Nature

「犬連れ登山を考える」のページへ

山と渓谷誌2005年2月号の記事について (追加記事)


 日本アウトドア犬協会の意見に反論。
 「オーバーユースによって引き起こされている環境悪化を、本質的な原因を探ることなく、犬連れ登山者にその責任を押しつけている」とは、また随分な被害妄想である。すでに各地で少ないながらもさまざまなオーバーユース対策が行われているが、これらの中に本質的な原因には目をつぶり、犬連れ登山に責任転嫁をして対策が行われている例は皆無である(各地の登山口に立てられている犬連れ登山禁止の看板はオーバーユースを懸念して行われているものではない)。
 「一部の心なきものの行動を取り上げて、全体の規制をするのはおかしなことと」というが、私たちの社会で行われている規制とは、そもそもそういう面を含むことの方が多い。飛行機の室内にナイフなどの持ち込みが禁止され、手荷物検査やX線検査を強制されているのは、一部のハイジャックをしようとする輩を排除するためであるが、現実にはハイジャックなどみじんも考えたことのない、はるかに大多数の良識人が行動や時間の制約を受けているのが現実である。つまり、より重大な問題については、結果的に無関係の人までも規制することになったとしても、その選別が容易でなければ規制もやむを得ない、という判断なのである。犬連れ登山については、先に説明したとおり重大な問題も含むから、良識的な犬連れ登山者を含む全体を規制することになったとしても仕方ないことだ。それにマナーのよい犬連れ登山者だけを選別し、入山を許可する手段はない。そして現実問題として、犬連れ登山者のマナーはベストとはいえないと私は感じている。
 また「高山植物を盗掘する人がいるので入山禁止ということになってしまいます」というが、実際に悪質な盗掘が繰り返された北海道の崕山(きりぎしやま)では、すでに何年も前から入山禁止になっていることをご存じないらしい。高山植物の盗掘被害がひどくなれば、当然全面入山禁止にすべきである。たかが趣味の登山よりも、貴重な植物が絶滅しないように守ることの方がはるかに重要な問題だからである。もちろん、先にも書いたように地元経済への配慮は必要だ。しかし、こうした明らかな自然破壊を放置すれば、自然回復の許容範囲を超えてしまうことが想像され、それを放置して自然破壊が進めば、長い目で見れば地元の利益にもならない。従って人間の入山禁止も当然の選択肢のひとつである。
 「犬が持っている雑菌が野生生物にうつるからといわれることがありますが、そのような事実が確認されているわけではありません」ともいうが、先にも説明したように確認されてからでは遅いのである。専門家は、その可能性があり、万一感染すると稀少動物の絶滅など大変な事態になる可能性があることを懸念しているのである。なのに「そのような事実が確認されているわけではないので、犬連れ登山は問題ない」という理屈はおかしい。こういう理屈をこじつける人というのは、別項目でも説明したように、心の奥では自然を守ることよりも、実は犬連れ登山の方が上位にある人と断言してよい。仮に専門家が懸念する事態になっても、自分の命や健康が危険にさらされるわけではないから、涼しい顔をして平気でそんな理屈をこねられるのである。さらにいえば、もし野生動物が犬の感染症の流行で絶滅しても、「その感染元が犬連れ登山の犬によるものだという証拠はない」と逃げることは簡単なのである。賛成派は「生態系に影響があるというが、そのデータがあるわけではない」とかいろいろいっているが、漠然と聞くと一理ありそうだが、別の話に例えてみると、その理屈がおかしいことがはっきりする。
 もし自宅の裏が高い崖になっていたとしよう。それを見た防災の専門家が「ここは豪雨の時に崩れる可能性があるから、なるべく早く他所に移転しなさい」と勧告したとする。だが、「これまで崩れたことは一度もない。危険というだけで、崩れるというデータがあるわけではない」とのんきにそのまま住み続けるだろうか。普通の神経を持っている人であれば、真剣に移転を考えるだろうし、もし豪雨ともなれば、いつ崩れるかと安眠もできないはずだ。一度も崩れたことはない、といっても実際に崩れてからでは手遅れなのはいうまでもない。
 こういう話しに例えてみると、日本アウトドア犬協会をはじめ犬連れ登山賛成派の主張のお粗末さがはっきりすると思う。

 日本アウトドア犬協会が動物学や獣医学のエキスパート集団というのなら、まだその主張にも耳を傾ける。だが、ちょっとは雑誌などで意見を求められるようになったからといっても、所詮、素人集団ではないか。素人集団がこのような活動をしてはならない、といっているわけではない。例えばマナーに関わるような面であれば、私もその意見を尊重する。だが、こと専門性の高い問題に関しては、素人が勝手に判断できるようなことではない。もし私が協会関係者なら、多くの人に犬連れ登山を推奨する前に、あらゆる関連分野の専門家に意見を聞いてまわる。その上で専門家の問題ないという意見を得てはじめて「犬連れ登山は問題ない」と活動を始める。だが、日本アウトドア犬協会がそこまでしていないのは間違いない。おそらく、周辺分野のごく少数の専門家に意見を聞いた程度だろう。もしかするとそれすらしていない可能性もある。なぜなら、本当にそこまでしていたのなら、○○大学の○○先生も問題ないと言っている、とむしろ率先してホームページで掲載したがるだろう。ところが、協会の実態や主張をあまり理解していない獣医学者の好意的な意見が掲載されているだけである。
 この手の問題は、誰かひとつの分野の専門家に聞けばいいということはない。例えば自分の体に何の病気もない、ということを証明するのに、内科医だけに診てもらって自分には何の病気もないと断定する人がいるだろうか。眼科や耳鼻咽喉科などにも見てもらうのが必要なのと同じ事だ。協会は自分たちに都合のいい森林生態学者の意見(しかも無記名)でしか載せていないが、森林生態学などは周辺分野にしか過ぎない。本当に問題がないと断言するためには、さまざまな関連分野の専門家の意見が不可欠のはずである。
 日本アウトドア犬協会は、その程度の調査しかせず、素人スタッフどうしの議論やネットの情報だけを元にして不正確な情報を垂れ流している。私にいわせれば言語道断である。