| 飛行機内で乳児が長時間泣き叫ぶのは許されるか/2012年11月25日
テレビのコメンテーターとしても知られるマンガ家が、飛行機内で長時間泣き叫び続けた乳児に我慢できなくなり、着陸準備中にもかかわらず席を立ち、出口に向かって走ったとか、乳児の母親に文句をいったとか、そんなことを本人が雑誌に書いて物議を醸しているという。著名人もこれに反応し、いろいろ意見を述べられているようだ。
脳科学者の茂木さんがいう「1歳の赤ちゃんのふるまいを、コントロールできると思っている大人がいることが信じられない」は、その通りだと思う。この点を理解していない親による子供の虐待事件が時折あることにも驚くしかないわけで、確かにいくら大人が困っていても、そもそもコミュニケーション能力や社会性など、あらゆることが未発達の乳児に親のいうことや「社会のイロハ」を理解できるはずもない。
もし私がその場にいたら我慢すると思うし、親に文句をいうこともないだろう。しかし、その一方で次のようにも思う。まず、その乳児の親の認識や対応がどうであったのかということである。ほかの乗客に申し訳ないと身が縮む思いで、なんとか泣き止むように努力していたのかどうか。乳児にとって泣くのは仕事みたいなもので、当然、飛行機に乗る前から想定できる話である。そもそも移動手段として飛行機を使う必然性がどの程度あったのか。私が親なら乳児連れで飛行機を利用するのは極力避けるだろう。どうしても乳児連れで飛行機を利用しなければならない事情があったのだとしたら仕方ないとは思うが、もし、さほど必然性がないにも関わらず乳児連れで飛行機に乗り、いくら乳児が泣き叫んでも知らん顔で、同行者とのおしゃべりに夢中だったとしたら、許容しようという気もしぼむのではないか。
ネット上の意見には、「赤ちゃんの泣き声を許容できない心の狭さにも驚く」というものもあった。しかし、それも結局は飛行機で乳児が泣き叫び続けるという事態に遭遇する機会がほとんどないからいえる話である。もし、あなたが超多忙なビジネスマンで毎日のように日本中を飛行機で飛び回っているとしよう。そんな状況だから疲れもたまっており、飛行機での移動中は貴重な睡眠時間となっていたとしたらどうだろうか。それでも乳児が泣き叫び続ける事態に遭遇するのが年に一度くらいなら許せるかもしれないが、頻繁に遭遇するようになったとき、果たして本当に「理解ある大人の対応」を通し続けられるだろうか。飛行機で睡眠がとれないために仕事でミスをするなどの実害が出たとしたら、さすがに辟易して「何とかならないのか」と思うのではないか。
また「赤ちゃんの泣き声くらい」といっても、乳児がどの程度の声の大きさで何時間泣き叫んでいたのか、その程度によっても違ってくる。さらにいえば乳児の側だけでなく、聞かされ続ける側にも個体差がある。絶対音感を持つ人は、普通の人が気にしない音にも敏感だといわれるように、人によって騒音(この場合は乳児の泣き声)の許容範囲が違うことにも留意しなければならない。つまり自分は平気であってもほかの人には苦痛に感じることがあるということだ。近所から聞こえてくるテレビの音や犬の鳴き声、あるいは爆音をたてながら走る改造車も同じことで、大抵の場合、ご本人は「これくらい許容範囲だ」と勝手に決めてかかっているのだろうが、マナーというのは、本来、他者が迷惑に感じることを避けるという社会習慣であり、自分にとって都合のいい許容範囲を勝手に決めて、それを他者に一方的に押しつけるのは、おかしな話なのである。
もし親にどうしても乳児連れで飛行機に乗らなければならない事情があり、しかも一生懸命泣き止むようにあやしていたとしたら、これはもう何もいえない。乗客全員が快適な空の旅を楽しむために何らかのシステムを整えるとか、新しい法律を作るといった範囲の外側にある話であって、親やCA、あるいは航空会社に苦情をいっても何の解決にもならない。飛行機内で乳児の泣き叫ぶ声を迷惑に感じるのは、ごく普通の感情だと思うが、ほぼすべての人は誰でも多少の違いはあるにせよ、自分も乳児の時に周囲に迷惑をかけて成長して来たわけだから、ある程度は社会として許容し合うのが望ましい。
ただ、このマンガ家の行動は行きすぎた部分があったにせよ、私はこういう問題提起をすること自体は別に構わないと思う。問題提起がなされて、社会的な議論が尽くされ、解決はしないまでも何らかの共通の認識が生まれるきっかけになるとしたら、それだけでも社会のプラスになると考えるからである。
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