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乗鞍岳で遭遇した親子
ライチョウ(U)
Lagopus muta japonica
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  かつて北アルプス・唐松岳や西穂高岳、御嶽山などで何度もライチョウと遭遇してはいるが、随分前に乗鞍岳で見かけて以降、しばらくライチョウとはご無沙汰が続いていた。ライチョウは、天敵に襲われにくいガスがかかるような日に目撃される頻度が高く、私のように基本的に写真撮影を一番の目的として晴れの日に訪れることが多いと、必然的にライチョウには出会いにくいこともあるのだろう。

 その後も北アルプス・北ノ俣岳や立山、さらに今月も唐松岳や燕岳など、ライチョウ生息地にいろいろ登ってはいるが、残念ながら遭遇のチャンスに恵まれなかった。プラス3キロの荷物増は、なかなかの負担だったが、晴れの日でも万一、ライチョウがいた場合に備えて必ず50〜500mmの望遠ズームレンズを持参したにも関わらず、すべて「ハズレ」。この調子なら、ライチョウを一番の目的として、ガスがかかるような日に生息地に行くしかないかな…と思いかけていた。

 先日。久しぶりに乗鞍岳を訪問。天気は快晴。景観写真を撮るには最高だが、やはりライチョウと遭遇するのは難しそうだ。畳平周辺では、ライチョウが出てくるのを待っているカメラマンもいたし、登山者同士が「雷鳥いました?」「今朝はどこそこにいたけど、今はいないですね」…みたいな会話も聞かれた。

 そんな畳平を抜けて、あまり観光客や登山者がやってこない場所に向かったところ、ちょうど反対側から登って来た女性登山者2名が「あ、たくさんいる!!」と声を上げていた。高山蝶でも舞っているのかと目を向けると、なんとライチョウ親子がいるではないか!

 快晴にも関わらず、なんとなく今回はライチョウに出会えそうな予感がマジであったのだが、もう怖いほどに的中。いや、そんなことはどうでもいい。滅多にないチャンスを逃すわけにはいかない。すぐさまザックの中に入れておいた望遠ズームレンズと交換。連写を開始した。

 ひとしきり撮影後、親子はハイマツの奥へ行ってしまった。女性登山者と「ラッキーでしたね」と話しをして、彼女たちが立ち去ったあと。しばらく見ていると、奥に行った親子がまた戻って来た。今度はコマクサ群生地の中を抜け、登山道沿いのハイマツで餌を探し始めた。ヒナは全部で5羽。私はほとんど警戒されず、ヒナたちは時に私に向かって何度も近づいてきた。

 メスの親鳥は、クゥ、クゥ…とずっと連続して鳴いていたが、それは安全であることを示すヒナたちへの合図であり、それによりヒナたちは安心して餌を探して食べることができ、同時にヒナたちは、その鳴き声を聞くことによって親鳥との距離を把握しているのかもしれない…とちょっと思った。というのも、一見するとまるでバラバラかつ適当にチョロチョロしているように見えるヒナたちだが、親鳥を中心とした直径5メートル程度の一定の範囲内で行動するばかりで、少なくとも私の観察中にそれを越えるほどに離れることはなかったからである。つまり、ヒナたちの目線では、ハイマツの陰に隠れたりして常に親鳥が見えるわけではないので、これは親鳥の鳴き声を聞くことで離れ過ぎないようにしている結果と考えるのが自然と思われる。

 目の前にのびる乗鞍岳スカイラインをバスや関係車両が通過する時の反応を伺うと、意外にもほぼ無反応。夏から秋の間だけとはいえ、生まれてからずっと聞いている音であり、怖い思いをしたことがないからだろう。また観察中、山麓から救急車がサイレンを鳴らしながら通過したが、わすが7メートル先という近距離のため、目の前を通過する時はかなりの音があたりに響き渡っていたにも関わらず、救急車の往路も帰路も、親鳥に顕著な反応はなかった。ただ、サイレンが遠くで聞こえ始めると「あれ? 何の音だろう」という感じでちょっとばかりキョロキョロしたのと、帰路に通り過ぎる時に少しだけ首をすくめるような行動が見られたのみ。慌てたり逃げたりといった反応はなかった。むしろ親鳥は、上空から飛来する天敵の猛禽類やカラスを警戒しているような印象だった。すぐそばでシャッターを切り続けている私には、稀に目を向ける程度だったが、周囲の上空には常に目をやり、すごく警戒しているように見受けられた。

 結局、最初に見かけてから約2時間。ライチョウ親子は私の前でたっぷり過ぎるほど、その姿を披露してくれた。やがて親鳥は、何かに気づいたようで、周囲のある方向に目を向けて、これまでとは違う鳴き声を発した。すると親鳥の周囲をチョロチョロと歩き回っていたヒナたちは、ハイマツの中でピタリと動きを止めた。親鳥も同じ場所から動かなくなり、これまでとは異なり、何かに警戒しているのは明らかだった。私の目には何も見えなかったが、近くの稜線を飛ぶ猛禽類かカラスかの影を見つけたのかもしれない。親鳥は、その後数十分間も動かなくなり、私はこのまま待っているわけにもいかず、「出てきてくれて、ありがとね」と後ろ姿に声をかけて、その場を後にした。

 今回、ある登山者から「人間がいると天敵に襲われないので、ライチョウは好んで人間に近づいてくる」という話しも聞いた。本当かどうかわからないが、確かにライチョウの天敵である猛禽類やカラス、あるいはキツネに関しては人間がいると警戒して近づかないのは間違いないだろう。ただオコジョに対しては効果がないかもしれない。

 ちなみに乗鞍岳では、ここ数年、ライチョウの目撃数が急増しているそうだ。ライチョウの生息環境が改善して個体数が増えているのは大変結構なことだ。完全マイカー規制され、ペットの持ち込み等がなくなったことも大きいかもしれない。

関連情報→本サイト動物記「ライチョウ(T)



周囲の上空に目をやり、終始警戒を怠らない親鳥(♀)。この個体は白と黄色の足輪をしている。



コマクサ群生地内を歩き出したので、これはチャンスと連写した。きっとライチョウが、「絵になるから」と撮影している私に配慮してくれたに違いない!!



ヒナ。意外にも身体のサイズに対して、不釣り合いなほどに脚は大きくてしっかりしている



登山道上で砂浴びを始めた親鳥。脚で蹴って砂や小石を舞い上げ、全身に砂を浴びる。砂がよく入り込むように羽毛を逆立てていた。砂浴びは、羽毛につく寄生虫を除去するためだそうだ。



ヒナも親鳥の砂浴びを見て、学ぶのだろう。同じように砂浴びをしていた。



砂浴びのため羽毛を逆立てる親鳥。ところでライチョウのオスには、目の上に顕著な赤い肉冠があるのはよく知られていると思うが、実はメスにもわずかにある。この写真を見れば、それがよくわかるのだが、鳥類図鑑をめくってもネットで検索しても、メスの肉冠についての記載がおもしろいように一切ないのは、どういうことなんだろうね。


 
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