Nature

私が取材先で体験したこと、感じたことなどを好き勝手に書いたものです。

植物記
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私が山で受けた多くの親切


 山では時に腹立たしい体験をすることも多く、それは別項で書いている通りだが、その一方でありがたい親切を受けることもある。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。これまで私が受けた親切について書いてみたい。


■車に乗せてもらったこと

 下山して車道を歩いていたところ、こちらからは何もしないのに「よかったら乗っていきませんか?」と車に乗った人から声をかけられ近くの駅などまで乗せてもらったことが何度もある。丹沢の車道で2度、ほかに南大菩薩の林道、那須の車道、尾瀬の車道、秋田・虎毛山の林道など、そんな親切を受けたことは結構多い。私が若い女性なら警戒するかもしれないが、そうではないので、毎回ありがたくその親切に甘えさせて頂いた。向こうもザックや服装から登山者というのが一見してわかるので、声をかけるのも自分の車に乗せるのも、あまり抵抗はなかったのだろう。
 中でも特に思い出に残っているのは、学生の頃、友人とともに計7名で奥秩父の山に行ったときのこと。やはり下山が遅くなり、途中で日が暮れて懐中電灯片手に下山。ようやく車道に出て食堂前を通りがかった時、ちょうどお客を送りに出てきた店の人から「今、山から下りてきたの」と聞かれ「そうです」と答えると「ちょっとお茶でも飲んで行きなさい」といわれ、お茶や食べ物を出して頂いた。タクシーを呼ぶと時間がかかるので駅まで送ってあげるとの申し出を頂く。お茶のお代はいらないといわれたのだが、それでは申し訳ないのでみんなで食堂で売っていた物をお礼代わりに買った。そのあと普通乗用車に無理して7人が乗り込み、駅まで送ってもらった。もしここで声をかけてもらわなかったら、かなり困った事態になっていたかもしれない。後日、連名で礼状を出したところ丁寧なご返事も頂いた。
 大血川渓谷・大日向にある食堂のみなさま。その節は本当にありがとうございました。すでに20年も前のことですが、今でもとても暖かい思い出として心に残っております。



■おすそ分けをもらったこと

 白神岳に登った時、夕方下山して、車で服を着替えたりしていたところ、家族連れで登山にやってきた人から「よかったらどうぞ」とスイカを頂いたこともある。山で話をして仲良くなったわけでもなく、恐縮したが、どうぞとうぞと勧められたので、ありがたく頂いた。暑い日で喉が乾いていたので、とてもおいしかった。
 また北海道のニセコ高原では、下山して駐車場で出発の準備をしていたところ「弁当が1個余ったんですが、よかったら食べませんか」と声をかけられたこともあった。どうやらバスの団体客用に用意した弁当が余ったらしく、捨てるのはもったいないから、それなら誰かに上げようということになったらしい。ちょうど弁当の用意もなく、これから山を下って昼食にしようと思っていたところだったので、お礼をいいありがたく頂戴した。なかなか立派な弁当で、とてもおいしかった。ただで頂くのが申し訳ないほどだった。



■山以外で受けた親切

 巨樹の取材で東北地方各地をまわった時の話。この取材では、案内板が立っているような有名な巨樹ばかりでなく、地元の人しか知らないような巨樹も1本1本訪ねたのだが、後者のような巨樹では地元の人に場所を聞くしかない。そのため実に多くの人にお世話になったのだが、中には特に印象に残る体験もあった。
 ある村で、年配の男性に巨樹の場所を訪ねたところ「あぁ、その木ならこのすぐ先だよ」と教えてくれた。「巨樹の写真を撮っているの?」と聞かれ、少し話をしたあと目的の巨樹に向かい撮影していると、先ほどの男性が歩いてやってきた。「巨樹の写真を撮りに来たそうだ」と近所の人に話したところ、それならあそこにも大きな木があるじゃない、といわれたのでわざわざ別の巨樹が近くにあることを教えに来てくれたのだった。
 またある時は、車を停めて畑仕事をしていたおばあさんに尋ねたのだが、訛が強くて説明がよくわからない。するとたまたま通りがかった軽トラに乗った中年の男性から「何かお探しですか」と声をかけられた。「○○という巨樹を探してるんです」というと、行き方を詳しく教えてくれた。少々わかりにくかったが、目的地に着き撮影していると、先ほどの人がニコニコしながら現れた。わかりにくい場所にあるので、ちゃんと見つけられたかどうか心配になって見に来てくれたという。
 このように頭が下がる親切を受けることもある。これは日本社会のいいところ。自分にも同じことができるか、と聞かれると甚だ疑問だが、しかし、これからの日本もこういう優しさがある社会であり続けたいものだ。その方が、そうでない社会よりもよほど人間的で魅力的だ。私は、彼らに人間としても教えられた思いがする。

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