Nature
二分法でしか物事を考えられない日本国民の問題点/2017年12月4日

  先日書いた日記の内容にもつながることだが、二分法思考回路の問題点を別の角度から指摘したい。私が常々感じていることを少し刺激的な「たとえ」で、みなさんに問いたい。念のために申し上げておくと、以下はあくまで「たとえ」であり、彼らを擁護したいという意図は一切ないと先に申し上げておく。


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以下の独裁者は、すべて悪なのか? いい点は本当に一切ないと断言できるのか?

 1ヒトラー  2スターリン  3フセイン  4金正恩




 仮にこういう質問を多くの人にしたとすると、間髪入れず「すべて悪に決まってるじゃないか! おまえはこんな独裁者を擁護したいのか!」と感情的に批判されることになると想像される。でも、私はそういうところが、すでに二分法的だと感じるのである。

 私は、「ヒトラーは頭がおかしい人」としか思っていないが、世の中のものはすべてに光と影があると考えるのがむしろ自然な話しで、「善か悪か、どっちだ?」みたいな視点こそ、あり得ないと思っている。しかし、おそらく特に日本のようにあまりロジカルじゃない国民によって構成されている国では、二分法オンリーみたいな人もいっぱいいて、彼らは常に「善か悪か、どっちだ?」「白か黒か、どっちだ?」「AかBか、どっちだ?」で物事を考えるので、自分では意識していなくても「100%善か、100%悪か」みたいな視点になりやすい。つまり「いい点はないのか?」という質問でもしようものなら、「えっ!? 100%悪じゃないってことは、100%善ってこと? こんな独裁者が善だなんて信じられない〜!!」みたいな反応になってしまうのである。

 ヒトラーのユダヤ人大量虐殺は、人類史に極めて大きな汚点を残す重大犯罪であることは間違いないが、でもほかの政策すべてひっくるめて悪といえるのかどうかはまた別の問題だとも思う。私はそもそも興味すらないので、ヒトラーの政策すべてを知らないし、調べてみたいとも思わないが、この点について正しいとも間違っているともいえない。なぜなら、私はその点についてまったく知らないからである。ヒトラーのすべての政策に精通していないのに「ヒトラーは100%悪だ」と断言する人は「極めて非論理的である」と断言できる。彼の政策をすべて調べてみた→その結果いい点はひとつもなかった→だから私はヒトラーは100%悪だと断言する…というのなら、まあ納得できるが、すべての政策を調べてもいないのにどうしてそんなことがいえるのだろうか? と思うのである。

 繰り返しになるが、私はヒトラーを擁護したくてこんなたとえ話しを出したのではない。二分法思考回路の問題点を際立たせたくて敢えて刺激的な質問をしてみたに過ぎない。
 またもう少しいうと、「いいか悪いか」「正義か悪か」というのは、ある意味二律背反的であり、極めて複雑に因果関係が絡み合っている世の中において、そう簡単に評価はできないことも知っておきたい。
 例えば、本人には善意の意図がなく、それどころか悪意ある意図から発したものだとしても、それが結果的には「いいこと」に変わったりもする。

 ナチスは、第二次世界大戦中、V2ロケットを兵器として開発した。その設計者フォン・ブラウンは、のちにアメリカに渡ってアポロ11号を月面に送り出したサターン5型ロケットも設計している。つまり、V2という前段階があったからこそ、人類は1969年という早い段階で月に達することができたともいえる。V2がなければ、人類が月面に着陸するのは、さらに遅れた可能性が高いだろう。ということは、その後の国際宇宙ステーションなどの宇宙開発の歴史にもマイナスに影響したと考えられる。

 現在、私たちが便利に利用しているインターネットもGPSも、もともとはアメリカ軍の軍事技術である。軍事予算を受けての研究を拒否する技術者や研究者もよくいて、いかにも見識ある対応とみなす風潮が、特に日本では顕著だが、多少の例外はあるにせよ、そんなことにこだわってもあまり意味はなく、むしろ潤沢な軍事予算(たとえアメリカ軍のものだとしても)から資金を得て研究し、開発した技術をより早く民生用に転用していくことを目指す方が、人類全体の利益からすれば大きいと私は考える。
 日本は、戦後、驚異的なスピードで焼け野原からの復興に成功したが、その工業立国として成長できた背景には、戦争中に兵器を開発していた技術者の経験と知識が大きく貢献したであろうことは容易に想像できる。つまり、実は兵器開発に使われていた技術であっても、その後、国民の利益にもつながったということである。そもそも「軍事技術とは悪である」と考える人が、喜んでインターネットやGPSを利用しているのは明らかに矛盾する。今すぐにでも利用を中止すべきだ。

 困ったことに日本の国民のようにあまりロジカルじゃない人々は、ある一定のレベルを上回るような…例えば広島・長崎への原爆投下とか、福島の原発事故とか、そういう自分の想像をはるかに超える大惨事でも発生しようものなら、途端に頭の論理回路が止まってしまう方が結構いて、そういう方々は、なにしろもともとロジカルじゃない上に、それでもかろうじて機能していた論理回路まで止まってしまって、あとは感情でしか物事を考えられなくなって、少しでも冷静な視点で物事を考えようと訴えても、「あー聞きたくない。もう一切聞く耳持たない」みたいな反応になりやすい。本当に困ったものである。

 ヒトラーにしても、彼はクーデターで強圧的に政権を奪取したのではない。当時のドイツ国民があくまで選挙で選んだ政治家である。もし、あなたが「大多数の声は正しい」「国民の声は正しい」と思っているとしたら、この歴史的事実とどう折り合いをつけているのか、ぜひ聞いてみたい。当時のドイツ国民は愚かだったが、我々現代の日本国民はそんな愚かなことはしないと? しかし、今日の日本という国で、その大多数の声を上げているのは、実は常日頃から二分法でしか物事を考えていない人々なのである。どうして、そんなものを無条件に信じるのだろうか。私にはそれが理解できない。

 重要なのは、自分の頭の中にある「これぞ絶対正しい」の引き出しに安易に答えを入れてしまわないことだ。二分法思考回路しか持ち合わせない人が、二分法で結果を出し「これぞ絶対正しい」の引き出しに一旦入れてしまうと、もうどうにもならなくなってしまう。それが論理回路まで止まってしまうような感情的な事態だとならさらである。

 政治家にせよ、マスコミにせよ、二分法思考回路しか持ち合わせない、ある意味相当おバカな日本国民の性質を逆手にとって、自分たちの都合のいいように世論が誘導される危険性は常に存在している。それを防いで、本当の国民の利益を追求するためには、国民自らが、こうした二分法から脱してロジカルに物事を考えられるようになるしか道はない。




 
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