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昭和30〜40年代の登山ガイドブック 


 登山ガイドブックの制作にも関わっている私としては、この分野の本が歴史的にどのように進化して来たか、というのは興味深い。例えば、私が本格的に登山を始めた大学生の頃(1980年代)のものと最近のものを比較すると、コース毎に地図とガイド文がセットになっている点は共通し、大枠では極端な違いはないが、それでも地図がより見やすくなったり、情報がより細やかになったり、この30年間もわずかながらも進化してきたのは間違いないだろう。

 では、さらに昔の登山ガイドブックはどんな作りだったのだろうか。昭和30年代の登山ブームの頃も、当然、その商機を見逃さなかった出版社はいろいろあったはず…と想像していたのだが、先日、実家の本棚に当時の登山ガイドブックが何冊か残っているのを発見した。

 私が生まれる前、両親がまだ20代だった頃に買い求め、山行に利用したと思われる。カラー印刷は表紙のみで、前付に光沢紙を使ったグラビアページはあることはあるが、すべてモノクロ。本文は当然一色刷で、やたら文字が小さくて、びっしり詰まっている感じ。紙が経年劣化して黄色く変色していることもあって、現代の、カラー印刷が当たり前で、きれいなデザインの登山ガイドブックを見慣れた目には、実に読みにくい印象である。
 しかし、その一方、いろいろな意味で興味深かった。例えば、今は立派な舗装道路になっているところが、狭い未舗装道路だったり、知っている山小屋が、全然違う外観だったり…。へぇ〜、昔はこんな感じだったのか! 知っている場所だけに、現代との違いがわかっておもしろかった。


  マウンテン ガイドブック シリーズ9 南アルプス

版元/朋文堂
著者/百瀬舜太郎・高室陽二カ
初版/昭和29年7月25日発行
六版/昭和32年6月1日発行
定価/150円

 

鳳凰三山・地蔵ヶ岳の「オベリスク」は、昔は「地蔵佛岩」と呼ばれていたようだ。


地図も一応、掲載されているが、このような簡単なもの。


南アルプスの山小屋を紹介するページ。どの小屋も今とは比べようもないほど、粗末な造りだ。農鳥小屋は、「農鳥岳石室」として掲載されており、石室から発達した山小屋ということを伺わせる。


巻末には地図も折り込みで付録(上半分のみスキャン)。ただし登山コースを示す赤線や山小屋、山麓の温泉などは載っているが、今の登山地図では当たり前のコースタイムとか、それ以外の細かい情報は驚くほどに省略されている。



 
マウンテン ガイドブック シリーズ2 白馬・後立山連峰

版元/朋文堂
著者/田辺和雄
初版/昭和30年6月15日発行
四版/昭和32年5月1日発行
定価/130円

   

高山植物のページもモノクロ。当然、花の色はわからない。キャプションの配置も実に中途半端。


その一方、このような針ノ木雪渓の概念図みたいな図も挿入され、意外と詳しかったりする。今の後立山連峰のガイドブックで、ここまでしている本はないのではないか。

 

マウンテンガイドブックシリーズは、国内の有名山系はほぼ網羅していることがわかる(唯一、北海道だけが抜けているのは当然といえば当然か)。現代の登山ガイドブックシリーズを彷彿とさせる品揃いといえる。少し不思議に感じるのは、「美ヶ原高原」と「菅平・鹿沢」くらいだろうか。今の感覚でいうと、どちらも1冊にするほどのエリアではない(そんなに多様なコースがない)と思うのだが。もしかすると当時は、現代では廃道になってしまったコースが、まだ多数生きていたのかも?



   
とやま写真文庫2 立山

版元/富山観光社出版部
監修/富山県計画観光課・富山地方鉄道株式会社
編/村上陽岳
初版/昭和32年9月1日発行
定価/100円

 

「はしがき」には、「先年その玄関材木坂にケーブルが開通し…」とある。今の立山ケーブルカーが開通した翌年に刊行されたようだ。


今の立山駅は、かつては千寿ヶ原駅と呼ばれていたようだ(右ページ下)。また立山ケーブルカーも、今と随分様子が異なる(左ページ上)。美女平駅にも注目(左ページ下)。


ちなみにこの本には、「立山黒部アルペンルート」という名称は一切出てこない。おそらくケーブルカーが開通した頃は、まだその名称もなかったのだろう。滝見台、ブナ坂、桑谷…という地名は今もそのままで、現代の景観との違いが、一層際立って、おもしろい。ブナ坂(左ページ上)と桑谷(右ページ下)は、まるで未舗装林道みたいだが、現在は2車線の舗装道路になり、大型の高原バスが行き来している。



山毛欅叢書第13集
広島をめぐる山と谷 登山とハイキングガイド

版元/山毛欅山荘
著者/加藤武三
初版/昭和42年11月1日発行
定価/300円


前出2冊に対して、少し時代が新しい昭和40年代に刊行された広島の登山ガイドブック。


三段峡のグラビアページ。

この本は、広告が多数掲載され、裏表紙もアサヒビールの広告になっている。ものすごくシンプルな構成と「山 山 山へ」という今ではあり得ないコピーが、なんとも時代を感じさせる。

本文内には、主に広島市内の登山用品店、食事処、喫茶店、ホテル、メガネ屋…など、1ページ全面やそれ以下の小サイズの広告がかなりの点数入っていて、これだけの数のクライアントを探し出して、それぞれ交渉し、よく1冊にまとめ上げたものだなあ…と感心しきり。昔は、それほどの手間暇をかけても十分にペイするほど、出稿してくれるクライアントもあったし、本自体もよく売れたのだろうね。うらやましい。



 CONTENTS 
 
   
 

Nature
山岳記