| 犬と飼い主の奇跡の再会ニュースに見る世間の反応と歪んだ動物観/2009年4月12日
オーストラリア北東沖で、ヨットからあやまって転落し行方不明になっていた犬が、4ヶ月ぶりに飼い主と奇跡の再会を果たしたというニュースと、それに対するネットユーザーの反応を、あるサイトで読んだ。犬はなんとか離島にたどり着き、そこにいた野生の子ヤギを餌にして飢えをしのいだという。その後、犬は保護されて飼い主との再会を果たすと、狂喜して跳び回ったそうだ。当然のことだが、その反応には「感動した」というコメントが多かった。
以前にも私は本サイトの日記で、映画にもなった『南極物語』の話を書いた。あれも今回のニュースと同じく、犬と飼い主が感動の再会を果たす話だが、タロとジロが餓死していなかったということは、つまりペンギンなど、何らかの動物を捕獲して食べていたということである。犬としては生きるためにほかの動物を捕獲するのは当然といえるが、感動話としては微妙である。もし映画でタロとジロが、獰猛にペンギンに襲いかかり、雪面に血が飛び散り、血肉をむさぼり喰う場面があったら、観客はみんな引いてしまうだろう。だからそんな部分は一切カットして、1年ぶりに再会を果たした犬が、飼い主である南極隊員に駆け寄るみたいな、美しい感動場面だけで映画は作られているわけだ。でも実際には、犬が南極の野生動物を襲うことは確実に起きていたし、しかもそれは一度や二度ではなかったはずである。そこの想像力が欠落したまま、表面的な「感動ストーリー」に、映画会社の思惑通りにそのまま感動してどうするって私なんかは思ってしまう。確かにタロとジロが凍死体で発見されたっていう結末よりかはよかったかもしれないが、でも本当のことをいうとどっちもどっち。犬をとるか、ペンギンをとるかって話なのだ。少なくとも諸手を挙げて「犬が生きててよかった。バンザイ」と感動するような話とは思えない。それに感動している人も、おそらくその一方で、ヨチヨチ歩きのペンギンを見て「かわいい〜」なんていってるはずである。もう一度いうが、そのかわいらしいペンギンに犬が襲いかかって、血が飛び散っている光景を想像してみよう。な、やはり「微妙」だろ。
今回のニュースでも、同じだ。つぶらな瞳をした子ヤギを見たら、やはりみんな「かわいい〜」っていうんだろう。でも、そんな愛らしい子ヤギを犬は喰ってたわけだ。もちろん犬にしてみれば生きるために当然の行動といえるし、犬が悪いなんてこともいえない。でも、そこんところをスルーして、見かけ上の部分だけで、このニュースに感動している人たちのあまりに一面的な姿勢に呆れたってわけ。おそらく、今の日本ではほとんどの人はこんな感じだろう。日本人の動物観って、こんなもんだよ。
だが、もし天国から子ヤギが、自分を喰っちゃった飼い犬が無事に戻ったことを喜ぶ買い主と、そのニュースに感動する人の様子を見ていたら「えぇーっ。ボクの立場はどうなるの?」って思うはずだ。これを人間に当てはめれば、もっとわかりやすい。船が難破し長期間漂流した挙げ句、食料がなくなり、やむを得ずなかまを殺して喰っちゃた人が、無事に救助され家族と涙の再会を果たしたニュースを見て「感動した」っていうのは、違うだろうってこと。厳密にいうと人間どうしの場合と犬対ほかの動物の場合は同列で比較できないが(人間の場合は法的・道義的に問題があるのに対して、犬の場合は本能に従ってるだけだから)、それでもペンギンや子ヤギのことは完全に無視して、犬のことしか見えていない人の盲目ぶりもどうかと思う。
でも、これって実は、欧米の反捕鯨国に見られる「クジラのような賢い動物を食べるなんて、日本人はおかしい」というのと似たり寄ったりなのだ。自分たちが愛着を覚える特定の動物だけを特別視するという意味では、どちらも共通しているってこと。日本人にとってクジラは、もともと「食べる動物」だから、欧米人のような愛着がない。だから、そんな反捕鯨国の強硬な態度に反発する意見の方が多いわけだが、でも、その一方で日本では、欧米人がクジラだけを特別視しているのと同じように犬を特別視している人が多い(犬は欧米人も特別視してるけどね)。欧米人の動物観もバランスを欠いているが、日本人のそれも似たようなレベルだってことがよくわかる。欧米の環境保護団体のヒステリックな反応に呆れている人も多いと思うけど、犬猫に対してだけはなぜか異常な突出した反応をする一部の日本人も同じようなもんだよ。
自分が飼っている犬に愛着を覚えるのは当然かもしれない。だが、愛犬に対する思いをすべての犬に重ね合わせて、ほかの動物との関係を判断するのは明らかに間違っている。それをしていたら矛盾だらけになって、解決できる問題も解決できなくなってしまう。ノラネコが希少動物を食べるので、ネコを捕獲しようとすると「殺さないで」と動物愛護団体が声を上げるが、そのまま何も対策をしなければ、ネコは希少動物を「殺し」続けるのである。ネコを処分することがいいことだとは思わない。だが、世の中すべて円満解決なんてあり得ない。捕獲したネコを行政が終身飼育できるわけもなく、かといってそのままにしていたら希少動物が絶滅する。動物愛護団体なんてのは、大抵が表面的・感情的にしか物事を判断できない連中ばかりで大いに困ったものなのだが、「殺さないで」というのなら自分たちが資金を集めてネコを飼育できる施設を作って、そこで受け入れるしかない。希少動物のことはほったらかしにして、ネコだけにはなぜか愛護心を発揮。対案も出さなきゃ金も出さない、でも口だけは出すってのが、彼らの実態。これも特定の動物だけを特別視する典型的な例だが、延々とそんなことしていても何の解決にもならないんだよ。
ところで『南極物語』では、肝心の部分が脚色されていることをご存じだろうか。1年ぶりに再会した南極隊員と残された2匹の犬。映画では、タロとジロが隊員に駆け寄り、隊員は2匹をしっかりと抱きしめる…。まさに感動のクライマックスってわけだが、現実はそうではなかったのだ。隊員が2匹を見つけて近寄ろうとすると、タロとジロは警戒して後ずさりしたという。飼い主をすでに忘れていたのか、、それとも自分たちを見捨てたことで不信感をもっていたのか、それは犬に聞かないとわからないが、これが現実だったのだ。でも、映画を見た人、中でも愛犬家は、そんな現実なんか知りもせずに、原作者と映画会社が脚色したシーンを見て「犬って、やっぱり飼い主との絆を大事にするすばらしい動物なんだ〜」と大いに感動して、涙を流したのだろう。なんともおめでたい人たちである。まあ、満足されたんなら、それでいいんじゃないのって思うけどさ。
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