Nature

具体的な問題が起こっていないから許される? (追加記事)


 尾瀬・アヤメ平を例に出して説明しよう。かつて天上の楽園といわれたアヤメ平は、自由に湿原内に入れた昭和30年代の踏み荒らしで荒廃が進んだが、もし荒廃が進む前、湿原に入り込んでいる人たちに「何らかの問題が生じる可能性があるので入らないで」と注意したとしよう。しかし犬連れ登山賛成派が主張しているのと似たような反論、すなわち「湿原に入り込むのがなんで悪いんですか。よく見てくださいよ。今、この湿原にどんな問題が起きていますか。入るのがダメというのなら納得できる根拠を示してください」と切り返されたことだろう。
 だが現実には時間が経ってみたら踏み荒らしによる荒廃が進み、修復不可能な湿原だけが残っていたわけだ。当時もこうした事態を目にした専門家の中には何らかの問題が生じるのではないかと憂慮した人はいたと思うが、結果までは予想できず対策に至らなかったのだろう。
 私たちは確かに科学をどんどん進歩させてはいるが、自然界のことすべてを理解しているわけではない。誰も予想していなかった問題が、次第に明らかになった例はほかにいくらでもある。例えばSARSは、家畜と人間が密接に暮らす環境が下地になって発生したとする見方があるが、発生する前にその生活環境の危険性を現地の人に説いても「今まで何の問題も起こってないじゃないか。問題というが、具体的にどんなことが起こるというのか?」といわれたことだろう。専門家でさえ、その質問に的確な答えを用意するのは難しい。しかし現実には大きな問題になったではないか。
 あるいは今やいづれも深刻な問題である移入生物や船舶のバラスト水などによる生態系の攪乱、ごく微量の化学物質が生体内のホルモン環境を狂わす環境ホルモン、抗生物質の使いすぎによる薬剤耐性菌の出現、二酸化炭素排出による地球温暖化。これらすべて、はじめのうちは誰も、その後問題が生じるとは想像だにしていなかったわけだ。だが現実には時間の経過にとともに大きな問題となったのである。こうした例と同じように、一見、何の問題もないように見える犬連れ登山も、問題が生じる前の段階である可能性もゼロとはいえない。
 












                       

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