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高山植物界きっての目立ちたがり屋
チングルマ

バラ科
Sieversia pentapetala
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 ハクサンイチゲやコマクサなどと肩を並べる代表的な高山植物で、本州中部地方以北と北海道の高山帯の砂礫地などに生える高さ10センチほどの落葉矮性低木。一見すると丈が低くく草のように見えるが、表面を覆う葉をかきわけて茎を見れば木であることがわかる。
 どこか外国風の響きがある名前は、実は花が子供のようにかわいくて花弁が車輪のように並ぶこと(あるいは放射状にのびる果実の冠毛を子供の風車に見立てたという説もある)から「稚児車」と呼び、それが訛ってチングルマとなったものだ。
 花は径2〜2.5センチほどで、花弁は白く、中心の黄色い部分には多数の雄しべと雌しべが集まっているが、よく見ると花弁の基部にも黄斑があるのに気づく。花が終われば、多数の花柱がのびて軸に白い毛が生えてくる。最初は束になってまとまっているが、次第によじれてきて、お馴染みの冠毛状の姿に変わる。その姿は、まるで「はたき」のようで、何とも愛らしい。ほとんどの高山植物は花しか注目されないが、おそらく花も果実も注目されるのは、このチングルマだけだろう。加えて秋になると葉は真っ赤に色づき、登山者の目を楽しませてくれる。高山の風を受けてすましているが、実は高山植物界きっての目立ちたがり屋なのだ。

 そういえば高校生の頃、「雪のチングルマ」という山岳短編小説を読んだことを思い出した。山岳小説の重鎮・新田次郎の作品だったが、どんな内容なのかまったく記憶にない。そこで本棚の奥から久々に引っ張り出して確認したら、登場人物が雪山で斜面をくるくると回りながら下ってくるつむじ風をチングルマの果実に見立て、そう呼んでいただけのことだった。小説の内容から少し話を発展させられるかと期待したのだが。

 ところで花が淡紅色の品種をタテヤマチングルマ( f. rosacea )、八重咲きの品種をヤエチングルマ( f. plena )と呼ぶ。かつては、花弁の先が丸いものを変種のチョウカイチングルマと区別する見解もあったようだが、変異が連続しており、現在では区別しないようだ。一方、別属だが似た高山植物にチョウノスケソウがある。花弁が普通8個もあり、また全体がマット状に広がるので、見分けるのは容易。木なのに「ソウ」と呼ぶのはおかしいと、かつてミヤマチングルマと呼ぶことが提唱されたが、定着しなかった。



大雪山系・裾合平を覆う見事なチングルマ群生

左は秋田県・秋田駒ヶ岳のチングルマ群生。右は砂礫の中から生えてきた若い個体


チングルマの花(左)。花のあと、のびてきた花柱(中)。以上2点、秋田駒ヶ岳。集合果は数十個のそう果が集まり、それぞれ長さ2.5〜3センチの羽状の花柱がつく。水滴を捕らえた姿は美しい。岩手県・早池峰山にて。


愛らしい果実が並ぶ。夏の山ではよくみかける光景だ。福島県・会津駒ヶ岳にて(左)。秋、真っ赤に色づいた葉。栃木県・鬼怒沼湿原にて(右)。


こうして見ると木であることがわかる(上)。花弁が淡紅色に染まる品種・タテヤマチングルマ(右)。普通のチングルマとタテヤマチングルマの株は明瞭に常に分かれるわけではなく、普通のチングルマの中にタテヤマチングルマが点々と咲くことが多い。北アルプス・立山。
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