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秋の彼岸の頃に咲く中国から渡来した植物
ヒガンバナ

ヒガンバナ科

Lycoris radiata

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 東北〜九州に分布する(沖縄県のものは近年に植栽されたもの)ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草で、人里周辺に生える。花期には高さ30〜50cmになり、花茎の先に数個の真紅の花を咲かせる。名前は秋の彼岸のころに花が咲くことに由来。この花は徒花なので結実することはないが、ごくまれに結実した例も報告されている。
 花の時期には葉はないが、花の終わりとともに葉が伸び始め、やがて冬を迎えるころには青々と葉を茂らせて栄養を鱗茎に蓄える。しかし春になると葉は枯れてしまい、夏が終わるまでの間、地上に姿はなく、地中で鱗茎が、ひっそりと花の準備をしている。
 地方名「ハナシハナミズ(葉なし花見ず)」はこの特異な生態に由来した名前で、別名のマンジュシャゲ(曼珠沙華)は梵語で天上界に咲くとされる想像上の花の名前をあてたもの。また庭などに栽培されるシロバナヒガンバナは九州南部に自生も見られるが、ヒガンバナとショウキランの雑種である。

 埼玉県日高市にある巾着田は、高麗川が蛇行してちょうど巾着のような形に流れる場所で、その内側には有名なヒガンバナ群生地がある。例年9月20日前後ともなれば、巾着田の林の中でおよそ100万本ともいわれる真紅の花園が広がり、一帯は妖艶な雰囲気に包まれる。最近は、どのヒガンバナ群生地も注目を浴びているが、昔はこの花に魅力を感じる人はあまり多くなかったようだ。むしろ花の色から鮮血を連想したり、墓地に生えているのを見て縁起の悪い植物と考えたりした。全国で1000を超える地方名・異名をもつことで知られるが、死人花、幽霊花、地獄花、親殺し、墓花など、ひどい名前ばかりだ。
 しかし不吉な名前が多いのは、有毒であることも理由のひとつかもしれない。鱗茎には良質のデンプンが蓄えられているが、リコリンなどの水溶性アルカロイドも含まれ、そのままでは食用に向かない。そこで古くは蒸してよく水に晒して毒を抜き、デンプンだけを取り出して、飢饉のときの食料にしたという。また地方によっては常食とする習慣が近年まで残っていた山村もあったという。

 ところで日本の初秋の風景にすっかり溶け込んでいるが、実はもともと日本に自生していた植物ではなく、古い時代に中国から渡来したものだと考えられている。中国には種子のできる2倍体と果実のできない3倍体(普通、生物は染色体が2対ずつある2倍体だが、3対ずつある3倍体では減数分裂がうまく進まず果実ができない)のヒガンバナが自生しているが、日本にあるヒガンバナは3倍体のみ。加えて日本各地のヒガンバナを調べたところ、中国にある複数の3倍体系統のひとつといずれも同じだったという研究報告もある。つまり中国から3倍体の1系統だけが日本に渡来して、広く繁殖した可能性が高いという。渡来の方法については諸説があって、実はまだよくわかっていない。海流によって鱗茎が運ばれたとする説もあるが、有史以前に人為的にもたらされたのではないか、というのが今のところ有力な説。日本のヒガンバナは農耕地などの人里周辺にしかなく、西に行くほど分布の密度が高いことがその理由のようだ。また古くから開拓が進み、稲作が行われていた土地に群生地が多いことから、大陸から稲作と同時にヒガンバナも作物として伝わってきたのではないかともいわれている。


埼玉県日高市・巾着田のヒガンバナ群生地。9月下旬、高麗川河川敷の雑木林は、まさに深紅のカーペットが広がる。



ヒガンバナの花。花被片は6個。雄しべと雌しべは花の外に長く突き出す。神奈川県秦野市。


春〜夏の間は地上に姿はなく、掘ってみると鱗茎が、花茎を立ち上げる時期が来るのを待っている。



 
花茎が地上に出たところ(左)。蕾の状態(右)/どちらも広島市(植栽)



花期が終わると、根元から小さな葉が出てくる(右上)。葉を茂らせたヒガンバナ。冬を迎えるまでの間は、こんな姿(右下)。




  
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植物記