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「今さら主張を変えるわけにはいかない」という新聞社は果たして信用に値するのか/2024年8月31日

 少し前にジャーナリストの田原総一朗氏にインタビューした記事を読んだ。日本には中身のない自称・ジャーナリストもいっぱいいる中にあって、田原氏は突出したことを仰っておられる。こんな裏側を語れるジャーナリストって、ほかにいないんじゃないか。安倍さんが集団的自衛権を認めた時の話だ。

(以下、引用)


 朝日新聞と毎日新聞が「憲法違反だ、反対!」と言った。僕は、当時の朝日新聞の主筆だった船橋洋一さんと、毎日新聞の特別編集委員だった岩見隆夫さんのもとを訪れて「反対するなら日米同盟はやめていいのか」「防衛費は何倍にもなり、核も持たなければならなくなる」「本当にそれでいいのか?」と問うた。
 そうしたら、彼らは「田原さんの言うことには100%賛成だが、今さら、主張を変えるわけにはいかない」「勘弁してくれ」と言った。以来、朝日も毎日も「集団的自衛権は憲法違反」とは言わなくなった。



 「今さら、主張を変えるわけにはいかない」。みなさん。この部分、よく覚えておいた方がいいですよ。少なくとも朝日新聞と毎日新聞は一度主張したことは、たとえ日本国の国益を損なう間違いであることが、あとで判明したからといって、「読者のみなさん! すみませんでした。弊社の主張は間違いでした」とは正直に認めない姿勢であることを田原さんの証言は教えてくれている。朝日も毎日も「集団的自衛権は憲法違反」とは言わなくなったが、「集団的自衛権に反対したことは、これこれこういう理由で間違いだった」ことも決して言わない。間違いをすべて認めていたら新聞社としての権威が損なわれ、金儲けに影響が出ることを恐れているのだろう。そんなところは恐れるのに自社の報道によって日本国の国益が損なわれることは大して気にもしていない。さすが一流新聞社の姿勢はご立派だ。

 これって既視感がある。朝日新聞といえば、過去にも似たようなことがあった。慰安婦問題なんか、まさに朝日新聞が作り出した架空の問題で、ものすごくやっかい極まりない国際問題を新たに生み出しちゃった前代未聞の事態なのだが、朝日新聞はそれをわかっていながら間違いを認めず、2014年になってようやく渋々認めたが、社長は謝罪しなかったので、池上さんから批判されていた。

 貧しい両親に売り飛ばされたか、自らの意志で慰安婦になったのかは知らないけれど、「強制的に連行された」とウソの証言をすれば、ひょっとすると日本国政府から賠償金をもらえるかもしれないし、都合が悪い事実は隠して酷い目に遭ったといえば、反日の韓国国内では大いに同情してもらえる。加えて寄付や援助も受けられるとなると、そりゃあ、ウソでもいうでしょ。なんたって80年近く前の話。当時の自分をよく知る人はほとんど鬼籍に入っているので、ウソがバレることもない。しかも韓国や中国のような反日国家が、このフェイク報道を利用しないわけがない。さらに事態は深刻化するし際限もないというわけだ。

 今月、前駐オーストラリア大使が書かれた記事を読んだら、こうあった。

 
 慰安婦にせよ、徴用工にせよ、本来「完全かつ最終的に解決された」(日韓請求権協定第二条1)はずの問題が何度も蒸し返されては外交問題となり、謝罪と補償を繰り返してきた。そうした流れを日本政府として作ってしまったのが、歴史認識についての「村山談話」(1995年)であり、慰安婦問題についての「河野談話」(1993年)であったのではないか?

 「他の国は謝っていなくても日本は違う。道徳的高みに立つのだ」という書生的な理想論に立ち、「植民地支配」や「侵略」にとどまることなく、慰安婦問題についての「強制性」まで認め深々と謝罪した。問題は、それで済まなかったことだ。謝罪は補償を求める声につながり、そして謝罪・補償とも一回限りで済まず、何度も対応を求められることとなった。当たり前だ。日本国内で吉田清治氏のような人間が出てきて、「日本軍は如何にひどいことをしたか」と強調し、メディアが拡散してくれる。相手国として、利用しない手はない。中国から帰化した石平氏が喝破したように、「歴史認識問題」とは、中国(※)が日本という銀行から金を引き出す際の暗証番号と化したのだ。

※「中国」というのは原文ママだが、この場合は「韓国と中国」の方がいいのかな。


 メディアが伝える情報の正しさという意味では、先日の日記に書いた松本サリン事件の例を出すまでもなく、これって朝日新聞だけの問題じゃなくて、メディア業界全体にも、多かれ少なかれ内在している問題である。「メディアが伝える情報は100%正しい」というのは完全に幻想であり、そんな幻想は今すぐに捨てた方がいい。長年メディア業界の一角で仕事をしてきた私の経験をいわせてもらうと、日本のメディア関係者は確かにある面では大変優秀なのだが、優秀であるがゆえにその自信が割とバイアスにつながっていることが多く、自らの間違いを素直に認めて反省し、なぜ自分がそんな間違いをしてしまったのか俯瞰するように検証して、今後の軌道修正につなげていくような努力はあまりしないし、その能力自体も元々乏しい。それどころか、社会全体の公益性よりも、なによりも「自分のこと」や「自社のこと」を優先して考える次元の低い記者って、割と普通にいる。そういう人たちはそもそも真実を重視していないことになり、彼らが発信する情報のどこが信用に値するのか、という話にならざるを得ない。




 
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