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黒川検事長電撃辞任に至るまでの今回の騒動で思ったこと/2020年5月24日

 まさかまさかの賭けマージャンが発覚して辞任することになった黒川検事長。しかも、そのメンバーが、産経新聞社の記者と朝日新聞社の社員だったというのも驚いたなぁ。それにしても近々週刊誌報道があることを政権が知った上で、今国会での成立を見送ることにしたのかそうではないのかは大いに関心を寄せる点ではある。
 もし見送る前にこの一件が発覚していれば、安倍政権は確実にぶっ飛んだだろう。加えていうと、確かに政権にしてみれば打撃だったのは間違いないが、偶然なのか意図されたものかは定かではないにしろ、ギリギリのところで最悪の事態を回避できたともいえ、一番安堵しているのは安倍さん自身ではないだろうか。
 もともと黒川人事を推したのは菅官房長官で、安倍さんはあまり乗り気ではなかったともいわれる。情弱な一般大衆が思っているような「安倍さんが自らの政権に好都合な人事を企んでいる」という認識は正しくないし、おそらく背後にはもっと複雑なことがいっぱいあると考える方がむしろ自然だ。
 週刊誌にリークしたのは、朝日新聞の関係者ではなく産経新聞の関係者だったというのは、ある意味、重要なポイントで、安倍政権を貶めるためのリークだったのか疑問符が生じるような話しだ。こういう点を見るだけでも、一般大衆が想像しているような単純なことでないだろう…と思わずにいられない。

 それにしても毎度毎度繰り返される、この手の話題に接する度に私なんかは、いろいろ考えてしまうことがある。例えば次のような点だ。


そもそも一般大衆に情報リテラシーはない
 今回、検察庁法改正案に抗議の声を上げた、おそらくすべての著名人と一般大衆に情報リテラシーが備わっているとは私には思えない。おそらく、そのほとんどは、コロナ禍でヒマをもてあましている外出自粛中にSNSで拡散する抗議の声に接したり反応したりする時間が十分にあったために「安倍政権が自らに都合がいいように法を改正しようとしているのは、許せん!」と短絡的に反応した結果だったと勝手に想像している。
 タレントの指原莉乃さんが、この件に関して「双方の話を聞かずに勉強せずに偏ったものだけ見て『え、そうなの、やばい、広めなきゃ』っていう人が多い感じがして…」という理由でツイートしなかった理由を語られているそうだが、実に素晴らしい見識である。いや〜、この子はスゴイわ。ヘタに年を重ねているだけで、簡単にマスコミや野党の策略に騙される年長者よりもはるかに賢い。
 情報リテラシーとは、一次情報と二次情報を区別できること。利害関係者が発する情報(政権はもちろんながら、マスコミも利害関係者なので、当然これに含まれる)は、基本的にはまずは疑う必要があること。そして彼女のいうように、一方の意見だけでなく、多くの意見を聞いて、どの意見が一番説得力があるかで判断する。その際には、自分の好き嫌いや思想的傾向、あるいは自らの思考グセからもとりあえず離れて、まっさらな心の状態でもって判断することが肝心かと思う。
 ここでいう「思考グセ」とは、自分の人生がうまくいかないのは、ご本人に一番問題があるのに、毎度毎度それを時の政権のせいにしたり、社会のせいにしたりするような人を例として挙げれば一番わかりやすいかと思う。もっといえば徹底的に左寄りの人も、徹底的に右寄りの人も、わかりやすくいえば、どちらも「単なる思考グセによるもの」という原因に着地するといってよい。その理由は簡単だ。徹底的に左寄り、あるいは徹底的に右寄りな答えのすべてが正しいわけがない。左寄りな答えが正しいこともあれば、右寄りな答えが正しいこともあろう。その方が自然な話しであって、どちらかに一方的に偏った答えばかり出す人の意見のすべてが正しさから生まれ出てくるものであるはずもなく、むしろそれは「思考グセによる結果」と見なすべきだろう。


そもそも一般大衆の情報源は、そのほとんどが政権に批判的なマスコミ情報である
 だから何もしなければ、当然一般大衆の意見(民意)は、政権に批判的な内容になりやすい。政権側からの情報発信は限られるし、そもそも彼らはこういうことにあまり得意ではない。しかも一歩間違えれば大失敗する危険性も孕む。そういう構図になっていることを考えれば、私はまったくフェアではないと思う。
 政権側が異例の反論をすると、マスコミはそれを圧力と見なして「公平な報道を萎縮させる恐れがある」みたいなことをよくいっているが、逆にマスコミの過剰な批判は「公平な政権運営を萎縮させる恐れがある」というのもいえることでは? 「自分たちの方はどんどんいわせろ。でもオマエたち政権側は、我々マスコミ様が萎縮するのでいってはならん」なんて、なんじゃそりゃ。
 むしろ国民は、政権側の反論は大いに聞きたいはず。私なんかは、マスコミも結構バイアスだらけだと思っているので、マスコミのバイアスを見抜くためにも欠かせないと考える。もし政権側の反論にまだ納得できないというのなら、さらなる反論をすればいいだけのこと。政権とマスコミで大いに論戦してもらい、国民は両者の意見をよく聞いて、どちらにより説得力があるかで判断したらいい。ただし、政権側もマスコミの方も、自らの都合とは関係なしに公にできないこともいろいろあるだろうし、そういう点でなかなか難しい点もあるかも…とは想像するが。

 前回の本項記事でも書いたように、マスコミというのは政権批判をしてナンボなのだ。彼らは、それが正しいか正しくないかは横に置いて、とにかく徹底的に政権(=彼らにとっての「悪」)批判をすることこそ正義だと勘違いしている。
 まあ、そのうちの半分は価値があると思うけど、政治家に100点満点があり得ないのと同様にマスコミ関係者にも100点満点はあり得ない。彼らは全員、自分たちの仕事は100点満点だと思っているかもしれないが、社によって報道内容が違う点を見るだけでも、それに疑問符が付くのは明白である(つまり、どちらかが間違いか、両方とも間違いか…しかあり得ないから)。
 ただマスコミといっても、似た思想傾向を持つ人ばかりで構成されているわけではない。右もいれば左もいる。また社によっても利害関係は異なる。あるいは、本当に「徹底的にフェアな視点で記事を書こう」という矜恃をもって仕事をしているマジメな記者だっていよう。さらにネット上の一般人の意見にも「なるほど。それはいえてるかも」と参考になる意見もある。とりあえずは真偽不明でも、とにかくより多くの情報に目を通すことが大切だと思う。


そもそも日本では知らず知らずのうちに日教組教育に洗脳され、心の奥底に「政治家とはよく監視していないと何をやらかすかわからない危険な存在」と刷り込まれている
 国民が戦争に巻き込まれた苦い経験から政府に不信感をもつ気持ちもわからないでもないが、戦中に戦局を悪化させたのは政府というよりも軍だろう。そして、そんな信用できない政府を監視してくれるのが、正義の味方・マスコミという単純過ぎる世界観をもっている人は意外に多い。でもそれは間違い。私は「信用できるのは政府で、マスコミは信用できない」といっているのではない。どちらも同程度に信用できないといっているのだ。
 もっといえば、専門家と称する人たちも無条件で信用すべきではないし、官僚も役人も、一般大衆についても同じことがいえる。当たり前だが、こういう人たちは少人数ではない。ある程度の数から構成される人たち全員が「信用できる」もしくは「信用できない」の2分類で分けられるはずもない。多くの人から構成されるから無条件では信用できないと考えるしかないのである。至極当たり前のことだ。
 その信用の度合はケースバイケース。政治家だから信用できない、マスコミだから信用できないではなく、政治家でもマスコミでも人によって、あるいはケースによって信用できる場合とできない場合があり、それをちゃんと嗅ぎ分けることこそ重要だと思う。私は安倍さんを擁護しているつもりもない。少なくともマスコミが騒いでいるほどの問題はないと考えているだけである。以前の民主党政権の時も同じだ。当時のマスコミによる民主党政権批判も、今の安倍政権批判と似たような、やや過剰な面があった。私は当時、民主党を支持しているわけではなかったが、支持政党ではなくても間違っている批判には間違っているというしかない。


今回の一件みたいなことの舞台裏は、一般大衆が想像するような単純なことではないと考えるべき
 日本政府のコロナ対策が遅いと批判する人も多いわけだが、確かに配布のマスクにカビが生えていたり、髪の毛が混じっていたりする例が見つかり、再検品することになり、コロナが終息に向かう頃に届く…というのは、随分お粗末な結果になったな…とは思った。しかし、その主な責任は受注した商社にあるのであって、安倍さんや日本政府が悪いわけではない。実際、なんやかんやいっても人口10万人あたりの死亡者数は欧米と比べれば桁違いに少ない数で乗り切ることができたともいえる。
 その理由は、日本政府の対策が正しかったからというわけでもないかもしれないが、全国一斉休校も含めて、私はまずまずの対応だったのではないかと思う。批判している人は、あと出しジャンケンで結果が出たあとに「こうすべきだった」と文句をいっているだけ。それほどまでに自分たちに見識があるというのなら、次回、似たような国難が迫った時には、ぜひ答えが出る前に「こうすべき」と声を上げて頂きたいものだ。
 福島原発事故の時もそうだが、過去に一度もない国難が発生した時の正しい対処法なんて誰にもわからない。しかも、緊急時には情報も錯綜しやすい。何を信じればいいのか、何も見えないし、頼りの専門家も人によっていうことが違ったりする。そういう時に冷静に経済への影響と人の健康への影響とをバランスをとりながら判断するというのは、ものすごく難しい。安倍さんに限らず、政府関係者には、一般大衆が想像もしていないより多くの要素も頭にあったはず。そういう要素が頭にすら浮かばない一般大衆が、正義気取りで「あーしろ、こーしろ」と批判するのもどうかと思うね。
 緊急事態宣言が遅れたことで安倍さんを批判する人もよくいるが、ジャーナリストの田原総一郎さんが、この点を安倍さんに直接問うと、安倍さんは困った顔をして、「当時、ほとんどの閣僚が緊急事態宣言に反対していた」と答えたという。つまり、安倍さんが判断して、緊急事態宣言を遅らせたわけではないことになる。私自身も、この話しを聞いて「えっ!? そうなの?」と思ったほどだが、そこから見えてくるのは、表向き想像するよりも、大抵の場合、その舞台裏は想像とは違う…ということだろう。歴史的な事件の舞台裏が、後日、公になることがあるが、まさに「事実は小説より奇なり」で予想外の内容に驚いた経験はないだろうか。そこから得られる教訓を元に、もう少し我々も思慮を働かせたいものである。




 
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