Nature
間違った認識を生むゲシュタルト効果という罠/2014年9月23日

 先日、BSのある番組を見ていたら、脳科学者が歴史上の人物について「ゲシュタルト効果」という用語を使って意見を述べていた。心理学用語の「ゲシュタルト崩壊」なら知ってたけど、「〜効果」の方は知らなかったなぁ。ゲシュタルト効果とは、自分が知らない空白部分を脳が勝手に補完して全体をとらえてしまうことだそうだ。おそらく脳が空白部分を補完していく際には、自分にとって都合のいい内容に偏りやすいと想像される。
 脳にそういう機能(半分は便利だが、半分は危うい)が備わっていることを前提にすれば、世の中の様々なことが、わかりやすく見えてくるような気がしてきた。

 そもそも人によって、なぜ意見が異なるのか。その理由を突き詰めていくと、知識や論理性の優劣、あるいは経験や価値観の違いなど、個々人がもつ要素が異なることに由来すると考えられる。もし、判断に必要な情報と正確に機能する論理プログラムをPCにインストールするように大脳に入力することができるのであれば、人々の意見は、価値観の違いによって分かれることはあっても、一定の方向に収束すると思われる。ただ現状は、意見相違の原因が、どちらかの知識不足から来ているのか、それともどちらかの論理がおかしいのか、客観的に把握できないことも議論がまとまらない理由のひとつだろう。

 もともと誰しも自分の考えは、基本的に正しいと思っている。でも、より正確にいえば、過去の判断の何割かは確かに正しかったが、その一方で何割かは間違っていたはずだ。自分にとって不愉快な失敗例は忘れがちになり、気分のいい成功例だけがより強く記憶に残り、それが自信につながっていることも多いかもしれない。

 とはいえ自分の判断の信用性さえも疑ってしまえば、人間は海図のない船に乗せられて大海の真ん中に放置されたようなもの。つまり誰しも自分の判断が正しいという前提で生きるしかないわけだが、ゲシュタルト効果によって、脳はしばしば間違った認識を生むことも知っておいた方がよいだろう。

 脳は、断片的な知識しかなくてもゲシュタルト効果に従って空白部分を埋めて全体像を作り上げる。空白部分が多ければ多いほど、作り上げた全体像と真の全体像とのズレ幅は大きくなり、出来上がった全体像は人それぞれ違ったものになる(=意見の相違が生まれる要因)。しかも困ったことにゲシュタルト効果は自動的に行われるので脳が作り上げた全体像を本人は正しいものだと思い込んでもいる。なぜなら脳は、自分のもつ知識が断片的なものに過ぎないことや、知識の空白部分を脳が勝手に埋めていく様子を視覚的にわかりやすく示してくれないからである。

 このことは、原発の放射線やタバコの害…等々、最近の諸問題に関わる世論を形成する根底にもつながっていく話だ。
 ほとんどの人にとって放射性物質なんて見たこともないし、得体の知れない危険なものといった認識しかない。被曝すると髪の毛が抜け落ちるとか、癌になるといった断片的で危険なイメージだけをもとにするので、脳はゲシュタルト効果に従って残りの空白部分をリスクが高い色で埋めていくことになる。だからこそ福島原発事故後、あのような過剰に放射線を恐れる反応が出てきたのだろう。

 一方、タバコの場合は放射線に比べれば、はるかに身近なものだ。しかも毎日のように吸っても今のところ病気になっていないヘビースモーカーが家族や知人にいたりする。そのため脳は、そのイメージだけをもとにゲシュタルト効果に従って空白部分を放射線よりもリスクが低い色で埋める。だからこそ禁煙学会がアニメ映画『風立ちぬ』の喫煙シーンを問題とした意見を過剰なものと見なす人が多かったのだろう。
 しかし、どちらの場合も実際のリスクを正確に反映したものではなく、あくまで脳がゲシュタルト効果によって勝手に作り上げた不正確なものに過ぎないのだ。

 ゲシュタルト効果という脳の機能の存在を前提にすれば、人々の意見の相違や専門家と世論の間に生まれるズレなどを説明しやすくなる。
 一般人の場合は、当然のことながら断片的な知識しかないのでゲシュタルト効果が働く余地が大きく、一方、専門家の場合は、ゲシュタルト効果が入り込む余地は限りなくゼロに近いか、あったとしても限定される。こうした構造の違いを考えれば、世論と専門家の認識の間にズレが生じるのは当然だろう。

 従って一般人のあなたが、何かの判断をするときに「自分の判断にはゲシュタルト効果によって作られた不正確な部分も含まれているのではないのか」と、ふと立ち止まって冷静に考え直すのもいいかもしれない。




 
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