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昭和30〜50年代の山の絵はがき

撮影年月日:―

 考えてみれば、もう長い間、山だけでなく一般観光地でさえも絵はがきを買うことはなくなったので、今でも売店で絵はがきが売られているのか、まったく知らないが、かつては定番の観光地土産のひとつだった。子どもの頃、家族で旅行に行くたびに時々買っていて、実は、現在もそのほとんどを箱に入れて保管してある。その中から山関係の絵はがきだけ取り出してみた。

 改めて見てみると、なかなか興味深い。両親が若い頃に買い求めた昭和30年代のものもあり、昔のカラー印刷らしい仕上がりが、なんともいえないレトロ感を醸し出している。そのうち一組は、写真ではなく文字通り本当の「絵はがき」だった。

 これらの絵はがきの中で、唯一買った時の記憶があるのは、私が4才の時、昭和43年の夏に中央アルプスの山小屋で購入した、5番目の「高山植物」だ。開通して間もない駒ヶ岳ロープウェイで千畳敷に上がり、稜線上で幕営したが、深夜にすさまじい雷雨に見舞われ、耳をつんざくような雷鳴が轟き、テントに濁流が押し寄せてきた。
 当時使っていたテントのポールは、両親が勤務していた会社の取引先が、オーダーメイドで作ってくれたというジュラルミン製の大変丈夫なものだが、落雷するので立てたままにしておくわけにはいかない。すぐに遠くに投げ捨て、ずぶ濡れになりながら身を低くして雷雲が通り過ぎるのをひたすら待つことになった。そんな中にあって私は、濁流の中に浮かぶエアマットの上でスヤスヤ寝ていたそうだから、我ながら、かなりの大物ぶりである(笑)。

 熟睡した私と違って、両親は一睡もできずに朝を迎えた。そんなハプニングをなんとか無事にやり過ごしたあとに山小屋で買ったのが、この絵はがきだった。私自身、ぐっすり寝ていた幕営時の記憶はもちろん、その前後の記憶さえ、ほとんどないが、なぜかその時の山小屋の光景だけは覚えている。
 林の中に立つ山小屋の、入って左側に売店があり、母が山小屋の女性従業員と昨夜の雷雨のことで会話を交わしたことや買ってもらった絵はがきを手にして山小屋を出るあたりまでの記憶が残っている。
 なぜ、こんなどうでもいい記憶だけ残っているのかは謎だが、ひとつはこの絵はがきの匂いが関係しているかもしれない。印刷の匂いか、ビニールコートの匂いかは定かではないが、独特な「いい匂い」があって、幼い私はしきりに匂いを嗅いだ。視覚だけではなく、嗅覚もセットになった記憶なので、ずっと残ったのかもしれない。この絵はがきを鼻に近づけても、もうすでにその匂いは残っていないが、今でもどんな匂いだったか覚えているほどである。
 ただ、母に聞くと「買ったのは稜線上の山小屋だったと思う」といい、私の記憶と合致しない。上松へ下山したはずなので、林の中にある山小屋ということは、当時は上松ルート上の中腹に山小屋があったのか、それとも私の記憶違いなのかは不明だ。父が山行記録をノートに残していると思うので、屋根裏部屋のダンボールを探索すれば、事実がわかるかもしれないが…。

 以下に所有する古い絵はがきを掲載しておく。購入時期が不明のものもあるが、新しいものでも昭和50年代と思われる。レイアウトの都合上、大きさが一定していないが、いうまでもなく、実物はすべてがほぼハカギサイズだ。







上写真:槍ヶ岳山荘が作って販売していたと見られる「槍岳頂上の展望」。当時は「槍ヶ岳」ではなく「槍岳」と書いていたのは、ちょっと意外だ。下写真:その中身は、ハガキ2枚分の横長サイズで、半分に折って裏が槍ヶ岳頂上から撮影された連続パノラマ写真になっており、それが3組入っている。一見するとカラー写真だが、よく見るとモノクロ写真にあとから着色した疑似カラー写真だとわかる。上に書いてある小さな文字は、望める山の名前。



やはり「槍岳」と書かれた絵はがき。「天然色」という文字が、時代を感じさせる(左)。「白馬スケッチU集」の中身は、タイトル通りすべてイラストだった(上)。



酸ヶ湯温泉が作って販売していたと思われる「冬の八甲田」。購入したのは昭和37年4月のようだ。中身はやはりレトロ感漂う着色した疑似カラー写真。


左写真:いい匂いがした「高山植物」。入っていたのは、クロユリ、ミネウスユキソウ、コマクサ、キバナシャクナゲ、ウルップソウの絵はがき。このうちコマクサとウルップソウは中央アルプスには自生していない。しかも中央アルプスであれば、真っ先に固有種のコマウスユキソウを入れるべきだが、それもなし。あくまで「高山植物」であって「中央アルプスの高山植物」ではないのだから、仕方ないか。ちなみにコマウスユキソウが、明治13年8月に木曽駒で発見された時は、ヒメウスユキソウと命名され、この絵はがきが制作された当時すでに認識されていたのは間違いない。ただ、ミヤマウスユキソウと同種とされた時期もあり、中央アルプスだからといってコマウスユキソウを入れるべきかは微妙なところではある。今回、ハガキ宛名面のいくつかに上松駅などのスタンプが押されていることに初めて気づいた。中央アルプスで買ったのは間違いなさそうだ。右写真:同じく中央アルプスで買ったと思われる「中央アルプス」。おそらく別の時期に買ったものだろう。こちらにもコマウスユキソウの写真はない。


左写真:ケース裏側には「定価200円」と「郵便料金 一枚で送る場合…20円」とある。ネット検索すると、ハカギ料金が20円だったのは昭和51〜56年らしい。おそらく高校の修学旅行で買ったもののようだ。ちなみに一枚目は四十八池のミズバショウ群生と志賀山の写真で、湿原上にびっしりと咲くミズバショウが写っているが、近年はこんなに群生せず、しかも花も小形化している。そのため、かつてはこんなに咲いていたという事実が、意外に感じる半面、時間経過とともに湿原がより高層湿原化して、低層湿原エリアが狭まっていると考えれば当然の結果ともいえる。右写真:「志賀草津高原ルート」。これも修学旅行の時に買ったものかも。


左写真: 「ALPENRUTE 立山黒部縦断」も写真が比較的新しいので、昭和50年代のものかも。やはり高校の修学旅行で買ったのだろう。定価150円。右写真:中身を見て、一瞬ギョッとした「想い出の花」。「実物標本」とある通り、中身は下の写真のように実物の植物標本を貼り付けて作られている。表側がハガキ仕様になっているとはいえ、これも絵はがきの範疇に入るかどうかは微妙なところではあるが、ついでに載せておく。どちらにしても今なら確実に物議を醸す可能性がある商品だ。しかし、貼られているのはニリンソウ、ハルリンドウ、マイヅルソウ、チゴユリ、そしてなぜかコウヤノマンネングサの5点。ケース表面の高山風景イラストとは異なり、中身は高山植物ではなく山地性の種類ばかり。購入時期は不明だが、黒部ダムで買ったのだろう。その当時の高山植物に対する保護意識がどうだったかもわからないが、山地性の植物標本ならば、あまり目くじらを立てるほどのことではないかも。


植物標本をそのまま貼り付けてあり、キャプションはスタンプで押してある。ハガキとして送っても、途中でせっかくの標本が剥がれそうだ。無事に届くか心配になる。




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