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人為的原因であれば問題がある
立ち枯れ木と白骨樹

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 日本で最も有名な立ち枯れ木といえば、やはり上高地・大正池のそれだろうか。ここでは焼岳を背景とする立ち枯れ木が、絶妙なアクセントの役割を果たしており、それが大正池らしい景観に欠かせない要素となってきた。

 大正池は、大正4(1915)年の焼岳噴火によって流れ出した土石流が梓川を堰き止めてできた堰き止め池で、当時は梓湖と呼んでいたらしい。元々は上流同様に両岸に河畔林が広がっていたはずで、そこに水が溜まって池となって立ち枯れしたため、その数も多かった。上高地の観光地化は昭和8~9年頃から始まったらしいが、当時の写真を見ると、今では考えられないほどの数の立ち枯れ木が並んでいるのがわかる。その後、少しずつ数を減らしており、もはや一本もなくなるのは時間の問題だろう。

 立ち枯れ木といえば、もう1ヶ所、有名な場所がある。奈良県と三重県にまたがる大台ヶ原の正木ヶ原だ。現在は少し減ったようではあるが、私が2001年に登った時は、まだまだすごい数の立ち枯れ木と倒木が一帯を覆っていた。その様子から白骨林とも呼ばれている。元々ここは西大台地区と同様に苔が覆う深い森だったらしいが、昭和34(1959)年の伊勢湾台風が木々を倒したせいで林床の日当たりがよくなって笹が繁殖し、その笹を餌とするシカも増え、さらに樹皮まで剥がして食べるようになり、枯死する木が増えたという。

 その一方。屋久島には一見すると立ち枯れ木に見えて、実はまだ生きている白骨樹なる木々が知られている。宮之浦岳の標高1000m以上の奥岳で見かけ、枯存木ともいう。今のところ台風などの強風によって樹皮が剥がされたとの説が有力だが、本当の成因はまだよくわかっていないようだ。一見すると枯木のようでも、青々しい葉をつけて生きていることがわかる株もあるが、本当に枯死してしまった株も多い。わずかな葉だけでは光合成も十分できないはずで、なぜ生き続けられるのか不思議だが、根に共生する菌類が生育を助けているとの説もあるようだ。

 樹木は人間と比べれば、はるかに長寿なこともあるが、いつかは寿命を迎えて枯死するのも間違いない。枯死すれば、まずは立ち枯れし、次第に腐食が進んで、やがては消失する。ただ、立ち枯れ木は、それだけで二酸化炭素を留めおく役目を果たし、野生生物にも棲み家を提供する。つまり、タダの枯れ木とはいえ、生態系においては意外と重要な存在価値がある。大気汚染などの人為的な原因による立ち枯れ木は大変問題だが、自然の営みの中において発生する立ち枯れ木は、ごく当たり前の姿ともいえる。




大正池の立ち枯れ木と焼岳。2007年に撮影した写真だが、グーグルマップの2018年撮影の投稿写真を確認すると、右の木は上半分が消失していた。現在はさらに腐食が進んでいることだろう。



その20年前。1987年に撮影した大正池の立ち枯れ木写真。上の写真とは撮影位置や方向が異なるので、一概に比較して何かをいえないが、確かに当時はたくさんの立ち枯れ木があったように記憶している。



大台ヶ原・正木ヶ原を覆う立ち枯れ木と倒木。異様な光景だが、自然の営みの中で起こったことであれば、これも仕方がない。ただ全国でシカが増えた主な要因は、地球温暖化とされている。地球温暖化によって冬期を乗り越えられる個体が増え、個体数調整の役目があった「冬の寒さと餌不足」が機能しなくなった。つまり正木ヶ原の森が荒廃してしまった遠因に人為的要素があるのも間違いなさそうだ。



栃木県と群馬県の境にある日光白根山(奥白根山)では、かつて山頂部のダケカンバがこのように枯れたことがある。当時、酸性雨のせいではないかともいわれていたが、その後、再訪すると、立ち枯れ木は倒れて、かなり減っていた。撮影は1990年。



静岡県と山梨県にまたがる山伏(やんぶし)山頂部で見かけた立ち枯れ木。絵にはなるが、原因はなにか、気になった。隣り合った3本の木が、寿命を迎えて枯れることって、あまりないと思うのだが。撮影は1998年。



下半分だけ見れば、樹皮も失われ、生きているように見えないが、上の方には青々とした葉が繁茂する屋久島の白骨樹。樹種はスギ。幹の一番上に見えている葉は別種の着生植物のもののようだが、右側の葉はこの木自身の葉と思われる。宮之浦岳登山道にて。撮影は2006年。



同じく屋久島の白骨樹。幹には縦に裂け目が入り、実に痛々しいが、枝にはこんもりと葉が茂っていて、木の生命力のすごさを実感させられる。



一方。白骨樹の中には葉がまったくなくて、完全に枯死していると思われる株も確かにある。やはり樹皮が失われると、生命の維持はギリギリなのかもしれない。






  
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