<<前のページ | 次のページ>>

岩小屋・岩屋・石室 鳥取県大山町・大山

撮影年月日:2001年8月7日

 岩小屋や岩屋というのは、露営地として利用できる岩の隙間や岩窟のことで、古くは杣人や猟師などが寝泊まりに使用してきた。一方、石室は岩小屋から少し進歩させたもので、雨や風が吹き込まないように石を積み重ねるなどして手が加わったもの。石室は信仰登山が盛んな山ではよく作られたという。

 なお立山・室堂の玉殿岩屋は宿泊のための岩窟ではなく立山開山の聖地とされ、中には石仏が並んでいる。また石室から発展してきた山小屋の場合は、八ヶ岳の硫黄岳石室のように「石室」を残す小屋もあったが、現在は硫黄岳山荘という名前になっている。



NEW

大山の夏山登山道沿いにある石室。解説板によると夏山登山道が整備された翌年の大正9(1920)年に避難用として作られ、その費用は800円だったという。ネット検索で物価変動から現在の価値に換算してみると約8万円という数字になるようだ。場所から考えると、ちょっと安い気がする。夏山登山道も「地元の人々の奉仕によってつくられ」とあるので、この石室も同じだったのかも。そうとしか思えない金額だ。


立山・室堂平にある玉殿岩屋。立山開山の聖地とされる(左)。屋久島・宮之浦岳にある投石(なげし)岩屋。巨岩の下に隙間があり、ビバークするには悪くない雰囲気(右)。


長野県信濃町にある義賊・地雷也(じらいや)が住んでいたと伝えられる洞窟(左)。長野県長野市・荒倉山の中腹にある鬼女・紅葉が隠れ住んだという岩屋(右)。



新潟県阿賀町にある国指定文化財の室谷洞窟。約9000年前の縄文時代創生期からの堆積層があり、縄文人の遺骨も発掘されている遺跡だ。




小説『あゝ野麦峠』でも知られる旧・野麦街道沿いにある石室とその内部。江戸時代、風雪に行く手を阻まれ、凍死者が相次いだことに心を痛めた地元の人が、旅人のために作ったもの。永らく放置され崩壊していたが、昭和62年に旧・奈川村(現・長野県松本市)によって復元された。





 CONTENTS 
 
   
 

Nature
山岳記