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チリ大地震・津波避難勧告と新型インフルエンザ/2010年3月6日

 チリ大地震による津波が日本の太平洋岸にも到来するということで、沿岸各地の自治体から避難勧告が出されたが、結果的には被害が出るほどの津波は来なかったようだ。気象庁は過大評価だったと謝罪。これを受けて、早速、週刊新潮は「大袈裟すぎた津波警報狂騒曲」なる記事を掲載していた。週刊新潮は、相変わらずバカのひとつ覚えのように「狂騒曲」が好きだねぇ〜。

 新型インフルエンザもそうなのだが、なぜか知らないが、人命に関わることでも騒ぎ過ぎることが大問題とでもいわんばかりのマスコミの論調もどうかと思うね。何も被害がなくて、結果的には過大評価だったとしても、それが一体どうしたっていうのか。過小評価して人的被害が出るよりか、はるかにマシだろう。

  「正しく評価すればよかったのに、それをしなかった」とでもいいたいようだが、津波のようにさまざまな条件によって結果が変わる自然現象を正確に予測するのは難しい。それは、生態系や人体のような「複雑系」(知らない人は検索してね)でも同じことがいえるが、そういう対象であることを理解していれば、「今回の避難勧告を騒ぎ過ぎ」と批判はできない(もしくは慎重になる)はずなのだ。

 津波の被害が及ばない(自分の命に関わらない)地域に住んでいる人物による「他人事記事」だから、涼しい顔をして批判できるんだろう。おそらく、逆に過小評価により被害が出たら、週刊新潮は、確実に「気象庁の過小評価が生んだ人災」という記事を出すよ、きっと(笑)。実は、何も理解していない文系マスコミによる「あと出しジャンケン」的な記事ってことに、みんなも気づこうね。

 そういえば今日、新聞を読んでいて、偶然、ロシアでも週刊新潮レベルの大臣がいることが判明した。ロシア緊急事態省ショイグ大臣は、「天気予報をはずしたら責任をとる必要がある」といったそうな。それに対して気象庁のビリファンド長官は「絶対的に正確な予報など100万年後でもないだろう」と反論したという。これは、完全にビリファンド長官が正しい。ショイグ大臣には、残念ながら科学の素養がないだけのことだ。

 確かに過大評価が続いて「オオカミ少年状態」になってはマズいが、あまり騒ぎ過ぎと批判していると、次回の津波が懸念される時に気象庁や各自治体が避難勧告発令に際して萎縮しないかと私なんかは懸念する。

 ところで話は変わるが、新型インフルエンザは、感染者が少しずつ減少しており、あるいは流行のピークは過ぎたのかもしれない。重症化して死者も出たが、パンデミックといわれるほどの事態にはならなかった。

 新型インフルエンザ対応を「騒ぎ過ぎ」と批判していたマスコミは、「ほーら、やっぱり」と鼻高々なのだろうが、でもそれは結果論に過ぎない。専門家でもわからなかった結果を予測していたわけでもなんでもなくて、文系記者が抱いた「個人的印象」が、結果的には、たまたま当たったということでしかない。

 特に国内にまだ感染者が見つかっていない段階では、どの程度の感染力があるのか、日本の厚労省はもちろんWHOも把握していなかった。その状況では最悪パンデミックも懸念されたことも考えれば、厚労省が慎重な対応になるのは当たり前の話。発生当初は騒ぎ過ぎでもなんでもないし、そもそも人命に関わる話なのだから「騒ぎ過ぎ」ということはない。人命に関わるわけでもない芸能人が覚醒剤使用で逮捕されたって話を連日取り上げる方が、よほどの騒ぎ過ぎである。

 「季節性インフルエンザでも、毎年同じくらいの死者が出ているのだから、新型インフルエンザを殊更に騒ぐ必要はない」とネット上でよくいわれていたが、数の問題なのであれば、ほとんどの問題が騒がなくていいことになる。以前、一部の暖房器具による一酸化炭素中毒で死者が何人も出たことが問題になったが、これも季節性インフルエンザの死者よりも少ないのだから騒がなくてよかったのだろうか。最近、アメリカなどでプリウスの異常急加速が指摘されているトヨタの問題なんて、死者すら出てないのだから、同じ論理でいけばこれも騒ぎ過ぎってことにならないか。もちろん、私はそうは思わないけどね。騒ぐことで死者が一人でも少なくなるのであれば、ぜひ騒いでいただきたい。

 たまたま同じ「インフルエンザ」どうしだったから、余計に両者を並べて比較されただけの話で、もしまったく別の名前の病原体だったら反応は違っていたのかもしれない。それを考えると、結構笑える意見だってことに気づくだろ。そんなもんだよ、世間一般の意見なんて。




 
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