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山の歌2 夏の思い出 福島県檜枝岐村

撮影年月日:2000年6月30日

 尾瀬の光景を歌った『夏の思い出』も代表的な山の歌といえよう。ただ、歌詞の中に春の花であるミズバショウが出てくることに違和感を持つ人もいるようだ。確かに尾瀬の夏を歌うのであれば、ミズバショウではなくニッコウキスゲだろう。ミズバショウは、尾瀬も含めて雪国では雪解けのあとに咲く花である。尾瀬の開花時期は5月下旬〜6月上旬なので、平地では確かに「初夏」といっていいが、尾瀬では確実に「春」に当たる。

 Wikipedia「夏の思い出」にも「この歌のおかげで尾瀬は有名になったが、ミズバショウの咲くのは5月末であり、尾瀬の春先にあたる。そのため、せっかく夏に来たのにミズバショウを見ることができなかった、という人は多い」とある。ただ、作詞をした江間章子は「尾瀬においてミズバショウが最も見事な5、6月を私は夏とよぶ、それは歳時記の影響だと思う」と述べていたそうで、さらに「歳時記には俳句の季語が掲載されており、ミズバショウは夏の季語である。文学上の季節と実際の季節には、少しずれがある。また二十四節気においても夏にあたる」と書かれていた。

 「夏の季語だから」とか「二十四節気では夏だから」とかいわれても、前者は最初に夏の季語に設定したこと自体どうなの? と思うし、後者は地域性を考慮していない大雑把なものを根拠とすること自体どうなの? とも思う。とはいえ、この詞は、尾瀬から遠く離れた、おそらく都市部に住んでいる人が、夏が来れば(初夏になれば)、ミズバショウをはじめとする春の尾瀬の光景を思い出すことを歌っているわけで、夏の尾瀬とは、一言も言っていない。なので「尾瀬においてミズバショウが最も見事な5、6月を私は夏とよぶ」という言い訳をするよりも、「自分が住んでいるところでは夏になったが、今頃、尾瀬では遅い春を迎えているだろう。ふと、かつて見たミズバショウが咲く春の尾瀬を思い出した。そんな心象を詞にしたものであって、矛盾はないと考えます」と説明する方が説得力がある。曲名が「夏の思い出」なので、紛らわしいのは間違いないけどね。


夏の思い出(作曲:中田喜直 作詞:江間章子)

夏が来れば 思い出す
はるかな尾瀬 とおい空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小路(こみち)
水芭蕉(みずばしょう)の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花(しゃくなげ)色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空

夏が来れば 思い出す
はるかな尾瀬 野の旅よ
花のなかに そよそよと
ゆれゆれる 浮き島よ
水芭蕉の花が 匂っている
夢見て匂っている水のほとり
まなこつぶれば なつかしい
はるかな尾瀬 遠い空


 「夏の思い出」で検索すれば、試聴できるサイトがいくつもあります。例えば→こちら


関連情報→本サイト山岳記「山の歌1 いつかある日




夏の思い出の歌碑。尾瀬の福島県側玄関口、檜枝岐村・ミニ尾瀬公園にて。群馬県側の片品村にも歌碑が置かれている。


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