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とにかく鬱陶しい存在だが…
ヒトスジシマカ

Aedes albopictus
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 夏が近づいてくると、どこからともなく必ず現れる迷惑な害虫・蚊。日本における蚊の普通種が、ヒトスジシマカである。そのヒトスジシマカと、それより少し大きいオオクロヤブカを写真で紹介しながら、ここでは蚊という存在全般について考察してみたい。

 迷惑とはいえ、刺されても痒くなるくらいだし、感染症を媒介することがあるものの、日本ではあまりリスクが高くないこともあって、迷惑というよりも、ただ単に鬱陶しい存在といったところだろう。また手で叩き潰して汚れても、小さいせいか、いちいち手を洗う人はあまりいないと思う。それだけ我々にとって身近な害虫で慣れっこになっているわけだ。だが、蚊の身体のしくみをじっくり観察した経験がある人って、どれほどいるだろうか。
 
 一昨年、私は蚊が吸血しているところを撮影したいと思い、試行錯誤を繰り返した結果、何度か成功した。生きた蚊が人間の皮膚にとまって血を吸うところをクローズアップ撮影するなんて相当ハードルが高そうだが、何度か失敗を繰り返すうちに徐々にコツがつかめてきて、蚊さえいれば、それほど撮影は難しくないことがわかった。そんな撮影を通して、蚊のことを調べてみたが、結構意外なことばかりだった。

 以前、本サイト「Close up!」のページでも書いたことだが、蚊の口吻は、注射針にあたる上唇と、それを保護する鞘のような下唇のほかに、上唇の下部にも大顎や唾液管などの複数器官が収納され、かなり複雑な構造をしていることが判明。しかも上唇は、ストロー状なのではなく、細長い板を丸めたような構造になっているそうだ。また蚊の体表面には細かい鱗片で覆われ、じっくり観察すると、その緻密な構造に感心せざるを得なかった。ちなみに「Close up!」で撮影したオオクロヤブカは、たたき潰し損ねた個体であるため、鱗片が吹き飛んだり、下唇が一部ちぎれたりして、即死はしなかったが、かなりのダメージを受けている前提でご覧頂きたい。

 ところで「吸血中の蚊」撮影のために左手に故意に蚊をとまらせようとした時のことだ。左手の甲に蚊がとまってくれれば、そっとレンズの前に出しやすい。あとは利き手の右手でシャッターを切れる。そのため飛んでいる蚊の目の前に左手の甲を差し出し、とまるように誘導した。ところが、蚊はなかなかとまってくれない。「ここにとまってもいいよ」とばかりに差し出しているにも関わらず、すんなりととまらないのだ。確かに個体によっては、ちょっと躊躇したあとにとまってくれることもあるのだが、むしろ後へ後へまわろうとする個体も結構多かった。だから、蚊が移動する方向に向き直って(結果的にぐるぐる回ることになる)、左手甲を差し出すことを繰り返す。やがて、何割かの確率で蚊は左手甲付近にとまってくれた(それ以外は、吸血自体を諦めて飛び去った)。

 その行動を見て、ふと気づいた。蚊という小さな存在から見れば、人間はおそろしく巨大な存在。たとえれば映画『スター・ウォーズ』で、超巨大な宇宙要塞デス・スターを破壊すべくXウィングに乗り込んだルーク・スカイウォーカーらが、命がけで内部に進入しようとした時みたいに、絶望的に悲壮な心境で人間に近づいているのではないか…と。だとしたら、蚊のメスに背負わされた随分残酷な運命に、ちょっとばかし同情の念を禁じ得ない。だが、おそらく蚊には、そんな高度な感情とかはないと思うので、実際は吸血の際に叩き潰されて即死するかもしれないことは、まったく知らないで、ただ生命のプログラム通りに行動しているだけ…という可能性の方が高そうだが。

 いずれにしても蚊にとってみれば叩き潰されてしまっては子孫を残せない。そこで人間の視野に入りやすい前よりも、視野から外れてリスクが少ない背後を狙うように進化の過程でプログラムされていたとしても不思議ではない。蚊に刺される部位はバラバラで、時には見ている目の前で、腕とかにとまる間抜けな個体もいるが、一方で先に説明したように背後にとまろうと意図しているとしか思えない個体も現実に存在する。

 背後を狙う…蚊の立場でリスクを考えれば当然の行動のように見えるが、それってつまりは蚊が人間の顔や眼を認識していることにならないか。あるいは人間が吐き出す二酸化炭素の濃度差を検知して、前後を認識している可能性とか? もしあんなに小さな蚊が、人間の前後を認識し、意図してその視野から外れるように移動しているとしたら、その能力も相当にすごいといえないか。

関連情報→本サイト「Close up! File No.0028




ヒト(撮影者の私)の皮膚にとまって血を吸うヒトスジシマカ。痒みの原因となる唾液のせいか、刺されている付近の皮膚が少し赤くなっているのもわかる。腹立たしい反面、均整のとれた緻密な美にも感心せざるを得ない。



腹にはかなりの収縮性があるようで、血を吸い続けると、これほどまでに膨らんでくる。



撮影したヒトスジシマカの翅をよく見ると、ストロボ光を反射して虹色に分光している。しかも、よく見ると翅の縁にも細かい毛があり、おそらく羽ばたき音を消す作用があるのではないかと想像される。ところで写真右手前側の毛は青色を呈しているが、毛自体が青色をしているのではなく、分光が反射しているためだと思う。いずれにしろ結構細かいしくみになっているのにも舌を巻く。



オオクロヤブカが吸血しているところ。注射針にあたるのが上唇で、少し赤く見えるのは、おそらく上唇内を流れる血液が透けて見えているのだと思う。上唇の後にたわんでいるのが、鞘みたいな下唇だ。内側に丸まったU字管みたいな構造になっていて、普段はこの鞘の中に注射針である上唇が収容され、針を人間の皮膚に差し込むと、下唇は、このように後側にたわむようになっている。その様子は先の写真2点でも確認できる。硬い上唇に対して、下唇はやわらかくて、おそらく重要な上唇を保護する役目でもあるのだろう。

ピンポン玉のように丸い頭部、そこから突き出したブラシのような触覚、体表面を覆う細かい鱗片…よく見るとすごいつくりになっている。この写真では複眼は黒っぽく写っているが、オオクロヤブカの複眼自体は、実は藍色をしている(「Close Up!」のページ参照。上の写真も調整すれば藍色になる)。ちなみにこの写真は、ピント面の異なる2枚の写真を合成したものである。



皮膚表面にとまり、これから上唇(注射針)を差し込もうとしているヒトスジシマカ。それにしても頭部から胸部にかけて突き抜ける白線をデザインしたのは誰なんだろうなぁ〜(笑)。おそらくこの白線が、ヒトスジシマカの名前の由来なんだろうな。脚の節などにある白斑も含めて、どんな生物学的な意味があるのか不明だが、意外に遠目にみれば保護色的な効果があるのかもしれない。


 
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