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 これって正しい? その1
「登山をする人に悪い人はいない」
 大いに疑問


 時々、登山者自らそういっているのを見聞きする。つまり「登山者はみんないい人」ということだろうが、私にいわせれば「そんなバカな」である。現在、日本における登山人口は、資料によっても違うが800万人とも1300万人ともいわれる。各種スポーツの中で近年、唯一人口が増えているのは登山だけだそうだ(環境省資料より)。最大推計で東京都の人口に匹敵するほどの数の人が「全員いい人」であるはずがない。統計学的にもあり得ない。

 「登山をする人に悪い人はいない」という人は、山で道を尋ねたら親切に教えてくれた…みたいな自らの数少ない経験に基づいているのだろうが、それはなにも登山の世界に限った話しではないだろう。
 私の経験でいうと山以外の場所で、道などを尋ねて不愉快な思いをしたことは一度もない。みなさん、普通に親切に教えて下さった。つまり、多くの日本人は、そもそもおおむね親切ということであり、特別、登山者だけが親切というわけではない。「山や自然が好きな人=どちらかというと善良」という傾向も確かに若干あって、もしかするとほかの趣味よりも「まともな人」の割合は高いかもしれないが、その差はわずかなものだろう。登山者だけが特別とは思わないね。

 そもそも「いい人」をどう定義するかにもよるが、道を親切に教えたり、気さくに立ち話に応じたり…くらいの表向きの対応だけを見て、その人が本当に「いい人」かどうかわかるわけがない。
 よく殺人事件の犯人像を追うテレビの取材で、近所の人が「普段も明るく挨拶してくれる好青年だったので、報道を聞いて驚いている」…みたいなことをいっているが、殺人事件の犯人だろうと、暴力団関係者だろうと、もちろん人にもよるが、中には普通に挨拶くらいはする人もいるだろうし、問題なのはそういう日常の表向きの言動では表れない心の隠れた部分がどうなのか、という話しだと思う。

 私は、「登山をする人に悪い人はいない」説は完全に間違いだと感じている。確かに本当にいい人もたくさんいるだろうが、一方で疑問符が付く人もいるはずだ。総じて言えば、登山者はそれほどご立派じゃない。
 というのも、それをあっさり否定できる事例を私はいろいろ知っているからである。私は仕事として山の世界に長年、身を置いており、特に「登山口情報本」の取材では、日本全国の、いろいろな立場の人と話しをする機会も多く、より実態に接しやすいということもあると思うが、そこから感じるのは、登山という世界の外側から見ている人たちから、必ずしも登山者はよく思われていない
ということである。


◆登山者が必ずしもいい人とはいえない具体例

 あちこちで特に聞く機会が多いのは、「中高年登山者のマナーが悪い」という声だ。ある関西地方の登山口にある公共施設の人が、「昔は登山者というのは、ある意味プロフェッショナルみたいな人が多かった。ところが、最近の登山者は、レベルが落ちた。特に中高年登山者のマナーがかなり悪い」と、ため息まじりにいわれていたのが印象に残っている。おそらく「プロフェッショナルみたいな人」というのは、「意識が高い人」「常識的な人」という意味だろう。
 その山では、登山道から空き缶を投げ捨てる登山者もいるという。本来、民有地らしいが、登山者が勝手に踏み跡を付けて新しいルートを作ってしまうのにも困っているとのことだった。また関西の別の山では、登山者のタバコの不始末から山火事が発生したという話しも聞いた。

 昨年、ある山の秘湯に電話をして、立ち寄り湯が可能かどうか確認したところ、オーナーさんが「中高年登山者のマナーがあまりに悪いので、登山者に利用してほしくない」とまでいわれた。詳しく話しを聞くと、確かに酷すぎる話ばかりで、思わず同情してしまうほどだった。
 早朝4時に登山者に叩き起こされて登山道入口がどこにあるか、聞かれたという。叩き起こしたのは、宿の宿泊客ではない。早朝、登山口に着いて登山道入口がわからなかった、宿とは無関係の登山者なのだ。
 上級者向けコースなのに初心者もやって来るため、遭難騒ぎも頻発し、その際に家族が押しかけてきて、無関係のオーナーさんに「人の命に関わることだ。すぐに探しに行け」と強要するといった無理難題を迫られることが日常茶飯事で、そういう押し問答の最中、「水をくれ」といわれたのでコップに水を汲んで渡すと、その水を顔にかけられたこともあるという。
 オーナーさんは、「その人にとっては一生に一度の重大事件かもしれませんが、こっちは年に何度もある遭難事故のひとつに過ぎない。勝手に難ルートに登った人が遭難したからといって、どうして無関係の私たちが、毎度毎度、昼夜を徹して対応しなければいけないのでしょう」とおっしゃっていた。
 実際、その山では、地元の警察・消防関係者からも「やってられない」という声が上がっているという。携帯で遭難救助を要請され、現在いる場所を知らせてきたので、「そこを動かないで」と念を押し、部隊を組んで救助に行くと、指定された場所にいない。探し回ると、そこから離れた山頂の小屋にいた。「どうしてその場にいなかったのか」と問うと、その登山者は「雨が降り出したので」と答えたという。山頂まで登り返せるのであれば、自力下山も可能なのでは、と疑わざるを得ないような話しである。
 救助に行く人たちは場合によっては命がけになることすら想像もできない、というよりも救助に行く人たちのことをまるで考えていない大バカ者であり、こんな人物に登山をする資格はない。

 また昨年の北海道取材の折も、ある施設の人から「中高年のマナーが悪い」といわれて、つくづく本当に全国的な現象なんだな…と感じた次第である。


◆非常識な要求をする非常識な登山者

 さらに某市役所観光課の人からも、登山者からの問い合わせ業務の是非について考え直さないといけないのではないかと感じるような話しも聞いた。登山者からの問い合わせにも、近年は非常識なものが増えているという。以下は、その方からメールで送ってもらった実際にあった非常識な問い合わせ例である。

 
【具体例1】30代くらいの女性
(登山者)東京からシラネアオイを見に○○岳に行きたい。いつ頃見ごろか教えて欲しい。
(市役所)個別の花の開花までは把握しておらず、わかりかねます。
(登山者)市役所の観光課なのに、わからないのか。調べて電話をください。


【具体例2】60代くらいの男性
(登山者)4月中旬に○○岳まで行きたいが可能か。
(市役所)4月下旬まで通行止めとなっております。
(登山者)何とかしてほしい。それでは黙って通ってもいいのか。
(市役所)通行は危険ですのでご遠慮下さい。


【具体例3】60代くらいの女性
(登山者)○○岳に冬も登山したい。登山口駐車場が雪で駐車できないから除雪をしてほしい。
(市役所)シーズン外で一部の方のためになりますので、予算の関係上難しいです。
(登山者)ブルで一押しすればいいじゃない。


【具体例4】40代くらいの女性
(登山者)登山道が荒れて石がゴロゴロしている。歩いていて怪我をしたらどうするの。ちゃんと整備して。
(市役所)登山道がある土地は、国有地ですから市の所管ではありません。ご理解をお願いします。


 【具体例1】は、考えようによっては、さまざまな問い合わせを想定して準備しておくのも観光行政に必要な姿勢といえるかもしれないが、問い合わせ内容は多岐にわたり、すべての問い合わせに対する答えをあらかじめ用意するのは不可能だろう。どうも、この30代の女性はひつこく食い下がってきたみたいで、観光課の方も閉口されたようだった。
 もし○○岳をシラネアオイの名所として市が観光宣伝しているのであれば、答えられるようにしておくべきだが、そうでなければ○○岳で見られるすべての花の花期まで回答できるように準備しておく必要はないと思う。明らかに過剰な要求であり、「市役所や町役場=地元情報の権威」とでも思っているのだろうが、市町村内すべての情報を網羅するのは無理な話だ。そもそもこの女性は、地元市役所に電話をする時間があるのなら、ネットで検索すれば、個人サイト等の記述で大体の目安はすぐにわかる…ということすら頭に浮かばなかった、かなりおバカな人ともいえる。それにしても、まあ、ホントにバカほど困ったものはない。
 【具体例2〜4】については、聞いただけで登山歴が浅い素人登山者ということがわかる話しであり、【具体例2と3】については、子供の頃に甘やかされて育ったことまでわかる内容である。60代にもなって、どういうワガママだよ。

 私がフリーになった20年前、日本の登山人口は300万人といわれていた。それと比べると500万人〜1000万人も増えていることになる。徐々に増えただろうことから考えても、おそらくそのほとんどは登山歴10年以下の初心者だろう。当然、いろいろなことを理解しておらず、非常識な登山者が目に付くようになったのも、そんな背景が大きいと考えられる。



◆「登山をする人に悪い人はいない」は脳天気過ぎる幻想

 かつて、山でちょっと火傷をしたくらいでヘリを2度も呼んだあり得ない大バカ者の登山者(当時30代男性)も実際いた。また、これは1980年代後半〜1990年代前半くらいのことだったと思うが、冬期閉鎖されていた山小屋の扉がこじ開けられて、備蓄食料が勝手に食い荒らされていたことがある。完全に「窃盗」という犯罪に該当すると思うが、空き巣や泥棒がわざわざ冬期用の登山装備を整えて、山小屋にやってくるはずはないので、小屋を荒らしたのは登山者以外にあり得ない。ちなみに、この例では野生動物の仕業の可能性はゼロである。

 呑気に「登山をする人に悪い人はいない」という登山者は、自らの無知を思い知るべきである。こういう酷い事例を知れば、本サイト「世の中のホント」で書いた「日本国民の半分はバカ、3分の1は頭がおかしい」は、あながち間違っていないことがわかるだろ。




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