| 私は小泉さんを支持する/2005年6月8日
*郵政改革について
小泉さんが郵政改革にこだわり過ぎているとか、いろいろな批判があるが、私は断固改革をすべきだと思っている。いかに反対派が口角泡を飛ばして小泉さんを批判しようとも、反対している連中が国民の方を向いておらず全国の特定郵便局長の方を向いているのは明らか。
今、改革を急ぐ必要性はまったくないとか、小泉さんの昔からの信念に過ぎないとか、はたまた民営化すればサービスが低下するとかいうが、改革の最大の目的は、民営化すれば特殊法人の資金源である郵貯からの金の流れをくい止めることができるからだ。
小泉さんは、無駄な金の流れを断ち切るために郵政改革を主張している。ところが、反対している連中というのは、無駄な金の流れが今後も続くことは無視して自分の票のために反対している。どちらが本当に国民の方を向いているか、いうまでもない。綿貫も荒井も見苦しいぞ。
*靖国神社の参拝について
この問題についても、私は小泉さんに断固参拝を続けて頂きたいと思う。中国政府が国民の被害者感情なんかに深く考慮して参拝中止を求めているわけがない。反日運動も半ば官製という声もあるが、たぶんそれは事実だろう。尖閣諸島もあわよくば自国のものにしようと機会をうかがい、他国の領海に平気で原子力潜水艦を進入させるような国ではないか。その根底には、機会があれば他国のものをかすめとってやろうと目をギラギラさせている本心しか見えてこない。そんな国が国民の感情なんかに優しさでもって気をつかっているわけがないのである。靖国問題は中国にとって最も都合のいい政治カードとして利用しているに過ぎない。
仮に今回、中国に配慮して参拝を中止したからといって、それで終わるわけがない。中国は東アジアにおける地位を意識しているのである。そのためには、口では友好というかもしれないが、本心は日本を叩きたいと思っている。だから、仮に靖国問題に譲歩したとしても、日本を揺さぶることができる新たなカードを見つけだすのは明白である。中国政府のこざかしいゆすりに、慌てて「申し訳ございません。すぐさま失礼のないように対処します」などと、こびへつらう必要性は一切ない。
ただ、この問題で中国政府と一般の国民とは区別しなければならない。中国政府の対応がけしからんと、一般の中国人に怒りを向けるのはスジ違いも甚だしい。そんなことをすれば、反日運動で日本食レストランにペットボトルや石を投げた連中と同じレベルになってしまう。日本の国民は民度が高いのだから、そのような恥ずかしいことはするべきではない。
ところで小泉さんは、もっと楽な道の選択もできたはずだ。だが、郵政改革にしろ何にしろ楽な道を選ばなかった。むしろイバラの道をすすんで選んでいる。私はそういう人こそ、本物の志を持った人だと思う。自分の利益を優先したり、まわりの声に流される方が、楽なのはいうまでもない。だが、それでも敢えてイバラの道を選ぶ。そういう人こそが国のトップにふさわしい人物である。
旧・ソ連のゴルバチョフ書記長も同じだ。政治家としての評価はいろいろあるだろうが、彼も歴代の書記長と同じように権力の座にぬくぬくと座り続けることもできたはずだ。だが、彼はそれをしなかった。敢えて厳しい改革の道を選択した。私は楽な道を選ばず、困難な道を選ぶ人を高く評価する。
政治家を見るとき、そういうところにも視点を向けなきゃね。自分たちが政権を取りたいがために反対のための反対を繰り返している民主党。「たとえ与野党どうしでも、いいと思うことはいいといいましょうよ」という小泉さんの意見の方がはるかに理にかなっている。国民のため正しいことであれば、たとえ与党の主張でも、それを積極的に受け入れるのがスジというもの。だが、反対しかしない民主党に、その意識があるとは私には思えない。民主党が国民のことを考えていないとは思わないが、それよりも党としてのメンツや政権をとることの方を優先しているようにしか見えない。
マスコミもバカのひとつ覚えのように、小泉さんは中国や韓国への説明責任を果たしていないというが、それぞれの首脳との対談ではかなりの時間をそれに費やして、靖国参拝が不戦の誓いであることを説明しているではないか。その事実には、なぜか目をつむり、「説明が足りない」と繰り返しいうのは、否定のための否定でしかない。このような論理と乖離したマスコミの主張は、程度が知れる。
私は中国の首脳も韓国の首脳も小泉さんのいわんとすることに理解はできたはずだと思う。おそらく個人的には、小泉さんのいうこともわかる、と思っているかもしれないが、国民に向けて小泉さんの姿勢を理解したとでもいえば「日本に迎合している」と批判されるのは明白だから、敢えて理解できないことにしているに過ぎない。だからいくら説明しても無駄。結果は同じである。
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