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時折、生存説も囁かれる絶滅動物
ニホンオオカミ

Canis lupus hodophilax
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 ニホンオオカミは、オオカミ(タイリクオオカミ)の亜種(独立種とする見解もある)で、明治時代までは本州、四国、九州の山地に広く棲息していたが、開発による環境の悪化やジステンパーなどの伝染病の流行により、絶滅したものと考えられている。
 ニホンオオカミには、その昔からヤマイヌ、オイヌサマ、オオカメサマなど様々な呼び名があったが、大陸系のオオカミと異なり人間と共存してきた動物で、農耕民族であった日本人にとって畑の耕作物を荒らすウサギ、キツネ、イノシシを退治してくれる益獣であり、こうしたことから信仰の対象にもなって「大口之真神」などと呼ばれ畏敬されていた動物でもあった。現に秩父地方の神社ではニホンオオカミをかたどった狛犬に迎えられることが多く、秩父の三峯神社、両神神社、青梅の御岳神社などはすべてそうである。
 各地に伝わるオオカミの伝承では、義理堅い動物として描かれることもあり、また火伏せの神としての信仰もあったようだ。これはオオカミが火を恐れ、火を消そうと努めたりすることによるという。これらの行動は山火事になったとき、彼らの食料であるウサギやシカがいなくなるからだろうといわれているが、これらの話はあくまで伝承に過ぎないので本来の習性かどうかわからないが、各地に似たような内容の話が伝えられているそうだ。

 さて、このニホンオオカミは、明治38年(1905年)1月23日、奈良県東吉野村鷲家口というところで、地元の猟師によって捕獲されたのを最後に絶滅したとされている。ちなみにこの時のニホンオオカミは、アメリカ人のアルコーム・アンダーソンという人物が買い取り、ロンドンの大英博物館へ納めている。アンダーソンの記録によると当時すでに稀な動物だったようだが、この時のニホンオオカミが本当に最後の一頭だったのだろうか。「幻のニホンオオカミ」(柳内賢治著/さきたま出版会)によると、疑問点もあるという。定説では絶滅しているはずの明治43年に埼玉県長瀞町で子オオカミが捕獲された記録があったり、明治40年の岩手日報にもオオカミ2頭を捕獲したという記事が載っているなど、生存を思わせる記録が点々と残っているからだという。実は、その後も時折、思い出したように目撃例やオオカミ特有の咆哮を聞いたなどの証言が繰り返し出ている。最近もニホンオオカミらしき動物が九州で撮影され話題に上ったのも記憶に新しい。ニホンオオカミについて詳しく解説されている東京大学総合研究資料館のウェブサイトを見ると、最後の物的証拠がこのニホンオオカミというだけで、実際には明治38年以降も生き残っており、特に真の自然が残る東北地方では最近まで生存していた可能性もあるとしている。

 ところで今月、上野動物園で「絶滅したニホンオオカミ展」が開かれ、東大や和歌山大学の標本が展示されるというので、先日見に行ってきた。東大の標本は非公開のものだから今回見ることができたのは大変うれしかった。ただ会場にあった「世界に現存するニホンオオカミの標本」パネルには国内3体(国立科学博物館の剥製1体に加え、今回展示されていた東大、和歌山大学の各剥製1体)と海外3体(オランダのライデン自然史博物館の剥製1体、イギリス大英博物館と近年確認されたというドイツ・ベルリン自然史博物館の毛皮各1体)、計6体について図示されていたが、毛皮も含めるのであれば埼玉県の三峯山博物館が所蔵する毛皮2体も含めるべきではないのだろうか。つまり現存するニホンオオカミの標本は国内5体、海外3体、計8体のはずである。帰宅後、上野動物園に疑問の電話を入れたが、担当者が不在ということで本当の理由はわからなかった。三峯山博物館のそれには、頭部や脚部がないからだろうか。なお頭骨はお守りとして個人所蔵のものが結構各地に残っているほか、一昨年には北九州市の洞窟で過去最大のニホンオオカミの頭骨が発見されたりしている。

関連情報
→本サイト『山岳奇譚 ニホンオオカミは絶滅していないのか?
→本サイト『日記・見狼記
→本サイト『日記・ニホンオオカミ


●上野恩賜動物園「絶滅したニホンオオカミ展」から

左は和歌山大学所蔵のオス。1904年に大台山系で捕獲。右は東京大学所蔵のメス。岩手県産以外、詳細は不明


左は和歌山大学の標本頭部アップ。形が異様にふくれれているのは剥製技術の未熟さによるものだろう。右はニホンオオカミの頭骨。頭骨を机上に置くと下顎後端が地につかないのが、ニホンオオカミの特徴のひとつだという



●秩父地方の神社に今も残るニホンオオカミの狛犬
左から長瀞町・宝登山神社奥社(宝登山山頂)。長瀞町・岩根神社。横瀬町・御獄神社(武甲山山頂)


左から東京都青梅市・御獄神社(御岳山山頂)。大滝村・三峯神社(妙法ケ岳山頂)。大滝村・三峯神社奥宮


左は両神村・両神神社本社。右は同狛犬(撮影時期は別)を横から見たところ。長い尻尾に注目(どちらも両神山)


寄居町・釜山神社          東京都青梅市・常福院龍学寺(高水山)


 
左はニホンオオカミが描かれ「大口真神」と書かれた東京都青梅市・御獄神社のお札。右は最後のニホンオオカミが捕獲されたとされる奈良県東吉野村鷲家口の県道沿いには、プロンズ製の立派なニホンオオカミ像が設置されている。

 
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