私は山で不思議な出来事に遭遇したことが何度かある。よく調べれば、その原因や理由は案外あっけないものなのかもしれないが、この手の話というのは、もともとその性質上、民話や昔話の類に限りなく近いものだ。だからそういう視点から読んで、ちょっとだけゾッとしてもらえれば結構だと思う。


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私が体験した話

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山で行方不明になる人


 時々、行方不明者捜索の張り紙が登山口や山小屋などに貼られていることがある。私が見たことがあるのは、奥多摩の雲取山、奥秩父の両神山、南アルプス深南部の山犬段などだ。「いつ、誰それが、○○から○○山へ向かったが、○○小屋で目撃されたのを最後に行方不明…」などと書かれ、本人の顔写真や背丈、服装の特徴も説明されている。単独行者が多く、おそらく谷すじなどに間違って入り込んで事故に遭ってしまった可能性が考えられるが、山の遭難では、行方不明のまま見つからないケースも実は珍しくない。過去には、登山ツァーで木曽御嶽山に登った男性が行方不明になり、結局見つからなかった例をはじめ、似た事例はいくつもある。
 何年か前、ある山にやってきた夫婦の登山者。山頂手前で鎖場を通過するコースとその巻き道が分かれる分岐がある。ここで旦那は鎖場コースを選び、奥さんは巻き道コースを選んだという。旦那の方は鎖場コースをこなし、早々に山頂に到着して、巻き道を登ってくる奥さんを待っていた。しかし、なかなか奥さんは来ない。ほかの登山者としゃべりながら、ゆっくり登っているだろうと思ったが、それでもいくら待っても現れない。下で待っているのではと思い、巻き道を戻ってみたが、その姿はなく、大騒ぎになった。その後、捜索隊が出て山頂一帯を広範囲に捜索したのに奥さんは見つからなかったそうだ。
 私もこの山に登ったことがある。比較的人気のある山で、休日には多くの登山者で賑わう。登山道も決してわかりにくくはない。どこかで道からはずれ、さらに迷い込んでしまったと思われるが、それにしても不可解だ。また山ではないが、私の故郷の町では、何年か前におばあさんが行方不明になり、捜索が行われたが結局見つからなかったことがあった。
 昔だったら、神隠しとされたに違いないが、現代でも謎としかいえない行方不明事件というのは現実にある。
 そういえば、一昨年だったか。某県の、有名な山の登山口にもなっている高原で、あちこちに行方不明者の情報を求める紙が張り出されているのを見たことがある。行方不明になったのは青年のようで、登山で遭難したのかと思っていたら、一箇所だけ家族から当の本人に向けて「戻ってきて」というメッセージが残されていた。すでにその場にはなかったが、食べ物を置いておく、とも書かれていた。ひょっとすると自殺目的で山に入ったのだろうか。こういうメッセージを見るのは本当に辛い。家族の悲痛な思いが伝わってきて、無事に見つかることを願わずにはいられなかった。
 
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