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検察庁法改正案に抗議するのは、果たして正義なのか/2020年5月12日

 普段は政治的な発言をしない著名人までも今回はこぞって抗議の声を上げたという検察庁法改正案。そんな一見、健全に見える民意のムーブメントがわき起こったことを絶賛する人も多いと思うが、私は少し距離を置いて見ていた。

 そもそも政治家もマスコミも一般大衆も、その意見のすべてが正しいわけがない。すべての政治家の発言を無条件に信用できないのと同様にすべてのマスコミ報道も無条件に信用すべきではないし、ましてや確実に半分はバカによって構成されている一般大衆の意見(民意)なんて、その何割かは結構危険な代物と思っているので、マスコミによる「安倍政権が、自らに有利になるように検察庁法を改正しようとしている」大批判キャンペーンも、少なくともまずは疑ってかからないといけないと思っていた。

 以前、本サイトの日記で、いわゆる赤坂自民亭が、決して「西日本に豪雨災害が発生している最中に、それを知った上で宴会が行われたのではない」ことを気象庁の報道発表時系列を元に説明したが、この例を見れば明らかなようにマスコミや野党(立場が変われば、もちろん自民党にも当てはまる可能性はある)というのは、一般大衆を信じさせて自らの立場を補強しそうな内容であれば、実はあまり重大な問題ではないとホンネでは思っていても、平気で大問題に仕立て上げてしまうところがある。

 確実に白といえるものを黒というのは無理なのはわかっているので、白は白なんだけど、それを白だと一般大衆に理解してもらうためには、細かい理解が必要となるような、ちょっと難しくて、しかも一見しただけでは黒っぽく見えてしまうような微妙なテーマの場合は要注意なのだ。本当はある意味、謀略みたいな話しなんだけど、そんなことがまかり通るのもどうなんだろうかと思う。

 そもそもマスコミとは、政権批判をしてナンボ。つまり実のところ政権の失態とは、その批判記事が広く注目されるし(=媒体が売れる)、自らの存在価値も高まるので、マスコミにとってマイナス要素はまったくなく、プラスにしかならない。つまり政権の失態とは、それが本当のことだろうと、そうでなかろうと彼らにとっては「おいしい蜜」でしかない。

 もちろんマスコミには、国民を代表して政権を監視するという使命があり、それはそれで大きな価値があること自体は決して否定しないが、人間という生き物は、自らの「利」にはとても弱いことを忘れてはいけない。「利」が絡めば、当然そこにバイアスがかかりやすい。赤坂自民亭の例を出すまでもなく、過去を振り返ってもマスコミ関係者が、「利」を得たいという自らの欲求を完全に断ち切って、100%フェアな視点で判断しているとはとても思えない。本当に100%フェアな是々非々の視点で判断しているというのなら、政権を褒めることがあってもよいはずだが、すべて批判ばかり。政権を批判しかしないジャーナリストなんて、まったく信用に値しないと私なんかは思っている。本当にどの政権も褒める要素がゼロというのであれば、むしろそういう無能な政権を毎度毎度選んでしまう国民にも同時に重大な問題があることにならないか。

 本当に劣悪政権なのであれば、そんな政権が生まれた根本原因は、選んだ国民にあるのであって、原因の方はスルーして、批判しやすい(何をいってもOKな)政権の方だけを批判するところを見るだけでもマスコミという存在がどういうものか伺い知れるというと言い過ぎだろうか。失言を繰り返す大臣には、「その任命責任は総理大臣にある」と批判するマスコミは、ぜひダメ出し連発の無能政権にも「それを選んだ責任は国民にある」といって、国民を批判するのがスジだろう。どうして国民の方は批判しないのだろうか。その答えは経済的な理由以外にあり得ない。マスコミの正義といっても限定的なのだ。

 安倍政権を徹底的に批判している人や、今回の検察庁法改正案に抗議する人たちも同じなんだけど、彼ら全員に共通するのは、「政権に批判的なマスコミ情報しか見ていない」ことである。政権に批判的な情報しか見ない人が多ければ、当然、政権に批判的な意見の方が広まりやすい。でも、その政権に批判的なマスコミ情報は、本当に正しいのか。一方の意見しか見ないで、その意見にどうしてバイアスがかかっている可能性がゼロだと断言できるのだろうか。

 数々の著名人の名前を並べ立て、あの人もこの人も検察庁法改正案に抗議していると聞くと、「あの著名人ですら抗議しているということは、きっと検察庁法改正案は大問題なのだろう」と思ってしまう人が多いのだろうが、著名人だろうとそうでなかろうと、実は政治のことを何も知らないし、断片的な情報だけでわかった気になっている人がほとんどだと思う。

 これは政治の世界に関わらず、すべての分野にも共通し、○○分野を専門とする人以外は、基本的に全員が○○音痴である。それは主権があるはずの国民にも当てはまり、実はほとんどの国民は政治のことをよくわかっていないのが実態たろう。なぜなら、ほとんどの国民は、政治を体系的に勉強すらしたことがないし、政治の世界に身を置いたこともないからである。そんなド素人に、今回のような一件を見抜く能力があろうはずもない。

検察庁法改正案に抗議している人たちにぜひお伺いしたいのは次の点である。

Q1 検察庁法改正案に抗議する人たちの意見と同時に、それに反論する人たちの意見にも目を通しましたか?

Q2 その結果、あなたが後者の意見を退け、前者の意見を取り入れた理由はなんですか?


これにきっちり答えられる人ってどれほどいるだろうか。


 今日、「抗議殺到の定年延長法案がそれでも成立に向かう理由」というネット記事を読んだが、かなり説得力があると私は感じた。似たような指摘は、部分的ながらも以前からネット上に上がっていたが、検察庁法改正案に抗議している人たちは、ぜひこの記事に真っ正面から反論してみてほしい。もし、その反論の方が説得力があると思ったら、私も検察庁法改正案に抗議する姿勢に転じることにしたいが、果たしてそれは可能だろうか。大いに疑問である。




 
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