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ケルン 八ヶ岳連峰・硫黄岳など

撮影年月日:2007年8月25日など

 ケルン(cairn)とは、人為的に石を円錐状に積んだもの。ケアンともいう。山では、かつて道標として、あるいは遭難者の慰霊目的で積まれた。ただ、最近はあまり見かけなくなった。しかも本サイト山岳記の「テープ印」で書いたようにケルンを積極的に壊している人もいるくらいだ。

 ケルンの場合、テープ印と違って微妙なのは、今日、積み石をすることにほとんど意味はなく、むしろ問題点も見過ごせないということだ。すでに登山道には、わかりやすい立派な道標が整備されているので、それに加えてケルンまで積む必要はない。道標目的ならまだしも、登山者のタダの遊びで周囲から石を集めてケルンが積まれることがあまりに多いと、環境保全上も好ましくないのも間違いない。しかも、地震発生時に高く積まれたケルンが崩れれば、斜面の下を歩いている登山者を危険に晒すことにもなりかねない。

 とはいえ、目の敵にして徹底排除するほどではなく、安全な場所に2、3のケルンが積んであるくらいなら別に構わないのではないか。ケルンも山の文化のひとつであることに違いはない。




長野県茅野市・八ヶ岳連峰 赤岩ノ頭分岐付近で見かけたケルン。



同じく八ヶ岳連峰・硫黄岳山頂に組まれた道標目的のケルン。撮影は2007年。



長野県木曽町・御嶽山 摩利支天山のケルン。撮影は1990年。



長野県上田市・四阿山登山道のケルン。



ケルンといえば、北アルプス・八方尾根を思い浮かべる人が多いかしれない。第一、第二、第三ケルン、石神井ケルン、丸山ケルンがあり、写真はそのうちの第二ケルンだが、はめ込まれたプレートには「息(やすむ)ケルン」と書かれている。遭難者慰霊と道標の目的で設置されたもので、八方尾根の景観に馴染んでいる。ここのケルンはモルタルで固めてあり、崩壊する危険はほとんどない。



八方尾根の最後に立つ丸山ケルン。1988年に撮影したものだが、その30年後の2018年にもここを通過して同ケルンを撮影している。その写真と比較してみたのだが、ケルンを構成する石ひとつひとつは1988年当時と同じに見える。モルタルで固定してあるので、この30年間に崩れて組み直すようなことは一度もなかったのだろう。
北アルプス・小蓮華岳山頂に積まれていたケルン。撮影は1991年。
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父が1961年7月に大天井岳で撮影したケルン。当時からケルンを積む習慣はあったようだ。



北アルプス・白馬乗鞍岳山頂の立派なケルン。これもモルタルで固定されたケルンだ。



北アルプス・蝶ヶ岳で見かけたケルン。1986年8月撮影。



黒姫山の小泉山道にあったケルン。撮影は2007年。小泉山道は、小泉登山道とも呼ばれるが、さて。この「小泉」という名称が何に由来するか知ってますかね。この登山道が開かれた昭和39年に黒姫高原の開発に尽力した長野鉄道管理局長の名前が付けられたそうだ。ケルンが建てられたのは昭和50年。



比良ロープウェイ山上駅前に積まれたモルタル固定のケルン。2001年6月撮影。


長野県松本市・美ヶ原 王ヶ鼻で見かけた芸術的ケルン(?)。平らな鉄平石の上にさらに小石を積んであった。これくらいの登山者の遊びは許容範囲だろう。



中央アルプスで50年以上前に撮影された写真である。大きなケルンのそばに立つ、いかにも育ちがよさそうで、いかにも賢そうなこの子はどこの子だろう? あ〜っ。わかった!! これボクちんだっ。全然気づかなかったけど、これボクちんだよ。今と大して変わりないね(笑)。それにしても、このケルンの危なっかしい積み方。どう見ても積み過ぎだろう。現在であれば、確実に問題視されそうである。昔は、のほほ〜んとした寛容社会だったんだね。いいか悪いかはともかく。




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