| 安田純平さんの件で考えたこと/2018年11月8日
シリアで武装勢力に3年4ヶ月に渡って拘束されていたフリージャーナリスト・安田純平さんが、多くの国民から「自己責任」と批判され、一方でマスコミ関係者からは擁護の声ばかりが聞こえてきたが、みなさんは、この件についてどう感じただろうか。
安田さんは、2004年にもイラクの武装勢力に拘束されており、その度に血税が投入されることに否定的な見方をしていた人は多いんじゃないか。しかし帰国後、行われた安田さんの記者会見を見て、批判していた人も少しは納得したのではないか。きちんとした謝罪があってよかったと私は思った。特に日本政府関係者に対する謝罪と感謝があったのは、とてもよかった。
いくら政府には、自国民を助ける義務があるとしても、助けてもらった以上は感謝の言葉を述べ、自分に少しでも非があれば、謝罪するのは人間として当然の話であり、「自分は政府の行動をチェックするのが仕事のジャーナリストだから、政府に対して感謝や謝罪の言葉を口にするわけにはいかない」…みたいな態度では国民から理解されるのは難しい。
それにしても私は、今回、おもしろいように次々に出てくるマスコミ関係者の擁護記事を読む度に正直、失笑した。とにかくジャーナリスト礼賛一辺倒。つまりジャーナリストが取材してくる情報は、無条件に日本国民にとってものすごい価値がある宝物といわんばかり。今回読んだ擁護記事の中には「選挙にも関係する」みたいなことを書いている人もいたのには、ものすごく呆れた。どうしてシリアのことが国内の選挙に影響するのだろうか? もはや意味不明である。
おそらく多くの国民が感じていることを代弁したい。多くの国民もジャーナリストの価値は、ある程度は認めていると思う。たとえ危険な場所であっても現地へ赴いて取材し、真実を国民に伝えなければならないし、政府の指示に従ってばかりでは、政府をチェックすることはできない。それは確かにそうなのだが、日本の外務省がシリア渡航を禁じているのは、日本政府の問題を隠すためじゃなくて、あくまで危険だからに過ぎない。今回の件でいえば、政府云々は関係ない。このように擁護論には一読しただけでは正論に聞こえるが、よくよく考えると屁理屈としか思えないものも多い。
例えば、「安田さんのようなジャーナリストがいるからこそ、シリアで何が起きているのか知ることができる」というマスコミ関係者の主張。この主張には、「これまで日本国民にとって重要な情報を取材して来た実績が、安田さんにどれほどあったのか」という視点が抜けている。つまり、ジャーナリストをひとくくりにして、その中身を勝手に同質とみなし、すべてのジャーナリストに同じ価値があるといっているわけだが、そのジャーナリストも人によっていろいろだろう。
安田さんがジャーナリストとしてどうなのかは私は知らない。おそらくほとんどの国民も、「何度も拘束されてる人」くらいの認識しかないはずだ。見苦しい屁理屈を並べ立てるヒマがあったら、わかりやすく彼の実績を伝えて、「これほどスゴイ情報を取材してきた人なんだぞ」と国民を説得する方が先である。ただ、その結果、国民が納得するとは限らない。そもそもシリアで何が起きているか。ほとんどの国民にとって、正直あまり重要ではない。そんなことよりも自分に直結する国内問題の方が気になるはずだ。
・シリアでは、子供も犠牲になっています → まあ、そうでしょうね
・シリアでは、インフラが徹底的に破壊され、市民は不便な生活を強いられています → まあ、そうでしょうね
・シリアでは、シリア政府と反政府武装組織、それにISが三つどもえの争いをしていて混迷の度合を深めています → まあ、そうでしょうね
シリアから遠い日本国内にいても、これまでの情報からおよそ想像される程度の報告をいくら繰り返し聞いても、それに対して評価しろといわれても無理である。肝心なのは、最新の、まだ世界中の人が誰も知らない真実があるかどうかである。それくらいの内容を安田さんが取材しているというのなら、「拘束された結果、血税を投入してもやむを得ない」という判断もあり得ると思うが、そうでなければ、国民は納得しない。これまでの拘束で、日本政府が情報収集や救出のためにどれほどの税金を使ったのは知らないが、身代金の支払いはなかったとしても、おそらく億単位だろう。安田さんの活動に、それほどの価値があるのか…という話しだ。マスコミ関係者は、ヘタな擁護よりも、この点について国民が納得するように説明すべきである。
今はまだ拘束されたのは安田さんなど、限られた人数であり、拘束事件が発生するのも稀だからいいが、もし将来、頻発するようになり、膨大な血税が投入されるような事態になった場合。それでもジャーナリストの活動はどうしても必要だ…とマスコミ関係者は主張し続けるのだろうか? まず間違いなく国民はNOを突きつけるだろう。税金である以上、すべてのものに費用対効果が検証されるのは当たり前であり、ジャーナリストだけは無条件というわけにはいかない。
これまでの安田さんの実績がどんなものか、私は詳しく知らない。しかし前代未聞の2度もの拘束事件の当事者になるというも、安田さんのフリージャーナリストとしての資質に疑問符が生じるような話だ。今回の拘束でもトルコからシリアへの国境越えの際に「違う方向に歩いてしまった」ことで、予定していたガイドと合流できずに拘束につながったらしいが、これを軽率といわずして何というのだろうか。しかもシリアみたいな場所で。あり得ないだろ。ご本人の根本的な慎重さに欠ける点を一切スルーして、徹底的な擁護や大絶賛ばかりするようでは、マスコミの未来はない。
そもそも政府をチェックするのが仕事であるジャーナリストが、政府に助けられてどうする。こういうことは貸し借りではないが、ある意味、安田さんは日本政府に借りを作ってしまったことになる。借りを作ってしまった安田さんは、将来、ジャーナリストとして日本政府を批判できるのかという話にもつながる。ヨットの冒険に出かけて遭難救助されたニュースキャスターの辛坊治郎氏は、現在も将来も海上自衛隊を批判しにくいはずなのと同じである。たとえ、批判される相手でも政府にしろ自衛隊にしろ、助けなきゃいけないのは当たり前ではあるが、批判対象に助けられて、適正な批判を続けられるのか、という疑問はどうしても残る。
今回、いろいろ目を通した関連記事で、私が「もはや、これこそが最終的な答えに等しい」と感じたのは、橋下さんによる記事(→こちら)。もう完璧な内容である。屁理屈が多いマスコミ関係者の擁護記事と比べても、非常にバランスがとれた理路整然とした内容になっている。
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