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秋の七草のひとつとされるが…
キキョウ

キキョウ科
Platycodon grandiflorum
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 キキョウは秋の七草のひとつとされているが、山上憶良の『秋の七草』には「朝貌(あさがお)」とあるだけで、これが今でいうどの植物を指すのか実ははっきりとわかっていない。歌の中には夕方に咲く朝貌を歌ったものがあり、『万葉集』の頃にはアサガオは渡来しておらず、渡来していたとしても夕方には咲かないということで、おそらく朝貌とはキキョウのことだろうと推測されたらしい。その説が今のところ定説になり、ハギやクズなどとともに秋の七草のひとつに数えられているというわけ。だが、ほかにも渡来したアサガオ説、ムクゲ説、ヒルガオ説などもあるそうだ。
 山上憶良も、まさか1000年以上もあとになって自分が歌った花が何であるか議論されるとは想像もしなかったろう。当時の人にとって朝貌はあくまで朝貌なんだし、まさか植物が詳しく研究され、植物分類学によって厳密かつ詳細に分類されるような世の中になるとは思いもよらないだろう。

 さて本種は、北海道から九州の日当たりのいい草地に生えるキキョウ科キキョウ属の多年草で、紫色の花が美しいために古くから栽培され、また園芸品種も数多く作られてきた。しかし自生品を見る機会は意外に少ない。
 花を観察すると、雄しべが倒れているものと倒れていないものがあることに気づく。雄しべが花粉を出したのちに雌しべの花柱の先端が開く雄性先熟の花なのだ。これは同花受粉を避けるためのしくみだ。下の写真の花では、雄しべが倒れているので、花粉を出したあとであることがわかる。

 ところで一番下の写真はキキョウの蕾である。蕾って昔からおもしろいと思っていた。人為的に真似ようとすると、花が広がった状態のものを作り、それを折りたたんで蕾のような状態にすることしかできない。逆は到底無理なのだ。だが、当たり前といえば当たり前なのだが、植物は折りたたんだり、あるいはぐちゃぐちゃの丸まった状態で、広がったときにきれいな形になるように準備している。そのしくみが、私には驚異的に思える。
 キキョウの蕾は、まるで縫い合わせてつくった「お手玉の袋」みたい。この袋状のものをどうやって準備しているのだろう。しかも広がったときに「縫い目」の部分がミシン線でも入っているかのようにパックリ割れるようになっている。最初から切れていないのは、雄しべや雌しべを守るためなんだろうとか、いろいろ想像はつくが、それにしても計算され尽くしたしくみには舌を巻くばかりだ。



8月下旬、長野県の山で見かけたキキョウ。周辺にも数株が花をつけており、その一角だけが華やかな雰囲気に包まれていた。キキョウは意外と自生品を目にする機会は少ない。



同じ場所て撮影した蕾。どう見ても「お手玉の袋」だろ。



  
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植物記