連れ登山のイヌが生態系に悪影響を与えた例はない、とよくいわれるが、これは不正確な表現で、「悪影響を与えた可能性がある例はあるが、因果関係まで実証された例はまだない」というのが正しい。ただ犬の病原体が野生動物に感染し流行し、野生動物の大量死につながった例は実際に国内で報告されている。犬連れ登山の犬が感染源として特定された例はまだないというだけだ。
 またイヌキンに科学的根拠はない、という意見もよくいわれるが、これはウソである。専門家からも犬連れ登山に問題ありとする意見が出ているのは先にも述べた通りだが、科学者である専門家たちが根拠もない、いい加減な意見を主張するはずがないのである。それは素人同然の犬連れ登山者たちの意見なんかよりも、はるかに正しい知識をもとにしてシビアに論理的に判断されているのはいうまでもない。それは因果関係まで証明されていないだけであって、科学的根拠がないわけではない。犬連れ登山者たちを見ていると自分たちが獲得した貴重な言い分である「イヌキンに科学的根拠がない」という一見有利に見える「説」を両手で握りしめて、容易に離さない。だから、こういう指摘をしたら何の反論もできないくせにいつまでも同じことを言い続けている。もはや滑稽である。
 さらにいえば、この問題においては必ずしも因果関係まで証明する必要はない。つまり専門家が感染症学や生態学の知識を元にして、犬連れ登山による環境への重大な影響があると判断されれば、それだけで規制の根拠になると私は考える。なぜなら生態系における因果関係の証明をするのは極めて困難で、それを待っていたのでは手遅れになる可能性があるからだ。「いや法で規制するのなら因果関係の証明が必要」と犬連れ登山者たちはいいたいのだろうが、彼らは世の中には科学的根拠はあっても因果関係まで証明されていないまま規制されたり注意を促されたりする例が、実はたくさんあることを知らないようだ。
 前項で私は大豆イソフラボンの例を出したが、最もわかりやすい事例を出そう。それは地球温暖化である。地球温暖化は二酸化炭素の増加が主な原因であると一般にいわれ、二酸化炭素排出削減が国家の一大プロジェクトになったりしている。だが、実は地球温暖化と二酸化炭素排出増加との因果関係は証明されてはいない。もっとも現在では二酸化炭素増加が原因とする説が、最も確度が高いと判断されているようだが、それでもほかに主な原因があると主張する学者もいて、アメリカなどは自国の産業に都合のいいこの説を支持して京都議定書を無視しているわけだ。
 地球温暖化が二酸化炭素排出増加に原因があるとする説には、二酸化炭素に温室効果があることや現実に排出される二酸化炭素が増加しているなどの科学的根拠はあるが、完全に因果関係までは証明はされていない。しかし現在では、その状況のもとで膨大な予算を計上して二酸化炭素排出削減のための国家プロジェクトが行われているわけだ。これも犬連れ登山者たちの論理でいくと、地球温暖化が二酸化炭素排出増加によるという因果関係は証明されていないのだから、二酸化炭素排出の規制をするのはおかしいことになる。確かに、もし異論を唱える学者の方が正しかったら膨大な予算と努力が無駄とはいわないまでも別の原因が問題として残る可能性もある。だが当然のことだが二酸化炭素排出規制はしなければならない。現状では二酸化炭素が主な原因である可能性が高い上に、因果関係まできちんと証明されてから対策に取り組んでいたら手遅れだからである(それどころか地球温暖化の研究者の中には現段階でも、もはや手遅れという人もいる)。地球温暖化に歯止めがかからないと気温が上昇して氷河が融けるに留まらず、あらゆる動植物が絶滅したり、感染病が拡大するといったことなどが懸念される。あらゆる既存の知識から、このような重大な結果が予見される時は、因果関係の証明などナンセンスだ。因果関係にこだわるあまり、対策が遅れ最悪の結果になってもいいというのだろうか。
 犬連れ登山においては野生動物の絶滅の可能性が予見される。だから犬連れ登山は因果関係の証明がなくても規制するべきだし、それがすぐにできないというのなら最悪、自粛を促す看板くらいは立てるべきである。






都が高尾山のペット規制看板を撤去したことについて
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 2006年10月14日の東京新聞に都が高尾山のペット規制看板を撤去したことが記事になっていた。この記事は、これまでYomiuri Weeklyなどが取り上げた「犬連れ登山」関連の記事と比べれば、はるかにバランスよくまとめている。
 私が疑問に感じたのは都の対応である。この記事でも麻布大学獣医学部の太田光明教授が「感染症予防の点から規制は必要」と警鐘を鳴らしているのに、都はどういう根拠でもって「はっきりした因果関係までは問えない」と結論を出して撤去に至ったのか。確かに「鳥獣保護法で禁止」とウソを書くのはよくないが、看板の文言を修正すればよいではないか。そもそも専門家に問い合わせた、というが、この問題がなぜ問題あるのか、正しく認識している専門家に本当にきちんと確認したのだろうか。
 この問題は生態系への影響が懸念されるためにリスクを最小限に抑えるべく管理しなければならない問題である。「はっきりした因果関係までは問えない」として野放しにしたのでは、最悪の事態を迎える可能性だってある。その最悪の可能性を避けるために、リスクを管理しなければならないのである。
 都の判断はなぜおかしいのか、考えてみたい。最近、テレビや新聞などで大豆イソフラボンの過剰摂取による健康への悪影響が報道され、食べ過ぎないようにと注意が呼びかけられたが、これと比較するとよくわかる。大豆イソフラボンは健康にいい成分としてサプリメントにされたりもてはやされていた。ところが過剰摂取は乳ガン発症などのリスクを高める可能性があるとして、サプリメントで過剰に摂取しないようにとされたのである。おそらくこの報道を聞いて、多くの人は「健康にいいとばかり思っていたのに摂りすぎると害があるとは知らなかった。それでは今後は気をつけよう」と感じたはずだ。当然、普段、犬連れ登山をしている人たちも同様だったはずだ。
 だが「大豆イソフラボンの過剰摂取が身体に悪影響がある」というのは、今のところ「その可能性がある」という段階。まだ研究されている途上であって
はっきりした因果関係」も結論づけられてはいない。さらにいえば食品中の大豆イソフラボン含有量の規制についても法的根拠はない。
 ここまで書けば私がいわんとすることがおわかり頂けたと思う。つまり「大豆イソフラボンの過剰摂取による人体への悪影響」と「犬連れ登山による生態系への悪影響」は、どちらも似たような状況にあるということだ。もっとわかりやすくいえば人間様の健康に害があるらしいというのであれば、因果関係がはっきりしていなくても「可能性がある」というだけで注意を呼びかけるが、野生動物に害がある場合は因果関係がはっきりしていないからという理由で、都のように犬連れ登山の自粛を求める看板までも撤去してしまうし、犬連れ登山者たちのように自分たちが犬を連れて山を歩きたいがために「犬連れ登山に問題はない」などと聲高に叫んだりする。つまりは人間の健康には最大限の注意を払うが、それが人間ではなく野生動物の問題となり、さらに素人同然でも、うるさい犬連れ登山者たちから文句が出れば、生態系への悪影響の可能性があってもそれを無視してしまうわけだ。人間の場合と比較すれば、世の中の規制や注意喚起にはまるで論理に矛盾があることがよくわかる。
 ペット連れ込みに法的根拠がなくても、専門家が生態系への重大な悪影響を懸念している以上、自粛を促す看板は立てるべきである。自粛を促す看板さえも立てないということを「大豆イソフラボン」に当てはめてみると、過剰摂取が人体へ悪影響を与える可能性が懸念されていても国民に注意を促さないのと何ら変わりない。


 今回の記事では日本アウトドア犬協会の河本勝昭事務局長のコメントも掲載されていた。これまで私は日本アウトドア犬協会を徹底的に批判してきたし、そもそも日本アウトドア犬協会という団体は、コメントを求めるほどの中身はない、と感じている。だが、今回の記事で河本事務局長にインタビューしたのはむしろよかっただろう。
 この記事を読む人は、当然ながら河本事務局長のコメントに対して、すぐあとに掲載された麻布大学獣医学部の太田光明教授や福島県自然保護協会の横田清美理事のコメントを比較して読む。後者おふたりのコメントを読めば、河本事務局長がいう「犬が自然環境に有害という誤解や偏見を助長しかねない」という発言は、誰が見ても単なる犬好きの思い込みにしか見えない。
 日本アウトドア犬協会は、その程度の反論をするのが関の山だろうし、これからどんな否定的根拠が出てこようとも、さんざん犬連れ登山には問題はないと言い続けてきた手前、自分たちのメンツもあって犬連れ登山にこだわり続けるだろうことは容易に想像できる。「イヌキン看板は困る」というたったひとつの視点からスタートし、団体を作ってまでして自分たちの欲求を世間に認めさせようとしている「犬連れ登山に病的な執着を見せる人たち」だから当たり前だ。専門家の中には、今は議論紛糾しているが、そのうちこの問題は犬連れ登山規制という流れになって終息すると見ている方もいらっしゃるが、日本アウトドア犬協会をはじめとする犬連れ登山者たちの執着ぶりを見ている限り、私はそんなに甘くないと思う。
 本来、この問題はきちんとした専門家の意見をふまえ国が規制に乗り出すべきなのだ。今回の記事にもある「ペットブームに伴い、一緒にアウトドアを」という声があったとしても、そんな希望に添うことと野生動物を守ることを比較すれば、どちらを重視すべきなのか、その答えは明らかである。ペットと一緒にアウトドアしたければ、近所の河原でも歩いてろ。


 日本アウトドア犬協会は、今回の記事で警鐘を鳴らす専門家がいることをもう「知りません」と無視することはできまい。なんてったって久々にマスコミに取り上げられ(よかったね〜)、事務局長がコメントを寄せている記事なんだから。
 とにかく不思議なのは日本アウトドア犬協会が、どういう根拠でもって専門家の発言に対抗する姿勢を取っているのか、ということだ。麻布大学獣医学部・太田光明教授の意見を無視して犬連れ登山を続けても問題ないというのなら、その理由をきちんと説明していただきたい。だが素人同然の日本アウトドア犬協会が専門家の意見を論破するような反論ができるわけがない。仮に反論ができたとしても、それはこれまで協会が主張してきた程度の反論だろう。協会をはじめとして犬連れ登山者たちの意見というのは、自分たちに都合のいいことには「根拠を示せ」と随分威勢がいいのだが、都合の悪いことになると、@根拠や具体例も示さず反対だけする、A気づいていないふりをして無視する、といったパターンになる。実は「根拠を示せ」といっているわりに、自分たちの主張の中にも同様に根拠薄弱なものが結構いっぱいあることに気づいてもいない。私にいわせれば日本アウトドア犬協会は、かつて彼らが徹底的に質問攻めにしていた「根拠を説明できないイヌキン看板を立てた役所」と大差ない。今後、この点についても具体的に指摘する。







iBE-P@L「裏アウトドア犬養成講座」の記事は
どこが間違っているのか

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 アウトドア雑誌BE-PALのサイトiBE-P@Lに「裏アウトドア犬養成講座」なる連載が以前に続けられていた。その第28回で犬連れ登山派ライターが「犬連れ登山」について書いているのだが、自分たちに都合のいい解釈のオンパレード。さらにいえば科学音痴文系ライターにありがちな安易な結論の出し方にもうんざりするが、怒っていても仕方ない。少し前の記事だが、今回はこの記事のどこがどう間違っているのか指摘したい。

 
尾瀬は自然保護意識の高い人が多くて不快な思いをするから、犬を連れて行かない方がいいのではない
 
いくら犬連れ登山派ライターといえども、まさか尾瀬に犬を連れて行っても問題ないだろう、というような主張をする人がいるとは思ってもみなかった。まぁ、勘違いしてはいけないのは所詮アウトドアライターというのは自然(の科学的知識)に詳しい人たちではない。正確にいえば自然の楽しみ方に詳しいというだけなのだ。本来はアウトドアライターといえども自然についての知識もある程度は持っているべきだと私は思うし、もちろん充分な知識をもつアウトドアライターもいるとは思うが、アウトドアライターと名乗っている割に生態系の意味すら正しく理解していないお粗末なライターも珍しくない。このライターも典型的なそういうタイプであろうことは想像に容易い。だから、そんなものかと驚きもしないし、その点に疑問をお感じになられたのであれば質問するくらいは別に構わないのだが、このライターが書いていることには抜けている点がいくつもある。
 まず「ウンチを持ち帰るようにして」といっているが、このライターはなぜか尿については触れていない。糞は回収すべきというのは理解しているようだが、尿は回収しなくてもいいのだろうか。その理由は一体何だろうか。
 また「糞を持ち帰る」というが、どの程度のことを想定しているのだろうか。街中を散歩する途中で犬が道路上にした糞をスコップですくって袋に入れて持ち帰る程度のことをいっているのだとしたら、これでも問題があると私は考える。登山道上に糞をさせて糞自体は回収しても病原体が登山道に残る可能性があるからだ。本サイトでもこれまで専門家の意見をふまえて犬が潜在的に保有する病原体が野生動物の間で感染し流行すると最悪絶滅することもあり得ることを指摘してきた。しかもそれはきちんと健康管理している犬であっても防ぐことはできないということを説明してきた(詳しくは本サイト「日本アウトドア犬協会の大ウソ」「ワクチンは決して「犬連れ登山」許容の切り札ではない」参照)。また糞尿が問題あるのは病原体だけではない。尿の匂いが野生動物の行動に影響していることを伺わせる調査結果も現実にある(詳しくは本サイト「犬の連れ込みによる問題が起きている場所もある」参照)。それを考えれば当然尿も回収しなければならないことになるが、どうやって回収するというのだろうか。
 尾瀬保護財団の回答も充分とはいえない。「リードをつけて、ウンチを持ち帰るようにして、ヤマネや湿原にも気をつけてしっかり管理すれば行ってもいいんですよね」という質問に対しては、上記のような説明をして、やはり好ましくないというべきだったろう。突然の電話では、回答の想定もできないので仕方ないかもしれないが。
 そもそもである。尿のことすら何の想定もしていない人物が犬を連れて尾瀬に行き、生態系への影響がないようにさまざまな点について問題なく行動できるとは思えない。そんな人から、いくら「これとこれを守れば犬を連れて行っても問題ないでしょ」といわれたって信用できないよなぁ。何か漠然とした「危なそう〜」という印象をぬぐうことはできない。さらにいえば、リードのこともヤマネのことも湿原のことにも考えが及んでいない犬連れ登山者とくりゃ、危険度100パーセント。中にはBes(自然公園財団)のレンジャーが見張っても問題をひとつも指摘できないほど完璧な犬連れ登山者もひょっとするといるかもしれないけど、全体から見ればごくごく少数派なのは明白。それに犬から野生動物への病原体感染は糞尿だけ注意すれば防げるという確証もない。そんな状況だから、とりあえずは犬連れはすべて自粛してもらおうという判断になってもまったく不思議ではない。


犬が自然界に多大な影響を与える実例はないという都合のいい結論の出し方
 最後にこのライターは野生動物を研究している大学教授(記名なし)に電話で話しを聞いて、その結果「犬が自然界に多大な影響を与えるという実例はないようだ」と結論づけている。この記事を読んで犬連れ登山者たちは「やっぱりそうだ」と喜んだろうが、先にも書いたように犬は自然界に多大な影響を与える可能性がある。だから犬連れ登山は止めるべきなのだ。
 この記事がどこまで会話を正確に書いているか不明だが、「糞は持ち帰り、動植物を荒らさないようにすれば問題ないのでは」という質問に対して、その教授は「やはりそれはいけない」といっているものの確かにその根拠についてはわかりやすい説明ではなかった。私の想像だが、この先生は野生動物の生態を研究している人ではないのだろうか。生態を専門とする人に犬連れ登山のことを聞くと問題ないとする人は皆無だが、「今の段階では何ともいえない」という人も中にはいらっしゃる。つまり生態をやっている人には、その経験から犬連れ登山に漠然とした危険性を感じるが、それを具体的に説明できる根拠はお持ちではないということだろう。
 またマタギを例に出して疑問にお感じになっているようだが、マタギの活動が行われているのはクマや山菜、イワナなどを捕獲できる山地帯だろう。高山帯にも行くことがあるかもしれないが、主な活動は山地帯のはずだ。それにマタギについてうるさくいわれないのはレストランや病院ではペット持ち込み禁止だが、盲導犬だけは例外扱いにしている例と似ている。もちろんマタギといえども猟犬を山に連れて行くのは好ましくはない。ただマタギは古くから猟を続けてきたわけで、ひとつの文化といえる。それと、ただの趣味でしかない犬連れ登山を比較すれば、その間に線を引くのもやむを得ないだろう。それに今は専業としてマタギをしている人はおらず、犬連れ登山と比較すればはるかに影響は小さいと考えるべきだ。
 
このライターの結論の出し方は、日本アウトドア犬協会と同じレベル。的外れな分野の専門家にだけ話しを聞いて、あたかもそれで犬連れ登山禁止の根拠はないように結論づける。故意なのか、無知なだけかは知らないが、この問題を守備範囲とするのは犬猫が専門の獣医学者でもなければ、野生動物の生態を研究している人でもない。意見を聞くべきなのは、野生動物の感染症に詳しい獣医学者である。だが日本アウトドア犬協会にしろ、このライターにしろ、なぜかこの分野の専門家には絶対に意見を聞こうとはしないのだ。実に不思議。いや、自分たちに都合の悪い話しが出るのはわかっているから、聞きたくないのは当たり前か。
 彼らのやっていることをたとえれば、アレルギーについて専門家の意見を聞く必要があった時、最も適任なのはアレルギーの専門医であるはずなのにアレルギーを専門としない一般の皮膚科医に話しを聞くようなものだ。もちろん聞く内容がアレルギーの基礎的知識に関わるものであれば皮膚科医でもまったく問題ないが、より専門性の高い内容であれば皮膚科医よりもアレルギーの専門医の方がいい。専門医なら皮膚科医の知らない最新の研究結果なども知っている可能性があり、それを知っているかいないかで意見が正反対になる可能性だってある。つまり、ある真実を探るとき、その内容が特殊であればあるほど、それを守備範囲としているのはどの分野なのか、意見を聞くのは誰が最適なのかよく見極めなければならないはずなのだが、そんなことはお構いなし。野生動物の専門家なら誰でもいいとばかりに適当に質問し、はっきりした結論が聞けなれば、「ほーら、やっぱり」といわんばかりに「犬連れ登山禁止に根拠はない」と主張しはじめる。だが、そももそ自分たちが聞く相手がズレているだけなのだ。
 それほど犬連れ登山がいいか悪いか知りたければ、一度、野生動物の感染症に詳しい専門家に意見を聞いてみればいい。ただし自分たちに都合の悪い話ししか聞けなくても「専門家に聞いたところ、実は犬連れ登山には問題がありました」と正直にそのまま記事にしろ。自分たちに都合の悪い真実に真正面から向き合おうともしないライターが偉そうにこの問題がどうのこうのという資格はない。
 




最近、犬連れ登山問題で感じること
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日本アウトドア犬協会は犬連れ登山禁止看板を立てた行政への質問攻めをいったん中止するそうな
 
犬連れ登山禁止看板を立てた行政への質問攻めを続けていた日本アウトドア犬協会は、なぜかは知らないが、それをいったん中止するらしい。質問を受ける行政担当者には申し訳ないが、私個人的には、日本アウトドア犬協会が、次はどんなトンチンカンな論理を振りかざすのか、毎回楽しみにしていたので、それが中止となるのは極めて残念だ。いっておくが、協会が取り上げたイヌキン看板は、全体のごく一部に過ぎない。私が知っているだけでも、掲載されていない看板は掲載されている看板の数倍以上はある。その情報を協会に提供する気はさらさらないが、ほかにもイヌキン看板はいっぱいあるのに、どうしてやめちゃうんだろうね。イヌキン看板がおかしいというのなら、もっともっと質問攻めにしちゃえよ。
 そもそも、あれほど行政に「あなたたちのやっていることはおかしい」と主張してきた行為をやめるのなら、なぜ中止するのか、きちんと説明する義務がある。おそらく各方面からひんしゅくをかっていただろうことは容易に想像できるし、本サイトでも徹底的に批判してきたので、少しは自分たちの間違いに気づいたのだろうか。だが、もしそうであれば、その行為の何が間違っていたかという自分たち自身による総括、さらには会員に対する説明もなしに、ただ「いったん中止する」でお茶を濁すような団体に、今後、行政の行為を追及批判する権利はない。他人には聲高に批判するが、自分たちに対する耳の痛い批判にはサイトをリニューアルして、うまくごまかそうというわけか。
 加えて協会は、これまでの行政への質問では、何らかの根拠があれば会員に周知徹底を計りたいから教えてくれ、というようなことを言っていなかったっけ? つまり「どうせ根拠なんかない」とばかりに、そんなことを言っていたのだろうが、実際に根拠が出てくると知らん顔か。「実は犬連れ登山禁止の根拠はありました」と会員に周知徹底を計ったらどうなんだ。
 念のためにいっておくが、私は日本アウトドア犬協会に対して個人的感情は一切ない。ただ健全な議論とはどういうことかすらも認識していない科学や生物学の素人集団が、間違った情報を垂れ流し、自分たちがあたかもこの問題のオピニオンリーダーだといわんばかりに世論を誘導しようしている。しかも犬連れ登山は万一の時には重大な結果に発展する可能性があることがわかっているのに、私はそれを見過ごすことはできない。
 いちいち指摘するのも疲れるからここでは指摘しないが、日本アウトドア犬協会はほかにも間違った主張、矛盾した主張をいろいろしている。これからも、私はその批判を緩めることはない。徹底的に叩く。私の意見が間違っているというのなら正々堂々と反論すればいいだけのことだ。だが、反論はしない(できない)が、その意見を認めたくはないというわけか。そういうのを健全な議論、論理的議論ができない人っていうんだよ。


私は日本アウトドア犬協会の主張を鵜呑みにすることは絶対にない
 日本アウトドア犬協会は、今後も似たような主張を繰り返すつもりだろう。私は犬連れ登山を推奨する団体があるということを知った時点から、その主張を鵜呑みにする気はまったくなかった。それは、その時点ですでに私が犬連れ登山反対派だったからではない。
 日本アウトドア犬協会の設立趣旨には、随分ご立派な文言が並んでいる。それを見て短絡的に「まじめにこの問題に取り組んでいる」と勘違いする人もいるのだろうが、私はまったくそうは思わない。いくら立派な文言を並べても、要は「自分たちは犬を連れて登山がしたい。だからイヌキン看板は困る」という、たったひとつの個人的欲求から出発している団体なのは明白だからである。個人的欲求に基づく意見は、仮に本人が故意に論理を歪めようとする意志がなくとも、見方や考え方が、その欲求に影響されやすいと考えるべきだし、当然、故意に論理を歪めて自分たちに都合のいい答えを導きだそうという魂胆がないともいえないからだ。私は日本アウトドア犬協会の主張は、公共工事を受注しているゼネコンが「この工事は環境への悪影響はない」と主張するのと同じくらい怪しいと考える。ゼネコンが利益に結びつく工事を「環境への悪影響があるから、この仕事は引き受けない」というはずがないのと同様、「イヌキンは間違っています。同じ意見の人集まれ」と会員を募った日本アウトドア犬協会が、犬連れ登山は環境への影響があることが判明したからといって犬連れ登山を禁止するための活動に転換するはずもないである。犬連れ登山禁止の根拠を受け入れるということは、協会のレーゾンデートルを根本から揺るがしかねないわけで、つまり協会の存在自体が、「まず始めに犬連れ登山ありき」という形になっていることを見落としてはならない。そんな団体のいうことを信用できるわけがないのだ。個人的欲求を満たすために活動する日本アウトドア犬協会、一方、環境破壊には目をつぶって利益を追い求めるゼネコン。もちろん利益を追求するのは企業として当然だし、ゼネコンの存在を否定するつもりはないが、どちらもその主張の背景にある構図は似たり寄ったりだ。もし、すでにさまざまな活動実績がある自然保護団体が、その活動の過程で「犬連れ登山禁止看板は行き過ぎでは?」と感じて、犬連れ登山禁止はおかしいと主張しているのなら、私は日本アウトドア犬協会ほどは疑わない。立場が中立と思えるからである。
 だからすべての意見を認めないというのではなく、あくまで鵜呑みにせず、その意見が正しいかどうかひとつひとつ確認するということだ。私は、そのスタンスだったからこそ、日本アウトドア犬協会が主張する「ワクチンを接種していれば、野生動物へ病気を感染する確率は極めて低い」というのがウソだったことを見抜けたと思っている。協会の主張を鵜呑みにするような人では、このウソに気づくことは絶対にないだろう。→詳細は本ページ日本アウトドア犬協会の大ウソを参照。


犬連れ登山賛成派の主張の9割は無知に起因する
 大変失礼ないいようかもしれないが、結果が重大なだけに敢えて私はそういわせていただく。以前にも同じようなことを書いたこともあるが、犬連れ登山賛成派の主張は、特に生物学の知識が乏しいがゆえに間違った考え方になっている例が多々見られる。さらにいえば、そもそも論理性すらも欠如している例もあって、自分たちの乏しい知識をもとにして自分たちの都合のいい結論にすべく組み立てた主張、というのが私が抱く感想だ。しかし、いくら自分たちの乏しい知識を総動員しても、真理を得るために必要不可欠な生物学の知識が欠落していれば、どうあがいても真理には到達しえない。そもそも彼らには真理には興味がなく、興味があるのは犬連れ登山を認めてもらうことだけだろうけどね。このように論理的議論ができず、自分の都合のいいことだけをゴリ押しする人たちは、北朝鮮の外交姿勢とそっくりだ。拉致被害者家族のDNA鑑定結果を見せても「この鑑定は受け入れられない」という北朝鮮。北朝鮮の立場としては日本が出してきたデータを鵜呑みにできないのは当然だろうが、「結果を詳細に調査したいから、その科学的データを見せてほしい」とか「両国が納得できる第3国に鑑定し直してもらおう」と主張するのならまだしも、根拠も示さずに単に「受け入れられない」とする主張は、犬連れ登山賛成派の論理と乖離した主張と何ひとつ変わりはない。
 私は、本サイトでなぜ犬連れ登山を禁止しなければならないのか、はっきりと指摘した。だが、その後、論理的反論はまったく聞こえてこない。自分たちにとって都合が悪いことは一切受け入れず、犬連れ登山を続けるというわけか。その態度は北朝鮮とどこが違う?
 


犬連れ登山賛成派の実にお粗末な主張
 犬連れ登山賛成派の意見には、「犬も人間も同じ哺乳類だから環境への影響は同じはず」とか、もっとすごい意見には「犬も野生動物」というものもあった。しかも、当人たちは自分たちの意見は絶対に正しいと思い込んでいらっしゃるようなのだ。もはや、ため息をつくしかない。生物系学部出身者で、このふたつの意見を支持する人はまず間違いなくゼロであろう。万一支持するという人がいたら、その大学の教育レベルを疑う。当然、生物学、動物学、獣医学の専門家は一笑に付してしまって終わりだろうし、日本アウトドア犬協会ですら、さすがにこの意見には同調しないだろう。犬は野生動物ではないし、百歩譲って仮に野生動物だったとしても、それが問題ないという根拠にはならない。例えばマングースも野生動物だから奄美大島にいても問題ないとはいえない。もともとハブ退治のために移入された動物だが、期待に反して捕食にリスクがあるハブよりも、おとなしい絶滅危惧種・アマミノクロウサギを捕食しているので、今や環境省によってマングース掃討作戦が展開されている。この例から見ても、野生動物だから本来棲息していない自然の中に移入したり、連れ込んだりしても環境に影響がないとはいえないのだ。犬がなぜ問題あるのか、については本サイトで詳細に指摘しているので、詳しくはそちらをご覧頂きたい。
 また「イヌキンに科学的根拠はない」と日本アウトドア犬協会が言い出した主張をそのまま取り入れている賛成派の人もたくさんいるが、彼らは、実はそれが大変おかしなことであることに気づいているのだろうか。ある考え方に対して、人はその意見を聞いてそれが正しいか正しくないか判断する。例えば「電車やバスでお年寄りが立っていたら、自分は躊躇なくすぐに席を譲る」という考えの持ち主がいたとしよう。人はそれを聞いて「確かにそれはいいことだ」という。ところが、「それは必ずしも正しくない。なぜなら、見た目には老けてみえても本人は席を譲られるほど老人とは思っていないこともあり、場合によっては本人のプライドを傷つけてしまうかもしれないからだ」という意見もあったとしよう。人はそれを聞いて、「確かにその意見も正しい。お年寄りに席を譲るのは大変いいことだが、一方で実際は判断が難しい場合があるかもしれない」と感じる。この例のように、ある意見に対して日常の自分の体験や常識などと照らして判断し、その意見が正しいかそうでないか、という意見をもつのはごく自然なことだ。
 だが「科学的根拠はない」という意見に対しては、この例にように自分の体験や常識で判断ができることではない。そう結論づけた過程も明確に示されていないのに、どうしてその考えが正しいとして取り入れたのか、不思議としかいえない。つまり、その考え方に真理があるから取り入れたのではなく、自分にとって都合がいいから取り入れたに過ぎないのだ。それを自らが証明してしまっていることに気づいてもいないのだ。
 最初に「科学的根拠はない」と言い出した人は、その調査が充分だったのかどうかはともかく、おそらくある程度の調査をした上でそう主張しているのだろう。その人がそう主張するのはまだ理解できる。だが、書いている内容から見てもとても科学に明るいとも思えない人物が、「イヌキンに科学的根拠はない」という意見を、自分で確認もせず(確認ができるかどうかも疑わしい)、そのまま取り入れて主張しているのは明らかにおかしいのである。現に本サイトで「犬連れ登山禁止に科学的根拠がない」というのは誤りであることを指摘した。「科学的根拠はない」と言い出した人が、この問題の核心にあたる野生動物の感染症に詳しい専門家にはなぜか意見を求めようとしなかったことが、間違った判断をしてしまったごく単純な理由である。
 「いや、それは間違いだ」といいたいのなら、それこそ根拠を示すべきだ。だが、そもそも仮に「これが犬連れ登山禁止の根拠となる論文です」と目の前に出したところで、それが本当に科学的根拠として採用できるのかどうかの判断をできもしない人物が「科学的根拠が云々」というのは、お笑いなのである。こうしたさまざまな例を見ていくと、犬連れ登山賛成派の主張は実にお粗末としか思えない。もっともらしく主張するのなら、少しは生物学の勉強をしてからにしろ。哺乳類や野生動物の言葉の定義をろくすっぽ知りもしないし、調べもしないで、「自分の考えは正しい」と平然と主張する神経を疑う。その図々しさの源は、いったいどこにあるんだろうね。




犬連れ登山問題最近の動向
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環境省も国立・国定公園特別保護地域の犬連れ登山禁止を是認
 環境省ウェブサイト内「国立・国定公園特別保護地域の規制の実施」のQ&Aの中でペットの連れ込み(犬連れ登山など)について他の公園利用者や野生動物への配慮からペットの連れ込み自粛を要請している地域では今まで通り地域のマナーを守るように求めている。またマナーの問題に留まらず、ペットを連れての公園利用を罰則をもって制限する必要が生じた場合は、自然公園法第15条に基づく利用調整地区の指定等により対応するとしている。このことは充分とはいえないが、犬連れ登山禁止看板について環境省がお墨付きを与えたことになり一定の評価はできる。




犬連れ登山反対の理由を明確にする
〜Yomiuri Weekly 8月7日号記事について〜
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相変わらずピントのずれたマスコミの取り上げ方

 Yomiuri Weekly 2005年8月7日号で「急増・犬連れ登山に賛否両論」と題する記事が掲載された。これを読んだ私の感想としては、どうしてこの問題をマスコミが取り上げる時、きまって微妙にピントがずれるのだろうか、ということだ。
 少し話がそれるが、6〜7年前だろうか。BE-PALで読者から犬を連れて山に行ったところ、登山口にある山小屋の人から「犬はダメ」といわれたが、どう思うか、という投書が載ったことがあった。それに対して回答していたのが、アウトドアライターとして知られるシェルパ斉藤氏。私はそれまで斉藤氏の書く文は嫌いじゃなかったし、有能なライターだと思っていたが、この回答を見て、アウトドアライターだからといっても、当然といえば当然のことなのだが生物学・生態学にうとい人もいるのだな、と感じた。少しでも生物学・生態学の知識があれば、あのようなトンチンカンな考え方には決してならない。しかも、そもそもこの問題を動物学・獣医学に素人のシェルパ斉藤氏に意見を聞こうと考える担当編集者にも呆れた。犬連れ登山をするシェルパ斉藤氏が犬連れ登山を擁護するのは聞かなくてもわかる。実にバカバカしいのである。担当者なら、真実はどうなのか、せめて獣医学者か動物学者などの専門家に意見を聞いて読者に提示すべきだろう。
 その点、今回のYomiuri Weelyでは、専門家にも意見を聞いているから、少しはマシといえるのだが、以前から日本アウトドア犬協会に好意的な発言をしていた東大の林良博教授にしか意見を聞いていないのである。これも聞かなくてもおおよそ犬連れ登山に好意的な発言をしているだろうことは想像できるし、現にその通りであった。私が林先生の意見を読んで思うのは、この先生にはそもそもリスク管理についての視点が欠如している、ということだ。失礼ながら、犬のことは詳しくても生態学の知識はあまりお持ちではないとしか私には思えない。獣医学の分野でも生態学がおろそかになっている大学の獣医学カリキュラムのせいで生態系に対する正しい知識を持たない獣医師が増えていることを憂う声があるそうだが、この問題も獣医学だけの問題ではない。生態学と獣医学、その両方が関わる複雑な問題だということだ。それゆえ、この問題の真実を探るとき、意見を聞く専門家の専門性が強く問われることになる。獣医学の問題だから獣医学者なら誰でもいいということにはならないのである。
 Yomiuri Weelyの記事は不思議である。日本に獣医学者や獣医師はゴマンといる。それなのにどうして日本アウトドア犬協会に好意的な発言をしてきたこの先生をわざわざ選んだのかということだ。私が感じたのは、この記事を書いた記者は日本アウトドア犬協会に関係がある人物ではないか、ということである。それとも日本アウトドア犬協会の取材の際に「適当な専門家は知らないか」と尋ねて紹介してもらい、その意見を掲載したのだろうか。しかし「賛否両論」とタイトルにつけるくらいなら賛成側と反対側、双方の専門家の意見を載せるべきではないのか。この記事を読むと、まるで犬連れ登山に反対している側には根拠がないようにしか見えないのである。まったくの取材不足、勉強不足である。反対する専門家がいるということすら知らない。どこかの団体のサイトでは、名前や所属の記載すらない専門家の証言しか載せてないが、拙著「信州・高原トレッキングガイド」のコラムでこの問題を取り上げ、きちんとしたその道の専門家が記名のもと、なぜ犬連れ登山が好ましくないかはっきりと意見を述べて頂いている。私がこの専門家を捜し当てるのはたいして難しくなかった。読売新聞社ほどの大新聞社が、いちライターに過ぎない私でもできることができないとも思えない。つまり、この記事の取材不足が浮き彫りになったに過ぎない。


日本アウトドア犬協会の大ウソ
 日本アウトドア犬協会はホームページで「ワクチンを接種しきちんと健康管理していれば野生動物に病気をうつす可能性は極めて低い」といっているが、これは間違いである。私が野生動物の感染症が専門の獣医学者(某国立大学大学院教授)に確かめたところ「ワクチンを接種しきちんと健康管理をしている犬であっても、野生動物に病気をうつさないとはいえない」ということだった。つまり、これは日本アウトドア犬協会の主張の大前提が崩れるということであり、日本アウトドア犬協会は、そんな事実を確かめもせずに素人の思いこみで間違った情報を垂れ流していることになる。
 その専門家によると、病原体に感染していても無症状という場合は一見健康に見える犬であっても野生動物に病気をうつすことがあり、また同じ病原体であっても動物により感受性が異なるため犬は問題なくても野生動物に感染すると死に至る場合もあるという。万一その病気が野生動物の間で流行したら、それをくい止めることは不可能であり、希少野生動物の場合は絶滅する可能性が高いとのことだった。従ってその獣医学者は「犬連れ登山はやめるべき」といっていた。私は念のため「専門家によっても意見が異なるものなのか」と尋ねてみたが「感染症学と生態学の知識があれば、同じ判断になるだろう」とのことであった。
 日本アウトドア犬協会はYomiuri Weely誌の記事を受けて「マナーを守っていれば問題ない」というようなことをホームページで書いているが、これは逆にいえば「マナーを守らなければ問題がある」ということである。仮に犬の糞尿を規定の方法で処理すれば野生動物への病気感染を防ぐことができたとしても、現時点でそのマナーは完璧に守られているのだろうか。犬連れ登山者のマナー向上は始まったばかりではないか。そもそも日本アウトドア犬協会の設立趣旨もマナー向上が目的だったのではないか。それとも設立からわずか数年で山に犬を連れて来る人のマナーは完璧になったとでもいうのだろうか。日本アウトドア犬協会はマナー向上をはかっているといっても、せいぜいホームページにマナーのイロハを書いているくらいのことではないか。全国の山岳地や山岳観光地の入口にでも立って、犬連れ登山者や犬連れ観光客にマナー厳守を求めるビラでも配っているとでもいうのだろうか。仮にそこまでしていたとしてもマナーが浸透するには相当な時間が必要なはずだ。確かに会員なら守っているかもしれないが、マナーを守らず糞尿を山に放置している飼い主も多かれ少なかれいるものと想像する。仮に糞尿をきちんと処理すれば野生動物への病気感染を防ぐことができたとしても、この問題は、あくまでマナーが完全に浸透し、すべての人がきちんと糞尿を処理するようになって初めて解決したといえるのであり、そのマナーが浸透しているとはいえない現在は、その対処法が存在するからといって犬連れ登山が許される理由にはならないのである。
 マナーを守る犬連れ登山者まで閉め出すのはどうか、という声もあるが、そもそも現地管理者がその外見からマナーを守るかどうか区別するのは困難だし、それができたとしても四六時中登山口でチェックすることもできない。だいたいマナーすら守れない犬連れ登山者が、「あなたはマナー守りますか」と問われて、「私はマナー守れませんから、登山は諦めます」というはずもない。さらにいえば登山者のマナーはよくなっても観光客(犬連れ登山が問題になっていることすら知らない人たちなど)のマナーも向上しなければ、この問題がクリアになったとはいえない。しかも登山者と観光客の区別というのも明瞭ではない。犬連れ登山禁止看板が立てられている場所には、登山者と観光客が入り交じって歩くような山岳観光地もいっぱいある。そんな場所を犬を連れて歩いている人は登山者か観光客かの判断も微妙な服装をしている人も結構いる。従って犬連れ登山者のマナーだけよくなっても無意味なのである。
 そういうところに立てられ、かろうじて野生動物を守る役割を果たしてきた「犬連れ登山禁止」看板さえ、日本アウトドア犬協会は必死になってなくす努力をしている。それは犬連れ登山者のマナー向上なんかよりも、よほどご熱心である。看板がなくなればマナーを守らない犬連れ登山者や犬連れ観光客も入りやすくなってしまい、そのことは当然、野生動物を危険にさらすことにつながる。


犬連れ登山問題はゴミ問題とは明らかに次元が異なる
 この問題で勘違いしていけないのは、ゴミ問題のように時間がたってから多少目に余る事態になったとしても、あとから行政が予算をつけてゴミを片づければ、やがては自然の回復力によって元に戻るというような単純な問題ではない、ということだ。つまり、たったわずか1例のマナー違反から、運が悪ければ希少野生動物の絶滅といった取り返しがつかなくなる事態に発展する可能性があるという極めて危うい問題である。ゴミ問題などとは、まったく問題の次元が異なるのである。もし希少野生動物が絶滅したらいくら予算を組んだとしても、生き返らせることはできない。しかも、これほど重大な結果を生む可能性がある割に、犬連れ登山はごく少数の人の趣味でしかないということである。これが登山全般に関わることなら影響も大きく地元経済にも深刻なダメージを与えるから規制は慎重にせざるを得ないが、犬連れ登山はそうではない。とぢらを優先すべきか。いうまでもない。


犬連れ登山問題の危うさを示す前例がある
 それは外国産輸入クワガタ問題である。外国産輸入クワガタで利益を得ているペット業者などは日本アウトドア犬協会と似たような主張をしている。すなわち「屋外に逃げないようにきちんと飼育すれば問題ない」というわけだが、現にそれが守られず屋外に逃げて日本産クワガタとの雑種が何例か見つかっているではないか。これを放置すれば、非常に長い進化の歴史を経て育まれてきた日本産クワガタという種が消滅してしまう可能性すらあるということだ。それは絶滅したのと同じこと。たとえ1例でも例外があれば、最悪、非常に深刻な結果に発展する可能性があるわけで、外国産輸入クワガタ問題は、そのまま犬連れ登山問題の危うさを示している。本来、犬連れ登山は「自粛のお願い」などではなく、法律で規制すべきことだと私は思う。法律以前のモラルの問題という人もいるが、そういう人は生態系というものをわかっていない人である。


犬連れ登山問題をややこしくしている理由
 こうした現状を見てくると以下のような事実が浮かび上がってくる。
@犬連れ登山禁止の根拠はあるのに、看板を設置する行政がそのことを正確に理解していない。日本アウトドア犬協会の質問に対して行政側から的を得た回答が少ないが、だから禁止の根拠はないのではなく、行政がそのことを正しく理解していないに過ぎない。
A犬連れ登山賛成派はもちろん、マスコミから環境省に至るまで、犬連れ登山禁止の明確な根拠はない、という強い思いこみがある。だが、それは正しくない。
Bなぜか知らないが、これを取り上げるマスコミもほとんどが微妙にピントがずれている。そもそも専門性に対する意識の低さ、科学音痴、生態系音痴がマスコミにもいっぱいいるということ。一般でも生態系という言葉は知っていても、それがどういうものか正しく認識していない人も実に多い。
Cリスク管理しなければならないものに対して日本人は概して楽観的すぎる。
D犬連れ登山に賛成する人たちというのは、個人的欲求のために賛成しているに過ぎず、どんな否定的意見があってもあらゆる詭弁を持ち出してきて反論する。つまり、そもそも「健全な議論」「論理的議論」ができない。




●犬連れ登山反対の明確な理由(まとめ)


@ワクチンで犬から野生動物へのすべての病気感染を防ぐことはできない。また動物によって病原体に対する感受性も異なるため、犬では無症状ですんでも野生動物では死に至ることもあり、それが野生動物の間で流行したら最悪、絶滅に追い込まれることもあり得る。


A従って犬連れ登山はゴミ問題や大気汚染問題のように、ある程度自然に負荷がかかっても、あとから何らかの対策をすれば、やがて自然の回復力によって元に戻る、という性質の問題ではない。わずか1例のマナー違反から、万一の時は最悪の事態に陥る可能性があり、これらの問題とは、まったく次元が異なる。つまり、そんな事態に陥らないように最大限の努力を払うことが不可欠である。


B仮に犬の糞尿をきちんと処理すれば、野生動物への病気感染が防げたとしても、徹底的にそれが守られる前提で、初めて犬連れ登山が許される下地ができるに過ぎない。現在、山岳地を訪れる犬連れ登山者及び犬連れ観光客のマナーは、とてもそういうレベルには達してはいないし、マナーが守れるか守れないか、現地管理者が判断し選択するすべはない。


C犬と野生動物の関係は未知の部分が多い。しかし、わからないから犬連れ登山をやってもいいのではなく、わからないからこそ、その中に含まれる危険を考慮し慎重に対処しなければならないのである。それは、移入種問題のように、あとから対策しようとしても手遅れだったさまざまな事例を考えれば当然のことである。


D犬連れ登山は登山者全体から見れば、ごく少数派の趣味でしかない。これと万一の事態になれば希少野生動物が絶滅することを比較すれば、はるかに野生動物を守ることの方が重要である。



ゆえに私は犬連れ登山は禁止すべきであるし、その根拠も明白であると考える。






私の意見を論破できない犬連れ登山者は犬連れ登山を止めるのがスジ
 犬連れ登山者たちは、「自然を守ることの重要性も理解している」とよくいっている。その犬連れ登山者たちが、もし犬連れ登山をまだ続けるというのなら、私の意見を論破してからにして頂きたい。「自然は大切」という人たちなんだから、私の意見を論破できないのであれば犬連れ登山を止めるのがスジである。もしそれでもまだ続けるというのなら、口では「自然は大切」などとわかったようなことをいいながらも、その本性は単なるエゴイストということだ。「自然」よりも「犬連れ登山」の方が、心の奥底では上位にあるという、その明らかな証拠にほかならない。
 法律で禁止されているわけではないのだから、どうしようと勝手といえば勝手である。だがそんな人たちに自然の素晴らしさを享受する資格はない。これからは「自然は大切」ではなく、正直に「自然よりも自分が大切」というべきである。




犬連れ登山に反対する見識ある自然愛好家・登山愛好家のみなさんにお願い!
 みなさんが犬連れ登山に反対なのは、決して間違っていません。ただネット上では圧倒的に犬連れ登山賛成派の主張が目立ち、反対派の主張は少ないのが現状です。こんな状況では「本当のところどうなんだろう」と判断に迷っている中間派の人たち、また犬連れ登山をしているが、自然にリスクがあることはしたくないと考えている人たちに、なぜ犬連れ登山がよくないのか伝わりません。従って犬連れ登山に反対するみなさんも、ぜひネット上でもっとご自分の意見を正々堂々と主張して下さい。ただし、あくまで論理的で冷静なご意見をお願いします。「犬が嫌いだからダメ」というような感情的な意見では理解されるどころか逆効果です。もちろん私の考えに賛成して下さる方は、ホームページなどで本ページをリンクして頂いても構いません。トップページでも書いておきましたが、リンクフリーですからご連絡の必要は一切ありません。
 また世の中には私以上に生態学や生物学、獣医学に詳しい人で、犬連れ登山に反対している人もたくさんいると思います。そういう人ももっと意見を述べて下さい。特に専門家のみなさん。みなさんが、(論理的な議論ができない人たちを相手にすることになるので)この問題はできれば避けたいと思う気持ちも充分理解します。でも、何が一番重要か。ということをよく考えていただきたいです。
 後手後手になることが多い環境省に期待しても無駄です。野生動物を守るために、みなさんの良識ある行動に期待します!





********

以下の項目は、以前に書いていた記事。
一部これまでの内容と重複する部分もあるが、そのまま掲載しておく。

 


ワクチンは決して「犬連れ登山」許容の切り札ではない
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 犬連れ登山賛成派が、その主張の大きなよりどころにしているのがワクチンである。つまりワクチンの接種をしっかり受けて、きちんと健康管理している犬であれば、野生動物に何らかの病原体を感染させることはない、ということだが、これは大きな間違いである。病原体の状態は、感染か感染していないかのふた通りではなく、感染していても無症状という場合もある。このような一見健康に見える犬にワクチンを接種することで、今後発症しないように予防することはできるが、接種によって犬の体から、ほかの野生動物に病気を起こさせる病原体がゼロになるわけではない。万一、この病原体がほかの動物に感染すると発症する可能性がある。それは同じ病原体でも動物によってその感受性は異なるからで、その犬が無症状ですんだからといって、ほかの動物も無症状ですむとは限らない。海外の研究では、犬に接種するジステンバーの生ワクチンにより、野生動物が感染し死に至った例も報告されている。従ってワクチンを接種し、きちんと健康管理をしていても、それが犬の安全性の保証にはならないのである。


もっと詳しく




具体的な問題が起こっていないから許される?
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 「犬連れ登山には具体的な問題は何も起こっていない」という主張があるが、目に見える問題がないからといって、その行為に生態系への悪影響はない、と安易に断言することはできない。それは生態系のように極めて複雑でファジーな対象は、物理学や化学のように実験で白黒をつけることが困難で、その予測は専門家でも難しい場合がある。それなのに犬連れ登山のように素人が「問題ない」と判断を下していること自体、極めておかしい。犬連れ登山全面開放で数十年経過しても何の問題もないかもしれないが、一方で取り返しのつかない結果に終わる、その可能性も現段階ではないとはいい切れない。そして実際に問題が起こってからでは手遅れなのだ。野生動物と犬との関係は未知の部分が多く、今後の研究課題ではある。しかし、未知の部分が多いから犬連れ登山は問題ないのではなく、未知の部分が多いからこそ、その中に含まれる危険性を充分に考慮しなければならないということなのだ。それがリスク管理の考え方である。

                                                もっと詳しく



犬の連れ込みによる問題が起きている場所もある
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 登山コースではないが、福島県裏磐梯高原にある有名な五色沼自然探勝歩道における調査では、犬の連れ込みに問題がないとは言い切れない結果が出ている。
 福島県自然保護協会では1987年から17年間に渡って、同歩道において野生動物の痕跡調査を行ってきたが、2000年ころから痕跡が減り始め、2003年以降はほとんど見られなくなったという。そこで1994年と2004年における歩道内への犬の連れ込み数と、野生動物の痕跡を比較すると、この10年間で、犬の連れ込み数は急増しており、それに合わせて野生動物の痕跡の確認箇所数と確認頻度が激減していることがわかったそうだ。人間の利用者数は10年前とあまり変わっておらず、またその間、歩道内で排泄する人が急増したとは考えにくいから、この原因は人間の糞尿を警戒して起こったことではなく、犬の増加に伴い、マーキング(縄張りや所有権を主張するためのオシッコ)も増えて、それを野生動物が警戒して歩道周辺によりつかなくなったと考えるのが自然と思われる。


詳しくは以下のホームページで確認できる。
福島県自然保護協会ホームページの「ペット問題」該当ページは…
http://www15.ocn.ne.jp/~sizen/hogo/petmondai.htm

協会のホームページには、ほかにも自然に関する情報も多いので、ご覧になるとよい。
福島県自然保護協会ホームページトップは…
http://www15.ocn.ne.jp/~sizen/hogo/index.htm


 以下はあくまで私見だが、さらに今後、人為的影響のない探勝路近辺のエリアでは痕跡が減っていないことが証明できれば、気象条件などそれ以外の環境要因である可能性も否定でき、動物痕跡激減の原因が犬の連れ込みにあると、かなり高い確率でいうことができるだろう。今後の調査に期待したい。また、人間の立入や少数にせよ人間よって排泄が行われ、もしそれが野生動物の行動にも影響があるのだとしたら、犬の連れ込みが増えるもっと以前から痕跡が激減していてしかるべきである。そうなっていないところを見ると、人間の立入や一部の排泄も野生動物の行動には影響していないとも思える。もちろん、そう断言するにはまだ弱いが、その可能性を感じさせる調査結果ということはできそうだ。
 犬を家族の一員とみなし、どこにも犬を連れていく、という風潮が強くなるに連れて、私はこうした問題がさらに広がるのではないかと懸念している。また、ならば糞尿をきちんと処理すればよいのでは、という意見が出てくるだろうが、それはあくまでマナーが浸透し、多くの人がきちんと糞尿を処理するようになって初めてその問題については解決したといえるのであり、そのマナーが浸透しているとはいえない現在は、その対処法が存在するからといって犬連れ登山が許される理由にはならない。


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ほかのエリアでも同様のことが

 同様の指摘はほかのエリアからも報告されている。『上高地』(ほおずき書籍)P55「ノウサギは何処へ行ったのか」によると、それまで上高地では夕方になるとノウサギを至る所で見ることができたのに、平成9年(1997)頃を境にほとんど見ることができなくなったという。著者は上高地に勤務し上高地の自然を見続けている人で、「あくまで仮説」と前置きしつつも観光客とともに持ち込まれるペットから感染した病気が原因ではないかと懸念を示されている。
 これも日本アウトドア犬協会にいわせると年間180万人もやってくる人間の方にこそ原因があるといいたいだろうが、この前年にマイカーの通年規制が始まり、以降の入山者数はむしろ抑制されていることを考えれば、人間に原因があるというのはあまり説得力がない。
 このように野生動物の目撃頻度や痕跡が減っているという報告は現実にある。その原因が持ち込まれた犬であるとまだ断定はできないとしても、その懸念が払拭されていない以上、日本アウトドア犬協会やシェルパ斉藤氏のように犬連れ登山を問題ないとして推奨し宣伝するのは、極めて問題に感じる。





街中でも犬の連れ込みが禁止されるエリアが存在する
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 犬の連れ込みが禁止されているのは山だけではない。病院やレストラン、コンビニなどの入口には、「ペットはご遠慮下さい」という札が貼ってあることが多いように思うが、これは街中でも連れ込み禁止エリアが確実に存在することにほかならない。
 病院やレストランなどでペットの連れ込みが禁止されているのは、要は山への連れ込みを禁止する理由と多かれ少なかれ同じ(あるいは似ている)ことだと私は考えている。いくら健康管理をしているとはいえ、犬が人間よりは不衛生なのは間違いない。犬を病院に連れ込めば、すぐに大きな問題になるというわけではないだろうが、万一のことも考えて、このような措置が行われているのだろう。
 賛成派の方々は病院などのこうした措置についても「なぜペットはダメなんだ。不衛生というが、うちの犬はワクチン打ってるから衛生上、何の問題もない。それに人間にだって汚い人はいるじゃないか」とやはり疑問に感じているのだろうか。しかし、この点に疑問を感じずに素直に従っているとしたら、山とどこが違うのか、その理由をお聞きしたい。
 もし、この質問に答えられないのであれば、「レストランに連れ込まれた犬が原因で食中毒が発生したことはない」とでもいってペット制限に反対すべきである。
 しかし、もし私がレストランで食事をしている時に犬を連れた人が入ってきたら不快に感じる。これは理屈ではなく、生理的な不快感である。山で見かける犬を不快に感じるのも、実はこれと同じような心理による部分もあるのではないだろうか。犬好きの人が犬との共生社会を目指すのは勝手だが、そうではない人がいるという視点なしに、どこでも犬は連れ込んでいいというのは、まったくの傲慢な考え方でしかない。





犬を規制するなら人間も規制する必要があるか
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 一匹の犬とひとりの人間はどちらが環境への負荷が大きいか。犬連れ登山賛成派は「人間」といいたいだろうが、それを証明する根拠はない。人間の方が体重が重い、というかもしれないが、踏み荒らしという観点で言えばその通りだが、トータルで判断すると必ずしもそうとは限らない。先にも説明したように犬のワクチンが感染の防御にならないことを考えれば、人間よりも野生動物に系統的に近い犬の方が、野生動物に対するリスクは高いと考えられる。これは、日本アウトドア犬協会も認めていることだ。またすでにそれを思わせる調査結果が出ていることも先に触れた。
 日本アウトドア犬協会は、肉食の犬よりも、さまざまな化学物質を摂取している人間の方が、その糞尿が環境に及ぼす影響は大きいと思われる、といっている。糞尿に含まれる化学物質の環境への影響については情報がないので、私はその可能性を否定も肯定もしない。ただ思うのは、犬も多かれ少なかれ化学物質を採取しているということだ。犬だって病気すれば獣医から薬をもらって飲み、ダニ防止の薬だって使うだろう。またペットフードにだって食品添加物も入っていれば(確認したわけではないが)、人間が食べる食品にもごく微量含まれている農薬だって、人間と同じように取っているはずではないのか。とすれば人間と何が違うのか、ということになる。そもそも最近はイヌ・ネコの癌も増えている。もし犬が化学物質を取っていないのであれば、こうした癌増加の原因はいったい何か疑問に思う。人間と同じ環境で暮らし、若干の違いはあっても似たような物を食べているからこそ、人間と同じように癌が増えているのではないか。
 もうひとつ。人間が山に残す糞尿、あるいは踏み荒らしというのは、確かに環境への影響は大きい。しかし、全国のあらゆる山岳地に年間のべ数百万人か、数千万人か正確な数字は知らないが、それこそ膨大な人間が野生動物の生息地に入ってきた明治以降の歴史を考えると、これまで野生動物が人間の病気に感染して個体数が大幅に減少したという事例もなく、少なくとも人間のもつ病原体は野生動物には大きな影響はないのではないかとも思えてくる。日本アウトドア犬協会も認めている「野生動物との系統的距離が犬よりも離れていること」も理由のひとつだ。それは、今にして思えば実は危ういことだったのかもしれないが、結果的にはそれで問題ないことが証明されたとはいえないだろうか。もちろん、あらゆる人獣共通感染症について詳しく検証がされているわけではないから断言はできないし、今まではなくても今後、新たな病気が発生する可能性もあるから、決して気を許してはいけないが。
 猟師が犬を連れて山を歩いたり、山小屋で犬を飼ったりということは、これまでも行われてきたわけだが、それは全体からみればごくごく少数であって、近年ほど犬が山に連れ込まれるような事態はこれまでになかったことである。だから、今まで何の問題もなくても、今後犬を連れて山を歩く人がどんどん増加すると、当然野生動物への病気感染リスクも高まることになる。
 また、犬と同じように安易に人間も規制することができないのは当たり前のことである。犬連れ登山禁止にして困るのはそれを趣味にしている人だけだが、人間の登山をすべて禁止すれば、地元経済は大打撃を受け、失業者も出ることだろう。あるいは借金を重ねて自殺する人だって出ないとは限らない。それを考えれば犬連れ登山を規制することなど、極めてちっぽけなことだ。
 山などの自然環境に対して少しずつ規制をしていくのは、時代の流れであると私は考えているが、その流れの中で、まず手をつけていくとすると、ただの趣味でしかない犬連れ登山が、人間よりも先に候補とされるのはやむを得ない。私たちは、すでに人間中心の社会で成り立っている。もし、それさえも否定し、環境最優先というのなら、経済は一切成立しないし、明日の食料からして心配しなければならなくなるだろう。すでに文明の利便性を思いっきり享受して生きてきたのに、今さらそういうやり方で生きていけるはずもない。ある程度、人間中心なのはやむを得ない。
 もちろん環境は大切。それを軽んずれば、結果的には人間自らの生存基盤さえ揺るがしかねないからである。だが、犬連れ登山を禁止されている場所すべてが、すぐに人間の規制が必要なほどの状況になっているとは私はまったく思わない。





人間も犬もほ乳類だから同じと考えてよいのか
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 これもネットで読んだ賛成派の意見。人間が問題ないのなら、同じほ乳類の犬が問題あるはずがない、というわけなのだが、これははっきりいって生物学の基礎知識が欠落しているゆえの主張といわざるを得ない。「ほ乳類」というのは動物学の分類階級のひとつだが、動物に限らずあらゆる生物は、いくつもの階級に従って分類されている。分類の階級は界、門、綱、目、科、属、種があり、界は、動物界、植物界というような大きなまとまりであり、次第に細かくなって、最小の単位が種となる。
 同じ「種」どうしでであれば、生態系への影響が同じとするのは、ほぼ正しい。ところが「界」でまとめると、極めて多くの生物が属する巨大なグループになる。たとえば「動物界」というのは、すべての動物が属しているわけで、これを考えれば当然のことだが、同じ分類階級だから生態系への影響はない、とはいえず、ある分類階級でまとめて「ふたつの生物が及ぼす生態系への影響は同じ」というにはそれなりの根拠が必要になってくる。ほ乳類というのは、分類の階級でいえば「綱」にあたるが、その上の「門」でもなく、その下の「目」でもなく、なぜ「綱」でまとめたのか。その根拠はいったい何だろうか。「同じ綱に属する生物が生態系に及ぼす影響の有無や程度は同じである」という定説でもあれば別だが、そんな根拠があるはずもなく、要は人間と犬を同じまとまりにしたいという自分の主張に最も都合のいい「綱」、すなわち「ほ乳類」でまとめたに過ぎない。
 もしこの主張が正しいとすると、ブラックバスはメダカと同じ魚類に属するからのだから、メダカ同様に生態系への影響はないことになってしまう。いくら生物学に無知でも、この矛盾くらいは理解できるだろう。
 この例のように犬連れ登山賛成派の主張には、無知ゆえの主張が多い。人間誰しも無知の分野というのはあるから、それはそれで仕方ないが、私は自分が何を知っていて、何については無知であるかということを認識している。重要なのはデカルトじゃないけど「無知の知」なのだ。自分が無知な分野のことの調べる時、私ならまずは専門家の意見を聞こうという発想がすぐに浮かぶが、一部の犬連れ登山賛成派は、無知の分野でも自分で正しい判断ができると思い込んでいるのである。





はっきりしていないから良し」は重視していない証拠
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 「犬が生態系に悪影響があるというが可能性があるというだけで、はっきりしているわけではない。それならば犬連れ登山をして何が悪いのか」という主張もある。賛成派は大概、口では「自然を守ることの重要性も理解しているが」と前置きしている。しかしこの主張は、彼らの無意識の中では自然の保全よりも犬連れ登山の方が上位にあるといっていい証拠だと思う。その理由として次のような例え話をしたい。
 あなたが最近服用しはじめた薬。その薬による副作用を疑わせる患者が見つかったとしよう。医師は「まだ可能性があるだけで断定はできない。ただ場合によっては重篤な結果になることがあるかもしれない」という。そんな報道がされた時、あなたはどうするだろうか。その薬を服用し続けなければならない特別の理由がなければ、たとえ副作用を発症する可能性がごく少なくても「確実に安全であるとはっきりしていないのなら服用をやめよう」と判断するのが普通だろう。
 これを賛成派の主張と比較すると、どちらも「はっきりしておらず可能性があるという段階」のことなのになぜ犬連れ登山は「はっきりしていないのだからやってもいい」となり、もう一方の例え話では「はっきりしていないのだから止めておこう」と判断に違いが出るのだろうか。
 私はその理由を、おそらく彼ら自身も気づいていない無意識における優先順位にほかならないと見る。誰しも自分の命や健康は何よりも優先すべき事項だ。優先順位が高いものに対する危険はたとえ可能性が低くても回避しようとするのが人間の心理である。賛成派の心の奥で、もし「自然」が自分の命や健康と同じように高い位置を占めているのなら、この薬の例え話と同じように「危険な可能性がわずかでもあるのなら犬連れ登山は止めよう」という判断になるはずだ。しかし、そういう判断にならないということは、必然的に彼らの無意識の中では、犬連れ登山の方が自然よりも上位に位置していることにほかならない。そんな人たちから「自然も大切」といわれても、まったく空々しい。





高山帯だけは、なぜか遠慮する不思議
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 一部の賛成派は高山帯だけ遠慮するような発言をしているが、私は不思議に思う。もし彼らのいう通り、犬が野生動物に病原体を感染させる危険性が存在しないのであるのなら、余計にこの発言の理由がわからない。しかも、犬がちゃんとリードで制御されていれば、ライチョウを追う可能性だってあり得ないはずである。であるならば、高山帯だけ遠慮する必要はないはずではないのか。
 また、ネット上で賛成派が森林限界以上は控えたい、という発言も目にしたが、これも不思議だ。森林限界に線を引いた根拠は何なのだろうか。森林限界を超えると、さすがに犬を連れ込むのは気がひける、ということなのだろうか。森林限界に線をひく、つまり森林限界以上=影響アリ、森林限界以下=影響なし、とするのなら、それなりの根拠が必要なはずだ。高山帯に生息する動物は抵抗力が弱いから、というのがありがちだが、では森林限界以下では途端に動物の抵抗力は上がるのか。私はもちろん、高山帯の環境や生物の脆弱さを理解しているが、高山帯あるいは森林限界以上さえ避ければあとは問題ない、といわんばかりの発言に疑問を感じている。
 
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山と渓谷誌2005年2月号の記事について
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 山と渓谷誌2005年2月号では誌上ディベートと題し、常識とも非常識ともいえない山の問題について、YES派とNO派の意見をそれぞれ掲載し、そのトップに犬連れ登山についても取り上げている。環境問題にも敏感な山と渓谷誌だが、犬連れ登山に関しては長らく沈黙を続けていたから、久々に取り上げたことは評価するが、しかし双方の主張は今ひとつ、というのが私の感想である。
 犬連れ登山問題に関心をもつ人なら、双方が実は意見対立していないことにすぐに気づいたであろう。YES派の日本アウトドア犬協会は、「ライチョウが生息する場所には犬を立ち入らせるべきではない」ことを明言しているのである。だとすれば、NO派としてライチョウの研究者を選ぶのは、あまり妥当な人選とは思えない。もちろん私個人的にはライチョウの研究者である信大の中村先生の意見を読めたのはよかったが、そもそも対立していない双方の意見を載せて何の意味があるのか、私にはわからない。山岳雑誌として犬連れ登山派にも嫌われたくないので、故意に無難な選択にした、と邪推したくもなる。


 私がこの両者の意見について感じたのは次の点である。
 まず日本アウトドア犬協会だが、彼らの主張は犬連れ登山を続けたい、という個人的な欲求に根ざしているのはいうまでもない。なのに、さも自然を大切にすることを第一に考えているかのように、「犬連れ登山が危険という前に人間の方こそ規制せよ」と聲高に叫ぶのもどうかという気がする。彼らの主張のよりどころであったはずのワクチンについては、先に書いたようにそれが安全性の証明にはならないことがはっきりした。もし彼らが本当に「自然を大切にすることが第一である」のなら、その現実を受けて活動方針を修正するのがスジである。自ら確認したければ、いかにもそれっぽい周辺分野の専門家ではなく、この問題の核心にあたる野生動物の感染症に詳しい専門家に確認すればよいだろう。その現実に目をつぶるのなら、やはり本心では自然は二の次であり、要は犬連れ登山を続けたい個人的欲求に根ざしているだけ、ということを自ら証明したことになる。

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 信州大学・中村浩志先生の意見について。主張の中心が高山帯に偏っているのは、ご専門がライチョウだから仕方ないのかも知れないが、高山帯以外についてはどう考えられているのか、その点にも触れてほしかった。犬連れ登山反対派の私からすれば、先生の主張は誠にその通りと思うが、価値観の違い、といわれればそれまでの話しではなく、核心に迫るような意見や具体的な説明をもっと聞きたかった。山と渓谷誌がトップで語っている「常識とも非常識ともいえない」一意見。この問題は、そういうレベルの話ではないと思うのだが、先生はこの扱いに納得されているのだろうか。





日本アウトドア犬協会の主張について
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 日本アウトドア犬協会は、犬連れ登山者のマナー向上にも努めるという。まぁ、果たしてどの程度それに努めていて、どの程度効果が現れているかは知らないが、犬を山に持ち込むことの是非はおいといて、とりあえずのマナーが向上するのは、向上しないよりかはましだと思う。だが、この協会がホームページで展開している論理にはついていけない部分も多い、というのが私の感想である。おそらく協会関係者すべてではないと思うのだが、特に犬連れ登山禁止を掲げている地元役場などの現地管理者に対する意見が随分強引で無理があると感じた。
 私が特に印象に残ったのは、平標山の地元、湯沢町役場観光課とのやりとりであった。湯沢町の担当者が「逆にペットが入山することで、生態系、自然環境に影響はないという科学的根拠はあるのでしょうか」との問いに対し、協会は「こうした影響の有無に関する調査と挙証責任は行動制限を課す管理者側にあり、こうした乱暴な反問は責任ある態度とは思えない」とのたまっているのだ。
 なんじゃ、それ。協会の主張は「犬が入山することに生態的な影響はほとんどない」ということではなかったのか。この湯沢町の質問は、改めてその根拠を問うたに過ぎない。協会は、これまでタヌキの疥癬症などの点について、こと細かに反論してきたではないか。調査や挙証責任が行動制限を課す管理者側にあるというのなら、協会側がこうした反証を並べ立てるのはおかしいではないか。むしろ、具体的な調査をするように管理者側に求めるのがスジであろう。協会が、今回の質問に対してだけ、今さらなんでそんなトンチンカンなことをいうのか不思議としかいえない。
 ここではっきりさせておきたいが、こうした議論で絶対に必要なのは「論理性」である。例えば行政が行っていることについて異議を申し立てるのなら、なぜそう考えるのか、行政側だけでなく第三者から見ても納得できる根拠を示すことが不可欠である。そういう議論こそが、「健全な議論」といえる。根拠も不十分で、ただやみくもに「私たちが思っていることが絶対に正しい」といっても誰も同調しない。他人に自分の意見を納得してほしければ、論理的に納得できる根拠を示すほかに道はない。協会のこの主張は、「私たちは行政のやり方に反対」…「それはなぜですか」…「それがなぜか調べるのは行政側です」といっているに等しい。あまりにお粗末な論理に言葉もない。これを書いている人物は理系出身者ではないことは容易に想像つくし、おそらく普段も、あまり論理的な考え方をしない人物が背伸びして「論理風」にしているようにしか私には思えないが、どちらにしてもこんな団体相手に、一応は真摯に対応しなければならない行政担当者は誠にお気の毒というほかない。

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これからも賛成派は自分たちの正しさを主張し続ける
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 犬連れ登山賛成派の意見の中には、論理的で至って冷静な意見もあり、私はそれはそれで、ひとつの意見として尊重したいと思う。だが、そうとは思えない人も結構いるようだ。彼らは、口では「自然も大切」とかきれいごとをいっているものの、要は「はじめに犬連れ登山ありき」であり、犬連れ登山を続けたい、というのが、何よりのホンネ。従って、そういう人たちというのは、今後様々な否定意見が出てきても、耳を貸さないだろう。
 私はこうした賛成派の主張は、バス釣り愛好家のそれと似ていると感じている。一部のバス釣り愛好家もバス釣りを続けたい、という一心だから、環境への悪影響が明白であるにも関わらず、規制法案に裁判までして反対する人が出てくるのである。つまり論理ではない部分に根ざしているという意味で同じなのである。
 そもそも先にもいったように犬連れ登山賛成派が、犬連れ登山を擁護するのは個人的な欲求からだが、それに対して環境への影響を憂慮して反対している多くの反対派は個人的な欲求に根ざしているわけではない。その立場が根本的に違うのはいうまでもない。
 個人的な欲求に根ざした主張というのは、何としても自分たちの主張を認めさせたい、あるいは自分たちの主張に対する反対意見は何としても拒否したい、というスタイルになりがちである。おそらく彼らは不利な科学的なデータが出てきたとしても、容易には認めないだろう。そういう人たちというのは、所詮「科学的真理」よりも自分の欲求の方を優先するから、私は彼らと議論する気はまったくない。先にも説明したように無駄に疲労するのは目に見えている。しかし「科学的真理」を受け入ることができる犬連れ登山賛成派となら議論しよう。




                            

 なお、信濃毎日新聞社刊「信州・高原トレッキングガイド」は、私が取材執筆した信州の高原トレッキングコースのガイドブックだが、この中で山や高原における問題を取り上げたコラムを設け、犬連れ登山についても同様の意見を書いているので、興味がある方は、ご覧頂きたい。この欄でも少し触れた野生動物の感染症に詳しい専門家の証言もさらに詳細に紹介している。






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犬連れ登山の何が問題なのかわからない人は、このページではなく、Q&Aの方をご覧頂く方がいいと思います。









***記事一覧***


皆さん、犬連れ登山者ってどういう人がご存じですか

山と渓谷2009年1月号の記事には何が抜けているのか

BE-PAL2007年11月号・野田知佑のピンボケ意見


相変わらずショボい犬連れ登山者の意見

BE-PALの犬連れ登山関連記事について
〜BE-PAL編集部に電話して聞いてみました〜


斉藤政喜著『シェルパ斉藤の犬を連れて旅に出よう』の
コラム「犬連れ登山禁止って何?」はどこが間違っているのか

犬連れ登山者たちに共通する勘違いを指摘する

犬連れ登山による問題が起きている場所もある 記事追加

都が高尾山のペット規制看板を撤去したことについて

iBE-P@L「裏アウトドア犬養成講座」の記事はどこが間違っているのか

・最近、犬連れ登山問題で感じること

最近の犬連れ登山問題の動向

犬連れ登山反対の理由を明確にする

・ワクチンは決して「犬連れ登山」許容の切り札ではない
追加記事

・具体的な問題が起こっていないから許される?
→追加記事

・犬の連れ込みによる問題が起きている場所もある

・街中でも犬の連れ込みが禁止されるエリアが存在する

・犬を規制するのなら人間も規制する必要があるか

・人間も犬もほ乳類だから同じと考えてよいのか

・「はっきりしていないから良し」は重視していない証拠

・高山帯だけは、なぜか遠慮する不思議→追加記事

・山と渓谷2005年2月号の記事について
→追加記事

・日本アウトドア犬協会の主張について
追加記事

・これからも賛成派は自分たちの正しさを主張し続ける