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平頂山事件日本政府謝罪要求について/2009年5月8日

 昭和7年(1932年)に中国遼寧省の平頂山村で、旧日本軍が村人を銃殺したとされる平頂山事件について、昨日の朝日新聞夕刊に次のような小さな記事が載っていた。生き残った村人3人は、平成8年(1996年)に損害賠償を求めて東京地裁に提訴し、最高裁まで争ったが敗訴した。そこで今回は、賠償を求めず、日本政府に対して公式な謝罪、犠牲者供養碑の建立、事実を究明し後世に伝えることを要求することにして、中国で面会した民主党議員に協力を依頼し、約束を取り付けたそうだ。

 この記事を読んで、協力を約束した民主党議員に拍手を送る人もいると思うが、私は正直、違和感を感じた。確かに大戦中の旧日本軍のさまざまな問題点について、それが事実であれば謝罪と反省をするのは、あるいは正しいことなのかもしれない。だが日本のマスコミもそうだが、その視点が、いつも決まって日本以外の国に寄っているのは、一体なんなんだろうって思う。
 大戦中、日本が悪行の限りを尽くし、日本人に被害は一切なく、酷い目に遭ったのはすべてアジアの人々というのであれば、日本は一方的に反省し謝罪し続けるのは当然かもしれない。だが、現実はそうではない。
 ほとんどの人は、過去に一般市民を虐殺したのは、旧日本軍だけだと勝手に思い込んでるだろうが、それは間違いである。以前、私は本項で、終戦前後にソ満国境を越えて進軍してきたソ連軍が、日本人開拓団の村々で行った行為について書いたが、もっと酷い虐殺事件もある。みなさんは尼港事件や通州事件をご存じだろうか。これは、共産パルチザンや中国軍が、日本人居留民集落を襲って多数の日本人を殺害した事件のことだ。これらを見れば、酷いことをしたのは、「どっちもどっち」ということがわかる。
 また、アメリカ軍による原爆や日本の都市爆撃は、非戦闘員である一般市民の大量虐殺以外の何ものでもないはずである。

 南京事件もそうだが、旧日本軍による虐殺事件に対して国として反省や謝罪をするのが当然というのであれば、同様に日本人が被害を受けた虐殺行為についても、それを行った国に対して反省と謝罪を要求するのがスジというものである。今回、彼らに約束した民主党議員は、平頂山事件と同様に尼港事件や通州事件に対して中国政府の公式な謝罪と事実を究明し後世へ伝えることを要求すべきである。日本政府に対しては声高に批判できるが、中国政府に対して要求するのは、なんとなく気後れするなんて、まさか思ってないよな。次の内閣を担うつもりになっているみなさんが、まさか中国政府の高圧的な反論にタジタジになるわけないよね。そもそも中国の国会議員ではなく、日本の国会議員なんだろう。であれば、なおさら被害を受けた日本人のために行動していただきたい。本当に正義のためというのなら、ぜひ日本人が被害を受けた外国政府にも同様の要求をして自分が正義と公平であることを証明していただきたいものだ。

 日本では、左派の多いマスコミの論調に洗脳され、左派イデオロギーが真実であると思い込んでいる人もいっぱいいる。一見、いかにも国という枠を越えた公平で正義の言動のように見えるが、私は相手国の主張に沿って自国に都合の悪いことでも積極的に報道する自分に、ジャーナリストとして公平な姿を見い出して勝手に悦に入ってるようにしか思えない。真実を追究するというよりも、自国の粗探しをしているようにさえ思えてくる。それは、南京事件がやたら有名なのに対して、尼港事件や通州事件がほとんど知られていないのを見れば、一目瞭然だろう。自国の政府に追従しすぎるのも気持ち悪いが、今の日本のマスコミもちょっと異常だよ。もちろん極左マスコミなんて論外だね。私にいわせれば、論理回路が破綻しているビョーキの持ち主である。




 
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