Nature
防犯カメラの必要性について/2006年4月15日

 以前から防犯カメラについてはいろいろな意見があったが、ここ数日の間に朝日新聞の「声」欄に相反するふたつの意見が相次いで掲載された。「防犯カメラが市民生活を守る」という意見に対して、今日掲載された意見は、「彼女との恋心が急に燃え上がり路上でチュッすることもあれば、体調を崩して粗相をしてしまうこともあり、そんな姿は誰にも見られたくないはずだ。犯罪の防止は防犯カメラに頼るよりも地域の人の目に委ねるのが望ましい」というものであった。

 確かに他人に見られたくないことは誰にでもある。防犯カメラの管理がどのような形で行われ誰が見ているのか、不明な部分もなくはない。だが、私は防犯カメラは必要不可欠と考えるし、これからもっと増やすべきだと思う。もちろん防犯カメラだけに頼るのではなく、それ以外の犯罪防止手段も充分講じること、次に防犯カメラの運用は、きちんと管理をするという前提でのことだが。

 そもそも地域の人の目によって犯罪が防止できるくらいなら誰も苦労はしない。しかも人間の記憶というのは時に非常に曖昧で、防犯カメラのようにあとから自分が見た映像を再生して他者に見せることができるわけでもない。カメラに写った映像というのは、極めて客観的で、人間の記憶のように主観や時間に左右されることもない。先日の高層アパートから男児を投げ落とした殺人事件が、防犯カメラによって一気に解決したことを見れば、その価値は極めて大きい。未だ解決していない栃木の女児殺害事件でも、連れ去る現場、あるいはその近くに防犯カメラがあり、犯行時刻に不審な車が撮影されていれば、警察の捜査対象は相当絞り込むことができ、ひいては検挙に結びついたかもしれない。早期の犯人検挙は同時に犯罪抑止にも大きな意味がある。犯人を検挙できなれば、模倣犯が生まれる可能性だってある。また人間の目というのが、24時間365日、防犯のために機能しないのはいうまでもない。深夜誰もいない場所で、どうやって地域の人の目によって防犯するというのだろうか。

 何か新しいことをしようという時、必ず反対する人がでてくる。それは、どんな手段にも必ず長短があるからで、反対する人はその「短」の部分に重点を置いているわけだ。しかし、その長短を比較してどちらがより重要かという判断をしようとしない人も実は極めて多いのである。何事にも必ず長短はあるのだから、どちらをとるかという判断をする時は、より重要な方をとるしかない。もちろん世の中には「長短」のどちらがより重要かという判断が微妙なこともたくさんある。しかし、この場合は彼女とのキスを見られたくないということと、何か犯罪が発生した時に犯人逮捕に重要な情報を得られるのと、どちらが重要なのかいうまでもない。プライバシー、プライバシーというが、部屋の中までも監視されるわけじゃあるまいし、あくまで防犯カメラが設置されるのは公共の場のはずだ。彼女とキスをしたけりゃ家の中ですればいいだけの話しだ。体調が悪く粗相をしたとしてもカメラがなくても公共の場なら多かれ少なかれ誰かに見られてしまう可能性が高いのだから同じことだ。そもそも防犯カメラをプライバシーの観点から反対するという人は、自分や家族が犯罪被害者になった時のことについて想像力がなさすぎる。もし自分の家族が許されざる犯罪に遭ったときでも、やはり防犯カメラを反対するのだろうか。防犯カメラがあれば、犯人につながる手がかりが得られたとしても、やはり防犯カメラはない方がいいと断言できるのだろうか。それを考えれば、単に想像力が足らないだけなのは明らかじゃないか。

 また防犯カメラといっても、いろいろな方法がある。コンビニなどの店舗に設置してある防犯カメラは、万引きに目を光らせる必要から常に店内の様子を監視しているはずだが、すべての防犯カメラが同じような方式にすることはできないし、またその必要もない。例えば自動録画をするだけの、何らかのモニターに常時接続されていない防犯カメラというのがあってもいいのではないか。つまりリアルタイムで誰かが監視しているわけではなく、自動的に録画だけをする防犯カメラである。何か犯罪が起こった時だけ警察や行政などのきちんとした立場の管理者によって録画画像を解析できるようにしておき、それ以外の時は10日とか1ケ月とかの一定の期間が過ぎれば画像は順次分単位で自動的に消去され更新されていくという方式。これなら常に誰かに見られているという不安もなかろう。すべての防犯カメラをこの方式に変える必要もないが、こんな方式の防犯カメラの方がいい場所だってあろう。防犯カメラの設置が誰の目で見てもわかるようになっていれば、100パーセントではないにしても必ず犯罪抑止に効果が生まれるはずである。ゆえに防犯カメラは今後もっと増やすべきなのだ。このような防犯効果が期待できることに税金が使われるのなら、私は喜んで金を払う。




 
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