1986年公開のアメリカ映画 『スタンド・バイ・ミー』は、主人公の作家ゴードンが、少年時代の夏に友人たちと出かけた冒険を回想する形で進む映画で、同名の主題歌も当時、ヒットしました。
 12才のゴードンは、ある日、行方不明の少年が、30キロ先で列車にはねられ、死体が野ざらしになっていることを知り、「死体を見つければ英雄になれる」と考えて、友人たちと死体探しの旅に出かけます。ある時は橋の上で機関車に追いかけられ、ある時は泥沼にはまって身体中をヒルに吸われ…。でも結局、死体は見つからず、英雄にはなれなかったのですが、ひとまわり成長して帰ってくる、というストーリーでした。
 私は、映画を見ながらいつの間にか自らの少年時代と重ねていました。もう決して戻ることはないし、戻りたくはないけれど、でも心の奥底でキラキラと輝く記憶が、まざまざと蘇ってきたのです。私の場合は、9〜10才の時のことですが、やはり大のなかよし4人組の一員でした。それが映画の4人と重なり、懐かしさがこみ上げてきたのです。

 私のなかよし4人組は、みんな同じ小学校に通っていましたが、小学校ではなくボーイスカウトで知り合った友人たちでした。私が通った小学校は、当時、広島市でも児童数が2番目というマンモス校だったので、学校では別々のクラスだった彼らと知り合える機会はほとんどなかったわけです。
 私たちは、死体探しにはいかなかったけど、彼らは頻繁にうちにやってきて日が暮れるまで遊びまくりました。わが家の周囲には林があり滝があり、遊び場所は無尽蔵でしたし、何より母が友人たちの訪問をいやがらずめんどうがらず世話してくれたことも大きいかもしれません。
 中でも鮮明な記憶として残っているのが、4年生の夏休みにわが家で行った「お庭キャンプ」でした。庭の芝生に両親が登山用に使っていたテントを張り、母が作ってくれた食事をともにし、夜は近くの雑木林に懐中電灯をもってカブトムシやクワガタムシを探しに行ったものです。帰る途中の道端で、父が驚かそうとして白いシーツを被って隠れていたのですが、はるか手前からみんなに見抜かれていました(笑)。

 お庭キャンプは、翌年の夏も行いましたが、やがて6年生になる前に私も彼らもボーイスカウトをやめ、一人は北海道へ引っ越し、一人は中学受験のために疎遠になって私たちはいつしか遊ぶこともなくなり、私も別の友人とのつきあいが増えていきました。かなりたってから風の便りに一人は東京大学へ、一人は北海道大学へ進学されたことまでは聞きましたが、その後のことは知りません。どこかでそれぞれ元気にやっていることでしょう。


なかよし4人組に加えて、近所の一級下の子(左奥)も参加した「お庭キャンプ」。一番手前が私。みんなで夕食のカレーを食べているところ。1973年7月








みんなでスッポンポンになって、水をかけあって大騒ぎでした。おっと、Dくんのお見せするわけにはいかないモノが写っていましたので、丸禁マークで隠しときました(笑)

 
 
 

Nature
こんなことが ありましたとさ
雑記帳

第13話

わが心の『スタンド・バイ・ミー』