| iPS細胞移植手術誤報問題と科学ジャーナリズム/2012年10月28日
現在、発売されている『週刊ポスト2012年11月2日号』の新聞広告に「前代未聞の大誤報・iPS細胞移植手術疑惑 わが国の科学ジャーナリズムはどうしてこうも拙劣なのか」という文字が躍っていて、思わず笑ってしまった。
確かに森口氏のウソをあっさり信じてしまったメディアも稚拙といわれても仕方ない。いきなり臨床応用で心筋細胞の移植って!? 途中の段階をすっ飛ばして、異常に早すぎるという印象だ。仮に私が新聞記者だとしたら、いくら医学の知識がなくとも少なくとも鵜呑みにはしなかっただろう。
ところで『週刊ポスト』は、物理系大学を出た記者でもいると見えて、原発事故関連の記事ではまともなことを書いており(ネット上で記事を読んだだけだが)、自らの科学ジャーナリズムには自信をお持ちなのだろう。しかし以前、小学館101新書『生物多様性のウソ』(武田邦彦著)を好意的に取り上げて(自社本だから当然か)、武田教授のウソにしっかり騙されているようだった。
この本は、私が知る生物系書籍の中でもまったくもって劣悪な内容で、こんなものを評価するレベルでありながら、上から目線で読売新聞や共同通信のことを「拙劣な科学ジャーナリズム」と批判する資格があるのか、甚だ疑問である。残念ながら物理学リテラシーはあっても、生物学リテラシーはスッカラカンだということがモロバレしちゃってる。
武田教授については、まるでピンと来ない人も多いようで、彼らは自らの知識と比較して違和感がないということなのだろうが、大体、白黒がはっきりしている部分に関して間違ったことをいうはずもない。それを曲解すれば専門家として確実にアウト。そうではなくて、放射線の人体に対する影響みたいな白黒はっきりしない微妙な部分を、それが微妙な部分であることを十分に理解した上で、自分にとって都合よく解釈して「不安ビジネス」に結びつけているところが問題なのである。一定レベル以上の科学教育をきちんと受けた人なら、ほぼ間違いなく武田教授の問題点に気づくはすだ。実際、名指しはしなくても遠回しに批判している専門家はいっぱいいる。
例えば今年2月、朝日新聞で統計物理学が専門の大阪大学・菊池誠教授が次のようなことを書かれていた。
低線量被曝の危険性については専門家の中でも見方に幅がある。同じ東大でも児玉龍彦さんと中川恵一さんは違いますが、それは科学の範囲内での議論です。そうした議論と、普通の科学者なら誰も合意しない極端な議論とは分けなくてはいけないのに、ごっちゃにしている人が多い。<br>
困ったことに、科学者の中にも科学から逸脱した極論を唱える人がいる。科学者は、あまりに極端な論に対してはおかしいと言うべきです。ただ、それで納得できるとは限らない。「そんな説を支持する専門家はいない」と言っても、「他の人は全部御用学者。○○さんだけが真実を語っている」といわれてしまう。
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また東京大学大学院で物理学を専攻した異色の作曲家・指揮者として知られる伊東乾氏も日経ビジネスオンラインの連載記事で次のようにも書かれていた。
経済効果ありき、なのか何なのか判りませんが、結論前提で不可解な「データ」を持ち出す「推進」の議論も見れば、これはたちが悪い、と顔をしかめざるをえない「不安を煽り立てて営利誘導する」ビジネスライクな反原発の人物まで。不安ビジネスをあおった上、線量計のCMに自ら登場、という筒井康隆の小説「俗物図鑑」を思わず想起させられるようなケースすら見かけ、言葉がありません。
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ご両人が批判しているのが具体的に誰なのか、聞いてみないとわからないが、私は武田教授のことを指していると理解した。
発言内容を直接検証できない人は、無意識のうちにそれ以外の、例えば出身大学名や現在の肩書き、あるいはテレビでよく見かけるといった付属情報に惑わされて判断してしまいがちである。今回のiPS細胞移植手術誤報もこれとまったく同じで、記者が森口氏の話の内容を真正面から検証できず、単に「東京大学大学院特任研究員」とか「ハーバード大学客員研究員」みたいな一見、キラキラと輝く情報だけ見て判断しちゃったのだろう。
武田教授を平気で使うメディアがいくつもある現状を見れば、まず間違いなく今回のようなことが今後も繰り返されるだろう。日本の科学ジャーナリズムのレベルに期待しても無駄である。
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