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生長は遅いが、材は緻密で優美
イチイ(アララギ・オンコ)
イチイ科
Taxus cuspidata
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 イチイ科イチイ属の常緑高木。漢字では「一位」。別名としてアララギ、オンコとも呼ばれる。北海道~九州の山地に分布。雌雄異株(稀に同株)。成長は遅く、樹形は円錐形になる。樹皮は赤褐色で縦に裂けて剥がれ落ちる。

 葉は長さ約2センチ、幅約2ミリ。先は尖るが、触っても痛くない。らせん状に付き、側枝では2列に並ぶ。開花は3~5月。雄花は淡黄色で雄しべが集まり球状になり、雌花は淡緑色で鱗片に覆われ、あまり花のようには見えない。初秋に赤い実を付ける。杯状の仮種皮が赤く肥大して、その中に種子が収まっている。種子は有毒だか、仮種皮は食べられる。仮種皮が黄色くなる品種は、キミノオンコ( f. luteo-baccata )と呼ばれる。

 材としては、ヒノキよりも堅くて緻密で光沢があり、古くなると褐色に変わって美しく、工芸材料として好まれる。古くは、高官がその正装である束帯を着用する際に手に持った「笏」(旧・一万円札の聖徳太子像にも描かれていた)が、この木で作られたことから、位階の正一位や従一位に因んで命名されたとの説もある。

 ところで広島県庄原市にある比婆山は、「かれその神避りし伊邪那美の神は、出雲の国と伯伎の国の堺、比婆の山に葬りき」と古事記が記したことでも知られるように日本神話を代表する女神・伊邪那美(イザナミ)の埋葬地とされる山。その御稜(磐座があり、厳粛な雰囲気がある)から少し離れた稜線上には、2本のイチイの古木が、まるで御稜入口の門を形成するかのように、きれいに並んで立ち、門栂(もんとが)と呼ばれる。どちらの幹も太く、かなりの樹齢というのは見てわかるが、さすがに神話の時代のものとは思えないので、いつの時代にか、意図して植えられたものなのだろう。御稜という場所柄、「笏」にも使われる高貴な木であるイチイが選ばれるのもごく自然な話しといえそうだ。



イチイの樹形。この木は、長野県松本市・上高地の遊歩道沿いに立っているが、樹木図鑑に写真が載ったこともある。この写真はそれを意識して撮影したわけではなく、あとで気づいたのだが、どちらにしても立派なイチイであることに違いはない。



北海道羽幌町・焼尻島には、本種の自然林がある。北海道や北東北地方では、イチイのことをオンコと呼ぶため、ここでも「オンコ自然林」とか「オンコ原生林」と呼ばれている。焼尻島は、羽幌港の沖合に位置し、季節風が強いことや冬期の積雪の影響が大きいのだろう。そのため、いずれも背が低く、枝を横へ広げる独特の姿になってしまったものも多い。



たわわに実を付けたイチイ。パラパラとしか付けないことも多く、これほどたくさん実を付けているのは初めて見た。長野県松本市・見晴峠。


 
イチイの実。正確に言うと赤い部分は仮種皮が肥大したもの。左写真の右側に写っているのは未熟な実で、まだ種子が丸見え。次第に仮種皮が肥大して、杯状になり、種子を包み込む。そのため、杯状の仮種皮の中を覗くと黒い種子が隠れている。左写真は北海道羽幌町・焼尻島、右写真は長野県軽井沢町で撮影。



比婆山の御稜南側に並んで立つ門栂。地元では、イチイを「栂」と呼び、木の母であることから神木とされる…と解説板にある。



  
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植物記