| 「売れる売れない」を考える/2009年9月14日
もう随分前から出版不況といわれ、「本が売れない」という声を聞く機会は増えている。これだけネットが発達し、便利になったことを考えれば当たり前の結果であり、何ひとつ不思議なことではない。出版業界の業績がV字回復するなんてことを夢見ている人は、業界の中で誰ひとりいないだろう。ただ、この危機感は、その人を取り巻く環境にもよるから業績が悪い環境にある人の危機感は強いだろうし、業績がさほど悪くない環境にある人の危機感は弱いといえるかもしれない。
出版業界に長くいると、いろいろな意見を聞く機会があるのだが。以前から、こうした意見を聞いていて、しばしば感じることがあるので、今回はそれを書いてみたい。
多くの編集者は、過去の経験を元にして勝手に「売れる方程式」「売れない方程式」のようなものを頭の中に作り上げ、その方程式に当てはめて「売れる売れない」の判断をしている人が意外に多いと私は感じている。その方程式が確かに正しい場合もあるだろうが、その方程式が生まれてきた経緯を少し冷静に考え直してみた方がいい場合もあるかもしれない。
例えば、文芸専門でやってきた出版社が、初めて料理本を出したとしよう。料理本を何冊か出してみたが一向に売れない。そこで編集者は考える。「やはり、うちのような文芸専門出版社が、料理の本を出しても注目されないのだろう」と。確かにそういう面はあるかもしれないが、売れない理由は、ほとんどの場合は複合要因であり、その主因を突きとめることは難しい。売れなかったのは、文芸専門出版社だからではなく、読者の購買意欲をそそるレシピがなかったのが主因かもしれないし、他書と比べてデザインや写真に魅力がなかったのが主因かもしれない。マーケッティング調査でもすれば話は別だが、それを行っても本当の原因がわかるとは限らない。だから、いろいろ推測するしかないわけだが、1000例の結果を元に推測しているのならまだしも、極めて少ないサンプルから推測しているに過ぎない。しかも、そのサンプルはさまざまな要素が複雑に絡み合っている出版物である。つまり、いくら経験が豊富でも、もともと統計学的に無理がある判断であり、信用性に劣る判断になりがちだ。もちろん、ある程度の推測をしないと次に生かせないし、豊富な経験を元に的確な原因を突きとめられる場合もあるだろうが、そういう判断の性質上、「方程式」を一度作ってしまうと、間違った判断を繰り返す可能性がどうしても生じることを頭の片隅に常に持ち続けて、そうならないように注意するべきだろう。
これは出版業界に限った話ではなく、多くの業界にも当てはまる。かつてアイスクリームは、夏しか売れないというのが常識だった。業界では、これが「方程式」だったわけだ。だからセブンイレブンが冬でも販売を始めたとき、否定的な見方が極めて多かったそうだ。ところが結果はどうだろうか。今では多くのコンビニやスーパーで一年を通じて販売されている。つまり冬でも需要があったにもかかわらず、勝手に作り上げた「間違った方程式」にとらわれて、せっかくの「冬でもアイスクリームを食べたい」という消費者の需要を見落としていたことになる。
大切なのは、自分が無意識のうちに不明瞭・不確実な根拠を元にして作り上げた「方程式」に惑わされず、需要をしっかりと読み取ることだろう。出版業界では、ある程度のものを作れば、そこそこ売れた時期が長かった。そのため出版関係者は、みんな揃って「読者の需要を真剣に考えている」と一応は口にするのだが、実は何も考えていないことが多く、しかも近視眼的視点に陥っており、「もう工夫の余地はない」という負の感情に支配されすぎている。
長年のそういう体質から市場で競合する既刊類書の特徴すらろくに調べもせず、さらにいえば対ネット戦略もなくして似たような本を出すことが平気で続けられてきた。しかし、現在はますます出版物全体に対する需要が減っている状況下にあることはいうまでもなく、特徴がない魅力がない本を出しても売れるわけがない。
「売れない売れない」と愚痴ばかりいいたくなる気持ちもよくわかるが、いくら言い続けても実に非建設的で無意味。不安なら、それを解消すべく売れる本を作る努力、それを売る努力をするしかなく、努力をしたくないのなら静かに会社が行き詰まる時を待つしかない。どちらかを選ぶしか方法はなく、努力はしたくないが、本はどんどん売れてほしいなんていうのは、あまりに図々しい。
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