| 菅さんへの批判はわかりにくい/2011年6月15日
「震災や復興の対応が不十分」というのは、耳タコができるほどよく聞くけど、では、どういう部分がどういう理由で不十分なのか。具体例を出して説明しないと、ただ「ダメだダメだ」では、専門的知識がなく政治の中まで見通せない国民にはわからない。与野党の政治家が揃ってあれほどボロクソに批判しているということは、確かにそうなのかもしれないが、西岡参議院議長のように「すべてがダメです」では何の説得力もない。鳩山くんの時は、理由もわかりやすかったので、確かに批判されるのも当然だと思ったが、菅さんの場合はイマイチわかりにくい。
批判のひとつにソーラーパネル住宅1000万戸普及計画を海江田経産相にも相談せずG8で発表しちゃった件がよくいわれるけど、テレビのインタビューで経産官僚がニヤけた顔して「あの数字は、確かに私どもが官邸に上げたものなんですが、官邸からこれで発表しても本当に大丈夫かという確認はありませんでした」(記憶頼りなので一字一句正確ではないが)といっていた。つまり「霞ヶ関からはいろいろな数字を上げているけど、それを国の方針として発表するのなら、その前に確認するのが政治の世界の常識ですよ」といいたいようだ。おそらく菅さんは、官僚が上げてくる数字とは可能なものであり、自分が独断で決めれば国の方針として発表してもいいと考えたのだろう。そうだとしても確かに慎重さに欠けるし、鳩山くんの時も同じことがあったわけで、あの批判から何か学んでもいいのではないかとは思うけど、官僚もそういうことをテレビでいうんじゃなくて、本人に直接進言するってできないのかね。
ただ、震災対応のまずさや復興の遅れが、すべて菅さんのせいというのは、ちょっと違うんじゃないか。菅さん以下の流れはスムーズで完璧だが、菅さんがすべての流れを堰き止めている元凶とまでは思えないけどな。マスコミや国民の批判を聞いていると、まるで義援金の配分が遅れているのも菅さんのせいみたいなものもあるけど、それは確実に関係ないだろ。阪神大震災の時の村山くんと比べれば、かなりマシだと私は思うけど、マスコミの批判をそのまま受け入れて「震災復興対策が不十分」と批判している国民は、マスコミの代わりに具体例を出して、その原因がなぜ菅さんにあるといえるのかも含めて説明してほしいものだ。
何日か前の朝日新聞「声」欄で、医師をしている人が、「危機的状況では非常に多くの要素に優先順位をつけて判断しなくてはならない。今回は地震、津波、原発事故と未曾有の事態が起き、このような有事にリアルタイムで行う指導者の判断は、決定的な情報不足の中、臨機応変を求められ、引き起こされたかもしれない最悪の結果が回避できればまずは合格とするべきだ」とし、さらに「例えば救急医療現場を考えよう。救急医はたとえ患者に関する情報が乏しくても、経験や想像力を駆使して臨機応変に最善の治療をする。この行為や経過に、後から逐一細部まで正当性をあげつらって責任を問えば、神ならぬ人間の医師は誰も患者を診られない」という投書をされていて、私の感じていた違和感をそのまま代弁した意見に「その通り!!」といいたくなった。こんなこというと私が菅さんを擁護・支持しているようにとらえる人も確実にいそうで、それも困るんだけど、今回の批判についてはそう感じたね。
あと、もうひとついえるのは、マスコミの政治家批判、特に総理大臣批判とは、半分は正しいかもしれないが、残り半分は作り出されていることにもいい加減気づこう。ソフトバンクの孫さんが、「たまには総理大臣を褒めよう」といったのもまさにその通りで、本当に是々非々で判断しているなら、総理大臣の意見や政策を褒めることがあってもよさそうだが、私の記憶の限りでは時事問題に関心をもつようになった高校生以後、そんなマスコミの意見を見た記憶は一度もない。それほど無能な人ばかりが総理大臣になり続けているのではなく、政治家をネタにして批判していると、とりあえずマスコミの使命を果たしているように見え、存在理由が高まることに加えて、国家主義に荷担した戦時中のマスコミを想起して褒めにくいということもあるのだろう。だから、たとえ「名采配」だろうと、何やかんやと理由をつけて批判をすることが繰り返されているわけだ。
批判するのは大切なことだが、何をしても批判する「批判のための批判」では、かえって国民の利益を損ねるとはいえないか。菅さんがこれに該当するとはいわないが、今の状況にも違和感を覚える。正しい判断をしたら評価するべきだし、マスコミの論調とは違う意見をいって周囲から浮くのを恐れて、とりあえずマスコミの意見に合わせておこうみたいなノリの人って結構多いような気がする。
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