基礎的内容でなければ、専門家によって
見解の相違があるのがむしろ普通





 理系・文系を問わず、専門分野に関することで素人が見立てをしても間違っている可能性が高いことは、その7の記事で書いた通りですが、かといって専門家であれば、必ず正しい見立てをしているとは限りません。

 基礎的な内容であればあるほど、複数の専門家でも同意見にまとまりやすく、逆に難度の高い内容や専門性の高い内容になればなるほど、専門家によって見解に幅が生まれるのは、むしろ当たり前といえます。実際、専門家の中でも見解の相違があるのは、よくあることで珍しくありません。従って、そういう内容に関して、ひとりの専門家の意見を神の声のように聞くのは危険です(=専門家といえども間違っている可能性がある)。

 よく科学分野の報道などで専門家1名の見解が取り上げられていますが、そこに書かれている内容すべてについて「これが真実です」と専門家が宣言しているわけでもなんでもなく、もちろん真実が含まれていることもあるわけですが、「少なくとも私はこう考える」程度の意見表明に過ぎないことも多いわけです。もしかすると、その分野の専門家100名に同様の見解を求めてみると、その専門家1名の見解は、少数派の可能性もあります。

 つまり、専門家の見解に幅があるということは、意図的に「専門家の見解」を選択できることをも意味します。行政にしろ、マスコミや企業にしろ、専門家を意図的に選んで、自ら望む内容の「専門家の見解」を出してくる可能性もありますので、注意しなければなりません。
 メディアによっては、専門家の異なる見解を両論併記していますが、これは「専門家にも両論あることを伝え、よりフェアな視点で判断してもらいたい」というメディアの良心ともいえ、専門家1名の見解しか掲載しないメディアよりも信頼性が高いといえるかもしれません。
 もちろん専門家1名の見解しかなくても、そもそも専門家の見解に相違がない、あるいはあまり相違がない可能性もありますし、両論があることを伝えたくてもスペースや時間がなくてやむを得ずという可能性や、さらには以下に私が書くような内容に基づいてメデイアが最も正しいと思われる見解をすでに選択している可能性も十分にありますけどね。

 専門家の中でも見解の相違があるとしたら、「どちらの専門家が正しい見解をいっているか」素人に判断ができるわけがないと思うかもしれません。でも、諦めるのは早計です。

 「専門家でも見解に相違がある」理由として、次の場合が考えられます。

@ 難度が高い内容のために専門家でも意見がまとまっていない場合。
A 異論を唱える専門家が実は、厳密には該当事案の専門家ではない場合。

 一般の人は、「専門家でも見解に相違がある」と聞くと、きっと@に違いないと思い込むわけですが、Aが理由であることも割とあるんです。専門家というと、それだけでひとくくりにしがちですが、現実は百人百様です。

 例えば、マスコミが新型インフルエンザに関して専門家の見解を聞こう…となった場合。その内容にもよりますが、専門家の候補はいろいろです。ウィルス学だけでなく、免疫学や公衆衛生、防疫の専門家も、すべて新型インフルエンザに関して「意見を聞く価値がある専門家」といえます。さらには近所の開業医もある意味、専門家であることに違いはありません。
 専門家というと、大学の医学部教授みたいな立場の人の方が、一般的にはより専門家っぽく聞こえるかもしれませんが、いくら医学部教授でも産婦人科や眼科が専門であれば適任とはいえませんし、もちろん開業医全員が適任ともいえませんが、実際に新型インフルエンザの患者を診た経験がある開業医がいたとすれば、その先生に見解を聞くのもアリでしょう。
 一方、いかに流行を防ぐか、という話しになると防疫や公衆衛生の専門家、ワクチンのしくみみたいな話しだと免疫学の専門家の出番になります。さらに高度な内容になると、国立感染症研究所で新型インフルエンザを研究している専門家の方が、より詳しい知識を有している可能性もあります。

 つまり、一般の人から見ると「専門家」という言葉でひとくくりにしがちな専門家の中にも、実はさらに細かく専門分野が分かれており、それぞれに詳しい専門家がいることになります。見解を聞きたい内容に合わせて最も適切な専門家を選ぶのが、最も正解に近い答えを得られる可能性が高いわけですが、特に科学関連の内容になると文系マスコミが、こうした事実をあまり理解しておらず、大雑把な認識しか持ち合わせていないことも多く、あるいは理解はしていても適切な専門家を選ぶ知識や能力がないことも多々あって、結果として「厳密には該当事案の専門家ではない」人の見解を取り上げることも現実に割とあるわけです。

 内容に合わせて「専門家の中の専門家を選ぶ」といった判断は、一般の人には難しいと思いますが、その専門家の専門分野をちょっと確認するだけでも、ある程度、適切な人選かどうかわかることがあります。私は、普段から見解を述べている専門家の専門分野を調べて、どの程度の信憑性があるかの判断をする上で指標にしていますし、専門家以外の人の場合でも学歴(大学名というよりも学部学科)を確認することもよくしています。

 福島原発事故に関して、テレビで見かけることが多かった武田邦彦中部大学教授の専門は資源材料工学です。確かに原子力関連の知識はある程度お持ちでしょうが、放射線が人体に及ぼす影響みたいなことを正確に判断するには放射線の知識と医学の知識が必要なはずです。武田教授は前者の知識はお持ちかもしれませんが、確実に後者の知識はないに等しいはずです。工学部の大学院を修了されたあとに医学部でも学ばれたわけでもないでしょう(※ここ訂正します。最近知ったのだが、武田教授って工学部の大学院は修了されてないんだね。余計にアレだわ)。
 「放射線が人体に及ぼす影響」について、最も信頼性が高いのは、放射線の知識と医学の知識を併せ持っている放射線医学や放射線防護学の専門家の見解です。この分野の専門家の見解に幅がなければ、その見解こそが正しい可能性が高いと判断できます。
 一般の人が「きっと正しい」と信じたい武田邦彦中部大学教授は、「放射線が人体に及ぼす影響」について厳密には専門外としかいえません。つまり、前述「専門家でも見解に相違がある」理由としては「A」に該当することになります。
 それを見抜けず、こんな人物の意見を鵜呑みにしてしまう文系マスコミも世間一般も、実に劣悪なレベルとしかいえません。

関連情報→本サイト世の中のウソ「専門家の意見も鵜呑みにせずによく吟味しよう





 




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