私は山で不思議な出来事に遭遇したことが何度かある。よく調べれば、その原因や理由は案外あっけないものなのかもしれないが、この手の話というのは、もともとその性質上、民話や昔話の類に限りなく近いものだ。だからそういう視点から読んで、ちょっとだけゾッとしてもらえれば結構だと思う。


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南アルプスで見た不思議な焚き火


 1989年8月、私は友人Hとともに南アルプスの白峰三山縦走に出かけた。北岳、間ノ岳、農鳥岳と縦走し、大門沢小屋到着は2日目の夕方5時前。普通ならここで一泊とすべきだが、2日間の夏山縦走で汗にまみれて早く風呂に入りたかった我々は敢えて山麓の宿を目指して下山を開始した。
 それは途中にある吊り橋を渡り始めたときのことだ。あたりはすでに薄暗く、Hが先に渡りしばらくして私が後に続いた。揺れる吊橋を渡り始めた私はふと視野の端に何かをとらえて渓谷下流側の右岸を見下ろした。そこにはオレンジ色に燃え盛る焚き火と、そのかたわらに座る黒い人影があった。
 長い吊橋を渡り終えてから私は、先行するHに「焚き火をしている人がいたな」と声をかけた。だがHは「えっ?」という顔をして「そんなもの見なかった」と云う。とっさに対岸に目をやったが、なぜかそれらしいものは見えない。そこは焚き火があった対岸をほぼ真横から見る位置にあり、本来なら焚き火も見えるはずなのである。
 再度戻って確かめる時間的余裕も体力的余裕もなかった我々は釈然としないまま歩きだした。結局、その日、奈良田に着いたのは夜の8時。こんな時間にも関わらず下山口近くにあった雑貨屋のおばさんが親切に宿を世話してくれ、すぐに車が迎えに来てくれた。
 ようやく民宿でひと息つき、Hとあの焚き火のことを検証しなおした。右岸側は高く崖になっていて下りる道すらなかったように思うし、仮に降りることができたとしても付近は石がごろごろし幕営に適した場所ではない。そもそも奈良田から徒歩2時間かかる谷筋で、夕刻、ひとりで焚き火をしているという状況もどうも腑に落ちない。誰かが幕営していたとしても私が目撃したのは焚き火と人影のみでテントらしきものはなかった。
 目撃した時間帯はヘッドランプを装着点灯してもいいくらいの、あたりの様子をかろうじて認識できる程度の明るさしか残っていないころであった。しかし、そんな時間帯だからこそ燃えさかるほどの焚き火なら、たとえ渓谷の大きな岩に隠れていたとしてもその明かりが周囲にもれてくるのが自然だろう。それなのに吊り橋を渡り終えて対岸を見たときには、そのような光すら一切見えなかったのである。この場所はおそらく幕営禁止のはずだから、我々の姿に気づいて慌てて焚き火を消したのだろうか。確かに火を消してしまえば闇があたりを包み込み、人の姿は見えなくなるに違いない。
 だが最初にHが気づかなかったのはやはり謎として残る。これほど薄暗い中なら余計に目に付くはずなのだがHはなぜか気づかなかった。加えてその日は快晴の天気で、日没後とはいえ付近は風もなく少々蒸し暑かった。その人物はそんな蒸し暑い場所で焚き火にあたっていたことになる。それも奇妙といえば奇妙なことである。もちろん我々は激しい運動をしているから普段よりも暑く感じていたこともあるだろうが、少なくとも焚き火が恋しくなるほどの気温でなかったことは断言できる。
 あれは私の幻覚だったのだろうか。しかし幻覚にしては、焚き火とその側に座る黒い人影の映像は今でも鮮明に私の記憶の中に残っている。
 (この話は「山と渓谷 1990年3月号」においても紹介されたが、文は改変した)
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