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山頂標識 福島県檜枝岐村・中門岳

撮影年月日:1999年7月30日

 苦労して山頂に到達したら、登山者のほとんどが、山頂標識をバックに記念写真を撮る。登山者にとって山頂標識とは、そこに実際に立ったことをわかりやすく証明してくれる最も手軽なものといえる。なので誰しもその前で記念写真を撮りたがる。またコース上の主要ピークだけでなく、山名が付けられた小ピークにも標識があることで、地図上の自らの位置を確認できる意味も大きい。

 山頂標識は地元行政や観光協会、商工会のほか、環境省や林野庁等、設置主体は様々だが、その折々の担当者によるのか、製作する業者によるのかまでは知らないが、実に多様な形態があっておもしろい。また山頂という過酷な環境下に置かれるせいか、何年かおきに作り変える必要もあるようで、数年して再度登ってみると、新しい標識に変わっていることもよくある。

 本項では、主に私が1990年代以降に撮影した全国各地の山頂標識をまとめてみた。とりあえず標識の写真だけ拾い集めてみると、①標柱タイプ、②看板タイプ、③石碑タイプ、④その他の個性タイプ…に分類できそうだ。ほとんどが標柱タイプか、もしくは看板タイプで占められ、両者の割合はほぼ同じ、という印象である。

 標柱タイプは、看板タイプよりも部材が少なくてすみ、丸太や角材を最低1本用意して文字を入れるだけなので、製作もしやすいし、構造がシンプルなので壊れにくい。一方の看板タイプは山頂の文字を大きく表示できるなどの、デザイン上の工夫がしやすいメリットはあるが、気象条件や腐食によっては表示板が支柱から外れて壊れやすい。石碑タイプは、まず壊れることはなく、半永久的に使えるが、現地に運ぶのがなにより大変で製作費用も運搬費用も高くなりそうだ。

 ちなみに山頂標識前で休憩したり弁当を広げたりする登山者がいるけど、これは無神経過ぎる。記念撮影スポットなんだから、そこに座り込んじゃダメでしょう。


■標柱タイプ


日本百名山にも数えられる福島県檜枝岐村・会津駒ヶ岳の先にある中門岳(ちゅうもんだけ)の山頂標柱。中門岳の厳密な山頂は、木道がぐるっと一巡している標高2060m地点にあるが、この標柱はそれよりも手前の中門大池と呼ばれる池塘の畔に立っている。グーグルマップの投稿写真を確認すると、近年も同じ標柱が健在のようだ。一帯は湿原と池塘が広がり、ピークも顕著ではないせいか、「この一帯を云う」とわざわざ但し書きが添えられている。撮影は1999年7月(上)。1995年6月にも登っているが、同じ標柱が少しばかりまだ新しかった。残雪期だったので、こんな状態(左)。それにしても湿原内という極めて湿潤な環境中に立てられ、しかも冬場は雪に埋もれるわけで、よほど耐水性の、質の高い木材を使っているのか、あるいは防腐処理でもされているのか、どちらにしても30年以上も腐食に耐えているのに感心する。



北アルプス・北ノ俣岳の山頂標識。一応、標柱タイプとしたが、文字を彫り込んだ板を角材に縦に取り付けてあった。腐食しにくいように金属製の屋根付き。バックは薬師岳。撮影は2015年。



北海道蘭越町と岩内町にまたがるニセコ高原のチセヌプリの山頂標識。撮影は1995年。


↓群馬県沼田市(撮影時は利根村)と栃木県日光市の境にある日本百名山の皇海山山頂標識。撮影は1998年。



↑愛媛県久万高原町。皿ヶ嶺の山頂標識。板製の屋根が付いていた。撮影は2013年。

↓島根県大田市・三瓶山の男三瓶山の山頂標識。丸太を複数本組み合わせたもの。撮影は2016年。



↑岐阜県高山市。飛騨高地の霊山として知られる位山の山頂標識。角材に白ペンキ。撮影は2015年。

↓間宮林蔵に因むとされる北海道・大雪山系の間宮岳。その山頂標識。基部はコンクリートで補強されていた。撮影は2013年。




↑岩手県奥州市(撮影時は胆沢町)と西和賀町(撮影時は湯田町)の境にある南本内岳。登山道が整備されたのは昭和53年という歴史が浅い山。山頂標識もシンプル。撮影は2002年。

↓長野県小谷村と新潟県糸魚川市にまたがる日本百名山、雨飾山南峰の山頂標識。角材に黄色塗装。背後は北峰。撮影は1994年。




↑長野県長野市と飯綱町にまたがる飯縄山の山頂標識。中の構造と材料は不明だが、塗装したブリキ板みたいなもので組み立てたと想像される。「飯綱山」とあるが、国土地理院地図では「飯縄山(飯綱山)」と表記。撮影は2007年。

↓福島県北塩原村。雄国沼の北側、雄国山の山頂標識。先端が金属製の蓋で補強された丸太材に彫り込み文字。撮影は2007年。



↑秋田県小坂町の白地山山頂標識。丸太材に防腐塗料。撮影は2002年。


↓滋賀県多賀町の霊仙山山頂標識。角材に白ペンキは間違いないが、山名部分は割れているようにも見えるので、ひょっとすると陶器製かも。撮影は2001年。



↑広島県北広島町の臥龍山山頂標識。3連丸太式。撮影は2004年。

↓日本百名山のひとつ、群馬県嬬恋村と長野県須坂市の県境上に位置する四阿山の山頂標識もシンプルな標柱タイプ。撮影は2007年。



↑福島県檜枝岐村の会津駒ヶ岳は、トップ写真・中門岳の手前にあるが、こちらは3連丸太式だった。撮影は1999年。


↓陰になって見えづらいが、福島県天栄村の二岐山(ふたまたやま)山頂の標柱。撮影は1997年。




↑神奈川県伊勢原市など3市にまたがる丹沢山系の大山(相州大山)山頂標識はコンクリートの擬木。擬木は丈夫だが、味気ない。撮影は2000年。ちなみにその16年前の1984年に登った時は石碑タイプだった。

↓山梨県甲州市(撮影時は塩山市)の大菩薩嶺山頂標識。山梨百名山だけじゃなくて、日本百名山にも選ばれていることを書けばいいのに。撮影は2004年。



↑櫛形山といっても南アルプス前衛の櫛形山ではない。新潟県胎内市と新発田市の櫛形山山頂標識。2連丸太式。撮影は2001年。


 

■看板タイプ


山梨県富士河口湖町。御坂山地・十二ヶ岳(じゅうにがたけ)の山頂標識と富士山。撮影は1993年。



富山県富山市と岐阜県飛騨市にまたがる白木峰の山頂標識。支柱も表示板もコンクリート製だが、表示板は年輪まで再現した手のこんだものだった。撮影は2009年。



長野県茅野市と立科町の境になだらかな山容を見せる八子ヶ峰。2003年に取材した際。その山頂にあった標識。近くの山小屋・ヒュッテアルビレオのお手製と思われる。先には鳥の飾りまで付けられ、センスは抜群。標識自体が絵になるのは珍しい。


↓静岡県富士市と裾野市の境にある愛鷹連峰の最高峰・越前岳。その山頂標識にはなぜか支柱が3本もあった。撮影は2012年。



↑栃木県宇都宮市・鞍掛山の山頂標識。地域行事などの活動をしている地元団体が設置したもののようだ。撮影は2011年。

↓長野県富士見町の入笠山山頂標識。入笠山観光連絡協議会が設置したもので撮影は2012年。1986年に初めて登頂した際はもっと大きな看板タイプで、こちらには入笠山開発期成同盟会の文字が見える。



↑鈴鹿山脈・藤原岳山頂標識。おそらく手彫りの木製で、施されたペイントも美しい。撮影は2016年。


↓山口県美祢市・秋吉台の冠山山頂に立つ標識。国土地理院地図には記載がない山だが、現地には大きな標識が設置されていた。撮影は2016年。



↑ブッポウソウで知られる愛知県新城市・鳳来寺山の山頂標識。撮影は2015年。


↓山頂は茨城県大子町と福島県棚倉町の2県が交わるだけだが、栃木県大田原市との県境もある八溝山。その山頂標識は割とシンプル。撮影は2010年。




↑福島県南会津町(撮影時は舘岩村)の田代山山頂標識。湿原の山なので、標識は木道沿いに立っているが、厳密にいうと最高地点は弘法大師堂付近にある。三角点は登山道外の別の場所にある。撮影は1999年。

↓長野県北相木村の御座山(おぐらやま)山頂標識は丸太を輪切りにした材に塗装して一文字ずつ書き入れ、金属製支柱にボルトで固定してあった。作り方としてはユニーク。撮影は2007年。



↑山梨県山中湖村と静岡県小山町の大洞山(おおぼらやま)の山頂標識は、道標も兼務。新たに設置されて間もないようで、まだきれいだった。撮影は2002年。


↓埼玉県小鹿野町の二子山は双耳峰で、そのうち西岳山頂に立つ標識。撮影は1999年。



↑埼玉県長瀞町と皆野町にまたがる宝登山山頂標識。ロープウェイものび、山頂部にはロウバイ園や梅園がある。撮影は2003年。

↓八ヶ岳連峰・権現岳の支稜末端にある天女山。こじんまりとした山だが、その割に山頂標識は結構大きかった。撮影は2004年。



↑日本三百名山にも選ばれた南アルプス深南部の高塚山山頂に立つ標識。撮影は1998年。


↓南アルプス・薬師ヶ岳の山頂標識。基本的な造りは前出・天女山の標識とほぼ同じ。撮影は1995年。



↑北海道・知床連山。羅臼岳山頂標識。撮影したのは1995年なので、環境省ではなく環境庁になっている。環境庁と林野庁の合同で立てた標識のようだ。


↓栃木県日光市・戦場ヶ原南側にある高山の山頂標識。撮影は2012年。



↑谷川連峰・仙の倉山の山頂標識。撮影は2009年。


↓新潟県燕市の国上山山頂標識。撮影は2012年。



↑レンゲツツジ群生地として知られる山梨県韮崎市・甘利山の山頂標識。撮影は2003年。

↓長野県阿智村と平谷村の境にある大川入山の山頂標識。撮影は2007年。



↑中央アルプス・空木岳の支稜上にある池山の山頂標識。撮影は2006年。

 

■石碑タイプ


長野県南木曽町の南木曽岳山頂に建立された山頂石碑。ここまでどうやって運んだのか知りたい。撮影は2007年。



東京都八王子市と神奈川県相模原市の境にある陣馬山の山頂石碑。陣馬山といえば、大きな白馬の像でも知られるが、どちらもこんなところによく設置したなと思わずにいられない。撮影は2001年。



茨城県つくば市。日本百名山の筑波山。そのうち女体山山頂に設置された立派な山頂石碑。撮影は2012年。


↓福島県檜枝岐村。尾瀬の燧ヶ岳山頂に設置された黒の御影石製山頂石碑。文字が読みにくいので、下の立山・雄山の石碑のように彫り込み文字の中は白で塗装してほしい、と思った。撮影は1994年。



↑長野県松本市と上田市・美ヶ原の王ヶ頭(おうがとう)山頂石碑。大きくて立派。撮影は2009年。

↓北アルプス・立山の雄山山頂。雄山神社峰本社横に置かれた山頂石碑。撮影は2008年。



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↑北海道函館市・函館山山頂に設置されていた立派な石碑タイプ標識。撮影は1995年。

■個性タイプ


長野県上田市と長和町の境。美ヶ原の牛伏山山頂では、名前の由来となった伏せた牛の像が目を惹く。撮影は2015年。


↓富士山の寄生火山、宝永山の山頂石碑。巨大な展望盤の中心に山頂を示す石柱が立つ独特なデザイン。背後はいうまでもなく富士山。撮影は2015年。



↑長野県飯田市・南木曽町の夏焼山山頂で見かけた名古屋の山岳会が設置した私製山頂標識。こうした手作り標識は割と見かけるが、これは手が込んでいてカラフルで、しかも気温計まで付いていた。看板記載日から1ヶ月しか経っていなかったので、まだきれいだった。

↓北海道の日本百名山、雌阿寒岳の山頂標識。石材をタイル状に貼った、おそらくコンクリート製で、上部は展望盤になっていた。撮影は1995年。



↑福島県西会津町。鳥屋山の山頂標識には、日付用の数字板が看板裏に用意され、登山者が日付を入れ替えて記念撮影できるように工夫されていた。撮影は2001年。



 

兵庫県と鳥取県にまたがる氷ノ山は、石をモルタルで固めたケルン状の山頂標識(左)。同様にモルタルで石組みした土台の上にコンクリートに金属板を貼った山頂標識になっているのは鳥取県の大山。足元は蛇篭で補強という念の入れよう(上)。

■80年代の山頂標識

↓八ヶ岳・東天狗岳山頂の標柱。撮影は1987年。



↑南アルプス・間ノ岳(あいのだけ)山頂の標柱。撮影は1989年。

↓谷川連峰の白毛門(しらがもん)山頂標識はコンクリート+ステンレス製で、ピッケルの刃が取り付けられていた。撮影は1987年。



↑北アルプス・西穂高岳の山頂標識。手書き看板と岩にペンキ書き。撮影は1987年。


↓北アルプス・常念岳の山頂標識は道標との併用。撮影は1986年。



↑西丹沢・水晶沢の頭山頂標識は手書きの板が木の幹に釘で打ち付けられていた。当時はこうしたタイプが割とあった。撮影は1986年。

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↓奥多摩・臼杵山山頂の標識。道標を兼務するタイプ。撮影は1984年。

↑同じく奥多摩の月夜見山山頂の標柱。撮影は1985年。

 

■60年代の山頂標識

↓両親が若かりし頃の登山アルバムから探すと1960年代の山頂標識写真が見つかった。まだあると思うが、とりあえず見つけたものを掲載しておく。まずこちらは1960年7月に撮影された鹿島槍ヶ岳山頂標識。道標と兼務するスタイルだが、意外とちゃんとしている。示された五竜小屋、冷池小屋、種池小屋はわかるが、当時は遠見小屋という山小屋もあったんだね。



↑こちらは広島県と島根県にまたがる吾妻山山頂で1962年5月に撮影された三脚型の山頂標識。おそらく現地調達した太めの枝3本を立てて、先端に「吾妻山」という表示板を取り付けたと思われる。60年代らしい標識。原版はカラースライドだが、ハーフ判で退色劣化している上に夕刻の少し暗い環境で撮影したカットで、さらにトリミングしたので、すっきりしないピンボケ画像で申し訳ない。

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南アルプス・聖岳の山頂標識と富士山。1962年8月撮影。

 

■山頂標識は何年かおきに作り直される

↓岩手県と宮城県にまたがる栗駒山の山頂標識。2002年に撮影したものだが、標柱に大きく書かれているのは、「栗駒山山頂」ではなく「栗駒国定公園」。これでは記念写真を撮っても栗駒山山頂に来たということがわかりにくい。おそらく登山者に不評だったのだろう。



↑その3年後に再度訪れると、「栗駒山山頂」と大きく書かれ、「栗駒国定公園」の文字が小さく添えられていた。まあ、この方がベストでしょうね。栗駒山の場合。標柱の変更は経年劣化によるものか、登山者に不評だったためかは不明だが、確かに山頂という場で風雪に晒されると、どうしても劣化しやすく何年かごとに更新していくしかない。

   

■破損や倒壊していることもある

↓長野県と群馬県の県境にある浅間山は、火山活動により登山規制が敷かれ、規制範囲も折々に変更となる。私が登った時は第2外輪山上にある前掛山まで可能で、その山頂には「浅間山」の標柱があることはあったが、強風のせいか、支柱ごと倒れて、表示板も外れた状態だった。撮影は2007年だが、近年、こうしたことはほとんどない。ひと昔前は、表示板だけ外れて地面に落ちていることはたまにあって、その時は外れた表示板を持って記念写真を撮るようなこともあった。



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↓やはり支柱が折れて、置いてあった例。北海道・天塩岳。撮影は1995年。



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↓表示板の文字が読みにくい例。北海道・ニセコ高原。イワオヌプリ山頂の標識。撮影は1995年。




↑南アルプス前衛の櫛形山の山頂標識は、支柱の根元が腐食して折れ、木に立てかけてあった。撮影は2003年。1997年に登った時は、しっかり地面に設置されていたので、その後に折れたのだろう。


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↑損壊していた標柱の例。岐阜県飛騨市と白川村の境にある籾糠山山頂標柱は割れていた。表面が塗装されていたので、塗料の臭いに興味を示すクマによってかじり取られたのだろう。撮影は2015年。


   



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