私は山で不思議な出来事に遭遇したことが何度かある。よく調べれば、その原因や理由は案外あっけないものなのかもしれないが、この手の話というのは、もともとその性質上、民話や昔話の類に限りなく近いものだ。だからそういう視点から読んで、ちょっとだけゾッとしてもらえれば結構だと思う。


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私が体験した話
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六甲山のハイヒール


 1996年の秋から3ケ月間ほど、私は当時アルバイトとして働いていた環境調査会社の仕事で、神戸市の六甲山に毎日のように人っていた。その仕事というのは砂防ダム建設のための基礎調査で、登山道のある場所だけでなく登山道の通じていない場所も踏査しなければならないような仕事だった。
 それは暮れも押し迫った12月20日のこと。その日も私は同じ会社の人と2人で山に人っていた。天狗岩南尾根を登り、途中から登山道をそれて谷へと下ったときのことである。登山道からしばらくヤブを分けて歩いたところで、地面を覆う枯れ葉に少し隠れるようにして薄茶色の人工的なカーブを描く物体があるのに気が付いた。「なんだろう?」足で枯れ葉をかきわけてみると、それはハイヒールだった。落ちていたのは片方だけだが、登山道でも相当違和感あるハイヒールが、人が来ることもないヤブの中に落ちていたという現実に言葉を失った。いろいろ想像すると背筋が寒くなり、とてもその場にいられなかった。
 見つけた場所は、登山道から数十メートル谷側に向けてヤブを人った所で、周辺に別の登山道があるというわけでもない。また六甲山は山頂まで車道が通じているが、車道からもかなりの距離があり、女性が故意に捨てたという状況も考えにくい。
 その日、西山谷の崩壊地の調査を終え、道なき道を登って天狗岩南尾根へ戻ったが、最短ルートを選んだはずなのになぜか、先ほどのハイヒールの場所に再び出てしまった。すでに夕闇が迫る頃で、まるで何かに誘導されたようで気持ち悪かった。
 後日、私はやはり警察に連絡しておいた方がよいと考え、管轄の灘署に電話を入れた。電話で状況を話すと「それはちょっと気になりますね」とのこと。早速部隊を組んで調べに行くので詳しい地図を書いて送ってほしいと言われた。当時、我々は神戸市が作成した詳細な地図を基に調査していたので正確な標高も把握しており、登山道からそれる場所の目印なども記憶していたので、それらを詳しく書いてFAXで送った。
 後日、警察から聞いたところによると周囲にはハイヒールの他には死体を遺棄したような痕跡などはなく、行方不明者の中にもハイヒールのサイズに該当する人物はいないなどの理由から犯罪性は薄い、ということになったらしい。それを聞いてほっとしたが、しかしそうでないとしたら、あのハイヒールはどういう経緯であの場所に捨てられていたのだろうか? 理解しがたい謎である。
 六甲山といえば、ほかにも不思議なものを見たことがある。やはり同じ調査で、尾根道の木の枝になぜか数珠がかけられていたことがあった。透明な玉に紫色の房が付いた、まだ新しいものだったが、誰かが数珠をかけたとしても少し奇異に感じる。その尾根道は登山コースとしてはかなりマイナーな難路だった。それから考えると誰かが数珠を置くのを目的にしてわざわざこのコースを登ってきた、と考えるのが自然な気がする。私は青森県のある山(宗教的な山ではない)でも同じように木の枝にかけられた数珠を見たことがある。慰霊のためという可能性はあるが普通は手に掛けて使うことはあっても、その場に置き去ることはあまり考えられない。何のためなのか、ちょっと想像つかない。



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