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日記
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2016年7月23日(土)
今日の一枚(11)

 島根県との県境近く、広島県廿日市市吉和の細見谷。全国的な知名度はないけど、西日本最大の渓畔林といわれ、かつて大規模林道事業が計画されたが、中止されたいきさつもある。広島県最高峰の恐羅漢山と十方山に源を発し、やがて太田川支流の鍛冶屋川に合流する。流域は、見事なブナやサワグルミなどに覆われ、アカショウビンやツキノワグマも棲息する。
 昨日、その細見谷に久しぶりに行ってきた。渓流釣り用のヒップウェーダー(股〜腰まで防水する胴長靴のこと)を履いて渓流を遡行してきたよ。真夏の細見谷は、緑にあふれ、サラサラと流れる瀬音も心地よく、涼しくて快適だった。平日の細見谷は、来る人も稀。渓流釣りの人を2人見かけた以外は、倒木処理をしていた林道巡視の人と少し立ち話をしたくらい。


2016年7月13日(水)
昨夜、やってきたのは…
 昨夜。時計を見ていないので正確な時間は不明だが、扇風機のタイマーがまだ切れていなかったので、2時か3時くらいだと思う。

 実家には南側と北側に波板を並べたバーゴラ(パーゴラともいう。テラスの屋根のこと)があるのだが、その北側バーゴラの上に何かが落ちたような「バン」という音がした。ちょうど柿の実くらいの重量のものが落ちたような音だった。しかしバーゴラの上に木の枝はかかっていないし、最寄りの木からもある程度の距離があり、周囲に実をつけた木もない。しかも昨夜は、ほぼ無風。風で何かか落ちたわけではないのは明らか。大きな音は一度のみで、少し間を置いて何かが当たるような小さな音が1階の方からしただけ。それにしても音の正体はなんだろう? ひょっとして物の怪か!!

 でも、たぶんムササビだろうね。裏山に棲息しており、以前にも深夜に実家の屋根に飛来したことがある。もしムササビが、近くの木から飛び降りた音だとしたら合点がいく。バーゴラを横切れば、ガタガタと足音がするはずだが、バーゴラからそのまますぐに地面に下りたので、大きな音が一度だけだったのだろう。

 それにしてもボクちんちのバーゴラに勝手に飛び降りて驚かすとは、実にけしからんムササビだな(怒!)。


2016年6月29日(水)
広島はすごいんじゃけぇね!!

『広島はすごい』(新潮新書)→ご興味がある方はこちら

 …『広島はすごい』。ですよね〜(笑)。まばゆいばかりの正論ありがとうございます! まあ、冗談はともかく、アマゾンで見かけて興味をそそられ買ってみた。著者は日本経済新聞社広島支局長。福岡県北九州市ご出身の方だけど、わが郷里のことでも意外と知らないことも多くて、福岡の人に広島のことを教えてもらった…という感じだ。
 著者曰く広島人には独立独歩の気質があり、それを「群れない、媚びない、靡(なび)かない」と表現する。あ〜それ、すっごくわかるわ〜。あまり意識したことなかったけど、そういわれて確かにそうだなと納得。著者はさらにこう続ける。

 「独立不羈(どくりつふき)の精神で自分の強みを磨いていくことは、そのまま日本が国際社会の中で追究していくへき態度と重なる」

 広島がすごいかどうかは置いといてホントその通りだと思うね。広島人の中にも残念ながら例外はいくらでもいるし、一方、他県にも独立不羈の精神の人がいっぱいいるのも事実。ただ、確かに広島の県民性として、そういう気質や考え方の傾向があるのは当たっていると思う。私自身、常々「付和雷同なら猿でもできる」「多数意見こそ正解なんてバカのいう台詞」…と思っていたけど、そこには県民性も反映しているかもね。
 
 そういえば昔、こんなことがあった。大学生の時、都内によくあるパン屋のフランチャイズチェーン・リトルマーメイドやアンデルセンを運営しているタカキベーカリーがどこの会社か、ということで東京出身の友人といい合いになったことがある。
 彼は「絶対に東京の会社だ」といい、私はうろ覚えではあったが「広島の会社」と認識していたので、そう主張した。結局、どちらも決め手に欠き、平行線のまま。
 彼の主張にどうしても納得できなかった私は、夏休みに帰省した際に広島のアンデルセン本店に行き、受付の人に広島の会社であることを確認して(当時はインターネットもないので、今みたいに企業サイトですぐ確認というわけにはいかなかった)、溜飲を下げたことがあった。本書にも「常連のお客さんでも東京を本社だと思っている人が少なくないようだが、実は生粋の広島企業」とある。
 著者が具体例として挙げているマツダやカルビーのような有名企業を出すまでもなく、広島県は大都市圏と離れた地方の割には多くの企業を輩出している。かつて朝日新聞でこうした広島企業に共通する経営手法に着目し「お好み焼き型経営」と称して記事になったこともあった。


2016年6月27日(月)
ラン科植物Aの正体は…
 以前、ある山でたまたま見かけたランがある。これを仮にAと呼ぶことにしよう。私が知っているラン科植物の中で最も近い種類を挙げるとしたらBだろうか。確かにAはBの一タイプといえなくもないが、そう見なすのも躊躇してしまうほどの相違がある。素人目に見てもAとBの形態は結構違いがあるのだ。もちろん複数の図鑑でAに該当する記述を見たことはない。以来、Aの正体が、ずっと気になっていた。

 結局、研究者にご意見をお聞きすることにした。あるランの研究者に写真を添付してメールしてみたところ、「数年前から気になって調べていた」とのこと。どうやらすでにAは別の山で標本になっているらしい。ただ私が見た山にAの自生地があることはご存じないようだった。「AとBが混ざって生えていましたか?」などいくつかのご質問を頂き、その回答とともに追加写真や詳しい自生地情報を送ったところ、「ご説明と写真を拝見して、改めてBとは異質のものであるとの認識を強くしている」…との返信を頂いた。
 いずれ種内変異か別種か、結論が出るだろうが、どんな結論でも大変興味深い。私が最初に発見したわけじゃないけど、もしAが新種だったら、その調査研究にちょっとだけ関われたことになるかもね。

 この例のように同定できない植物を見かけたことってこれまでも何度かあった。自分の同定能力の問題だけとも思えない、今でも答えが出ていない「?」なもの。例えば、十数年前に長野-群馬県境上の某山で見かけたユリ科植物は、今でも「?」である。ただ、私のようなアマチュアが拾い上げた疑問種すべてを研究者に上げているとキリがないので、ある程度のハードルを自分の中で設定しておくのもマナー。まずはまわりの植物に詳しい知人にも意見を聞いた上で、どうしても気になる…というものだけを上げるべきだろう。ただ、研究者にとってみれば、アマチュア情報でも内容によってはかなり有益なはず。結局のところ、いくらプロの研究者でもあらゆる現地情報に精通するのは不可能だからだ。


2016年6月26日(日)
最近のニュースで感じたこと
舛添東京都知事辞職

 舛添さんの一件。世間でいわれているように確かに「セコイ」とは思う。しかし、その一方で、相変わらず日本社会のよくないところがまたしても露呈したな…とも思うね。

 何かの記事にこうあった。「人は感情で動く」。…は〜い! 大変よく存じております。特に日本社会は、徹底的に今日も明日も明後日も〈感情〉〈情緒〉〈イメージ〉が大好きで、たまにちょこっと〈論理〉が顔を出す程度(笑)。しかも「いい政治家=政治手腕がありクリーンな人物」と「悪い政治家=政治手腕がない。金に汚い人物」という、どちらか一方の答えしかない二分法思考回路エンジン全開。だから極端な反応が多い。
 でも「金に汚いかどうか」と「政治手腕があるかないか」というのは、本来まったく無関係だ。有権者は、そろそろ「お金にクリーンで、しかも政治手腕も文句なし」という理想的な政治家をいくら追い求めても、そんな人物は滅多にいないという現実にいい加減気づいたらどうだろうか。

 田中角栄がロッキード事件で逮捕された時、世論は「金に汚い政治家」として猛批判したわけだが、今頃になってなぜか「角栄ブーム」が起きている。しかもその端緒を開いたのは、当時、田中の金権政治を批判していた石原さんが書いた『天才』(幻冬舎)である。
 金権政治はよくないと思うよ。でも、前述したようにそれと政治家としての手腕は無関係。石原さんでも、あの年になって田中角栄のすごさがわかったってことだろうけど、当時の国民世論が、もう少し賢くて、「金権政治はダメ。田中角栄にはその点、猛省してもらいたい。しかし彼の政治手腕はスゴイものがある。では、今後は金の扱いには十分注意してもらった上で、なんらかの形でその才能を活かしてもらう方が日本のためになる」という視点があってもよかったということにならないか。

 だが、そんな冷静で緻密な視点を世論に期待しても無理な話だ。なぜなら日本社会における世論というのは、マスコミ情報をそのまま取り入れるレベルでしかなく、しかも感情で動く人たちによって主に形成されているからである(=あまり当てにならない)。
 というよりも、私は民主主義というシステムにも欠陥があると考えている。「みんなでみんなの代表を選ぶ」というのは、実に公平で素晴らしいことのように見えるけど、政治にも経済にも大して明るくない有権者という素人が、「知名度がある」とか「人柄がよさそう」みたいな「イメージ」でしか政治家を選んでいないからだ。政策をきちんと聞いた上で選んでいる人でさえ、日本全体のことまで考えた上で…というよりも自分にとって地域にとって都合のいい政策を語る人物を選んでいることも多いと思うね。そもそも政治の素人であってもベストな政策を選び出す能力があるなんて、そんな前提自体が幻想じゃないか(もちろん私自身も含めて)。

 舛添さんの政治手腕がどの程度か知らない。しかし、「今後はタダ働きします」というのなら、都知事を続けてもらってもよかったのではないか。さすがに今後は金の使い方には細心の注意を払うだろうし、もし彼に高い政治手腕があるのであれば続けてもらう方が、50億もの費用をかけて都知事選をするより、トータルの税金の使い方としては、都民にとってもベターとはいえないだろうか。新しい都知事は、知名度はあるだろう。なぜなら知名度のない人が都知事に当選することはかなり難しいからね。でも知名度がいくらあっても本当のところの政治手腕の程度とは、完全に別問題だよ。

 ネタになるものには全速力で飛びつき、やや過剰な反応をしがちなマスコミと、そのマスコミ情報を独自のフィルターにかけて取捨選択することすらもしないし、何より細かいことを考えるのが不得手で、しかも成功者への妬みも判断に大いに影響する、感情でしか動かない世論の相乗効果によって結局のところ「50億もの税金が無駄遣いになった」というと言い過ぎだろうか。

 舛添さんを徹底的に批判していた都議会もどうかと思うね。本来、舛添さんの問題は、日頃接している都議が気づいて問題として取り上げても不思議じゃなかった。それなのに週刊誌ごときに先を越され、その後追い批判をして恥ずかしくないのかね。しかも舛添さんの豪華な海外視察と似たようなリオ五輪視察を予定していたなんて…まあ、よく人のことを批判できるよな〜って感じ。海外視察がすべて無駄とは思わんけど、人のこと批判するのなら、自分たちは格安視察を計画しなきゃダメじゃん。

 ほかの首長や議員でも、流用は割と普通に行われているんじゃないか。少し前に県議による切手大量購入が問題となったが、こういうことって氷山の一角という可能性はないのか。法的には問題ないことも手伝って、だから舛添さんは、辞職を抵抗したようにも見えるけどな。「みんなも似たようなことしている」とホンネではいいたかったけど、さすがに自分のことを棚に置いて名指しできないし、大人げないし…みたいな。


2016年6月4日(土)
今日の一枚(11)
 5月31日は、火星が地球に最接近する「スーパーマーズ」の日だった。当日は見逃したが、確かに南東の上空に明るくオレンジ色に輝く火星が気になっていた。父が天体望遠鏡で見たがったこともあり、屋根裏部屋に仕舞い込んだままの10センチ反射式天体望遠鏡を昨日、久々に出してきた。

 購入してから実に約40年! 屋根裏部屋でたっぷり熟成させて味もまろやかに…。あ、いやウィスキーの話じゃなかった(笑)。とにかく覗いてみるのは30年ぶりくらいだ。なんといっても光学機器。さすがに反射鏡やレンズはカビだらけで使い物にならないだろう…そんな気さえしていた。ところが主鏡にLEDライトを向けてみると、意外なことに多少ホコリで汚れているくらいで、見た限りではあまり問題なさそうだった。一方、サブ望遠鏡の6.8センチ屈折望遠鏡の対物レンズは、アクロマートレンズの貼り合わせ面に2本の剥離線がくっきり。まあ、経年劣化が何もないわけないか…。

 テラスで組み立て、濡れ雑巾でほこりを落とし、保管してあったメーカー製の高倍率アイピース(接眼レンズ)で遠方の町並みを見てみると、ぼや〜とかすれた感じ。あーやっぱり。そんな天体望遠鏡でも、とりあえずは見てみようと…夜になって火星や木星に向けてみると、そこそこ見れた。もっと低倍率にしようと高校生の時に自作したハイゲン60mmアイピースを取り付けると…あれれ、すごくくっきり見えるじゃないか。つまり、昼間見た時に町並みがかすれていたのは、主鏡じゃなくてアイピースの方に汚れなどの問題があったようだ。

 夏場には高温になる屋根裏部屋が、望遠鏡を保管する環境としては劣悪なことは承知の上で、邪魔になる大きな天体望遠鏡を保管するにはそこしかなかったわけだ。しかし、逆にその環境がカビ生育に適した気温よりも高くて、カビ発生を防いだといえるかもしれない。
 昼間に使ったアイピースは、今イチの光学系で、しかも高倍率。自宅に保管しているアイピース(ケルナー)を次回持ち帰って、もう一度火星に向けてみよう。もう少しきれいに見えそうだ。



破棄されたも同然と思っていたら、数十年ぶりに組み立てられて、天体望遠鏡自身もきっとビックリしていることだろう。私が中学2年生の時、昭和51年9月に購入した日野金属産業(現・ミザールテック)製10センチ反射式天体望遠鏡。ちなみにメーカー名は「日野」だが、うちとは無関係。こうして見ると、少なくとも外観の経年劣化はほとんど感じない。


2016年4月29日(金)
ありがた迷惑な折り鶴
 熊本地震の被災地に折り鶴(千羽鶴)を送ることの是非がネット上で議論になっているそうだが、現在においても将来においても被災地に折り鶴を届けるなんて善意の押しつけ以外の何物でもないと私は思う。生活に困っているような状況で、折り鶴が届いてうれしいだろうか? 送る人は「もし自分なら勇気を貰った気になってうれしい」とでも思い込んでいるのだろうが、「そんなもの貰ってもうれしくない」と感じる人がいることを一切考慮していない時点で、本当に被災者のことを考えていない証拠だ。そんなものを送りつけるよりも、その郵送代・宅急便代を義援金として寄付する方がはるかに被災地のためになるし、被災者もうれしいと思うね。折り鶴でなくても不要なものはもらっても迷惑でしかない。でも、お金をもらって困る人はいない。

 ところで折り鶴といえば、広島市の「原爆の子の像」が有名だ。原爆の子の像は、佐々木禎子さん(当時12歳)という少女の死をきっかけに原爆で亡くなった子供たちの霊を慰め平和を築くための像を作ろうと呼びかけられて、全国から寄せられた募金で昭和33(1958)年に完成した。その後、この像は世界的に知られるようになり、現在でも毎年、この像に捧げるために国内外から膨大な数の折り鶴が広島市に届けられているのだが、それがどれほどの量か、みなさんはご存じだろうか。

 広島市行政サイトによると、年間約1千万羽、重さにして約10トン! この像が世界平和の象徴のようになって、しかも世界中から折り鶴が届けられていることは喜ぶべきことなのかもしれないが、世界平和祈念にかける労力として本当に適切なのか、正直疑問に思うね。

 広島市が毎年届く折り鶴すべてを永久保存できるわけがなく、かつては定期的に焼却処分されてきたが、その後、処分が停止され、一般にも意見を募るなどの曲折を経て、近年は再生紙として再利用されるようになった。しかし、折り鶴を再生紙にするには通常の再生紙よりも2倍の費用がかかるという。その費用もさることながら、届いた折り鶴の運搬や一時的な保管費用、それに関わる市職員の人件費。その総額は不明だが、年間10トンもの量だ。その運搬や保管だけでも、結構な金額になるであろうことは容易に想像が付く。再生紙で生まれる利益があるとしても、出費の方がはるかに大きいのは間違いないだろう。そして結局は、そのすべてが税金という形で広島市民にまわってくる。う〜ん。どうなんでしょう?

 その善意をいずれ処分するためには、最終的にはお金がかかるということに想像力が働かない実に無邪気な「世界中から押し寄せてくるありがた迷惑な善意」。広島市は決して口には出さないが、断ることもできないし、正直、困り始めているのがホンネだろう。

 世界平和を祈るのは大変結構なことだと思うし、その思い自体は尊重したいが、折り鶴を折ったり広島市へ届けたり…そういうあまり意味がない労力をもっとほかのことにかける方がいいんじゃないかと思わずにいられない。例えば、世界中の政治家や議員に広島平和記念資料館に行こうと手紙やメールで呼びかける運動でもするとかさ、戦争や紛争をしている国の指導者に世界平和を訴える手紙やメールを直接送りつけるとかさ。後者の場合は、どうせ窓口の役人がゴミ箱に放りこんで終わりだろうが、広島市に折り鶴を送るよりも、これら具体的活動の方がまだ世界平和のための効果が、わずかながらでも期待できるんじゃないか?


2016年4月25日(月)
被災者への寄付は大っぴらにいうべきか否か
 あるタレントが、熊本地震の被災者に対して500万円もの寄付をし、その証拠というわけか、振り込み書の写真までアップしたとして、いろいろ批判されているそうだ。500万円もの寄付をしたこと自体は、立派といっていい。一般庶民には、まず到底不可能な金額だ。その点に関していえば評価されるべきだし、被災者にとってもありがたいはずだ。ただ、自分からその金額まで書くことや、ましてや振り込み書の写真まで載せるのは、いやらしい印象をぬぐえない。

 社会的に注目されるタレントが、率先して寄付したことをPRすることで、それに続く人が増えれば被災者のためになる…という擁護もあるだろうが、私はそれは少し違うと思うね。タレントの寄付を知って自分も寄付しよう…と追随した人も多少はいたかもしれないが、東日本大震災や熊本地震のように日本中誰もが知っている災害では、タレントが寄付しなくても、みんな被災者が大変な状況というのは知っている。テレビなどで寄付を募る情報も頻繁に流され、みんな寄付やボランティアによって被災地に救いの手をのばす手段があることは知っている。
 世間に広く知られていない「困っている人」の存在を取り上げて、「助けよう」「寄付しよう」と呼びかけるのとは明らかに違う。みんなわかっていることに対して敢えて「私は500万円も寄付しました」と大っぴらにいうことは、むしろ自分のPRのように受け取られるのは当たり前だ。

 今回の災害で今のところ何もしていない私がいうのもなんだが、熊本地震のような日本中が知っている大災害に対する寄付やボランティア活動に関しては、自分からぺらぺら喋らずに黙々と実行する方がいい。著名人が「私は多額の寄付をしました」と自分からいうのと、その地道な活動を知った第3者が「実はあの人は多額の寄付をしている」というのとでは全然印象が違う。後者の方が、心に響くものがある。純粋な善意であれば、自分自身のことはどうでもいいはずだ。たとえその意図がなくても、自分のPRに結びつけているように受け取られて、むしろイメージを損なう。


2016年4月19日(火)
今日の一枚(10)


 実家菜園わきにある草っ原で、昨日見かけたクロヤマアリどうしのケンカ。上のアリはカラスノエンドウの葉柄に片脚だけ引っ掛けて、自分とケンカ相手の体重を支えながら、なおももみあっていた。
 当初、ケンカは葉柄上で始まったようだった。大アゴで相手の顔や触覚を咬み合っていたが、やがて下のアリが上のアリの触覚を咬んだまま落ちかけて、こんなアクロバットな状態に。ほどなく両者とも葉の上に落下してケンカは終了となった。
 人間目線では何事もなさそうな静かな草むら。でも実は、その草むらの中でアリたちによる争いが秘かに繰り広げられているのだった。


2016年4月18日(月)
熊本地震
 一昨年、九州全域を仕事で巡ったばかりで、被災地の地名を聞いても、すぐに位置関係がわかるだけあって人ごととは思えなかった。自分も取材中であれば被災した可能性は十分にある。崩落した阿蘇大橋も通過しており、あのすさまじいエネルギーに言葉を失う。なんかもう、毎年のように日本のどこかで大災害が発生しているよな〜。いつ何時、自分の身にもふりかかるかわからない状況になりつつある…というと言い過ぎだろうか。

 二度目の地震の時は、深夜だったが広島市でも緊急地震速報が有線放送で流れ、あの特有の警報音が町中に響き渡り、ドキッとして目が覚めた。その直後に少し揺れた。「こちらは防災広島です。地震が発生しました。落ち着いてテレビ・ラジオのスイッチを入れて下さい」との内容がしばらく繰り返された。
 起きてテレビを入れ、しばらく見たが、その後再度揺れることはなかった。それにしても緊急地震速報を有線放送で聞くのは初めて。気象庁と地方自治体の連携による速報体制が、ある程度整っていることがわかったので、その点は安心だが、今後速報が出る事態がなるべく訪れないことを願うばかりだ。

2016年3月27日(日)
最近のニュースで感じたこと
 乙武氏不倫報道

 いろいろな意味で「ビックリポン」だな。それにしても複数のネット記事に目を通すと「すぐに謝罪したのはよかった」とか、なんだかトンチンカンなコメントばかりで目眩がしそうだった。

 例えば、政治家とか、タレントとか社会的に注目を浴びる人が、うっかり口をすべらせて失言をしてしまい批判を浴びた場合。自分としては発言した段階では問題があるとは思っていなかったが、批判の声を聞いて「確かに批判されるのも当然」と反省し謝罪した。これは、著名人に限らず誰にでもあり得る話で、失言の内容はともかく、もともと悪意はなくて、しかも謝罪したのだから納得できる話だ。
 でも乙武氏は報道されるまで、不倫が悪いことだと知らなかったわけじゃないだろう。悪いことというのは十分、認識していた。でもバレなきゃいい。そういう認識だったからこそ、一度や二度じゃなかったわけだ。でも週刊誌に報道され、バレちゃったから仕方なく認めた。ってことは、「バレなきゃ自分のやりたいようにやる。バレたら謝罪すればいい」という考え方を持っていることが垣間見えてくる。ほかのことでも同じようなスタンスをとる可能性をどうしても感じてしまうね。今回、週刊誌が報じなければ、確実に今後も不倫を続けていたのでは?

 そもそも乙武氏がなぜ謝罪しているのか、まったく意味不明。しかも、なんで最大の被害者である奥さんも一緒になって「私にも責任があります」と誰に向かって謝罪しているのだろう?????? 

 この間の女性タレントの不倫騒動とは違うと思うんだよね。彼女は、個人の魅力やイメージを商品として売っているタレントビジネスをしているわだから、彼女がCMのクライアントなどに対して謝罪するのは当然だけど、乙武氏はタレントじゃないし、謝る相手は奥さんと子供だけでは?

 乙武氏は、日頃、奥さんの手厚い介護がないと生活できないはず。普通の夫婦よりもさらに多くの時間と労力を自分のためにかけさせている奥さんに対して、恩を仇で返すようなことを、よくもまあ、平気でできるよな〜。申し訳ないが、人間性を大いに疑う。

 世間一般の人は、障害者とか、被災者とか、そういう気の毒な人を前にすると、途端に思考停止に陥り、なぜかは知らないが、自動的に「障害者=いい人」「被災者=いい人」というレッテルを勝手に貼って満足する。

 でも仮に東日本大震災が起こる前に、誰かが地図上の千葉から青森にかけての広大な沿岸部を赤マーカーで囲んで「このエリアにいる人は全員、善良な人ばかりです」と宣言したとしたら、「何、アホなこといってるんだよ。そんな広いエリアに住んでいる人全員が善良なわけないだろ」と反論されることは確実。確かにほかの地方同様に善良な人の方が多いと思うが、中には犯罪者もいれば変質者もいるし、あるいは性格がチョー悪い人だって含まれているはず。それなのに一旦、被災者というレッテルが貼られると、なぜか自動的に「みんな善良ないい人ばかり」と見なす風潮も少し違うと思うんだよね。被災者や障害者がお気の毒なことに変わりはない。でもこうした運命的な境遇とご本人の人間性の間には、必ずしも関連性はない。
 つまり母集団が大きければ大きいほど、その中には「ロクでもない被災者」や「ロクでもない障害者」だって、数は少ないものの確実に存在するということだ。乙武氏がそれに該当するとまではいわないが、私はこの人に対して疑問符しか付かない。


2016年3月23日(水)
今日の一枚(9)
 昨日午後、実家から南方向の空を見ると、2本の飛行機雲が交差して巨大な「X」を作っていた。偶然にしてもこんな飛行機雲初めて見た!!

2016年3月17日(木)
比婆山連峰・烏帽子山へ
 一昨日は、県北の比婆山連峰・烏帽子山に春山登山に行ってきた。かなり久しぶりの雪山なので、肝心なことに頭が回らず、前夜になっていろいろ忘れていることに気づく。例えば日焼け止めクリーム。快晴であれば、雪の照り返しで日焼けするのは確実。だけど手元に日焼け止めクリームはない。車に数年前の未使用クリームが載っているが、夏場の熱で劣化している心配があった。でも当日、庄原IC近くのセブンイレブンに寄ってみると、夏でもないのに売っていた。春スキー客に需要があるのかも。

 国道から分かれて県民の森へ向かう道すがら、雪はほとんどない。両側にそそり立つ山々にも雪は皆無。ありゃりゃ…ひょっとしてもう融けちゃったかな? と心配になる。
 しかし県民の森が近づくと、手前に連なる山々の奥に比婆山連峰が姿を見せた。それは神々しいほどに白く輝く雪稜。澄み切った青空を背景に白い雲が流れていく。うわーっ。スゴイ!! 

 県民の森駐車場には、9時前に到着。予想に反して一般駐車場に車はゼロ。県民の森から奥にのびる作業道路には轍すらなく、さらに登山道に入ると、わずか一人分の下ってくる靴跡があるだけ。しかも半分は新雪に埋もれかけていた。

 積雪は20センチほどでトレースはなくとも歩行は困難ではない。わずかに残っていた靴跡は出雲峠の避難小屋から続いており、その先にはなかった。木立に点々と付けられたテープ印をたどって新雪の尾根を登る。やがて烏帽子山山頂に達する手前で三脚を立てて写真を撮っていると、あとから5人パーティが登って来た。

 烏帽子山山頂の灌木は樹氷をまとい、まさに別世界。春と秋に何度か登っているが、3月の烏帽子は初めてだ。比較的身近な山にこんなに素晴らしい世界が広がっているとは!! とにかく夢中でシャッターを切った。

 予定では比婆山にも足をのばす予定だったが、5人パーティは昼食をとったあとそのまま往路を下山してしまった。ほかに単独登山者が2人登って来たが比婆山に行く様子はない。当然のことながら烏帽子から先にトレースはなく、撮影に時間をかけてしまったこともあって、比婆山にも登っていると下山は夕方になるのは確実。で、予定を変更して私も往路を戻り、午後2時に県民の森駐車場に戻ってきた。



広島県民の森拠点施設の公園センター。宿泊施設とレストランがある


出雲峠に続く登山道。この頃は今日の登山者は私だけかも…と思いかけていた


出雲峠手前。奥は毛無山


出雲峠の避難小屋


トレースも足跡もない烏帽子山の急斜面をひたすら登る


樹氷に覆われ、まるで別世界の烏帽子山山頂付近。あとから登って来た5人パーティのみなさんも感動の様子だった


烏帽子山山頂からの眺め。写っていないが画面右手には比婆山がある



2016年3月13日(日)
今日の一枚(8)
 昨年のことだが、3TBの外付けHDDが故障。メーカーに問い合わせたが、ダメっぽいので早々に諦める。かつてのトラウマになりそうなNAS故障の教訓から、その後は鉄壁のバックアップ体制をとっているので、HDDがひとつ故障したくらいでは、もはやボクちんはまったく動じないのだっ!!

 ただHDD本体は問題なさそうだったので、プラスチック製の、やたら頑丈な筐体からHDD本体を強引に取り出し、フォーマットした上でその後はシリアルATA→USB変換ケーブルを直付けしてバックアップ用として使用し続けている。

 ところで、その取り出し作業中、HDDに取り付けられていた電子回路にふと目がとまった。その昔、親戚の家のテレビが壊れたので捨てる…と聞けば、喜んで出かけて行ってテレビを分解してみるような変な子供だったので、電子回路自体は別に目新しくもないが、改めてじっくり見ると、どこか精緻極まる「美」のようなものを感じた。これって「細胞レベルの生命の美」にも共通するのではないか。接写したら、ちょっとはおもしろいかも…。で、撮影してみた。本当はもっと複雑な電子回路の方が絵になるだろうが、それにしても微細な半導体ひとつひとつが機能しなければ、機械としては成立しない。それって「生命」にも共通することだよな。


2016年3月6日(日)
スキャナーが壊れた→でも20分で直した
 今日、2台あるエプソンのスキャナーのうち古い方が壊れた。スリーブで保管してあるポジをスキャンしようとしたのに読み込めず、何度試しても前面のLEDが赤く点滅。調べてみると蓋側のフィルムスキャンユニット内部の部品が外れているのが、ガラス越しに見えた。

 早速、ユニットを取り外し、ネジを外して中を開けてみた。すると本来は固定されているはずのスキャンヘッドを動かすベルトとプーリー(滑車のこと)が外れていた。何が原因で外れたのか、もともとどのように付いていたのかも見当が付かず、しばし迷ったが、よく見るとプーリーの金属板と本体は、ネジ止めされずに本体のレールみたいな部分にプラスチック爪とバネで取り付けられているだけで、その爪が長年の使用でヒビが入って割れてしまい、本体から外れたようだった。そこでもともとあった穴を利用して、広めのワッシャと木ねじで固定し直したところ、うまい具合にピッタリ。
 もしかすると、この穴は別の部品のネジ止め用なのに取り付けのし忘れなのかもしれない。じゃないと、こんなところに都合よく穴が開けられているはずがない。どっちにしても故障が判明してから修理完了まで約20分!!

 実際にPCに接続してスキャンしてみると、問題なく動作した。割と簡単な原因でよかったぜ〜。電子的な原因だと手に負えないもん。




フィルムスキャンユニットを開けてみると、プーリー(画面中央の白い円盤)とヘッドを動かす橙色のベルトが外れていた。


白いプーリーの左側が、今回固定し直した部分。実家のジャンクボックスにたまたまあった幅広のワッシャと木ねじを利用。プーリーが付いた金属板は、この画面でいうと左右に可動するようになっていて、バネで一定の張力を保つようになっている。だから完全に固定したのではダメなのだ。

2016年2月26日(金)
二・二六事件
 今日は、80年前に二・二六事件が起こった日。一昨日のNHK「歴史秘話ヒストリア 二・二六事件 奇跡の脱出劇」は、首相秘書官が間近に体験したことをのちに綴った私家版のような本の内容から構成されており、大変興味深く視聴した。事件の時、岡田啓介総理大臣は、ギリギリで首相官邸内の女中部屋に避難して助かったという話は、以前見た別の番組でも取り上げていたが、あれほど緊迫した状況だったというのは初めて知った。

 視聴後、その「以前見た番組」をもう一度見ようと、大量のDVDの中を探すとあっさり発見。2003年3月に放送されたNHK「その時歴史が動いた 緊迫の二十四時間〜新資料があかす二・二六事件の内幕〜」は、もうひとりの首相秘書官が三十年後に公開するという前提で昭和40年代に証言した録音テープや、当時、新たに見つかった資料をもとにしており、詳しい内容はほとんど忘れていたこともあって見応えがあった。
 
 事件直後、陸軍内部にも「君国の思いからの行動」と決起部隊を擁護する意見が多々あり、一時はクーデターが成功したかのように見えたが、昭和天皇が「朕が最も信頼せる老臣をことごとく倒すは真綿にて朕が首を絞むるに等しき行為なり」と、自ら近衛師団(天皇を警護する精鋭部隊)を率いて鎮定に当たるとまで断言し、鎮定に強い意志を持っていることが軍に伝わると、流れが変わり始めたという。

 翌27日夕方には、お台場沖に連合艦隊の戦艦長門が到着。「鎮定されない場合は遺憾ながら国会議事堂に砲撃を加えよ」との命令により、長門の主砲の照準が決起部隊がいた議事堂に合わせられたというから驚きだ。

 歴史秘話ヒストリアでは、次のような話もあった。岡田総理が射殺されたとばかり思っていた首相秘書官は、遺体と対面して射殺されたのが総理ではなく総理の義弟だということに気づく。当時はテレビもないので、総理大臣の顔すらあまり知られておらず、別人を総理と思い込んで射殺したことに決起部隊の誰も気づいていなかった。
 さらに秘書官は、首相官邸で働く女中の身を案じて女中部屋を訪ねる。すると二人の女中は、押し入れの前で身を固くして座り込んでいた。決起部隊の将校に監視されながら「怪我はなかったか?」と問うと、一人の女中が「はい。お怪我はありません」と答える。自分のことならば「お」を付けるはずがない。彼女は、岡田総理が生きていることを暗に伝えようとしているのではないか。押し入れの前で動こうとしないということは、この中に総理が隠れているのではないか…と気づいたあたりの証言は、本当にスゴイな〜。当時のものすごい緊迫感が伝わってくる。



2016年2月23日(火)
来月新刊が出ます
 来月下旬、信濃毎日新聞社から『信州湿原紀行』という本が刊行になる。実はこの週末、その三校確認作業をずっとしていたのだが、昨日、それを戻し、ようやく一段落ついたところ。

 一昨年に出た『日本湿原紀行』の姉妹本で、長野県と隣県に点在する有名・無名のお勧め湿原46ヶ所+その他の湿原46ヶ所、計92ヶ所を紹介する湿原探勝コースのガイドブックだ。2刷して、ほぼ完売となった2001年刊の『信州・花の湿原を歩く』の後継本だが、掲載湿原は若干入れ替えをし、先代の本には載っていない湿原もある。ビジュアルなレイアウト、等高線が入って地形状況もわかる詳しい地図、コース概要を把握しやすいコースシミュレーションなど、『日本湿原紀行』の基本要素は完全に踏襲。すでにアマゾンにも掲載されている。
 著者としても十分に満足できるレベルに仕上がっていると思う。ご興味がある方はぜひ!!

 アマゾン該当ページ

2016年2月19日(金)
多利吉翁の話は本当か
 前々回の記事で紹介した仙台マタギ・多利吉翁の話をみなさんはどう読まれただろうか。この話は私の創作じゃなくて、引用元になった資料は実在している。確かに「岩松多利吉」「仙台青葉流六代目マタギ」「昭和17年11月20日に撮影した写真」…といった具体的な記述があるので、リアリティは増す。私が最初にこの話を読んだのは、1980年代のことで、その時は内容に引き込まれた。おそらく、岩松多利吉という元マタギに聞き取りしたことなどは実話だろうが、多利吉翁が本当に実体験を語っているのか、そうではないのか、それとも両者が混在しているのか、あるいはインタビュアーの主観が入っていないのかも含めて、この内容だけでは判然としない。

 私がこの話で唯一、腑に落ちない点。それは「赤い縞模様の着物を着た顔の白い女だった」という部分。夜道を雪明かりだけで歩いている状況を考えれば言うまでもないが、いくら周囲を純白の雪に覆われていても、完全に夜の帳が下りた時間帯で、しかも明かりが一切ない山の中であれば、着物の色や模様、性別、顔色の判別はまず不可能だ。せいぜい人が近づいてくるのがわかるくらいだろう。

 ただ、その一方で次の可能性も考えられる。「夜」といっても、夕方から夜に移る間の、まだわずかに明るさが残っていた時間帯で、ギリギリ判別が可能だった…とか。あるいは記述にないだけで、たまたま雪女に遭遇する直前に提灯(ちょうちん)か龕灯(がんどう)に火を入れていた…とか。そしてもうひとつ。それが普通の人間じゃないゆえに「見えてしまった」可能性もあるかもしれない。

 というのも、こんな話を聞いたことがある。もう随分前のことだが、当時、広島大学総合科学部(理系)の学生だった岐阜県の山村出身の知人が語っていた目撃談だ。ある夜、ふと実家から外を見ると、「不思議な人」を見てしまったという。彼の出身地は、彼自身曰く「かなりの田舎」とのことで、おそらく実家周辺に街路灯などもないのだろう。だから、夜になると漆黒の闇に包まれて、普通の人間なら姿が見えないはずなのに、それはボヤ〜っと光っていて存在がわかったというのだ。彼は、それを「幽霊だと思う」とも語っていた。多利吉翁が遭遇した雪女も、幽霊のような、この世のモノではないだけに闇の中でも「見えてしまった」のかもしれない。

 結局のところ、真実かどうかを考えるよりも、話の内容にちょっとゾッとして、それを楽しむくらいの気構えの方がいいのかもしれない。


2016年2月17日(水)
雪女の謎
 それにしても雪女って、謎が多い。何が謎って、一番謎なのは…

                 これだっ!!
                   ↓
 雪女は、冬期以外はどこで何をしているのか?



 な、謎だろ。どー考えても謎だし、どーしてもその答えを知りたいっ。春になって雪解けが進むと、来シーズンの冬までどこかに隠れて暇をもてあましている? いや、ひょっとすると、ご本人は冬期限定というつもりはまったくなくて、実は「雪女」という命名も不本意だったりしてね。本当はオールシーズンで活動しているのに、これまでずっと誰にも気付かれなくて、実は内心すごく傷ついているのかもよ〜。

 だってさぁ。雪女という恐ろしげな名前こそ付けられてはいるが、出現する時期・時間・場所があり得ないだけで、確かに息を吹きかけるだけで人を凍死させられる…等の特殊能力があるにせよ、少なくとも見かけの容姿は女の人が着物を着ている以外、これといって雪女を特徴づけるものは何もない。従って仮に真夏に人前に現れてみたところで、夏だけにせいぜい幽霊に間違われて終わりなんじゃないか(笑)。有史以来、雪女と幽霊が同一人物という重大事実に誰も気付かないままに今日に至っている可能性について、徹底的に検証する必要があるだろっ!!

 ついでにいうと、なんで女だけで男はいないのかも謎だね。雪男というと、まるで傾向が異なるヒマラヤの未確認動物を指すのも雪女に失礼では? 「類人猿と一緒にするな!!」って雪女が怒ってると思うんだよね。

 でも、考えてみれば男じゃダメなんだな。仮に吹雪の夜、雪道で男と遭遇してもそれほど不自然じゃなくて、「用があって、どこかに行く途中なんだろうな。この吹雪の中、ご苦労様です」くらいにしか思われず、怪談として成立しないからだろうな。女だからこそ、場違いで怖いのだ。

 あーなんか、雪女について、すごく有意義で奥深い考察をしちゃったなあ〜。さすがの雪女もボクちんには完敗だろうな(笑)。


2016年2月15日(月)
雪女
 先日、再放送を録画しておいたNHK-BS「新日本風土記・雪の夜」を視聴すると、小泉八雲が紹介した怪談「雪女」が伝わっていたのは、東京の青梅とのナレーションがあった。へぇ〜、雪女って青梅のご出身なの? う〜ん。まるでピンと来ないねぇ。どう考えても新潟とか秋田とかの豪雪地帯の方がイメージに合ってる。まあ、雪国それぞれに違うバージョンの話が伝わっていて、たまたま小泉が採話したのが青梅だったってことだろうけどさ。

 ところで仙台マタギから聞き取りして戦前に刊行された狩猟関係の本に次のような話が載っているらしい。仙台青葉流六代目マタギとして名を馳せた岩松多利吉という人の正確な生没年は不明だが、「多利吉翁」と書かれた昭和17月11月20日撮影の写真に残っているから、昭和期に実在した人なのは間違いないようだ。おそらく幕末から大正時代にかけて活躍したマタギだったのだろう。この本の著者は、昭和15年に当時90才を越えていた多利吉翁にインタビューしたという。

 多利吉翁が16才の時。五代目の父親に連れられて二口山塊に狩りに出かけた。その日、獲物は何もなく、やがて降りだした雪は、峠を越す頃には吹雪に変わり、日も暮れて夜道になっていたが、雪明かりで歩行はそれほど困難ではなかった。
 そんな折、先を歩いていた父マタギが20メートル前方の雪の上に人の姿を見つけ、「向こうから人がくるが、決して話を交わしてはならんぞ。顔も決して見るな。父のそばを離れてはならんぞ」といった。やがて、その人がすぐ近くまで来た時、多利吉はつい見てしまった。それは赤い縞模様の着物を着た顔の白い女だったという。女はじっと二人を見つめて足早にすれ違って吹雪の中に消えてしまった。
 家に帰って炉端で遅い夕食を食いながら父は「あれは雪女というモノで、言葉を交わすと喰い殺される」と語っていた。しかし多利吉翁はその後、何十年も狩りに出かけたが、雪女には一度も出会わなかったそうだ。

 吹雪の夜。山道を山に向かって一人で歩いてくる着物の女性。雪女かどうかともかく、普通の人間じゃないのは間違いなさそうだ。

 まあ、ボクちんも二十年くらい前に雪女らしきモノを見たことあるしな。場所は谷川連峰の新潟県側。初冬のある日のことだ。
 朝のうちはよく晴れていたが、予定よりもかなり遅れて山頂に立ったあとに下山を始める頃には雪が降り始めた。ほかの登山者は皆無。しかも単独行となると、こういう状況はあまりよくない。往路のトレースはかろうじて判別できたが、五合目に差しかかるあたりから、さらに降り方は激しさを増した。風はなかったが、それにしても、ちょっとやばい降り方だった。もしトレースが消えてしまうと、かなりやっかいだ。そんな不安を抱きながら、なんとか必死にルートをたどった。
 夕刻、ようやく山麓の集落が眼下に見え始めた時のことだ。尾根をからむ道を進んでいる途中、ふと20〜30メートル離れた左側の稜線に目をやると、そこに人がいた。白い着物を着た長い髪の女性が、じっと私の方を見下ろしていた。すでに薄暗い時間帯。しかも、この降雪。
 どう考えても普通じゃないのは、すぐにわかった。後を振り返るのも怖くて、ただただ一目散に駆け下りた。登山口まで下りて、明かりが灯る民家が見えて心底、安堵したのだった。あの女性は一体なんだったのか。以来、この疑問は解決できずにいる。

 みなさんは、どうお考えになるだろうか。「創作でしょ?」だと。な、なぬ〜。し、失敬な!! あー見た見た。確かに雪女見たっ(笑)。


2016年2月7日(日)
二宮忠八
 昨日の朝日新聞「be」は、二宮忠八を取り上げていた。二宮忠八と聞いて、何をした人か即答できる人はほとんどいないのではないだろうか。私が初めてこの人の業績を知ったのは、小学5年生の時だ。子供向けの発明と発見の本に彼のことが紹介されており、その内容を読んで心底、驚いた。

 二宮忠八は、幕末に現在の愛媛県八幡浜市で生まれた。明治22年、入隊した陸軍の演習からの帰り、カラスが滑空する姿を目にした彼は、翼で風を受ければ飛べることに気付き、飛行機の開発を思い立つ。そして試行錯誤の末、その2年後にゴム動力の模型飛行機を飛ばすことに成功する。模型飛行機とはいえ、ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功する12年も前のことである。
 さらに二宮は、人が乗れる飛行機の開発のため軍に協力を3度も依頼するが、すべて却下されてしまった。のち軍をやめて自ら資金を稼ぎ、完成まであと一歩というところで、ライト兄弟の飛行成功を知り、機体をたたき壊してしまったという。

 軍が、彼の研究開発の価値を認めて資金を提供していれば、飛行機は日本人が発明したことになっていた可能性も十分ある。つまり、彼はライト兄弟に匹敵する先見性を持っていたといってよい。当時は、飛行機という機械自体はもちろん、その高い価値や将来性も含めてまるで想像すらできなかった時代だ。軍幹部が二宮の依頼を却下してしまったのもやむを得ないかもしれないが、なんとも残念な結果ではある。

 そして現代にあっても日本人はみんな、ライト兄弟のことはよく知っていても、二宮忠八を知る人はほとんどいないのではないだろうか。過去に何度かテレビ番組でも取り上げられてはいるが、認知度は高くないだろう。せいぜい知っているのは航空技術の関係者だけだろう。実に日本にありがちな話といえまいか。

 そしてもうひとつ。歴史の教訓としていえるのは、先進的な発想や発明というのは、最初はまわりから理解されないことが多いということだ。なぜなら、ほとんどの人は、そういう先進的な能力も、あるいは先進的な発想を評価する能力自体も持ち合わせていないからこそ「普通の発想しかできない普通の人」という範疇に入っているわけであり(笑)、ある意味、当然の結果といえる。

 現代の世にあっても、先進的な発想ができる人で、まわりから評価されずに悩んでいる人がいるかもしれないが、むしろ、それこそ自分の発想が先進的な証拠だとプラスに捉えて諦めずにがんばって頂きたいものだ。


2016年2月6日(土)
視線
 先日、こんなネット記事を見かけた。カラスは、自分の行動を別のカラスが目視できない場所から見ているかもしれないことを察する能力がある、とする研究結果が発表されたそうだ。エサを隠すとき、その行動を遠くから別のカラスに見られたら、あとでエサを横取りされるかもしれない。そこで、たとえ目視できる範囲に別のカラスがいなくても、エサを隠す際に細心の注意を払うことが確認されたという。つまりカラスは、別の個体が考えているであろうことを理解する能力を持っていることが示されたわけだ。これって、結構スゴイよな。

 動物の能力について世間一般の認識なんて実にテキトーであって、わかりやすくいうと「犬猫の能力に関しては過大評価して、やたら感心する一方、それ以外の動物の能力に関しては、そもそも関心すらない」みたいなところが実際ある。でも動物たちが、何をどこまで理解しているか、というのは未知の部分が多い。以前、本サイトでも取り上げた「ゾウは鏡に映った自分を自分だと認識できる」という報告も驚いたが、今回の件も「新たに判明した動物の能力のひとつ」といえるだろう。

 おそらくカラスと同様にほかの動物も視線には敏感なのではないかと推察される。自然界では天敵からの視線にいち早く気付くことこそ、捕食から逃れて生き残ることにつながるからだ。「目が合うと襲われる」と注意を促される動物がいるが、要は「目が合う→自分は襲われるかもしれない→では自分に有利なように先に襲おう」という一種の防衛反応なのだろう。つまり、すべての動物に共通するわけではないしろ、視線とは動物にとって、かなりセンシティブな要素といえるかもしれない。

 ところで以前、ちょっとした実験モドキをしてみたことがある。それは正面向きでとまっているカラスをじーっと見つめると、どのような反応をするか…というもの。ふと思いついて、たった一度やってみただけなので、信頼性は低いが、私が凝視し始めると、すぐに私の視線に気づき、明らかに落ち着きがなくなったのが、実にはっきりと見てとれた。結局、飛んで逃げることはなかったし、人間に慣れている個体では、明瞭な違いは生じないかもしれないが、彼らからすれば人間は天敵ではないとしても、要警戒対象であることに違いなく、「人間が自分を凝視している→何か危害を加えられるかもしれない」…と警戒した可能性は十分にありそうだ。つまり、カラスは「他の生物から凝視されること=自らの危険につながること」を理解していた可能性もある。本当に頭で理解していたのか、それとも本能的な反応だったのかは定かではないが…。

 ちなみに同じことをブタに対してもやってみたことがある。渋滞にはまった際にたまたまブタを荷台にぎっしり詰め込んだトラックが隣の車線にやってきた。ヒマだったので、そのうち一番上に乗り出していた一頭を凝視してみると、やはり「えっ!! 何かすっげー見られてるんだけど。なんで!?」という感じで、明らかに落ち着きがなくなったのがわかっておもしろかった。
 もう十年以上前のことだし、その時のブタさんは、すでに「お肉」になっていて、おそらく今はご存命されていないだろうが、一応、謝っておこうかね。天国のブタさん。ガンつけちゃってゴメンね〜。ちょっと実験してみただけなんだよね〜(笑)。


2016年1月22日(金)
最近のニュースで感じたこと
 このところ「解散」とか「不倫」とか騒々しいけど、実にくだらんな。ホントどーでもええわ。マスコミがこぞって連日取り上げるほどのことなのか? そんなことよりも太陽系に第9惑星が存在する可能性があると、カリフォルニア工科大学が発表したことの方が、はるかにすごいことだろ。あくまで仮説だとしても。
 発表によるとその惑星は、海王星の軌道よりも20倍も遠くにあり、公転周期は1〜2万年。質量は地球の10倍もあると推定されているらしい。巨大惑星を仮定することで、エッジワース・カイパーベルトにある6天体の動きを説明できるという。海王星の存在が、天王星軌道の摂動(せつどう)から予見されたのと同じだね。
 それにしてもこの惑星のクリアな画像見たいなぁ。なあ、誰か「頼めばUFOでちょっと現場に行って写真撮影してきてくれる親切な宇宙人」の知り合いがいる人いねぇか。えっ! 近所に宇宙人みたいな人ならいるって!? う〜ん。それは残念ながら似て非なるものです。関わりたくないので遠慮しときます〜(笑)。


2016年1月1日(金)
あけましておめでとうございます
2015年12月18日(金)
今日の一枚(7)


 ジョウビタキ(♂)。オレンジ色の体色と紋付のような白斑が印象的な野鳥だ。昨年の秋に♀の写真を掲載したので、今年は♂の方だよ。

 先日、広島の実家で庭園灯を修理していたら、わずか3メートル先の木に飛来。人間の方から接近すれば飛んで逃げるが、こちらがあまり動かなければ、向こうの方から割と平気で近づいてくる。

 そういえば高校生の頃、飛来するジョウビタキをなんとか撮影したくて庭で待ち続けたことがあった。当時持っていた望遠レンズでは、あまりアップにできないので、天体望遠鏡を三脚にセッティング。しかし相手は、動きが速い野鳥。さすがに難しいかな〜と思っていたら、しばらくして数メートル先の枝に止まってくれた。しかも、なぜか知らないが、30秒くらいもの間、ほぼ微動だにせず…。せわしなく動くジョウビタキではあり得ないほどの静止で、どう考えても私の思いを察してくれたとしか思えない(笑)。

 そんな幸運に恵まれ、天体望遠鏡という実に使いにくい撮影機材でも、まずまずの写真を撮影することに成功。当時は、せいぜいASA100のフィルムをASA400に替えるくらいが精一杯だったわけだが、今や手ぶれ補正付き望遠ズームレンズに最新式デジタルカメラ。しかもISO800でも普通に見れる写真が撮れる。ホントに隔世の感があるな〜。


2015年11月27日(金)
運命
 先月に引き続き、今月も更新できなかったなぁ〜。この間、半月ほど広島へ帰ったり、あちこちに取材に行ったり…と結構、バタバタしていた。ついに山で死んだか! と思った人もいただろうけど残念! まだピンピンしとりますぅ〜(笑)。
 でもまあ、山で亡くなる人は、家を出るときにそんな運命が待ち構えていることを誰ひとり想定すらしていないわけで、決して人ごとじゃない。

 今月上旬、早稲田大学教授が南アルプスで滑落死されたとの記事が新聞に小さく載っていた。登山を趣味とする大学教授が山で亡くなられることは過去何度もあったので、お気の毒に思いながら何気なく記事に目を通した。ところが、記事の最後に書かれていた内容を見て「えっ、あの研究者なのか」と驚いた。

 以前、本サイトでも書いたことがあるが、生物がエネルギーを生み出す際に必要なATPの合成酵素は回転体構造をしていて回転しているという仮説が、かつて提唱されたことがある。しかし学会では「そんなバカな」と誰も真剣に取り合わなかった。ところが、ある日本人研究者が、実際に回転している様子を撮影し、この仮説が正しいことを証明した。その日本人研究者こそ、南アルプスで亡くなられた早大教授だったのだ。

 どんなに優秀な科学者でも運命は人それぞれ。それは紛れもない事実とはいえ、運命のなんとあっけないことか。合掌。

2015年10月27日(火)
この1ヶ月+火打山登山で遭遇したこと
 この1ヶ月は、なんやかんやと忙しかった。8月以降、長野や新潟あたりは、すっきりしない天気続きで予定の取材ができず、その分、今月にしわ寄せが来てしまった。ただ、ここに来て、天気に恵まれ、取材予定も一気に解消。あーよかった。秋も天候不順なら大いに困るところだった。

 今月上旬には、久しぶりに火打山に登って来た。早朝、まだ暗いうちに笹ヶ峰を出て、山頂まで往復。紅葉期の快晴日ということもあって登山者は多かった。目的だった天狗の庭の草紅葉も無事に撮影を終え、3度目なのであまり新鮮みはないとはいえ、山頂からの展望も満喫して下山する。早朝から歩き始めている上に撮影機材が重いこともあって、後半はきつかった。

 富士見平から十二曲がりへ向けて下る途中、70代くらいのご夫妻と遭遇。なんてことはない緩い勾配の場所にも関わらず、奥さんは両手を地面について四つん這いになって、そろそろと後ろ向きに下がっている。ご主人が、後から見て「そのまま真っ直ぐ」などと誘導されていた。私に気付くと、慌てられたので「ゆっくりでいいですよ」と下がられるのを待った。ふと見ると両足の膝にタオルを巻かれていたので、「怪我されたんですか」と聞くと、ご主人の方が「いやいや、膝がガクガクするようになっただけです」と明るく答えられたのでひと安心。「怪我じゃなくてよかったです。ではお気をつけて」と別れ、私は先を急いだ。

 このあたりは、登山道に大きな岩が点々とある上に急斜面につづら折りの下りが続いて結構難渋する区間。それにうんざりする頃、黒沢に出て、以降は木道もある緩い下りに変わって、ようやく気が楽になる。しかし、笹ヶ峰に下山したのは夕方5時過ぎ。「秋の日はつるべ落とし」といわれるように、すでに薄暗い時間帯。実は下山途中から、あのご夫妻のことが次第に気になっていた。あんな状態では、下山するまでに相当な時間を要すると想像された。私の足ですら、すでに薄暗い時間での下山である。彼らの足では、途中で夜を迎えるのは、ほぼ確実と思われた。

 ただ、彼らと遭遇した少し先で60代くらいの女性2人が彼らを待っており、ご夫妻の同行者のようだった。ご夫妻だけなら大いに心配。でも4人なら、1人を付き添いで残し、あとの2人で先に下山して救助要請することもできる。そういう意味では緊急性は低いと思ったが、彼らの服装などから登山経験の程度にやや不安も覚えた。ヘッドライトや懐中電灯などを持参しているかどうか、当然のことながら確証はない。4人ともライトがなければ、もうお手上げ。真っ暗な険しい登山道をライトなしに下るのは不可能だ。となると山中で朝を待つしかないが、仮に防寒着を持っていたとしても高齢の方々が、相当に冷え込む山中で夜を明かすには無理があると思われた。防寒着がなければ、かなり厳しい状況に置かれるのはいうまでもない。

 どうしようか、と少し迷ったが、地元警察に状況だけでも耳に入れておく方がよいと判断。帰宅が遅いことを心配したご家族が警察に連絡されることもあり得る。その時に道迷いや重大な怪我等ではなく、単に膝のせいで下山が遅れていることを警察が知っていれば、ご家族も少し安心されるだろうし、仮に救助に向かうとしてもコースの特定や場所の推定もしやすいので警察も対応しやすいと考えた。笹ヶ峰の車の中から妙高署に携帯で電話し、上記の内容を詳しく説明し対応は警察に任せた。

 警察からはご夫妻の服装の特徴など、詳しく聞かれた。ちょっと会話しただけだったので、改めて聞かれると記憶が曖昧な部分もあったが、思い出せる範囲で答えておいた。対応した警察官は、真剣に話を聞いてくれ、最後に通報したことに対して礼を言われた。結果は知らないし、意外と独力で無事に下山している可能性もあるが、やはりこういう場合は念のために警察に連絡しておく方がよいと考える。山岳地を抱える警察署は、似たような事例も経験し慣れているだろうから適切な判断と対応をしてくれると思う。



青空広がる火打山山頂。


笹ヶ峰の駐車場(登山口にも登山者用の駐車場が別にある)に下山したところ。すでに薄暗くなりかけている夕方5時過ぎだった。


2015年9月20日(日)
安保法案成立
 無事、安保法案が成立したのは、日本の平和のためにも、とにかくよかった。国会でも国会の外でも、いろいろ混乱があったのは想像通りだが、成立までの過程で感じたことを書いてみたい。



◆それにしても安倍さんへの個人攻撃は下品な上にバカ丸出し

 国会前のデモで学生らが「安倍はやめろ」と連呼していたが、これって彼らがいかに政治音痴であるかの証拠でしかない。シールズとかいう学生団体の中心メンバーも安倍さんの個人的な暴走だと勘違い(失笑)。前にも書いた通り、安倍さん一人の暴走じゃなくて、自民党と公明党という与党全体の意志によるもの(だからこそ法律として成立させることが可能なんだろうが!!)。しかも、直前の16日には次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の野党3党も安保法案賛成にまわっている。

 与党全体を批判するんじゃなくて、なんで安倍さん個人なんだよ? 戦争に反対している人たちが、冷静な議論をすっ飛ばして一国の首相を呼び捨てにして常軌を逸した言葉でもって個人攻撃を繰り返す。そんなもんで自分たちこそ民主主義だ、平和主義者だっていわれても説得力ねぇよ。しかも反対派のデモに登壇してしゃべってたのって、作家の佐高信や落合恵子、大江健三郎みたいな一応はインテリ系の作家とか大学教授だろ。もともと左派の方々なので、主張の内容は聞かなくても大体、想像つくが、そういうご立派な人たちが、「安倍は人間じゃない」と暴言を吐き、警察に向かって「おい、おまえら」と声を上げ…。いくらデモとはいえ、公衆の面前で下品この上ない。申し訳ないが、そんなもんで格好つけて平和主義のインテリを気取るなって思うね。冷静かつ論理的に真っ正面から論破できない苛立ちが、感情に任せた発言につながっていると思われるだけですよ。国際社会に向けて「日本という国は、インテリでもこんなもんです。お恥ずかしいながら、これが日本の民度です」と申し上げるよりほかにない。

 そもそも安倍さんは、突然、集団的自衛権容認について言い出したわけじゃないだろ。安保法制の整備が閣議で決まったのは1年以上も前だぞ(参考情報→内閣官房サイトの該当ページ)。当然、そのことも報道されている。そして、その閣議の半年後に安倍政権の是非を問う衆議院議員選挙で自民・公明両党は、325議席を獲得する圧勝をしたわけだ。つまり、安保法案の成立は、国民の信任を受けた結果ということになる。

 今頃になってヒステリックに安保法案に反対している人たちは、なんでこの時に「国民の意志」を示さなかったのだろうか? 「し、しまったぁ〜。そうだったのかぁ〜」って、相当に間抜け過ぎる。



◆「国民の理解が広まっていない」?

 これも繰り返し聞いたフレーズ。確かにデモの内容を見れば、理解が広まっていないのは一目瞭然だが、理解が広まっていないのは政府だけの責任じゃないと思うんだよね。国民に向けて安保法案の趣旨をわかりやすく解説しない、もしくは解説が不十分なマスコミの責任も大きいのでは? 国民にとって、とっつきにくい複雑な法律をかみ砕いてわかりやすく説明するのは、それこそマスコミの使命じゃないのかね(わかりやすいサイトを設けているメディアもある)。
 それにだ。ネットが発達した現代。誰でも調べようと思えば、いくらでも調べられる。そういう情報をおそらく自ら積極的に調べることすらしていないし、仮に調べたとしても中身を理解する能力、あるいは内容の異なる複数の情報から信頼性の高い情報を選り分ける能力があるかすら疑問符が付くような人たちが、自分たちにとって都合のいいマスコミやネット情報だけを、ちょろっと閲覧して、そこに書かれている「戦争法案」みたいなごく短いキーワードだけ着目して即反応しているのが、大半の反対派の実態だろう。
 そもそも安保法案に反対しているマスコミが、実態に合わせて、わかりやすく解説するはずもないんだけどね。なぜなら「戦争法案」というバカが食い付きそうなレッテルを一度、貼ってしまった以上、詳しく解説した途端に自らの誇張表現がバレちゃうわけだから(笑)。



◆「審議が尽くされていない」?

 だからね。民主党は反対のための反対なんだから。いくら審議を尽くしても永久に平行線なの!! 議論して「なるほど。確かにその部分は自民党のみなさんのいうことにも一理ありますね。では、その部分は我々も譲歩しましょう」…そういう議論を「健全な議論」と呼ぶ。公平な視点から論理的に議論するんじゃなくて、「何がなんでも徹底的に反対して、反対派の国民の支持を取り付けたい」ことしか考えていない民主党といくら審議を重ねても無意味。
 まあ、死に物狂いで反対したいのもよーくわかるよ。「民主党には期待を裏切られた」と国民に判定されちゃって存在感は一気に低下。その時の国民の判定もかなり雑だと思ったけど、結果的にそうなったのは事実。民主党にしてみれば、安保法案に反対することは逆転ホームランになり得る一大チャンス。内心、安保法案の趣旨を理解していても反対するしかねぇじゃんか。どうせ大半の国民は、わずか数年前に民主党を見限ったことすら、もう忘れているからね(笑)。
 国会のあの騒動も、要は支持者向けのただのパフォーマンス。なぜなら、数の論理で、いずれ安保法案が成立するのは、一応はプロの政治家の端くれである彼らにも実は十分わかっていることだから。
 加えて、こういうのってマスコミお得意のフレーズだと思うんだよね。反対の時は「審議が尽くされていない」といい、賛成の時は「いつまでたっても何も決められない」と批判するのは常套手段。つまり、どっちでも批判するってことなんだから(笑)。みんなも、そーいうことに気付こうね。



◆国民の6割が反対?

 安保法案に対する世論調査で6割が反対という結果が出た。だから、ほとんどの国民が安保法案に反対している? 安保法案に反対といっても、その中身はいろいろだろ。集団的自衛権には賛成するが、それなら先に改憲をするのがスジ。だから今回の手続きで進む安保法案には反対する。そういう人も結構いるんじゃないか。安保法案に賛成ですか、反対ですか…という質問では、このような考え方をする人を抽出することはできない。
 こういう可能性を微塵も考慮せずに世論調査で6割の人が反対している→ということは「安保法案反対」「集団的自衛権容認反対」こそ国民の意志だ…なんて、いくらなんでも単純過ぎますよ。



2015年9月5日(土)
アンドロメダ
 昨日午後、テレ東でやっていたSF映画「アンドロメダ…」(1971年・アメリカ)をかなり久しぶりに視聴した。大雑把なストーリーは次の通りだ。

 アメリカの田舎町に人工衛星が落下し、ほとんどの住民が謎の死を遂げる事件が発生。なんらかの病原体によるものと推定されたが、なぜか赤ん坊と酔っぱらいの老人だけが、生き残っていた。荒野の真ん中に作られた地下研究施設(今で言うBSL4の大規模版みたいな感じ)で、病原体の正体と生存者がいた理由を突き止める科学者たちの戦いが始まる。
 やがて町を全滅させたのは、人工衛星に付着して宇宙から運ばれて来た未知の病原体であると判明し、「アンドロメダ」と命名される。この病原体は電子線や放射線を浴びても死なないが、極めて狭い範囲のphの中でしか生きられない極めて特異な生命体ということがわかる。そんな折、気密実験室から「アンドロメダ」が漏れるバイオハザードが発生。施設のメインコンピューターは、即座に実験フロアを閉鎖。万一の時のために設置されていた核自爆装置のカウントダウンが始まる。しかし核爆発が起きれば、むしろ、そのエネルギーによって「アンドロメダ」は爆発的に増殖し世界中に拡散してしまう…。人類の運命はいかに…というもの。

 中学生の時にテレビで見た時の印象は強烈で、その後も何度か再放送で見たような気もするが、おおよその内容しか覚えていなかった。久しぶりに視聴すると、ストーリーやセリフなどの細部の設定が雑だとか、科学的視点から考えても結構、ツッコミ所があるとか、いろいろ気になった部分もある一方で、マニピュレーターのような、おそらく当時としては最先端であろう装置が出てきたり、あるいは電子顕微鏡で観察するときに真空にする作業があったりとか、割とリアリティーな描写もしっかりあって楽しめたな〜。


2015年8月26日(水)
支払調書
 先日、市役所から国民健康保険料の変更通知書が送られてきた。要は「もっと払え」というお達しらしい。「なんでだ?」と思って市役所に電話すると、今年の確定申告時に漏れていた収入が見つかって、それをプラスして再度算出した不足分ということらしい。具体的な会社名と金額までいわれて、「えっ!! あ〜〜〜」としかいえなかった。誤魔化していたのではない。本当に忘れていた。源泉徴収されているので、故意に加算しないことはあり得ない。いうまでもなく、それでは還付される税金を捨ててしまうに等しい。まあ、実際の収支を考えると、還付される税金が発生しても、逆に税金と健康保険料が増えるのでケースバイケースで微妙な話なんだけどね。

 よく調べてみると、どうも同じ会社の支払調書を2件も見落としていたようだ。机の引き出しを探してみると、確かにほかの書類に紛れていた一枚はあっさり見つかった。しかしもう一枚は見あたらない。再発行してもらって所得税の更正の請求をするしかないが、それにしても結構な金額になる支払調書を見落とすとは、我ながら自信喪失しそうだな。
 いや!! これはボクちんのせいじゃない。きっと「妖怪支払調書隠し」の仕業だ!! この妖怪は、確定申告が近づいてくる時期だけ各地に出没し、支払調書を隠してしまった上で記憶からも消してしまい、善良な納税者を大いに困らせる恐ろしい存在として知られる。どう考えてもそれしか考えられん。冷静沈着でミスを滅多にしないボクちんが、そんなあり得ない見落としをするはずがない。うん、うん、きっとそうだ!! 

 税務署に行って説明する時も「実は、うちに棲んでいる妖怪支払調書隠しが支払調書を隠してしまって添付し忘れました」と正直にいおう。そしたら税務署の人も「ありゃりゃ、それは災難でしたな。心から同情します」といってくれるはずだ(笑)。

 
2015年8月23日(日)
今日の一枚(6)


 先日、メールで届いたフォトライブラリーの今月分支払明細で、この写真がKADOKAWAの『横浜ウォーカー6月号』表紙にご使用頂いたことが判明。それで今日の一枚に選んでみた。湖尻自然探勝路から望む仙石原高原と箱根山の写真なんだけど、箱根山といえば火口周辺警報が発令され、今後の推移が大いに気になるところ。この写真を撮影したとき、何かに使われそうな予感がマジであったのだが、箱根山の火山活動が活発化することについては、私の第6感はまったく働かなかった。
 ちなみに表紙写真といっても、メインは女性モデルで、その背景として使用されているだけだが、直接取引がないだけに知らないうちに自分の写真が使われた表紙をアマゾンなんかで確認するのは、毎度毎度、不思議な感覚だ。なにはともあれ、ご使用ありがとうございます!!

こんな感じです (アマゾン該当ページリンク)


2015年8月22日(土)
愛知・長野方面へ
 今週は、すっきりしない天気だったが、2日間だけ取材に行ってきた。お盆休みが終わったとはいえ、近年は会社の休み方も多様化していることもあるのだろうか。高速道路のSAや道の駅では、結構子供連れの家族で賑わっていた。
 水曜日は、愛知県の某山を軽く取材したあと、時間ができたので長野県側へ移動。ここに自生するエンシュウツリフネとカワチブシという植物2種が目当て。前者はまだ早かったようで、残念ながらご対面とはならなかったが、後者は無事撮影できた。
 木曜日は、長野県内の湿原3ヶ所をハシゴ。ちょっと小雨にも遭ったが、目的を終えて午後2時には下山した。帰途の途中、上信越道で事故渋滞。キャンピングカーが横転していた。関越道も混雑気味。



長野県売木村・あてび平の森。湿地帯には一面のミズゴケが覆う。


黒姫山登山道沿いで見かけた清流。

2015年8月14日(金)
マンハッタン計画に関わった人々+α
 11日の朝日新聞にアメリカで音楽療法士として働く日本人女性の体験談として、次のような内容の記事が小さく載っていた。彼女は、施設で原爆を開発したマンハッタン計画に関わった経歴をもつ男性患者と知り合う。男性は末期がんを患っており、彼女が日本人だと聞くと、動揺し突然泣きだした。男性は死期が近づくにつれ、原爆で犠牲になった罪のない人々のことを思って罪悪感を深めていたという。

 この記事を読んで、以前、私の母も似たような体験をしていることを思い出した。父の赴任先のブラジルでのこと。父が勤務していたブラジル国営製鉄所には他国の企業も複数関わっていて、ある時、母はパーティか何かの席上でアメリカの老技術者と話しをする機会があったそうだ(ちなみに両親はブラジルでの生活が長いので、共にポルトガル語が喋れる。この時もポルトガル語による会話だったようだ)。

 日本人だと知ると「日本のどこから来られましたか?」。母が「広島から来ました」と答えたところ、「原爆で家族を亡くされましたか?」と聞かれたという。母の家族に原爆による死者はいないが、従兄弟には死者がいることを伝えると、「私は若い頃、マンハッタン計画に関わっていました」と打ち明けられたという。そして母の手を握って、涙を流しながら謝罪の言葉を述べられたそうだ。

 当時、今よりもまだアメリカ国内での原爆に対する理解は不十分で、「原爆が戦争を終わらせた」と信じている人が圧倒的に多い状況だった。だから、その話には少々驚いたが、同時に胸が熱くなった。原爆を開発していたのは、悪魔ではなくて、ごく普通の心を持った、ごく普通の人なのだ…という考えてみれば当たり前の事実に気づかされた。平和であれば、おだやかな人生を送るであろう、ごく普通の人が、戦争によって罪悪感を抱き続けなければならなくなってしまう。これは、国に関係なく、お互いにとっての悲劇としかいえない。
 先の記事の最後には、こう結ばれている。原爆開発に携わり、罪悪感に悩まされ続けたアメリカ人もまた、戦争の悲劇のもう一面なのだと。



 戦後70年目の夏、かつての戦争に考えを巡らせる。確かに戦争は不毛だ。メリットはない。だからこそ、それを避けるためにあらゆる可能性を検討するべきだと思う。一面的な考え方では、世界情勢の変化に対応することはできない。

 私が安保法制反対や原発反対のデモを見て、ちょっと思うのは、集団となると日本人特有の同調性を遺憾なく発揮して、自らのバイアスにも気付かず、やや感情的に、どちらかの答えの方にわーっと突き進む国民性に危ういものを感じる。それは先の大戦時、安保闘争時、そして今回。それぞれ国民の視座は違うように見えるが、そういう意味で見ると大差ないような気がするのだ。
 大戦時、右ばかり見ることを強制されて、それにうんざりした国民は、今度は左を見ることに終始している。一見、戦争で何かを学んだように見えて、実は70年という時間をかけて、見る方向を右から左に変えただけで、立っている位置は同じなのだ。右か、左か、どちらか一方が正しい答えと思い込み、大戦中は右が正しいと思い込み、戦後はそれに懲りて左が正しいと思い込んでいる。しかし国家が進むべき道の選択なんて、そんな単純なものでいいわけがない。(※文中の右左は、思想が右寄り左寄りという意味での右左とは無関係。あくまで例え話です)。

 それに一切気付いていない時点で、やっぱり日本人は戦争中から大して進歩していないと思うのである。



2015年8月12日(水)
富士山へ
 6日、富士山取材のため朝4時に起床し、外を見ると空は晴れている。念のため天気予報を確認すると、やや微妙な感じ。うーん、どうしよう。雲が多いと、現地はガスってしまい、取材の意味がなくなる。結局、人間にできるのは情報を十分に得て吟味した上で、あとは天に運を任せるよりほかにないのだが、毎回毎回、その判断は悩ましい。

 自宅から市道をほんの100mほど西進すると富士山が顔を出すとはいえ、それよりもネットで静岡県側のライブカメラを見る方が早い。確認すると、低空に雲はあるが、富士山の3合目より上はスッキリと姿を見せていた。これは取材決定だな。

 少し明るくなった頃、自宅発。現在はマイカー規制中なので、直接、富士宮口には乗り入れられない。手前の水ヶ塚駐車場(有料1000円)に車を置き、シャトルバスに乗り換える。到着してみると、駐車場の真正面に富士山の雄大な姿を望めた。やはり取材決定の判断は、正解だったようだ。

 バス乗り場で、昨年から本格導入された富士山保全協力金1000円を払うと、富士山の小冊子と缶バッヂをくれ、帽子に協力金に協力したことを証明するシールを貼ってくれる。

 さて、そのシャトルバスに乗り込むと、一番前に座っていたアメリカンな感じの7〜8才くらいの金髪ボーイから笑顔で「ハロ〜!」と挨拶された。急なことだったので、「こんにちわ」としかいえず…。日米友好の最重要場面だったのに、しまったなあ〜(笑)。少しは気の利いたひと言でもいえればよかったんだけどね。なにしろボクちんはバイリンガルじゃないもんでね。

 その男の子のシートの反対側に座って見ていたら、この子は、以降に乗ってくる登山者の誰一人にも挨拶しなかった。つまり、ボクちんだけに「ハロ〜」といってくれたようだ。まあ、そうだろうな。わかる。わかる。純粋な子供は、直感的に何かを嗅ぎ分けるからな。きっと、ボクちんの人間性を見抜いて特別に挨拶してくれたんだな。絶対そうに決まってるって(笑)。

 そんな話はともかく、富士宮口に到着。富士山頂を目指すわけではなく、宝永山まで往復する軽い日帰り取材だったが、黒っぽい火山礫が覆う登山道、迫力ある宝永火口の景観、宝永山山頂からの大パノラマ。どれをとっても非日常感がハンパなくて、わずかな山行だったが、楽しめた。

 下山後、直行で帰途に就く。正午過ぎには自宅着。




宝永山に向かう登山道からの眺め。



間近に見る宝永火口。右側のピークが宝永山。ここを目指す。



富士山の山腹を流れる雲…。



宝永山山頂。眼下には雲海が広がり、駿河湾や丹沢山系、箱根の山々などもよく見えた。


2015年8月11日(火)
長野・岐阜・三重方面へ(2)
 取材5日目は、白山の三方岩岳へ。岐阜県と石川県を結ぶ白山スーパー林道は、今年から「白山白川郷ホワイトロード」に名称が変わっている。その途中、三方岩駐車場から山頂まで往復。快晴の天気で、山頂からは白山がよく見えた。

 わずか1時間半ほどの軽い登山を終えて車を出す。白川郷側へ戻る途中、駐車帯で大きな捕虫網を持った男性が3人、斜面を覗き込んでいた。何が目的か、一目瞭然。蝶の採集だろう。しかし、確かここは動植物の採取は禁止だったような気がする。通り過ぎてから別の駐車帯に車を停めて携帯で岐阜県側の道路管理事務所へ通報したところ、やはり禁止とのこと。パトロールカーで注意しに行くとのことで、電話のあと山麓に向けて下っていると、早速、黄色いパトロールカーが登ってきた。帰宅後、改めてネット上で調べたところ、彼らがいた場所は国立公園の特別保護地区内であることは間違いなかった。

 昆虫採集が趣味の人は、国立公園の特別保護地区は法規制されているが、それ以外であれば法規制されていないので採集してもよい…との自分たちに都合のいい認識をお持ちのことが多い。しかし、それは厳密にいえば間違い。国立公園の特別保護地区以外でも県や市などの条例によって禁止されている場合があるからである。

 さて、その後、東海北陸道を南下して、名古屋から伊勢湾岸道を経由して伊勢道、さらに紀勢道へ。三重県大台町の道の駅に着いたのは夕方。市街地にある道の駅は、風もあまりなく、蒸し暑い夜になった。

 取材6日目は、大杉谷へ。いうまでもなく台高山脈東側に深いV字形を刻む大渓谷だ。その途中まで往復するのがこの日の目的。早朝、市街地から狭い県道を奥へ奥へと進み、県道終点に車を置いて出発。渓谷美は素晴らしかったが、なんといっても無風は辛かった。天気予報は「曇り」にも関わらず、一時はジリジリと日差しが照りつけ、蒸し暑いったらありゃしない。北ノ俣岳同様にペットボトルが空になるスピードも早く、Tシャツは汗でじっとり濡れた。シシ淵まで行く予定だったが、この暑さでは無理と判断。手前の千尋滝でUターンした。汗ダラダラで車に戻り、途中、大杉谷登山センターに立ち寄り話しを聞くと、7〜8月の大杉谷は無風なので、あまりお勧めではないとのことだった。あーやっぱりね。

 さらに市街地に戻り、奥伊勢フォレストピアで立ち寄り湯。ここは以前、本で紹介するため写真をメール送付してもらったことがあるが、その後、今でも郵送で案内パンフレットを律儀に送ってくれるところだ。館内はウッディな雰囲気できれい。温泉もいいお湯だった。さっぱりして車に戻ると、土砂降りになっていた。翌日も取材の予定だったが帰途に就く。




白山白川郷ホワイトロードから見上げる三方岩岳。


大杉谷・大日ー(だいにちぐら)。左下は急崖。鎖を伝って通過する。


2015年8月9日(日)
長野・岐阜・三重方面へ(1)
 先月29日から1週間、長野、岐阜、三重方面を取材。天気はまあまあ。中でも一番死にそうだったのは、北アルプス・北ノ俣岳。3時に起床し、岐阜-富山県境の飛越トンネルの登山口へ。まだ暗い4時過ぎに出発して、日帰りで往復したのだが、この日は快晴で風もあまりなく、持参したペットボトルドリンクが予想以上のペースで空になっていった。それもある程度想定していたので、水場で用意しておいた粉末を溶かしてスポーツドリンクを作って補充した。しかし、それでもギリギリだった。

 晴れていたので展望はよく、取材の目的は果たせた。とはいえ稜線上にはライチョウもいるらしいので、迷った末にやや重い50〜500mmの望遠ズームレンズを持って行ったのだが、結局、ライチョウには会えず、多少撮影に使っただけで、ほぼ無駄に終わる。とにかく暑くて、身体から水分はどんどん抜けるわ、荷物は重いわ、撮影に時間はとられるわでコースタイムは、必然的に遅れ気味に。

 なんとか山頂に立ち、あまり余裕もないまま早々に下山を開始する。しかし、ゴールまでは遠い。日が西に傾くにつれ、少しずつ不安が拡大。残り時間を計算してギリギリというのは把握していたが、下っても下っても登山口に着かない。もうさすがにそろそろだろうと思ってたら、まるで嫌がらせのような登り坂が前に立ちふさがる。「来るときにこんな坂あったっけ? 勘弁してよ〜」と独り言。でも、「ここは冷静に」と自分に言い聞かせる。さすがにもうほかの登山者は誰もいない時間帯。こんな時に怪我でもして歩けなくなったら確実にアウトだ。だから気が焦っても、慎重に歩を進めることだけは忘れなかった。

 結局、下山したのは19時過ぎ。休憩も含めた総行動時間は、なんと15時間!! 帰り支度して車を出す頃には、もう真っ暗。汗まみれで早くひと風呂浴びたかったが、それよりも腹を満たすことを優先したために、少し離れた場所にある立ち寄り湯の営業時間に間に合わず、その夜は風呂に入らないまま、近くの道の駅で爆睡した。

 翌日も快晴。本当は別の山に取材に行きたかったが、さすがに取材する気力もなく、休息日とすることに。コインランドリーで洗濯したあと、朝の営業開始を待って、ようやく立ち寄り湯で汗を流し、息を吹き返す。温泉から上がって、脱衣場の体重計に乗ってみたら、なんと8キロも減っていた。おそらく汗で相当抜けた水分が元に戻っていないからだと思うが、一度の山行でこんなに体重が落ちたのは初めてだ。

 その後、せっかく体重が減ったので、なるべく維持したいと考え、食事も間食も控え気味にしてみたのだが、先日、自宅で体重計に乗ってみたら、ほぼ元の体重に戻っていた(笑)。そんなはずはない!! 苛酷な登山に加えて1週間も動き回ったのに〜。な、なぜなんだっ!! どう考えても理不尽過ぎるぞ!! この世に神はいないのか!!

 それにしても疲れた〜。死ぬほど疲れた〜。おそらく今回の山行は、自分の体力の限界に近いかも。これ以上だと、もう無理だろうな。でも、とにかく無事に下山できてよかった。



ナトリウム灯が寂しく闇を照らすだけ。午前4時の飛越トンネル登山口。


高度を稼ぐに従い、朝日が昇ってきた。


途中の避難小屋。登山道から少し離れた木立の中にあり、小屋の前には水場もある。


薬師岳を望む北ノ俣岳山頂。


翌日、コインランドリーで洗濯。登山道はすごいぬかるみで、スパッツも登山靴も泥まみれに。テールゲートに干しているのは、道の駅で洗ったスパッツ。トイレ洗面所で洗うと迷惑だから、ペットボトルに水を汲んで、道の駅の雨水溝グレーチングの上で洗ったよ。


2015年8月8日(土)
自民党・武藤議員のツイート炎上
 安保法案の反対デモをしている学生団体に関してツイートして炎上した自民党の武藤議員。報道された「戦争に行きたくないは、利己的個人主義だ」との切り取られた内容を聞くだけでは、仮に他国が一方的に攻めてきた場合、「自分は死にたくないので戦わない」というのは確かに利己的かもしれないが、もし政治家の誤った判断がきっかけで戦争になってしまったとしたら、「なんで無関係の自分が命を賭けて、その流れに従わなきゃならんのか」とも感じた。しかし、武藤議員がいう「戦争反対なら朝鮮総連や中国大使館前でデモをしろ」というのはその通りだと思うし、先の発言についても別の意図があるのではないかとも感じていた。

 そんな折、ふと目にした東洋経済オンラインの記事は、感情的な世論とは少し距離を置いて冷静で偏りのない視点から本人の真意を探っており、「利己的」という言葉が、本人の真意と取り違えられて受け取られていると指摘している。確かにこの記事を読むと武藤議員に対する印象もかなり変わってくる。あー、そういう意味ね。それなら武藤議員の考えも、あながちズレてないと思うよ。

 確かに武藤議員のツイートには言葉足らずの部分もあったと思うが、本人に直接の確認もせずに表面的な情報だけで、「戦争法案を通そうとする、なんか感じ悪い自民党の若手議員は、やっぱり、この程度かよ!!」みたいな幼稚な人物像を勝手に作り上げて報道するマスコミ。その情報だけ見て感情的に即反応し、無責任な匿名という立場でギャーギャー騒ぐだけの一般人も、つくづくどうかと思うよ。

 記事の最後にはこうある。


「言葉狩りがネットで進む」の未来形は、「沈黙する」社会だ。発言して批判を浴びるぐらいなら、黙っていようと皆が考えるのである。それは物事の本質を隠し、思考停止になる。当たり障りのない「言葉」が支配し、人を統制する、恐ろしい社会になる。


 まさに仰る通りだ。マスコミのあるべき姿とは、無思考的にほかのマスコミの論調に影響・追随したり、あるいは世論がすべて正しいものとして盲目的に同調したりするのではなく、本来はこの記事のような論理的で偏りがない冷静な視点をもつことだ。みんながみんな、表面的な情報だけ見て感情的に反応し、自分の意見と相容れない者を袋だたきにする。申し訳ないが、ちっとも知性的な社会とは思わんね。異常だよ。


2015年8月5日(水)
暑中お見舞い申し上げます