これまで聞いた話や読んだ話の中から、特に不思議に感じる話、怖い話を選び出してみた。


山
譚
Nature
岳
奇
私が体験した話
<<前のページ | 次のページ>>
大雪山に残された謎の「SOS」


 この話は一時は「謎」とされ、その後解決した山岳遭難事故の話だが、私が知る事例の中でも特異なケースなので、ご存じない人のためにご紹介しておこう。
 1989年7月24日、北海道の大雪山で行方不明になった東京都の男性登山者捜索のため出動していた北海道警のヘリが、偶然、道も通じていない旭岳南方の湿地に倒木で組まれた「SOS」の文字を発見する。捜索していた登山者は夕方、無事発見されヘリに収容されたが、翌日、道警は確認のため再度ヘリを現場に派遣した。くだんの湿地を探索したところ、この木文字は一辺5メートル四方もあり、しかも、その近くから人骨や小型テープレコーダーが入ったザックが見つかった。おそらく大雪山の縦走路から道を間違って下って来た登山者が戻ることも進むこともできなくなり、ヘリに発見してもらうために木で文字を作ったが、発見されないままここで息絶えたものと想像された。
 遺留品の中に身元を示すものはなかったが、テープレコーダーには「SOS助けてくれ」などと叫ぶ若い男性の声が録音されており、5年前に大雪山で行方不明になっていた愛知県の男性(当時25才)と予想された。ところが現場に残された遺骨は女性のものとする鑑定結果が出たために事態は混迷する。大雪山における女性の捜索願いは出ていなかったのだ。身元が予想された男性の遺留品はあるが遺骨はなく、身元不明の女性には遺骨はあるが遺留品はないということで謎の遭難とされたのだ。しかも死後の可能性があるものの、遺骨には動物の歯形が残り食べられたらしいということも人々を戦慄させた。
 のちに再度、付近の探索が行われた結果、免許証などの遺留品も見つかり、遭難者は当初予想された愛知県の男性と断定された。また遺骨を女性のものとした医大の判断が実は鑑定ミスとわかり、一件落着となる。
 大雪山の縦走路から道を間違ったとき、なぜ気づかなかったのか。また気づいたあともなぜ縦走路まで戻る努力をしなかったのか、いくつかの疑問は残るが、おそらく「何とか下山できる」と安易に道を失ったまま下る方を選択してしまったのだろう。そして湿地にたどり着いたあとも苦労して縦走路へ戻るよりもヘリに発見してもらうべく、そのまま待つ方を選んでしまったのかもしれない。もちろんケガをして動けなかった可能性もあり得るだろう。そして食料も充分にないために、そのうち動く体力までも失ってしまったものと思われる。道を間違えるというごく単純なミスに、さらなる判断ミスが重なり、それが時には最悪の事態に結びつく。山の怖さを思い知らされる事例である。
 
<<前のページ | 次のページ>>

CONTENTS