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耳たぶのように張り出した仏炎苞が特徴
ミミガタテンナンショウ

サトイモ科
Arisaema limbatum
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 春、本州と四国の山野に生えるテンナンショウのなかま。名前は、まるで耳たぶのように左右に大きく張り出した仏炎苞の形に由来。関東地方では、このミミガタテンナンショウとホソバテンナンショウが最もよく見かけるテンナンショウだ。テンナンショウのなかまとしては、以前も本項・植物記でマイヅルテンナンショウも取り上げたが、このなかまは同定が難しい種類も多い。図鑑を見ながら同定しようとしても、お手上げということもある。変異が連続しており、しかも同定のポイントが、仏炎苞に大半を隠された付属体(仏炎苞の中に見える棒状などの形をした部分)の形状だったりするし、とにかくわかりにくいのだ。
 最新の研究成果をもとにし、さらに細かな同定ポイントを図示した「日本産テンナンショウ属図鑑」みたいな本があればいいなぁと思い、以前、同名の本の企画書を出したこともあるのだが、さすがにゴーサインは出なかった。東大の邑田先生あたりに監修・執筆してもらって専門家やハイアマチュア向けに少々値段が高くても部数限定で出せば、そこそこは売れると思う。要はこの企画がおもしろいと思ってくれる専門的知識がある出版社と巡り会えるかどうかだ。ちなみに同様に「日本産トリカブト属図鑑」「日本産アザミ属図鑑」もあるとうれしい。こちらは科博の門田先生が適任だろうな。最近はスゲ類の図鑑など、特殊な図鑑も刊行されている。特定の分野だけの図鑑でも競争相手がないだけに、ある程度はいけると思うのだが。

 さて少し話がそれてしまったが、テンナンショウ属の植物は、球茎の栄養条件により無性⇔雄性⇔雌性と性を転換する性質があり、雄性の場合は、雄花序だけを作り、雌性の場合は雌花序だけを作る。肉穂花序は付属体の下部にあり、仏炎苞を切り取らないと見ることはできない。

 ところでテンナンショウ属の仏炎苞は、実に戦略的な構造になっている。匂いにつられてやってきた昆虫が雄花序の中に落ちると、中で花粉だらけになる。しかし仏炎苞の開口部に向けて登ろうとしてもツルツルして登れないが、実は下に小さな穴があいており、そこからは脱出できるようになっている。ところが、そうして花粉だらけになった昆虫が、続いて雌花序の仏炎苞に落ちると、下には穴がなく、よじ登ろうとしても登れないので、そのまま仏炎苞の中で死んでしまう。だが雌花序は、しっかり花粉を得て受粉完了というわけなのだ。つまり花粉を持ち出してもらう必要のある雄花序では脱出させるが、雌花序の方は、昆虫の命を犠牲にしてまでも受粉を確実に行うというわけ。冷戦時代の米ソもびっくりの、実に冷酷な戦略なのだ。
 春の低山では独特の異様な姿で、大きな口をあんぐりと開けたミミガタテンナンショウとよく遭遇するが、同定が難しいテンナンショウのなかまの中でも耳たぶのように張り出した特徴的な仏炎苞のお陰で、すぐにそれとわかる。受粉戦略は冷酷だが、その個性的な姿はどこか憎めない。



東京都八王子市の陣馬山で見かけたミミガタテンナンショウ


仏炎苞を切り取ってみた。雄花序(左)と雌花序(中)。雄花序の仏炎苞の下の方に開いた穴(矢印)。ここから昆虫は抜け出せるようになっている(右)。



  
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