2011年7月28日(木)
秦野に戻った
 27日の午前2時前、5週間ぶりに自宅に戻った。今月上旬に取材が完了予定と書いておきながら、こんなにのびた理由はいろいろ。前回の日記に書いた神戸に向かう途中、ちょっとした車の故障が発生し、このままでは取材にも支障が出るので、神戸での打ち合わせを終え、2日間取材しただけで広島の実家へ。広島で車の修理に出し、ほかにも仕事上の用ができたりして1週間滞在したあと取材に復帰した。2週間の取材で関西各地を巡ったあとも距離が近い実家で、しばらくデスクワークを進めて、それもひと段落ついたので、ようやく秦野に帰ったというわけ。

 取材は、梅雨が早く上がったこともあって天気にも恵まれ、本格復帰した以降は順調にこなす。それにしても関西地方の取材は、久しぶりで、しかもこれほどあちこちまわったのは初めてだったが、関西もなかなかおもしろかった!! 相変わらず悪路では神経をすり減らしたし、ほかの地方ではあまりお目にかかれない車一台分の幅員しかない、ものすごく狭い府道や県道を通行する際は対向車が来なければいいが…とヒヤヒヤしたり。加えて、京都大学の研究林にもなっている芦生の森を歩いた際にはいつの間にかヒルに血を吸われて、気づいたときには、靴下に吸い口から出血した血の塊ができていたこともあったけど、いろいろと充実した2週間だった。でも毎日、朝の5時に起床し、一日中ほとんど休憩もなく取材に奔走するハードな日々で、夜は爆睡したにも関わらず、それでも翌日の昼間は眠気に襲われる日々が続いた。

 とはいえ悪路を繰り返し走ったにも関わらず、車は無傷(道路にはみ出た小枝で車体をこすったキズは無数にあるが)。オレ様の運転技術をもってすれば、こんなの余裕…と虚勢を張りたいところだが、ハラハラドキドキの連続だったのも間違いなくて、行く時は車の幅ギリギリの橋を「勢い」で通過してみたものの、帰る時に改めて「本当にギリギリ」ということを認識しちゃって、しかも手前側が大きくカーブしている上に、その橋というのは、石と砂で作られている、なんだか危なっかしい造りという最悪の状況に「橋を渡るのやめときゃよかったなー」と後悔したが、後の祭り。とにかく仕方ないので、何度も車を降りてタイヤと橋の縁の距離を確認しながら、なんとか通過。こんな未舗装悪路を走ってばかりいては、へたすりゃ脱輪どころじゃなくて、谷に転落という可能性もゼロではないだけに無事に済んで、とにかく安堵している。

 こんなに長期間、更新がなくて、今度こそ本当に山で死んだに違いないと思った人。ハーイ、手を挙げて〜。みんな残念でした〜(笑)。


2011年6月19日(日)
取材へ
 梅雨時のスッキリしない天気だが、明日夜に出て、しばらく取材にかかりっきりになりそう。とりあえず火曜日は、仕事の打ち合わせのため神戸へ。高速道路で通過する以外では、かれこれ15年ぶりなので、楽しみだ。そのあとは取材三昧の予定だが、なんとか梅雨の合間を縫って取材を完了したい。雨続きだと、天気待ちのために一時帰宅する可能性もあるが、関西圏からだと広島の実家に帰る方が断然近いし、取材にはメール送受信用のノートPCしか持参しないので、しばらく更新はできそうもない。本サイトを無駄にチェックして頂くのも申し訳ないので、お伝えしておく。取材完了となるのは来月上旬の予定。

2011年6月16日(木)
一読をお勧めしたい
 東京大学大学院で物理学を専攻された異色の作曲家・指揮者として知られる伊東乾氏が、日経ビジネスオンラインで連載されている「常識の源流探訪」は、大変優れた記事であり、一読をお勧めしたい。そもそも科学の素養に欠ける記者が書くトンチンカンな記事を読むヒマがあったら、むしろこちらに時間を費やす方がいいと思う。
 例えば、伊東氏は、「正しく怖がる放射能8」で次のように書かれている。


 もう1つ「正しく怖がる」上で最も重要と思うのは 「明らかな誤りを、決して見逃さない」 という姿勢だと思うのです。仮に王様が裸だったら「はだかだ」と言うべきだし、文科大臣ということになってる人がおかしければ、「たわけもの」と指摘しなければなりません。世慣れた大人のすることではないかもしれません。しかし、科学に裏づけられた放射線安全基準を守るには、「王様は裸じゃないか!」と断言できる子供の直裁さ、あるがままの現実を見抜く目が必要不可欠と思います。


 まさにおっしゃる通り。実に正論であって、本来、自分の意見なり、何らかの方向性を決める際には、その方向性に対する根拠が必要なはずだが、世の中は、それほどロジカルに動いているわけではない。電力会社のステークホルダーが、原発擁護に向かうベトクルも、逆に一般市民が感情的に原発反対へ動くベクトルも、実は「正しく怖がる」という視点からは離れてしまっていて、ベクトルの向きが違うだけで元は同じともいえる。

 伊東氏の連載「正しく怖がる放射能9・安全の必要十分条件とは何か」も、放射線の人体への影響を「確定的影響」と「確率的影響」と分けて説明されており、理系の人間にとっては常識的な説明に過ぎないかもしれないが、このあたりのことをわかっていない人も結構多いと思うので、参考になるのではないか。

 日経ビジネスオンラインは、無料登録してログインしないと読めない記事もあるが、原発問題だけでなく、役に立つ記事も多い。


 
2011年6月13日(月)
宇宙人
ワレワレハ、ウチュウジンダ(その1)

 お前は、どう見てもタダの犬だ。


ワレワレハ、ウチュウジンダ(その2)

 あー、オレ、ずっとみんなに黙ってたんだけど、実は宇宙人なんだよね。え? 冗談だろって、そんなことねぇよ。マジだよ。マジ、マジ。ひゃくぱーマジ。肝心なのは、この記事を読んでいる人も確実に全員、宇宙人といえることだけどね。
 どこかの惑星にいるヒューマノイド型の生物が、仮に地球にやってきたとしても「我々は宇宙人だ」とはいわねぇだろ。それって少し視点を変えると、日本人の団体がアメリカへ行き、アメリカ人に向かって「我々は地球人だ」というのとどこが違うんだよ。そんなこといわれたアメリカ人は「はぁ? みなさんが地球人ってことは、いわなくてもわかってますよ。ちなみに我々も地球人なんですけどね」って困惑するだろ。それと同じってことよ。


2011年6月10日(金)
ツバメの巣


 ここ近年、毎年のように玄関わきの外灯の上にツバメが巣を作る。今年もいつの間にか巣を作って、親鳥がエサ運びに忙しそうだ。外から帰って来て玄関のカギを開けようとしていた時、親鳥が戻ってきたが、私に気づき慌てて飛び去る。で、わずかほんの数秒で戻ってきて、まだ私がいるのでまたまた飛び去っていった。数秒でカギ開けて入れるかっつーの!! だが、親鳥が巣にいる時に玄関を開けて巣の下を通っても、なぜか逃げないのだ。警戒する基準が矛盾してないか? とツバメにいっても仕方ないか。
 それにしても巣を作る前に菓子折のひとつ持って挨拶にも来ないし、けしからんツバメどもだ!! な、そう思うだろ。いや、茶菓子ならいいけど、お土産ですって毛虫もらっても困るしな〜。ツバメがいなくなったらなったで、何かあるんじゃないかと怖いし、まあ、元気に巣を作ってヒナが育つのも悪い光景じゃないけどね。でも今、外灯の下は糞だらけ。上の写真の巣のまわりも糞だらけだが、汚いので画像を修正しておいた。
 せっかく、身近に住んでいるのだからオレさまが名前を付けてやろう。そうねぇ。みんな黒いので、右から「イカスミ」「たどん」「忍者」「黒ゴマ」ってとこで、どうでしょう(笑)。

2011年6月1日(水)
アクセスカウンタートラブル
 昨日午前1時頃から午後3時頃にかけて、一部のアクセスカウンターが表示されず、カウントされない障害が発生。ホームページビルダーが動作を停止しちゃったので、一旦終了させたあとに再び立ち上げて、サイト転送した直後に障害が発生したので、私のPC上の問題なのかなぁ…と思いつつレンタルサーバーに問い合わせてみたところ、サーバー上の問題だったとのことで、その後対応して復旧しているという返信が来た。あーよかった。何かめんどうな問題だったらイヤだな〜と思っていたので、その程度の話でよかったぜ。そんなわけで一時、「トラブル発生中」と書いてアクセスカウンターを隠していたのだが、無事解決につき元に戻した。

 
2011年5月26日(木)
最近のニュースで感じたこと
O-111食中毒事件で考えること

 飲食店では、生食用の肉を客に出す前に表面を薄く削る「トリミング」をしなければならない、というのは、今回、報道を通して初めて知ったが、私は同時に本当に現場では完全な方法で実践しているか、疑問に感じたのも事実であった。
 「肉の表面をトリミングする」と言うのは簡単だが、仮に表面に病原性大腸菌のような食中毒原因菌が付着していたとしたら、まな板の上で肉をトリミングするだけでは、問題があると感じたからだ。立方体状にカットされた肉塊の一面をカットしたあと、肉を90度回転させて、隣り合う面をカット。さらに回転させて…という繰り返しでは、どうしても食中毒原因菌が付着しているかもしれない面とトリミングしたばかりの面を交互に、同じまな板の上に置かざるを得ず、トリミングしたばかりの面にまな板を介して再び食中毒原因菌が付着してしまう可能性があるからだ。
 つまり、肉の全面にべったりと墨汁を塗りまくった上で、その墨汁が付かないようにすべての面をトリミングしなければならない作業に喩えるとわかりやすいかもしれない。仮に手に持ってトリミングしても、必ず墨汁が付いた面を持たざるを得ないわけだから、どうしてもトリミングしたばかりの「きれいな部分」も、墨汁が付いた手で触らざるを得ないことになる。

 そんなことを考えていたら、あるサイトの記事で衛生管理の専門家が、「多面体の肉をトリミングする際は、面ごとに包丁もまた板も手袋もすべて新しいものに換えなくてはならない、それが無理ならひとつの面をトリミングし終わるたびに、調理器具をすべて消毒洗浄しないといけない」と語っていて、「やはり専門家もそう考えるのか」と納得した。
 つまり、肉を衛生的に生食するというのは、それほど手間がかかる話であり、そんな手間がかかるユッケが安価な値段で提供されていること自体、疑問に思わなければならないということだろう。さらにいえば、これほど手間がかかることを厳格に守っている飲食店が本当にあるのだろうか、とも感じた。ほとんどの飲食店は、「トリミングしてます」といって安全性を強調したがるだろうし、不十分な方法でもトリミングをすれば、しないよりかは食中毒リスクが多少なりとも低下するのは間違いないだろうが、本当は「どのような方法でトリミングを実践しているか」という点も重要なのだ。

 ついでに一般の人に多くみられる勘違いをもうひとつ指摘しておきたい。食中毒事件が起こった時、「どうして調理人は、調理時に食材の匂いに異変を感じなかったのか」と疑問に思う人も多いのではないか。同じような視点から少し古くなった食材の匂いを嗅いでみて、変な匂いがしなかったらOKと判断する人は意外に多いと思われる。この判断方法自体は腐敗したものを避けるという意味では間違いではないのだが、食中毒原因菌が付着していても匂いに異変が生じるわけではないので、匂いに異変がないからといって食中毒の危険性がなくなったわけではない。そこを勘違いしてはいけない。腐敗菌は、食品の成分(有機物)を分解して、さまざまな別の成分に変える。それが酸っぱい味や悪臭の元になって、腐敗菌が繁殖している(=腐っている)ことを判断できるわけだが、食中毒原因菌は菌自体が毒素を持っていて、味や匂いに異変が生じない。だから調理する人も食べる人も気づかず、食べたあとで初めて食中毒に気づく…というわけ。


                                              ☆
2011年5月23日(月)
犬連れ登山者と大激論!
 先週の金曜日は、京都大学大学院(しかも理系)を出て会社経営をしているという犬連れ登山者とメールで大激論を繰り広げる。大激論といっても、向こうが一方的に送りつけてきた長〜いメールに対して、その5倍はあろうかという超長〜いメールで徹底的に反論したところ、私の主張の大部分が正しいことをあっさり認めてしまって終了となったが、反論メールを書いているうちに見たかったテレビ番組も見逃し、正直、大迷惑。犬連れ登山者とやりあうのは、これまでも何度かあって、言い負かされたことは一度もないが、毎回、疲れるぜ。
 要は私が、犬連れ登山者をバカにしているのが、京都大学大学院というプライドもあってか、大いに神経を逆なでしたようだ(痛くも痒くもないけどね)。でも、そういう履歴の人だから、当然といえば当然だろうが、正しいところは認めたので、健全な議論とは何か、理解されている人のようだった。自己チューで無教養で頭の中はカラッポな普通の犬連れ登山者と比べれば、まともな部類に入るといえるかもしれない。ま、これだけでは本性までは見えないが。
 やりとりのすべてを本サイトで全文掲載したいと思い、そのように提案したのだが、先方はなぜか望まれなかった。公平な議論が必要とおっしゃっているのに、その議論をオープンにするのがなぜイヤなのか、極めて疑問だ(いうまでもなく答えはひとつだろうが)。しかし、それを無視してというわけにもいかないので、私が反論した一部だけご紹介しておこう。ただし専攻分野も含めて個人を特定できる部分は伏せておく。

 京都大学大学院を出ていると、自分の学歴を自慢そうにアピールされていたので、私は次のように書いた。



 京都大学大学院とでもいえば、ビビるとでも思っていらっしゃるんでしょうか。東大大学院でもルーピーな総理大臣もいらっしゃいましたから、○○さんの学歴に特別な感想はありません。私としては、高学歴者というのは、確かに専門分野では優秀だけど、専門バカも意外に多いというのが正直な感想です。○○さんも自分の欲求が判断にどう影響しているか、客観的にとらえられるように努力された方がいいと思いますけどねぇ。

 それに本当に健全な議論ができるのであれば、議論に何の関係もない学歴なんか振りかざす必要はありませんよねぇ。それとも学歴でも振りかざさないと勝てないんでしょうか。

 京都大学大学院で○○学を専攻した。だから何なんでしょうか。野生動物の感染症については何もご存じなかったから、涼しい顔して犬連れ登山してたわけでしょう。私が専門家にも確認せずに、犬連れ登山反対を唱えているのであれば、そう胸を張って「どうだ参ったか」とおっしゃっても構いませんが、犬連れ登山に問題があるといっているのは、私ではなく野生動物の感染症の専門家です。

 失礼ながら、この問題に関しての行司役は、○○学を専攻した会社経営者ではなく、野生動物の感染症の専門家です。

 ○○学なんて、この問題にさほど関連もなく、しいていえば、私と同じく微生物関連つながりという程度の、しかも現役でもない会社経営者の意見には興味ありませんね。それほど自信たっぷりなのであれば、犬連れ登山に問題があるといっている専門家に意見するべきでしょう。どうして専門家にはメールされなくて、私なんでしょうか。私なら議論に勝てるとでも勘違いされましたか。



 本サイトをご覧になっている犬連れ登山反対派のみなさん、少しは参考になりましたか(笑)。

2011年5月16日(月)
ポポポポ〜ン
こんにちワン(ペット用・使役用・ポシンタン用)
ありがとウサギ(毛皮用・食用・ペット用)
こんばんワニ(ワニ革用・動物園展示用)
さよなライオン(動物園展示用)

まほうのことばで
人間様の役に立つなかまがポポポポ〜ン

おはよウナギ(蒲焼き用)
いただきマウス(医学実験用・ペット用)
いってきまスカンク(特になし・ラッキーな動物)
ただいマンボウ(食用・水族館展示用)
ごちそうさマウス(医学実験用・ペット用)
おやすみなサイ(漢方薬材料用・動物園展示用)


         …あー、つい言っちゃった。本当のこと(笑)



オレがウナギなら、土用の丑の日に「うまいうまい」って喰ってるくせに、ステッキを持ち帽子を被った勝手なキャラクターに仕立てて、涼しい顔して友達面してんじゃねぇよって文句のひとつもいいたくなるぞ!!


2011年5月13日(金)
今週の「なんじゃこりゃあ〜」
肉にアルコール噴霧して殺菌!?

 死者も出たO-111食中毒事件で問題となっている卸業者は、小分けにしたユッケ用の肉にアルコールを噴霧して真空パックすることで「殺菌した」と主張しているそうだ。う〜ん……(絶句)。
 いや、多分、世の中の表に出てこない部分で、このような「勘違い」によって生まれるリスクって確実にあるだろう、と私はかねてから想像していた。特に食べ物については。だから「やっぱりあったか」という感想を抱かずにはいられない。

 「アルコールといえば消毒用に使うでしょ。だったら肉に使っても殺菌効果があるんじゃないの?」という意見も聞こえてきそうだが、正確には「うまくいって、せいぜい除菌」というべきだろうね。肉なんて、まさにタンパク質と脂肪からなる有機物のかたまり(=細菌が増殖する絶好の温床)。その表面にアルコールを噴霧したくらいでは、肉の中に浸透したり、血液や肉汁によって薄められたりして菌が死滅するほどのアルコール濃度にはならないだろうし、そもそもアルコール殺菌には限界がある。仮にコップでたっぷりかけたとしても完全に殺菌することはできないと思う。だから噴霧くらいでは、とてもじゃないけど無理。その程度の処置で完全殺菌できるのなら、食品のレトルトパックもアルコールを噴霧しただけで簡単に製造できちゃうことになるが、実際には真空パックした上で高温高圧殺菌しているのが現状だ。
 それに業者が使っていたアルコールって、具体的にどういうアルコールなんだろうねぇ。殺菌に関して、この程度の認識しかない業者だから、かなり不安を覚える。医療用エタノールでも食品に使用するのは問題があるような気がするし、まさか安くすませたいと工業用エタノールとか使ってなきゃいいけど。
 あと真空パックによって空気を遮断すれば菌は死ぬとでも思っているのだろうか。細菌の中には、むしろ酸素を嫌う嫌気性細菌もいるんだぞ。そういう細菌にとっては、むしろ真空パックは好都合となる。ただし大腸菌の場合は通性嫌気性なので、酸素があってもなくても生きられる。

 表面化しないところで、こういうリスクが現実に存在していたわけだが、食中毒事件の発生前、問題の焼き肉屋でユッケをおいしそうに食べている客に「この店のユッケには、病原性大腸菌O-111が付着している可能性があって、万一の場合は死に至るかもしれない」と仮に警告したところで、おそらくほとんどの客は「そんなことあるもんか」と一笑に付して終わりだっただろう。「万一、食中毒があったとしても、せいぜい下痢するくらいで、さすがに死ぬこたぁねぇだろう」ってね。


小学生が福島原発による放射線障害で死亡!?

 音楽家として著名な坂本龍一氏が、「福島原発の爆発による放射線障害で小学5年生が死亡した」という真偽不明なブログ情報をツイッターに投稿して批判されているという。
 坂本氏は、「あり得ない」という批判に対して「自然界にあり得ないことはないと思うけどね。福島原発だって『絶対』安全だって言われてきたでしょう。放射能の表れ方は確率的だそうですし」と呟いたそうだけど、可能性があるからといって真偽を確かめていない情報を著名人が広めちゃダメだろう。
 それにこの情報を真に受ける坂本氏もどうかと思うよ。もし原発周辺に居住する小学生1名が急性放射線障害で死亡したのが事実であれば、ほかにも相当数の住民が程度の差はあるにせよ放射線障害の症状を訴えるはずだし、原子炉に近い場所にいた原発関係者に至っては、さらにひどい症状があって、複数の死者が出ていてもおかしくないわけだけど、そのような事実はない。原発関係者は健康を維持しているのに、周辺の小学生が一人だけ…という点だけで、すでに十分すぎるほど怪しい。ちょっと考えればデマだってことがわかる話だと思うが、坂本氏は、そういう部分にはまったく疑問に感じられなかったようだ。
 前回の日記で、私は「著名な文化人も結構トンチンカンなこといっている」と書いたが、わずか数日後にもう早速、具体例が飛び出してきた。ほらな、著名人にもトンチンカンなこと言ってる人いるだろ。坂本氏の音楽家としての才能は否定しないけど、「世界の坂本」にしてはショぼい話だ。

2011年5月9日(月)
最近のニュースで感じたこと
浜岡原発停止要請

 菅さんが、浜岡原発を停止させるように中部電力に要請したそうだ。震災や福島原発対応で失墜した信頼回復のためだろうとか、マスコミはいろいろいっているが、私はなかなかの決断だと評価したい(菅さんを支持しているわけではないが、少なくともこの件と諫早湾開放調査の決断は見事だと思う)。東海地震が発生する危険性が高まっており、しかも津波対策が完了していないのであれば、福島原発の二の舞にさせないためにも停止させるのが理にかなっている。「電力供給不足など、さまざまな影響を検討しておらず唐突だ」と、テレビでコメンテーターがよくいっているが、そうだろうか。私はまったくそうは思わないね。浜岡原発が福島原発と同じような事態になれば、周辺住民の生命や健康が脅かされるのみならず、日本経済はさらなる大打撃を受けるのは間違いない。その危険性が、ほかの原発よりも断然高いというデータがあり、しかも東海地震は明日起こるかもしれないのであれば、じっくり検討してから決めろ、という方が、アホじゃないかって思うね。どう考えても今の段階で浜岡原発を運転し続ける、という選択肢はあり得ないだろう。運転停止しか選択肢がないのであれば、その要請は少しでも早いに越したことはない。早ければ早い分、浜岡原発のリスクは低下する。東海地震がすぐには発生しないという信頼できるデータでもあれば、じっくり検討していただいても構わないわけだが、そうではないだろう。

 これって、今、盛んに報道されているO-111による食中毒と比較するとわかりやすいかもしれない。O-111によって4名もの死者が出たのだから、問題となっている卸業者や焼き肉屋が販売や営業を中止するのは当たり前だと思うが、それを「販売や営業を中止させると食肉業界全体に悪い影響がある」、「すべてのユッケに危険という間違った認識が広がる恐れがある」などといって、じっくり検討してからにすべきとでもいうのだろうか。人命に危険が及ぶのであれば、とりもなおさずにO-111が付着しているかもしれない肉が人の口に入らないようにしなければならないだろう。基本的にはそれと同じことだと思う。影響が及ぶ範囲は、生肉販売中止よりも原発運転停止の方がはるかに大きいのはいうまでもないが、万一の場合の結果も原発の方がはるかに大きい。
 それに、運転停止はあくまで「要請」。「即停止せよという命令」ではない。中部電力は、当然さまざまな影響を考慮した上で決定するだろうから、もし難しい部分があれば、その段階で国として援助できることはないかとか、さらなる検討をしながら運転停止へもっていけばいいだけの話じゃないのかね。

 菅さんは、普段から野党や政治評論家からボロクソにいわれて、確かに表面的に見えてこない部分を知ればそうなのかもしれないが、でも鳩山くんもそうだけど、ある程度、初めから予想できたことだろう。なぜなら、これまで一度も政権を担当した経験がない野党が初めて政権をとったのだから。確かに小沢みたいに元自民党も混じっているわけだし、菅さんも厚生大臣の経験はあるわけだが、党として政治家として政権担当に慣れていないのは純然たる事実。それを何十年も政権の座にあった自民党と同等か、それ以上の仕事をするに違いないと思い込む国民もなぁ(しかも政治家という高度なスキルを要求される仕事に対して)。自民党に辟易した国民が民主党に期待したのは当然だろうが、一方でこういう結果になることも予想できた。
 もちろん日本国の政権を担うわけだから、「未熟なんだから仕方ない」ではすまないわけだけど、何でもかんでも思いついたままの批判をするマスコミ(だから矛盾も多い)に、とりあえず同調していれば多数意見の範疇に自分も入っていると安心する程度、あるいは著名な文化人の意見が、自分の意見と同じというだけで自信百倍になっちゃう程度の薄っぺらでミーハーな国民にとっては、ちょうどお似合いともいえる。著名な文化人も結構トンチンカンなこといってるんだよ。そういう単なるイメージによる部分は、判断から排除した方がいい。


2011年4月29日(金)
最近のニュースで感じたこと
タイガーマスク現象について考えた

 もうしばらく前の出来事だが、その後どうなったのだろうか。今も現象は続いていて養護施設には贈り物が届けられているのだろうか。それともパッタリ来なくなったのか。
 一部の識者からは、「一時の楽しみに過ぎない」「流行みたいなもの」という批判もあったようだが、私はこの現象をないよりかはよかったと考えている。確かに施設が本当に欲しているものやお金ではなく、自分が思い付いたものを贈るという点では「一方的押し付け」という側面もあったかもしれないが、でもこれで養護施設がわずかながらでも助けられたのは間違いないだろうし、施設が財政的に厳しいということを世間に知らしめたのもよかったではないか。
 それにだ。どうして今回の出来事を見ただけで、「一過性のもの」と決めつけられるのだろうか。確かにタイガーマスク現象の参加者のうち何割かは、一時的な流行に乗っただけであり、自己満足したら飽きてしまって継続しない人もいるだろう。だが、これをきっかけに自分のライフワークとして熱心に取り組む人も出てくるかもしれないではないか。もしそうであれば、この現象の社会的意義は十分にあったことにならないか。
 また個人単位では継続せず一過性であったとしても、そういう単発的な人が継続して出てくれば、施設の財政的にはその人の援助分だけ助かるという意味もあろう。長年、人助けを地味に継続する人がいる一方で、一度だけ手を差し伸べる人がいてもいいではないか。全員が一時的な援助で終わっていては問題も生じるだろうが、部分的であればまったくの許容範囲だろう。寄付をする人全員に100点満点の姿勢を求めても、あまり意味はない。

 日本では、欧米に比べて寄付をする文化が未熟で、国民の意識も低い。つまり寄付について初心者である多くの日本人が、ようやくタイガーマスク現象をきっかけに寄付する意識をほんの少し芽生えさせた段階ということだろう。そんな初心者に向かって、大したマイナス面がないにも関わらず正論を振りかざすのも野暮というものだ。それは、ピアノを習い始めて、赤バイエルの1ページ目をたどたどと弾く小学生に向かって、「君の弾き方は、ピアノ演奏のうちに入らない」というようなもんだ。
 たとえ流行に乗っただけであっても、ただの自己満足に過ぎなかったとしても、行動に移しただけ、何もしない人(私も含めて)より評価されてしかるべきである。そもそも人助けというのは、ある意味どれも所詮は自己満足なのだ。本当に純度100パーセントの善意というものが、この世にあるとすれば、仮に誰からも評価されなくても善行を続けられるはずだが、大抵の人は他者から評価されないとやる気をなくす。そして、もっといえば、ほとんどの人は「逆に自分が困った時は助けてほしい」という願望と表裏一体なのである。


                                              ☆
2011年4月26日(火)
秦野に戻る
 日曜の夕方に広島を出て、昨日の午前1時半に自宅に戻った。震災の影響から人々の消費意欲が沈んでいるのは間違いないだろうが、日曜の高速道路は広島の都市圏も関西圏もレジャー帰りと思われる一般車も多く、いつもの日曜と変わらないように見えた。もちろん、東日本ではまだ時間がかかるだろうが、少しずつ経済活動が元に戻ることを期待したい。

 広島滞在中は、仕事もしながら、家のことも大いに手伝ったりの日々。秦野の自宅で増えすぎてしまった本や雑誌の整理をしているのはすでに書いた通りだが、実家の方も同じ問題を抱えており、今回はその作業にも時間を割いた。倉庫は邪魔になった本を詰め込んだ十数箱のダンボールのせいで狭くなっていたが、すべて取り出して大半を処分。比較的新しい本は売却し、ついでに倉庫の収納品まで整理整頓してスッキリ。仕事部屋(普段は父が使い、私が帰った時は私が使う部屋)の本棚からも不要な本を処分し、空になった本箱は下の方を切断して短くし倉庫の棚に活用した。
 また押し入れの一部を占拠していた70〜80冊にも及ぶアルバムを実家の複合機でスキャンしてPDF化する作業にも取り組み、一部の重要なアルバムだけ残して、あとは処分した。まだ完遂しておらず20冊ほど残っているが、とりあえず押し入れにはスペースができて、スッキリ。
 さらには、消防法ですべての住宅に火災報知器の設置が義務づけられたので、買ってきて各部屋に設置したり、テレビに地デジチューナーを取り付けたり…。そうしたらアンテナ線の配線に問題があることが判明し、素人では対処のしようがないので業者を呼んで付け直してもらったり…。とにかくペンディングになったままだった問題を一気に解決させたってわけだ。

2011年4月21日(木)
山口〜島根へ
 昨日は、山口・島根両県へ行ってくる。山口市から萩市へ出て、島根県益田市から北広島町を経由して帰途に就く。寒くもなく暑くもない気温で、快適な一日だった。春の山陰路は、サクラがまだ見頃のところも多く、山あいの道ではミツバツツジも咲いていた。ところが、島根県の匹見から広島県の八幡高原に抜けるあたりから道路沿いに残雪が目立ちはじめ、八幡高原に入ると完全に早春の風景に逆戻り。八幡高原一帯は、広島の信州みたいなところで、前日には降雪もあったらしいが、それにしても4月下旬になろうかという時期にこれほどの残雪があるのには驚いた。


島根県益田市・匹見付近。広島との県境手前、国道191号沿いにたっぷり残る雪


八幡高原は真っ白! 多雪地帯には違いないが、それにしてもびっくり

2011年4月4日(月)
最近のニュースで感じたこと
福島原発事故その2

 海への流出も判明し、混迷の度合いを深めている。電源が回復すれば収束すると思っていたけど、予想以上の問題が見えないところで発生しているのは間違いないようだ。収束するのは、まだまだ先になりそうだな。それにしてもマスコミ報道もいい加減な部分が多々ある。首都圏も危険であるかのような過剰な報道も見られる一方で、本来は報道すべき情報を故意なのか、鈍いだけなのかは知らないが、一切報道しなかったりする。これって、単なるイメージと偏った情報ソースだけで記事を書いている証拠だろう。
 例えば、原発周辺の土壌からプルトニウムが検出されたそうだが、もしこれが事実なら懸念すべき事態といえるのではないか。放射性ヨウ素が検出されるどころの騒ぎじゃない。その汚染の程度にもよるが…。

 とはいえ放射性物質の知識はあまりなく、よくわからん部分があるのも事実で、そのあたりのことを専門家に事実をありのままに解説してほしい。本当のことをいえば、一応は化学と生物の中間にあたる分野の大学を出た人間であり、放射性物質もまったくの無関係ではないので、これくらいのことはわかっていなきゃいけないのかもしれないが、でもまあ、同分野の卒業生も似たようなもんだろう。大学では、放射性物質を吸収させた植物を使った実験をした経験が一度あるくらいで、物理に近い分野なので関連性は薄い。放射性物質と放射能の違いとか、半減期の意味くらいは知っていたが。

2011年3月23日(水)
最近のニュースで感じたこと
津波災害にどこまで備える?

 少し前に石原都知事と蓮舫大臣が400年に一度の津波に備えたスーパー堤防を作るか作らないかで議論した、という報道があった。石原さんは今回の津波でスーパー堤防を作るべきといい、蓮舫大臣はそれに否定的だったようだ。
 どんな津波が来ても町を守れる完璧な堤防が理想には違いないが、工事費用との兼ね合いは避けて通れないわけだから、どこかに線を引かざるを得ない。その線引きが石原さんの主張と蓮舫大臣の主張と、どちらが妥当なのかは簡単にいえないが、数十年に一度の津波、数百年に一度の津波、千年に一度の津波…という具合に、可能性がある津波の規模すべてを想定していたらキリがないともいえる。
 多額の費用を投じ時間をかけて完璧な堤防を作るよりも、必要最低限の水産業関連施設のみ沿岸部に残し、市街地を同じ場所で再建せずに津波災害のリスクが少ない高台(より内陸部)に新たに作る方がいいのではないか。多額の堤防建設費をむしろそちらに振り向ける方が、将来のリスクが低減するはずだ。いろいろ複雑な問題も発生して、容易なプランではないのも間違いないだろうが。


東国原・前宮崎県知事の都知事選出馬

 「宮崎をどげんかせんといかん」といっていた人が、なんで東京都のトップを目指すのか意味不明である。宮崎から国会議員選に出るというのなら、まだわかるが…。それに地方分権には随分ご熱心なようだが、逆にいえば、それしか聞こえてこない。地方分権だけが重要テーマじゃないし、宮崎県知事時代もマンゴーと宮崎地鶏を売り込んだ以外に具体的にどんな政策を実現したというのだろうか。口蹄疫については、むしろ知事の無知によって被害が拡大した部分も私は否定できないと思う。それは、例の逆ギレ会見が、すべてを物語っている。また県のPRには確かに成功したが、それは東国原氏の手腕というよりも、どちらかというと過去にタレントだったことでマスコミが注目して氏の行動を取り上げたからに過ぎない。実際に宮崎県のPRに最も貢献したのは、東国原氏ではなく、マスコミだろう。氏の直接的な功績とはいいがたい。
 東国原氏を支持する人たちは、単に過去の経歴との「落差」に感動しているだけだと思う。昔はお笑芸人をやっていたのに、一念発起して県知事になったという一点に「すごい!」と思い込んでいる。でも重要なのは、他の優れた政治家との対比、あるいは理想的な政治家像との対比である。それらと比較した上でなければ、正しい政治家の評価にはならないはずだ。
 都知事選の結果は大変興味深いが、東国原氏が当選する可能性は低いと思う。東京都民は、もうすでに気づいているよ。


2011年3月20日(日)
最近のニュースで感じたこと
福島原発事故

 一部マスコミに見られるアジテーションには、少々うんざりである。「最悪のシナリオ」みたいな言葉が見出しに並べば、誰もが被曝に対する不安を覚え、それが雑誌販売に結びつくという計算をした上でのことだろうが、このような人の不安心理につけ込む商売もどうかと思うよ。
 例えば、『週刊朝日3月25日号』の新聞広告には、こうあった。「専門家は、チェルノブイリ級の重大事故が進行中で、原子炉が爆発すれば東京は十数時間で放射能汚染されると指摘する」と。すでに原子炉内の核分裂連鎖反応が停止している福島原発のどこがチェルノブイリ級なのか、私には理解できないし、さらにいえば、それに続く文はあくまで「原子炉が爆発すれば」という仮定の話でしかない。そういう話がアリというのなら、すべての原子力発電所も同様に「原子炉が爆発すれば周辺の都市が放射能汚染される」といえるのも間違いないだろう。重要なのは、「では原子炉が爆発する可能性はどれくらいあるのか」という点に尽きるわけで、確かに原子炉内の水位が低下し圧力が高まっていた段階ではその可能性があったかもしれないが、現時点ではほとんどないのではないか。そこを飛び越えて、あたかも原子炉爆発の危険性が増大しているかのように早とちりしないことだ。この記事が正しいというのなら、週刊朝日編集部は、東京から避難していないとおかしいことになるが、それとも決死の覚悟で東京にとどまっているとでもいうのだろうか(笑)。記事を読まないと、正確な内容はわからないが、原発反対論者による記事だから、まあ、大体は想像できるけどね。
 自衛隊や東京消防庁による放水作業もある程度の成果があったようだし、今後、外部電源も確保されるだろうから、おそらくこの問題は、近いうちに収束に向かうと思う。


2011年3月17日(木)
広島へ
 15日の夜に自宅を出て、広島へ。誤解がないようにいっておきたいが、決して原発事故や首都圏の品不足を受けて避難したわけではない。すでに地震が発生する前から予定していただけのことだ。原発事故は、まだ安心できる段階ではないが、首都圏から逃げるとか、国外に脱出しなきゃいけない段階とは思わないけどな。被曝リスクを第一に考えたとしても、やや過剰だろう。福島原発が、チェルノブイリのように核反応を制御できずに暴走しはじめているのであれば逃げなきゃいけないけど、そういう状態ではない。放射能や放射線という言葉に心配するのもわかるが、放射線量をしっかり比較して冷静に考えた方がいいと思う。ただし、数値を比較する上で放射線量の単位(マイクロシーベルトとミリシーベルトでは3桁違う)と、その時間単位が同じかどうか(毎時なのか、年間あたりなのか)を確認することは忘れずに。報道で「通常の○倍の放射線量」とよくいっているが、不安をあおるだけなので、あまり適切ではないと思う。

 秦野の自宅を出たのは夜の10時だったが、ちょうど富士宮あたりの東名道を走っている時、車体が左右に揺れて、ハンドルをとられそうになった。風がかなり強かったので、瞬間的に車体側面に強風を受けたのかと思ったのだが、直後に「地震発生・通行止」表示が出て、地震とわかった。ラジオを入れて、静岡県東部を震源とする地震と判明。すぐに付近の区間が通行止になったが、直後だったので警察による閉鎖もなく、そのまま走って(万一、段差など生じたことも考え、前に連なって走る車の走行状態を確認しながら)、通行止区間を抜ける。結局、高速道路上で地震被害はなかったが、通行止区間になった反対車線のIC手前では、大渋滞が発生していた。自宅に戻って状況を確認しようかと迷ったが、ラジオで報道していた震度6や震度5の中に秦野は入っていなかったので、おそらく秦野は震度4だろうと推測し、それならこの間の地震と同じなので戻ることはやめた。ただ、地震の揺れの向きなどによっても違うと思うので、もしかすると何か落ちていたりするかもしれないが。

 それよりも首都圏のガソリン不足の影響を、むしろ懸念していた。高速道路でも給油制限が行われていたり給油できない場合もあるようだったので、何度もSAに寄って列に並び給油を繰り返さないと帰れないのではないかと心配していた。ところが、東名道のSAでは、確かにGSにトラックが列を作っているのが見えたが、伊勢湾岸道路でハイウェイオアシスで給油しようと立ち寄ると、予想に反してGSには1台も車がおらず、ガラ〜ン。もちろん給油制限もなかったので、満タンにできた。また山陽道のSAでも同様だった。
 山陽道で広島県に入ると、つんつん雪が降り始める。実家に到着したあとも正午頃までは、ずっと降っていた。広島は首都圏よりもよく雪が降るが、さすがに3月中旬の降雪は珍しい。でも、春はもうすぐ近くまで来ているようで、実家の菜園周囲には、ホトケノザがピンク色の帯を作り、裏の竹藪にはヤブツバキが真紅の花を咲かせていた(下写真)。






2011年3月14日(月)
東日本大震災
 それにしても、すごいことになった。大地震が発生し、しかも震源地が内陸部ではなく沖合であれば、規模の大小はあるにせよ、津波が襲ってくる可能性は極めて高いと考えられる。震源地が沖合であることがわかった時点で、警報があろうとなかろうと念のため即避難すべきだが、地震直後は津波の高さが60センチと報道されていたことや、かえって過去に津波経験があったために甘く見ていたということもあるかもしれない。あんなものすごい津波が襲ってくるとは、さすがに誰も想像していなかったということだろう。千年に一度の地震では、対応できることは極めて限られる。

 地震発生時、自宅で仕事をしていたところ、ユサユサと揺れ始め、「あ、これ、ちょっとヤバイかも」と感じたので、暖房を切ったが、うかつにもPC作業中のファイルを上書き保存しなかった。その後、いきなりプツンと電気が落ちてしまったが、自動バックアップ機能で被害は最低限ですんだ。揺れが大きくなって、仕事部屋の両側を占有する本棚が倒れるのではないかと感じて、慌てて押さえようとしたが、両方を一度に押さえることはできないので、一瞬アタフタしてしまった。もっとひどくなりそうであれば、屋外に逃げなければならないかも、とちょっと頭をよぎった。地震時に慌てて外に出ると、かえって危険ともいわれるが、それはケースバイケースで、建物が倒壊しそうなら、屋外に出る方が生命のリスクが低下するのは間違いないだろう。ただ、本来は建物が歪んでドアや窓が開かなくなる前に開けておくべきだったが、そこまで頭が回らなかった。結局、被害は仕事の作業が若干無駄になったことと本棚から数冊の本が落ちたくらいですんだが、いろいろな意味で防災について考え直す機会になったといえそうだ。

 しかし、その後、秦野市の停電は7時間にもおよび、通電したのは夜の10時。ガスはプロパンなので火は使えたし、食事は簡単にすませたのであまり困らなかった(都市ガスじゃなくて、プロパンという、ちょっとローカルなライフラインが幸いするとは思わなかったな〜)。またニュースは、ワンセグテレビで視聴できたが、十分充電していなかったために車のサブバッテリーで充電するハメに。夜、車に行くと、普段は外灯がついている市道も近所の家々も当然真っ暗。なんとも異様な光景だった。翌日も停電になり、この間の予定は大いに狂った。

 被害のひどい岩手県沿岸部は、かつて何度か取材で訪れたこともあり、ある程度知っているだけに衝撃も大きい。あの町並みが消えたということが、未だに信じられない思いだ。

 今日の午前中、スーパーに行くと、月曜日であるにも関わらず買い物客であふれていた。計画停電に備えてということか、カップラーメンの棚も、併設されているパン屋さんの棚もからっぽ。1日4時間の停電くらいのことで、やや過剰反応とも感じた。東北と同じような地震被害が近いうちに関東でも起こるのではないかという不安もあって、急に防災意識が高まったこともあるのだろうが、どうせ数ヶ月も経てば、大半の人の意識はもとに戻るよ。


2011年3月2日(水)
最近のニュースで感じたこと
小学校教頭が女子中学生を乱暴目的で拉致未遂

 こりゃまたイカレてるなぁ、どこの県なんだ…と記事を読むと、お恥ずかしながら、わが郷里・広島県での事件だった。最近、ほかにもどこの県だったか忘れたが、教師が教え子を乱暴した事件が報道されたばかりである。おそらく表に出ない事件がほかにもあるんだろう。教師のレベルがどうのこうのという遙か以前の、犯罪に手を染めることに何のためらいもない教師が、表面的にはまともな顔をして教育の現場にいること自体、驚愕に値する。
 一昨日のテレビ朝日「TVタックル」でも、そんなトンデモ教師の一例が取り上げられていた。ある小学校で、次のような問題が実際に授業中に出されたそうな。「三姉妹の長女が自殺してしまいました。その葬式で次女は、やってきたハンサムな男性に一目惚れ。次女が再びこの男性と会うにはどうすればいいでしょうか」。答えは「三女を殺してもう一度葬式をする」なんだそうだ。なななななななぬ〜!!!!!  ネットの書き込みでもイカレているとしか思えないが、現職教師が何の疑問にも思わずに出題しているんだぜ。そら恐ろしい!!

 こんな状態の人たちを、「先生」という敬称で呼ぶ必要があるのだろうか。それどころか自分たちも自身のことを「先生」と呼んでいらっしゃる。昔からの慣例といえば確かにそうかもしれないが、そういうところから気づかないうちに特別な存在のように勘違いしてるってことはないのかね。すべての教師がそういうわけでは、もちろんないけどね。昔は大卒が少なかったから「学士さま」と尊敬された。だから「先生」でもよかった。でも、今はそれが普通だし、逆に父兄の方が高学歴という場合だってある。じゃどこがどう違って教師だけ「先生」なの?って話になる。そう簡単になれない大学教授なら先生でもいいんだけどさ。

 私の経験では、いい教師にも出会えたし、運良くひどい人には出会わなかった。人生の師と呼びたいほどのすごく立派な人もいなかった代わりに、ババヌキでうっかりジョーカーを引いてしまったような経験もあまりない。唯一、こんなことがあったくらいだ。小学校二年生の時に、広島大学を出た二十代の女性教師が担任になった。今にして思うと、広大卒の才媛というわりには、結構ズレていた人で何よりヒステリックなところが多分にあって、クラスの児童からもそれほど慕われていなかった。まあ、それくらいならまだいいんだけど、ある日、学校に行くと担任の代わりに教頭先生が現れ、「M先生は今日からしばらくお休みです」といわれた。1日中自習だったか、ほかの先生が代わりに授業したのか、あまり記憶はないが、結局、二度とM先生が教室にやってくることはなかった。のちに新しく赴任した、やはり二十代の女性教師が担任になったのだが、この先生はとてもやさしい人だったので、私は「担任が替わってよかった」と思ったものである。おそらく、ほかのクラスメイトも同じ考えだったに違いない。
 なぜ、M先生は、急に学校に来なくなったのか。当時、親戚が小学校のPTA会長をしていた関係で耳に入ったのだが、結婚したばかりの旦那と一緒に学生運動に参加していて、警察に連れて行かれたらしい。逮捕されたわけではなかったようだが、現職の広島市小学校教諭が警察沙汰になったということで大騒動だったようだ。
 この例を見ればわかるように、昔は、みんな立派な教師ばかりだったわけではないのも間違いないが、最近は、さらにレベルが低下してプロ意識に欠け、そもそも教師の資質に問題がある人が増えているということなのだろう。

 TVタックルでは、ヤンキー先生こと義家参議院議員が教育改革について意見を述べられていたが、政治活動をする教師のことも含めて、まさにおっしゃる通り。私もそう思います。


2011年2月22日(火)
最近のニュースで感じたこと
エジプト騒乱

 このニュースを見るまで、エジプト大統領がまだムバラクだとはまったく知らなかった。中東情勢には完全に疎いけど、それでも驚いたのは、ちょっとした記憶があったからだ。
 高校の時、同じ町内に住む友人のTくんと通学路だった広島市繁華街の本屋とかに立ち寄って一緒に帰宅することがよくあった。確か、紀伊国屋書店だったと思うけど、店内で突然、Tくんが私の耳元で囁いた。「おい、見ろ。サダトだ。サダトがいるぞ」 そちらに目を向けると、色黒で本当にサダトそっくりのおっさん(もちろん日本人だが)がいたので、吹き出しそうになった。ちなみにヒゲの形まで似ていた! 
 サダトというのは、ムバラクの前のエジプト大統領で、この直後、暗殺されたことは衝撃的だったが、「広島のサダト」を目撃したせいで(笑)、暗殺後にムバラクが就任したことも鮮明に記憶に残って、自分が高校生の時からずっと政権の座にあったことを改めて認識して余計に驚いた次第だ。


ベルギー紙が自爆テロを「カミカゼ」と表現

 数日前の朝日新聞「特派員メモ」に、ベルギーの仏語紙が、スウェーデンで発生した自爆テロを「カミカゼ」と表現したことに対して、在ベルギー日本国大使館が書簡で「カミカゼは戦闘員が敵の戦闘目標を攻撃したもの。一般市民をねらう自爆テロとは全く違う」と申し入れたことが記事になっていた。
 ベルギー紙記者は、コラムでいきさつを紹介し、「日本人の心情を害していたとは。使い方に気を付けなければ」と応じたが、「宣戦布告なしの日本の真珠湾攻撃は、今日でいうテロ行為ではなかったか」とも書いていたそうだ。
 ひと昔前なら外国人の勘違いにいちいち反論するのも大人げないという雰囲気があったような気がするが、近頃は、間違った認識にはきちんと反論しないと誤解が進む一方だという危機感でもあるのだろうか。たまたま、こういう記事を目にする機会が多いのか、それとも本当にそうなのか定かではないが、先日のイギリス・BBC番組に対する駐英大使館の抗議といい、最近の在外公館の積極的な発言姿勢に私はちょっと注目している。
 ベルギー紙のいう「真珠湾攻撃」に対しては、攻撃目標はあくまで軍事施設だったことや被害者のほとんどは軍人であることに加えて、宣戦布告がなかったのは故意ではなかったことも再度反論すべきだろう。それよりもアメリカによる日本の都市爆撃こそ、完全に非戦闘員の市民をターゲットにした攻撃であり、よほどテロに近いことも付け加えておくべきである。
 もともと日本人はお人好しである上に、欧米諸国と比較すると論理にもディベート力にも劣ることが大きいのだろう。相手からいわれたことを、念のため上下左右、いろいろな方向からもよく見て、本当に彼らがいうことが正しいのか、よく検証すべきなのだが、真正面から見ただけで驚くほど安易に認めてしまう傾向がある。国家の名誉よりも、個人的に「自分がいい人と思われたい」方を優先するところを見ても、日本人がいかに論理音痴であるかよくわかる。よく考えて、いうべきことにはきちんと反論しなきゃね。

2011年2月19日(土)
最近のニュースで感じたこと
宮崎大学農学部の生産販売米からアフラトキシン検出!?

 宮崎大学は、日本穀物検定協会の求めに応じて提供した玄米から、アフラトキシンB1(高い発がん性を有するカビ毒)が検出されたと発表したそうだ。農学部の付属農場で生産された米を精米し、農学部の一般向けイベントで、この米を9名に販売したことも併せて公表している。
 ニュースサイトの短文記事で概要を読んだ私は「え!どういうこと?」と疑問に感じた。なぜならにわかには信じがたい内容だったからである。宮崎大学サイトには、もう少し詳しいPDF広報文(→こちら)があり、穀物検定協会は、大学から提供を受けた2ヶ月後に検査しており、販売米はこれとは保管状態が異なる上に細心の注意を払って精米していることから品質に問題があったとは考えにくいとしている。
 宮崎大学の主張もわからなくはないし、そういいたい気持ちも理解する。ただ、どちらにしても頭の中が疑問符だらけになりそうなほどの不可解な事態であることは間違いない。以前、この日記でも書いたことがあるが、アフラトキシンを生産するカビは、本来、日本には存在しない。つまり、仮に宮崎大学や日本穀物検定協会の保管状態が悪くても、そのことがアフラトキシンに直結するわけではない。おそらく、過去に国内産農産物から検出されたことはないのではないか。それなのに宮崎大学の生産米からアフラトキシンが、なぜ検出されたのか。


1 日本穀物検定協会の検査方法に問題はなかったのか。信頼性の高い検査機関で検査したのか。そうであったとしても検査するサンプルを取り違えた可能性はないのか。

2 日本穀物検定協会は、検査するまでの2ヶ月間、どのような状態で、その周囲には何を置いていたのか。例えば、同じ保管空間に品質の悪い外国産穀物サンプルを置いていたということはないのか。

3 研究用に精製されたアフラトキシン、もしくは株としてアフラトキシン生産カビを学内に保有していたことはないのか。もしあったとしたら、その保管状態はどうだったのか。可能性としては低いだろうし、そうでないことを信じたいが、玄米の段階、もしくは精米後に故意に混入された可能性はないのか。玄米がまだ学内にあれば、回収された販売米と併せて再検査をする必要はあるだろう。どちらからも検出されなければ、宮崎大学に問題があった可能性はゼロということになり、サンプル提供以後に何らかの問題があったということになる。

 ちょっと怖い話だが、地球温暖化によって本来は熱帯や亜熱帯にしかないアフラトキシン生産カビが、日本にも定着したという可能性も否定できないかもしれない。そうではないことを願いたいものだが、もし定着が確認されたら、今後はカビが生えた食品は一切口に入れないことだ。目に見える変色部分だけ避ければ、あとは食べても問題ない、というこれまでの認識でも危うい。特に南方の地方では注意が必要である。あくまで定着していればの話だが。


 
2011年2月9日(水)
山の辺の道
 近所に山すそを抜ける里道(りどう)がある。これといって特徴がない普通の小径だが、最近、私は勝手に「秦野山の辺の道(はだのやまのべのみち)」と名付けて、散歩コースとしてよく利用している。いうまでもなく本家本元の「山の辺の道」は、奈良県天理市と桜井市にのびる日本最古の官道といわれる道だが、唯一「山すそ」にある点だけは共通してるってわけ。
 本家の「山の辺の道」は、巨大な古墳に沿って歩いたり、古い寺社が点々とあって風情たっぶりだが、「秦野山の辺の道」の方は雑木林と杉人工林の境界に続く道で、シカ対策なのだろう。道沿いに高いネットが張ってあって興がそがれるし、なにせ10分ほどで通り抜けてしまうほどの短さ。しかし、それでも山に来ている雰囲気にもなって、気分転換にちょうどいいのだ。先日、昼食後に散策に訪れると、ノラネコもここを気に入っていると見えて、ゴキゲンな様子で散歩していた。「散歩じゃなくて徘徊だろ」って、そんな身も蓋もない本当のこというなよな〜。


「秦野山の辺の道」と張り巡らされたネット


山側は雑木林が広がる


 ここ2週間は、仕事に追われて忙しかった。今日、一段落ついたので、久々に更新。でも昨年末以来、なんか日記ばかりだな〜。ほかのネタはあるんだけど、時間がかかるページに取り組む余裕も気力もないもんで…。でもそのうち仕事が片付いたら…と思ってます。

2011年1月18日(火)
ムーミン衝撃の事実
 昨日、あるサイトに衝撃の事実が書かれていた!! なんとムーミンに登場するスナフキンとミイは姉弟なんだそうだ。改めて強調しておくが、「兄妹」ではない「姉弟」なのだ。な、な、なぬ〜。そんなバカな。ミイってどう見てもガキんちょじゃないか、それがいつも冷静沈着でムーミンに的確なアドバイスをするスナフキンと「きょうだい」の関係であるどころか、ミイの方が年齢が上とは到底受け入れがたい(怒!)。みんなでトーベ・ヤンソンに抗議しよう。あ、いや、もうお亡くなりになっているか(注:2001年のようです)。
 ムーミンの放映をリアルタイムで見ていた世代だが、登場人物(人でいいのかな?)の中ではスナフキンが断トツで好きだった。なんといっても格好よかった。とはいえ、池のそばにテント張って生活していて、フロやトイレはどうしてるんだろうかとか(ひょっとして林の中でキジ打ちか!?)、毎日釣った魚ばかり食ってたら栄養障害でアウトドアライフどころじゃないかも。いやそれよりも池の魚が全滅する方がヤバい、という謎と心配がないわけではないが。
 そうそう、スナフキンがいつも歌っていた歌なんか、オイラは今でも歌えちゃうもんな。   ♪おさ〜びし山の〜 雪がとけて〜

 ついでに書いとくと、次に好きだったのはニョロニョロだな。あれは生物学的見地から考えても、極めて特異な生態を見せる生物であり…いや、ムーミン谷の住民ってもともと妖精だっけ? でも集団で行動するということは食物連鎖の下位にある動物と推定することもできるわけで、ムーミン谷の生態系ピラミッドにおいて、どのような位置を占めているのか大変興味深い(笑)。それと『無駄について』という本ばかり読んで、無駄に時間を過ごしているジャコウネズミとかも。
 ところで最初に放映されたムーミンって、原作の影響か結構怖かった。フェアリーリングから別世界に迷い込んだり、いかにもヨーロッパ的だった。あと、そういえば昨年2月に広島県立美術館で「ムーミン展」が開催され、本当は見たかったけど、開催期間より前に秦野に戻ったので見れなかった。

2011年1月16日(日)
真冬のプチ怪談シリーズ(12) 〔最終回〕
 現在、大学の教員をしている友人が、化学メーカーの研究所に勤務していた時、北海道の共同研究者B氏と酒を酌み交わしたことがあったそうです。その席でB氏が語った大学時代の恐ろしい体験談を後日、友人が詳細に教えてくれたのが、これからご紹介する話です。この話には、幽霊やお化けの類は一切登場しませんが、その異常性はまるでホラー映画を思わせるほどです。ところでB氏の所属組織や母校の名称を友人はそのまま教えてくれましたが、ここでは伏せておきます。


・頭蓋骨の呪い?

 B氏が、某国立大学農学部農学科に在籍していた時、卒論(あるいは修士論文や博士論文だったかもしれない)のために圃場試験(畑で条件を変えて作物を育てて生育状況の違いを見る試験)をすることになった。しかし農学部の付属農場に空きがなかったため、少し離れた山村の農家で休耕地をしばらく借りることにしたという。長期間滞在する必要もあるので農家の離れも借りて、早速荒れ放題の休耕地から雑草を抜き、整地する作業に取りかかったそうだ。
 研究室の学生たちと畑を耕したときのこと。ひとりの学生が、信じられないものを掘り出した。それは、一部頭髪も付着した人間の頭蓋骨で、すぐに警察に通報したそうだ。

 それは、いろいろな意味で不可解な頭蓋骨だったという。古い時代の骨である可能性も考えられたが、警察の鑑定では、死後数年程度しかたっておらず、現代人の骨であることから事件性が強く疑われた。ところが現代人では当たり前の「歯の治療痕」がひとつもなく、それは歯科治療データから身元を特定することが難しいことを意味していた。また農家にも思い当たる人物はおらず、自分の土地からそんなものが見つかったことに大変驚いていたという。畑やその周辺からほかの骨や遺留品が発見されなかったことも謎だった。身元は結局わからなかったそうだが、話はこれで終わらない。

 さて驚くべき一件もようやくひと段落つき、B氏たちは別の休耕地で圃場試験を開始した。農家の離れでの合宿生活が始まって、しばらくたったころ、ある異変が起きたという。就寝中に目が覚めて、ふと目をやると、ある学生の姿がないことに気がついた。それは、例の頭蓋骨を掘り出した人物で、最初はトイレにでも立っているのだろうと気にしなかったが、あまりに頻繁に、しかも長時間戻ってこなかったので、ほかの学生たちと密かに「彼は、真夜中に一体どこへ行っているのだろう」という話になった。そこで、ある夜、学生が離れから出た時、みんなで後をそっと付けたそうだ。すると近所の畑で、意識が朦朧とした様子で気持ち悪い歌を歌いながら、トウモロコシを鎌で刈っていたという。慌ててみんなで連れ帰ったが、朝になるとすっかり正常に戻り、夜のことはまったく覚えていなかった。そんなことを何度か繰り返したので、精神科の診断を受けさせたりしたが、原因はわからなかったそうだ。

 やがて、その学生が農家の庭先で自殺して、あっけなく一連の出来事に幕が下ろされる。それは鎌で自分の首を切るという恐ろしいやり方で、首の骨まで切断されており、検視した法医学の専門家も最初は他殺を疑ったという。なぜなら手に持った鎌で、自分の首の骨まで切断するのは、法医学的にはあり得ないからだ。おそらく首を切る途中で確実に死に至るため、それ以上、手に力を加えて首の骨まで切断するのは不可能ということなのだろう。しかし現場の状況から他殺の証拠も、また他者が手を貸している証拠も見つからず、結局自殺と処理されたそうだが、B氏たちは、みんな例の頭蓋骨との関係を疑わずにはいられなかったという。


2011年1月15日(土)
真冬のプチ怪談シリーズ(11)
 この話は、童話作家として著名な松谷みよ子氏が、自著に書かれていた不思議な神隠し譚です。


・神隠し

 松谷さんは、御岳山の宿で仕事をすることがよくあった。ある日、その宿で地元の郷土史家と会う機会があり、そのうち神隠しの話になったそうだ。

 大正12年7月の朝、男たちが日向和田駅西側にある石神入の小川を入ったところで草刈りをしていた。すると、しくしくと泣く声が聞こえてきた。振り向くと山から5、6才の女の子が泣きながら降りてくるところだった。見慣れない顔だったので名前を聞いたが、答える言葉が聞き取れない。そこで、女の子をおぶって日向和田駅に連れて行ったそうだ。駅長は、女の子の言葉や衣服から東北地方の山村の子に違いないと考え、立川駅に事情を話し、鉄道電話で仙台や盛岡などに調査を依頼した。
 その日の夕方、盛岡から連絡が入る。女の子は岩手県の山村の子で、前日まで近所の子と鬼ごっこをして遊んでいた。ところがふっと姿が見えなくなり、村では大騒ぎになっていたという。翌日、駅長は奥さんが作った握り飯をたんさん持たせ、岩手県の○○までこの子を送り届けてほしいと書いた札を首にかけて列車に乗せてやった。数日後、女の子の両親からたどたどしい礼状が駅長宛に届いたという。
 高速道路も新幹線もない時代である。岩手県の山村にいた子が、翌朝早く青梅の山の中になぜいたのか。握り飯を作った駅長の奥さんは、話を聞いた段階では最近まで存命されており、その郷土史家とも親しかったそうだ。
※松谷みよ子著『現代民話考−河童・天狗・神かくし−(立風書房)に、同様の話も含めて詳しく載っています。同著『あの世からのことづて』(ちくま書房)にも同じ話があります。


2011年1月14日(金)
真冬のプチ怪談シリーズ(10)
 私が出版社に勤務していた時、自然系の写真家A氏から聞いた話です。A氏は、その分野では名が知られた人で、車を使って全国を撮影で巡っておられ、その過程で不思議な体験もされていたようです。


・車にやってきたのは誰だったのか?

 A氏が、撮影取材で関東地方の山間部を訪れたときのこと。その日は、ある目的で夜間撮影することになり、日が落ちてから山に入ったそうだ。無事に撮影を終えて車に戻ったが、疲れていたので車を置いた場所でそのまま車中泊することにしたという。そこは麓の集落から林道をかなり奥へ入った場所で、まわりに人家がない寂しい場所だったが、A氏は慣れていたので平気だった。
 さて車で寝ていると、深夜にガラスを叩く音で目が覚めた。コンコン…。ややあってまたコンコン…。明らかに誰かがやってきて、車のガラスをノックしている。それは、何度か繰り返されたが、A氏はかなり疲労していたため、気になりながらも再び熟睡してしまったという。朝になり目が覚めて、里からも離れた山奥に深夜誰か来るはずもないことに気づき、ゾッとしたそうだ。しかも、何かの目的があって誰かが来たのであれば、普通はノックだけでなく声もかけるはずだが、呼びかける声はまったくなかった。車から出てみると、夕べは暗くて気づかなかったが、すぐ前には荒れ果てた古い墓地があった。「墓の前に車を置くのは迷惑だ」といいたくて、墓の住人がノックしたのだろうか。


2011年1月13日(木)
真冬のプチ怪談シリーズ(9)
 北アルプスでいくつもの山小屋を経営されている伊藤正一氏は、若い頃は物理学を志していたという異色の山小屋オーナーですが、自著の中で次のような大変不可解な体験を書かれています。


・紳士靴で山に来た?

 昭和33年のある日、伊藤さんは黒部源流の誰も来ることがないヤブの中を歩いていた。すると人間の大腿骨が一本ころがっているではないか。周囲を探すと30mほど離れて、他の部分がそっくりあったという。だが、雪に流されたのであれば下方にあるはずだが、なぜか大腿骨だけが横の方に離れてあったのも不思議だった。大腿骨以外の骨は仰向けの状態で、人の形に草が生えていなかった。また衣類はほとんど風化していたが、荷物は見あたらず、唯一残っていたのは革のベルトと紳士靴、それにコカコーラの空き瓶1本だけだったそうだ。そこは、雲ノ平に近い場所で、北アルプスでも最奥の地。しかも登山道から離れたヤブの中に、そのような遺骨があること自体極めて不可解としかいえない。
 この人は、とても登山が可能とは思えない紳士靴スタイルで、どうやってここまで来たのだろうか。さらにいえば黒部源流に来た目的も、ヤブの中で死に至った理由も謎のままである。
※伊藤正一氏の著書、『黒部の山賊』(実業之日本社)には、ほかにも伊藤氏が山で体験された不思議な話がいっぱい載っています。古本でしか手に入らないかもしれませんが、入手されると大変興味深く読めますよ。


2011年1月11日(火)
真冬のプチ怪談シリーズ(8)
 前回記事「溺死体の上で鶏が鳴く」の話を教えてくれた友人が、都内で体験した不思議な出来事です。


・人が消えた!?

 1989年夏の夜、友人は仕事の用があって会社の同僚2人とともに、都内某所の駅から続く長い坂道を歩いていたという。20mほど前方を、中年の男性と女性がくっつくように並んで歩いており、女性の方は、青と白のボーダーシャツを着ているのもよくわかった。ところが、見ている目の前で女性の姿がスッと消えたという。友人は驚いて同僚たちに「人が消えた!!」と訴えた。ところが同僚たちは、最初から中年男性は一人で歩いており、女性はいなかったと主張。女性が建物や路地に入った瞬間を見落とした可能性も考えられるが、もしそうであれば、友人と同じように一時的にしろ女性を見ているはずである。つまり、その女性は友人にしか見えていなかったことになる。しかも左側が壁で、右側が崖になっており、逃げ道はなかったそうだ。
 やがて3人が、坂を登り切って女性が消えた場所にさしかかると、真夏であるにも関わらず同僚の一人が急に青白い顔をして「寒い寒い」と言い出した。街灯の下で見ると目の下に隈ができており、それにも驚いたと友人は語っていた。女性が消えたことや同僚の異変との関係は定かではないが、ふと左側壁面の上を見上げると、そこには大きな病院があったという。

2011年1月9日(日)
真冬のプチ怪談シリーズ(7)
 今日の話は、動物には第六感のようなものがあるのではないかと、考えさせられる話です。


・溺死体の上で鶏が鳴く

 北陸地方の港町で生まれ育った友人から聞いた話。彼の地元では、海で溺死した人を捜索する時、鶏を一羽連れて船を出すという。なぜなら鶏は溺死体の上に来ると鳴くからだそうで、かつてはほとんど手がかりがない海におけるセンサーのような探索手段として利用されていたようだ。
 彼によると、地元だけに伝わる方法というわけではなく、歌舞伎の演目「道明寺」にも、菅原道真出発の合図である一番鶏を早く鳴かせ、ニセの迎えを立てて暗殺するためにこの方法を利用する話が出てくるという。このように俗説としては広く知られているらしいが、彼の地元のように実際に利用していた地域があるのも確かなようだ。
 なぜ、鶏は溺死体の上で鳴くのか。例えば溺死体に起因する何らかのシグナルのようなものがあって、それに鶏が反応している可能性もあるのではないか。それが第六感と呼ばれるものなのか、あるいは既存の科学で説明できることなのかは何ともいえないが、少なくとも迷信として切り捨てることもできない(鶏が死体に反応している確実な証拠もない代わりに、切り捨てる根拠にも乏しいから)。まったく利用価値のない迷信であれば、現場で長年に渡って利用され続けることはなく、早い段階ですたれてしまう可能性が高いと考えられる。その方法が過去に定着したのは、鶏が鳴いた場所で海に潜ってみると確かに溺死体があった。次の時も同様に見つけられた。それが繰り返されて、利用価値があると見い出されるわけで、何度やってもダメなら誰も利用しなくなるのが世の法則だ。海と密接に関係がある地域で、その方法が定着したのは、何かがあるとしか私には思えないのだが…。



2011年1月1日(土)
謹賀新年
  新年あけましておめでとうございます

                

出版業界にいると、なかなか明るい未来が見えてきませんが、でも今年は兎年。まさにウサギのようにぴょ〜んと飛躍の年になってほしいものです。日本一の富士山だって、ひと飛びで超えちゃうぞ!! みたいなノリで明るく立ち向かっていきたいところです。今年も本サイトともども、よろしくお願い申し上げます。


      

2010年12月30日(木)
真冬のプチ怪談シリーズ(6)
 私の母方の祖父は、もう二十年以上前に亡くなっていますが、これは私が小学生の頃に話してくれた祖父自身の体験談です。怪談ではありませんが、私もその状況を想像して、ぞっとしましたので、ご紹介することにしました。


・峠の恐怖 

 祖父がまだ子供の時だから、おそらく明治末期か大正初期のことだと思う。祖父の実家は、四方を山に囲まれた町にあり、ある時、母親から急なおつかいを頼まれて、ひとりで隣町の親戚に行かなければならなくなったという。だが家を出たのは、日が西に大きく傾く時分で、明るいうちに峠を越えようと山道を急いだそうだ。やがて、峠が見えてきて、ひと安心…かと思いきや、その手前で祖父の足はピタリと止まってしまった。
 それは、峠に予想だにしないものが待ち構えていたからだ。登ってくる祖父をじっと見ていたのは、着物を着たひとりの女性。だがニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべ、明らかに正常な人物ではなかった。
 峠は狭い山道が越えているだけなので、避けて通ることもできない。かといって戻るわけにも行かず、何をされるかわからないという恐怖心を必死になって押さえ込み、そっと女性の前を通り過ぎたそうだ。結局、何もされなかったようだが、ニタニタと笑いながら、じーっと睨まれて生きた心地がしなかったという。
 祖父には戦場体験がない(電気技術者で、戦時中は広島の水力発電所所長をしていたため徴兵されなかった)こともあるのだろうが、この時のことを人生で最も怖かった体験と語っていたほどで、おそらく余程の尋常ならざる容姿をしていたのだろう。

 山村の民俗や歴史について書かれた本を読むと、昔は、精神科の病院はもちろん、心に異常を来した人に治療を施す術もなく、中には「山の神に娶られたい」と自ら山に入って行方不明になる女性もいたそうだ。祖父が遭遇した女性も、そういう経緯で山に入った人だったのだろうか。

2010年12月29日(水)
真冬のプチ怪談シリーズ(5)
 虹といえば七色に輝くものですが、私は過去に黒い虹と表現するしかないものを見たことがあります。怪談というよりも不思議な話ですが…。


・大山で見た黒い虹?

 大学生の時、友人と丹沢の大山(おおやま)に登った時のことだ。山頂から展望を楽しんでいると、南東方向の空に黒い線状のものが弧を描いているのに気がついた。よーく見なければわからない薄さなのだが、望遠レンズでカメラ越しに拡大して見ると、確かに何か黒い線のようなものがかかっている。友人と「あれ何だろうね」としばらく観察していたが、黒い雲や煙がたなびいているような感じでもなく、山頂で休憩している30分ほどの間に形が変化することもなかった。また標高1252mの大山山頂から見たとき、水平方向よりも少し上にあったから、遠くの地形や道路などを誤認している可能性はほぼゼロといえる。
 表現するとしたら「黒い虹」とでもいうしかないが、山などで見かける虹のように大きなものではなく、ごく短いものだった。いくら考えても正体が思い浮かぶものはない。

2010年12月28日(火)
真冬のプチ怪談シリーズ(4)
 今日の話は、私自身の体験です。といっても、怪談というほどの話ではないので気楽に読んでください。


・江戸時代の旅人?

 今年の秋、旧・中山道を取材したときのこと。峠を越え、隣の宿場町(もちろん現在は古い町並みを再現した観光地になっている)に向けて、街道情緒たっぷりの石畳の道を下っていると、前方から男性がひとり歩いてくるのが見えた。時間は、朝の9時頃だったが、付近はまだ山影にかかっていて、森の中は薄暗い。最初はあまりよく見えなかったが、次第に近づいてきたその姿を見て、ちょっとびっくりした。なぜなら、まさに江戸時代さながらの旅人の格好をしていたからだ。大きな風呂敷包みを背負い、足にはわらじを履き、スタスタと歩いてくる。まさか気づかないうちに江戸時代にタイムスリップしたのか!? と不安になりかけたが、その先にちらっと見えた舗装道路に気づき、慌ててそれを打ち消した。
 男性は、私の存在を気にするでもなく、自然に近づいてきて、ごく普通に「おはようございます」と声をかけて通り過ぎていった。もちろん私も挨拶を返したが、「どうして、そんな格好してるんですか」と聞くべきか迷っているうちに機会を逸してしまった。
 イベントか何かあって江戸時代を演出しているのだろうか。だが、男性が向かっていたのは、宿場町とは反対の峠の方向。しかも峠には並行して車道も通っているので、もし本当にイベントでもあるのなら、普通は車を使うだろう。わざわざ変な格好のまま歩いて行かないと思う。それに今しがた通ってきた峠や街道筋では、イベントがありそうな気配はまったくなかったのだが…。そもそも江戸時代を演出するにしても、街道歩きの人は、途中、数人に出会ったくらい。そんなわずかな人のために観光協会が、そこまで手の込んだことをするとは思えない。うーん、謎である。


2010年12月27日(月)
真冬のプチ怪談シリーズ(3)
 普段の生活で、たとえ光や音があったとしても怖くもなんともないわけですが、それが理解できない形で発せられると、人間は恐怖を感じるようです。そんな話をふたつご紹介しましたが、今日の話は、本来は愛らしいはずの存在が静かに忍び寄ってくる恐怖です。


・這い上がってくる赤ん坊

 私が出版社に勤務していた時、島根大学理学部を卒業後、横浜国立大学大学院へ進んだ経歴をお持ちの同僚男性がいた。彼は、私と同じように「霊魂のようなものを安易に否定すべきではない」と考える人だったが、その彼が教えてくれたのが、次の話だ。
 大学の時、彼の先輩が、出雲山地でシカの生態調査中に農地の空き小屋で一泊することになったそうだ。深夜、小屋で熟睡していると、ふと足下に異様な感触があることに気がついて目が覚めたという。先輩は足下を一目見て驚愕した。何とそこにいたのは、赤ん坊だったからだ。赤ん坊は声もなく、ゆっくり足下から腹へ這い上がってくる! その時、確かに手足の圧力や赤ん坊の重みをずっしりと感じたそうだ。しかし逃げ出したくとも金縛りで動けない。とうとう顔の前まで来たとき、あまりの恐怖から気を失い、気を取り戻したときにはすでに赤ん坊の姿はなかったという。先輩の体験談を聞いた人は、みんな「夢だろう」とか「水子じゃないのか」と笑い飛ばしていたが、先輩は真剣そのものだったそうだ。
 彼自身も松江で生活した4年間に不思議な体験をいくつかしており、また同地の知人には、河童を目撃したと証言する人が二人もいたという。


2010年12月25日(土)
真冬のプチ怪談シリーズ(2)
 早速の第2弾です。昨日の話と同様、昔の日本家屋では不思議なことが似合うせいかどうか知りませんが、こんな話もありますよ。


・部屋をまわる音

 私が好きな作家のひとりに食生態学者・探検家としても知られる西丸震哉氏がいる。東京水産大学を出て、農林水産省の研究所にもおられた方だが、柔軟な考えの持ち主で、著書でも次のように書かれている。「幽霊ないしはお化けなどを、ほとんどの人は否定し、出会ったことのある人は頭から信じ込む。これは両方とも間違った考えであって、超自然的なものは科学的ではないというべきではなく、現在までの科学知識でわからないことはいくらでもあり得ることを無視するほうが、よほど非科学的頭脳の持ち主というべきであろう」と。まさにおっしゃる通りで、私は強く共感する。そうした考えから著書の中でも自らが体験された不思議な出来事を淡々と語っておられる。女性の幽霊に近づき、マジマジと観察されたこともあるそうで、そうした氏の数々の体験談で、特に私が印象に残ったのが、西丸氏の父親の実家で毎日起こっていたという怪異である。

 その家の仏間では、毎夜12時過ぎに仏壇からトントンという音と衣ずれのようなサラサラという音が聞こえてくるという。その音は、初めは壁の中から聞こえてくるが、部屋の中に出てくると左回りで移動し、隅にくると直角にまわり、障子は閉まっているのに廊下へ出て、やがて仏壇に戻って音が消えるという。その間、5分もたたないほどのことで、トントン・サラサラの音は畳から1メートルほど上の空間を移動していることがよくわかり、人の気配も感じたらしい。その音は、家ができてからずっと毎日続いていたといい、西丸氏も子供の頃、家中の人たちと一緒に目の前で体験されたそうである。

 ※西丸震哉著『山とお化けと自然界』(中公文庫)を入手されると、ほかの体験談も含めて詳しく読めます。

2010年12月24日(金)
真冬のプチ怪談シリーズ(1)
 突然ですが、昨日の超常現象ネタつながりで、過去に聞いたり読んだりした、ちょっと怖い話を紹介します! 本サイト「山岳奇譚」では書いていないネタです。怪談といえば夏だと思っている、そこのあなた! そりゃあ偏見ってもんですよ。何回かのシリーズにする予定で、とりあえず今日はその第1回目。
 夜、一人で読んでいる人は、背後に気をつけてくださいね。あれ? あなたの後ろに立っている人、誰ですか? ギャャャャーーーってことにならないように。


・石灯籠

 大学時代の友人に聞いた話。彼の家は都内にある旧家で、昔は広大な土地と大きな屋敷を所有していたが、戦後、そのほとんどを失ってしまったという。古い家だけに戦前までは、いろいろなものがあったそうだ。中でも特筆すべきものが、「いわくつきの石灯籠」。それは毎年決まった日の夜になると青白く光ったといい、彼の父上は子供の時に実際に光るところを見たそうである。その石灯籠にどのような「いわく」があったのか、詳しいことはわからないとのことだった。


2010年12月23日(木)
「超常現象(秘)Xファイル」を見て
 昨夜、テレビ朝日で放送された「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル」は、超常現象肯定派と否定派の対決という年末恒例の企画だが、どうせ議論は平行線で終わるだろうということはわかっていても(その方がテレビ局的には企画を継続できるので都合がいい)、ついつい見ちゃうな。それが真実かどうかは置いといて、子供の頃から不思議なことや謎っぽいことが大好きなもんで娯楽のひとつとして楽しめるからだ。

 ところで超常現象バスター・大槻教授の主張には、確かに「その通り!!」と拍手したいこともあるんだけど、著名な物理学者の割には、論理的におかしい発言も時折見られる。そもそもバラエティー番組なので真剣に議論する気がないとか、カメラが回っているスタジオではじっくり考えて発言する余裕もないということもあるのだろうが、そう断言する根拠がないことでもきっぱり断言されている。これは科学者として頂けない。一昨日の番組でも、タレントの霊体験(ホテルで寝ていたら、女性がスーッと入って来て、じっと自分を見下ろしていた)を「それは夢だ」と断言されていたが、確かに夢の可能性もあるだろうし、その確率は結構大きいかもしれないが、夢以外の可能性(例えば、本当に霊現象だった可能性とか、鍵が締まってなくて隣の部屋の夢遊病患者が侵入した可能性など)がなぜゼロといえるのか、そう断言するのであれば説明してほしい。大槻教授は物理学者かもしれないが、大脳生理学者ではないわけだから、そういう意味では「素人」のはずだ。夢以外の可能性がゼロと断言できないのであれば、「夢の可能性が高い」という正確な表現にすべきだと私は思う。

 ついでいえば松尾貴史の場合は、大槻教授よりさらにヒドイ。この人は、とにかく「科学的ではない超常現象を否定する自分は賢い」ということに酔っていて、真実がどうかなんてことには興味がない。つまり、本音では「絶対に論破されたくない」と思っているからこそ無理な理屈で防衛しているだけのことであり、そのせいでよく論理が破綻している。ざっと聞いていると、筋が通っているように聞こえるかもしれないが、結構おかしなことを発言されている。まあ、タレント教授である大槻教授にしろ、タレントの松尾にしろ、あっさり認めてしまっては番組的にはおもしろくないだろうと、自分たちを呼んだプロデューサーの意図を汲んで無理な発言を故意にされているのかもしれないけどね。
 それに比べて、番組にも肯定派として出演されていた動物学者の實吉達郎(さねよしたつお)氏は、論理的かつ柔軟な考え方をされており、私は大変共感を覚える。母校が同じだから贔屓目にするわけではないが、實吉氏の姿勢は好ましいものと考える。

2010年12月16日(木)
最近のニュースで感じたこと
発売初日43万部!!

 話題の小説が、発売前から増刷になり、発売初日に何と43万部に達したという。オレみたいにアマゾン在庫数が1冊減ってるだけで喜んでいるのがアホらしくなる数字だな(号泣)。でも、ちょっと怖いのは、この数字って読者からの予約注文じゃなくて(多少は含まれているだろうが)、ほとんどは書店からの注文ってことだ。書店としては、話題を集めているだけに店頭に並んでいない事態は絶対に避けたい。ゆえに多くの書店は、ここぞとばかりに多めに発注するってわけ。しかし、フタを開けてみたら思ったほど売れなかったというのは、話題の新刊では時々見られることだ。かつての大ベストセラー『窓際のトットちゃん』も同じ事態に陥って、最終的には出版社は赤字だったともいわれる(あくまで出版業界内の噂に過ぎないが)。
 今回、ポプラ社はそういう過去の経験則から書店のマージンを増やす代わりに返品の際の負担も増える責任販売制にしたそうだが、これは当然だろう。ネット上では、すでに読んだ人から厳しい声が相次いでいるが、最終的にどういう結果になるか、出版業界の人間としては興味深いところだ(小説の評価は、まったく興味なし)。


2010年12月15日(水)
最近のニュースで感じたこと+α
シンガポール外務省高官の日本批判

 ウィキリークスによって暴露されたアメリカ外交公電の中にシンガポール外務省高官が日本を批判した発言があったそうだ。「日本は負け犬」(別の記事では「太った敗者」と邦訳)だとし、「愚かさと低い指導力、洞察力の欠如」と断じたとか。反論できればしたいけど、おっしゃる通りでございます。
 維新の志士や明治から戦後にかけての政治家と近年の政治家を比較すると、どう見ても同じ日本人とは思えないほどの違いがある。幕末にあれほどの逸材を輩出したのは、たまたま優秀な人が揃っていたわけではなくて、時代の流れに刺激を受け、あるいは危機感から行動に出た結果だったのだろう。今の時代にも素質がある人は少しはいるだろうが、その能力を発揮できる状況にはないだけだと思う。
 日本は経済成長によって世界トップクラスの豊かさを手に入れ、アメリカの核の傘に入って外敵もなく、何も考えなくても普通に生きていける。そのため刺激もなければ危機感もない。当然、目覚める必要がないので、国民も政治家もどこか緊張感がなくなっている。でも、これは日本人に限ったことではない。中国は今は金持ちになるために全速力で走っているが、豊かになると走るペースも落ちて、おそらく今の日本と同じ状態を迎える日が必ずくるんじゃないかな。かつての清朝のように。


「原爆投下を阻止せよ」を見て

 9月初旬に放映されたNHKスペシャル「原爆投下を阻止せよ」を録画したまま忘れていたが、昨日ようやく視聴した。当時、アメリカ政府内部では、「原爆を使うべきではない」と考える人が圧倒的に多かったという。それは人道的な見地からではなく、日本を徹底的に破壊するより早々に終戦に持ち込み、戦前から関係があった財閥との取引を再開したいというビジネス上の理由だったようだ。JPモルガンとも関係が深いウォール街出身の国務次官、ジョセフ・グルーを中心に原爆投下を阻止すべく動いていたという。それが功を奏さず、なぜ投下されてしまったのか、番組では詳しく追っていた。
 グルー派は、日本の在ベルン公使から日本が「天皇制の存続」しか降伏条件に出さないことを確認し、ポツダム会談の草案にもその一文を入れる。ところが、年間国家予算の2割も使って進めていたマンハッタン計画の責任者ジェームズ・バーンズがこれを握りつぶす。なぜなら、それほどの予算を使って開発した原爆を使わないまま戦争を終えたら政権の責任問題になるからである。またヨーロッパ戦線のソ連に対して原爆の威力を見せつける必要もあったという。つまり、原爆を使う前に日本が降伏されては都合が悪かったのだ。結局、日本が降伏を飲める唯一の条件「天皇制の存続」はバーンズによって削除されてポツダム宣言が発表され、日本は宣言を受け入れることもできず、さらに戦争が続き、バーンズの思惑通り原爆は投下されてしまう。
 もし、グルー派の工作が進めば、戦争は数ヶ月早く終結し、日本は原爆を落とされることもなかったわけだ。グルーは回顧録に「原爆が投下される必要はまったくなかった」と書いているという。「原爆によって多数の人の命を救った」というアメリカの都合のいい主張に疑問符が付くことは明白だろう。


2010年12月11日(土)
朝日新聞社に電話
 昨日は、朝日新聞東京本社に、数日前の夕刊掲載の記事内容について電話をする。要は内容を問題視して噛みついたわけだ。読者意見対応の記者は、最初のうちはちょっと強気だったが、彼の反論にすべて再度反論しているうちにトーンダウン。最後に私があることをひと通り説明すると、少し黙ってしまい「おっしゃることはよくわかりました」。これは「私がいっていることを理解した」ということであって、「私の意見が正しいと認めた」わけではないことは百も承知だが、反論できなくなるところまで追い詰めたのは確かなようだ。
 確かに新聞記者だけあって「そう簡単に同意しないぞ」みたいなバリアを感じたし、一般の人よりもディベート力はありそうな印象だったが、意見を聞いていると、朝日新聞社としての見解というよりも、個人的事情に起因するとしか思えない「擁護」も随所に見られた。記者本人も「こういう場で私見をいってはいけないのですが」といっているにも関わらず、それぞれの意見の裏側に個人的擁護も透けて見えて、「今は朝日新聞社を代表してしゃべってるんじゃないのかよ」ってツッコミたくなる部分も多々あった。個人的に擁護したいものを公的な場で何の疑問にも思わず擁護する。残念ながらマスコミ関係者にはよくあることで驚かないが、それを客観的に認識できていないのもどうかと思うよ。
 法律や経済のことであれば勝てる見込みはほとんどないが、生物関連のことで文系記者(発言の内容ですぐにわかる)を言い負かすなんて、ちょろい、ちょろい。あくまで電話での議論ではあるが、朝日新聞の記者を論破して気分爽快ってところだね(笑)。



2010年12月6日(月)
無題
宇宙戦艦ヤマト実写版

 小学生の頃、よく友達と「宇宙戦艦ヤマトごっこ」をしてたの思い出すな〜。地球を救うため、たった1隻でイスカンダルへ向けて困難な旅に出る、という設定が感動ものなんだよな。でも、つっこみどころも満載だった。例えば、ヤマトの発進シーン。海が干上がり、赤茶けた荒野に半分埋まったスクラップ状態の戦艦大和の中から殻を割るように宇宙戦艦ヤマトが現れるんだけど、その後に描かれるヤマトは、人間の寸法と比較しても大和よりはるかに大きくなっているとか。あるいは宇宙空間では地上と違って決まった天地方向はないはずなのに、デスラー艦隊も艦艇の天地をなぜか律儀にヤマトの天地に合わせてやってくるとかね(笑)。でもまあ、大好きなアニメだったのは間違いない。それが実写になるっていうのは、結構楽しみだ。わざわざ映画館に見に行くほどではないが、テレビで放映されたら絶対に見たい。


外付けHD故障!!

 昨日、PCの「コンピータ」画面で1TBの外付けHDが表示されていないことに気づいた。確かにUSBケーブルはPC本体に差し込まれているのだが、認識されていないのだ。あれれ??と思って、とりあえず何か対処してみようと、うかつにもHDの電源スイッチを切ってしまった。あ、マズかったかも、とすぐに気づいたが、あとの祭り。その後、ウンともスンともいわなくなり、アクセスできないのはもちろん、電源すら入らなくなってしまった。おそらく電源を切ったことでプログラムが壊れてしまったのだろう。ただ、認識されていなかったということは、すでに切る前から何らかの障害が発生していたのかもしれない。メーカーのサイトを見ると、HDの修理では「すべてのデータを消去します」とある。データ復元サービスもあるようだが、結構高そう。さて、大変困った。どうしょう。近年まれに見る大ショックかも!! 
 改めてHDに入っていたデータを思い出し、ほかのHDのバックアップを確認したり、いろいろ検討したところ、確かにここにしかないファイルもあったが、9割以上はPC内蔵HDのバックアップデータであることに気づき、思ったほど重大な問題ではなさそうという結論に至る。修理に出すと新たに買うのと同じくらいの料金が必要らしいので、壊れたHDは、修理に出さず破棄もせずそのまま保管することにした。その後継としてバックアップしやすいようにLAN接続タイプの4TB外付けHDを新たに買うことにした。みなさんも、データのバックアップは頻繁に行った方がいいですよ。今回、運良く仕事上の大きな障害にはならなかったが、場合によっては一大事になるところだった。


2010年12月3日(金)
最近のニュースで感じたこと+α
ウィキリークス

 いろいろ物議をかもしているウィキリークス。権力とはすべて「悪」であり、その隠し持っている情報を暴くのが正義だといわんばかりだが、どうなんだろうね。他国の政治家をボロクソにいってるのがバレる分には笑って見ていられるが、それで済まない情報もありそうだしな。ただ興味深い情報があったのも事実だが。そのひとつが、北朝鮮が崩壊した場合、中国は韓国が半島を統一するのを望むというもの。領土野心見え見えの中国にしては、「これまたどうしちゃったんだろう?」って思ってしまうが、先日、亡命先の韓国で亡くなった元北朝鮮高官の黄長Y氏も生前「中国には、北朝鮮に対する領土的野心はない」といわれていた。聞いたときは「まさか」って思ったけど、黄氏の分析通りといえそうだ。
 これって一見、不思議な姿勢ともいえるが、よく考えれば理解できないこともない。北朝鮮にはレアメタルのような鉱物資源があるといっても、中国に取り込むとなると、社会インフラ整備に相当な費用がかかることも予想される。つまり中国は経営者的観点からプラス面よりもマイナス面が大きいとみて、「北朝鮮の領土はいらない」といっているのかもしれない。それに対して比較的少ない投資で海洋資源を開発すれば大きな利益になる「領海」では、そういうめんどうな問題もないから、強弁に自国領海であることを主張してるのだろう。何とも打算的な国である…っていうか、これが普通かも。
 確かに北朝鮮崩壊後は、韓国が統一するのが筋だと思うし、日本としてもその方がいいのは間違いない。しかし、ようやく順調に走り始めたところに、どっしりと重い荷物を背負わされて、韓国の経済成長も国際競争力も結構長い間、停滞しそうだね。まあ、それが日本にとっていいか悪いかは微妙なところだが。


インフルエンザ予防接種

 ところで、今日、インフルエンザ予防接種を受けに病院に行ってきたのだが、昨年と異なり、新型と季節性インフルエンザの混合ワクチンになっていたのは、ちょっと予想外だった。これで新型インフルエンザも怖くないぞ、といってもまだ安心するのは早いかも。今はたぶん、免疫細胞がせっせと抗体を作っているところだと思うな。それにしても免疫細胞ちゃんはエライなー。オレ、「抗体作ってくれないかな」って頼んだ覚えは一度もないんだけど、ちゃんと作ってくれるんだもん。もう感動して泣けちゃうよ〜。



2010年12月2日(木)
最近のニュースで感じたこと
中国の漁業監視船再び現る

 尖閣諸島近海に性懲りもなく再び現れた中国の漁業監視船。日本国も、そろそろ強いメッセージを中国に向けて発するべきだね。そうねぇ、オイラなら次のように中国にいうね。

「中共の船がわが領海に0.001ミリでも侵入しようものなら、無慈悲な一撃を加えるであろう!!」 「わが国は、即時的物理的な手段によって、北京を火の海にするのを躊躇しない!!」

 これでコキントーが震え上がるのは間違いなしだね。え? 某国の恫喝番組みたいだって? 中国の友好国と同じよーなことをいってるだけなんだから中国から批判される筋合いはないだろ。
 それにしても某国は、「無慈悲」とか「火の海」とか好きだよね〜。昔、韓国との交渉でも、やっぱり「ソウルを火の海にするぞ」と脅していたし。「何度も繰り返しいわれていると慣れてくるよー」って、誰かそっと将軍様に教えてやれよ(笑)。


2010年11月28日(日)
最近のニュースで感じたこと
人がヘビを怖がるのは本能らしい

 昨日、あるニュースサイトに京都大学の研究チームが「人がヘビを怖がるのは本能」とする研究結果を発表したという記事が載っていた。さまざまな年齢の人にヘビやそれ以外のムカデ、ゴムホース、花の写真をそれぞれ組み合わせて並べ、その中からヘビを選ぶ反応の速さを比較したところ、ヘビによる恐怖体験がない3歳児でもヘビに敏感に反応したという。ムカデやゴムホースでは花と反応に違いがなく、経験で恐怖感が身につくのなら年齢によって反応が変わるはずなので、この結果はヘビへの恐怖が本能であることを示していると研究チームは結論づけたそうだ。大変興味深く読んだが、私がさらに感じたのは、ヘビに恐怖を覚える本能がどのようにして形成されたのか、という点だ。

 アフリカで生まれた人類は、その後全世界に広がって行くわけだが、その過程では当然、毒ヘビにも遭遇し、噛まれて死んだ人もいただろうし、死ななくても毒の影響は確実に受けたはずだ。いうまでもなく前者の恐怖が子孫に遺伝的に継承されていくことはあり得ないわけだが、死ななかったとしても噛まれると痛いとか、噛まれたあとに腫れ上がるといった「嫌な記憶」が残る。しかしその記憶がたとえ何千例、何万例繰り返されて、ヘビへの恐怖が口伝えで子孫に伝えられることはあっても人類の遺伝子に広く刷り込まれるわけではない。むしろ次のようなことでヘビに対する本能が形成されたのではないかと私は想像する。

 サルがヘビを異常に怖がることは知られており、ヘビを怖がる本能が形成されたのは人類に進化するよりももっと前の段階なのかもしれない。いずれにしてもヘビに対する恐怖本能が形成される前段階があったはずだ。しかし、ヘビに噛まれるという経験を持たなくても、中には漠然と危険を感じたとか、威嚇されて怖くなったとか、そういう理由で近づかない個体もいたはずだ。一方、ヘビを恐れず近づいたために噛まれて命を落とした個体もいたただろう。これを繰り返していくと、当然ヘビを避ける性質だけが残り、ヘビを怖がらない性質は淘汰されていく。その結果、遺伝子レベルの「ヘビを怖がる本能」が形成されたのではないか。京大の実験でムカデに対する恐怖本能が見られなかったのは、ヘビのように噛まれても死ぬことはないので遺伝的に淘汰されなかったと考えることもできる。

 「人類共通の本能ならば、ペットとしてヘビをかわいがる人がいるのを説明できない」という意見も出てきそうだが、これは実にありがちな二分法的発想による間違いとしかいえない。あくまでそういう傾向があるという話だから、例外(本能の発現が弱い人)がいても全然不思議ではない。それに意識上では「かわいい」と思っていても、無意識下の状態も同じとは限らない。ヘビをペットにしている人がこの研究チームの実験を受けたとしても、ヘビに対する反応はほかの人と変わらないかもしれない(=無意識下ではヘビを恐れているということ)。ただ、今後、世界的に都市化が進み毒ヘビに遭遇して危険な目に会う機会が減っていくと、遺伝的な淘汰圧が弱まり、無意識下でもヘビを恐れない人の割合が徐々に高まる可能性はあるかもしれないが―。


2010年11月20日(土)
最近のニュースで感じたこと
法相失言

 柳田法相の失言は、呆れた。あんなこと指摘されなきゃ問題だってことに気づかない人物が大臣している国ってなんなんだろうね。でも、大臣就任直後から、なんとなく危なっかしい人だなと思っていたので、あーやっぱりって感じだ。それにしてもマスコミは「地元広島」「地元広島」と繰り返しいうなよな〜。広島のイメージが悪くなるだろ!!! 


尖閣ビデオ流出その2

 昨日の朝日新聞には、「手持ちのカードを相手側に教えることになるので、外交交渉がやりづらくなる」「外交カードだった映像が公開されたことで、日本は駆け引きの材料をひとつ失った」という、映像を流出させた海上保安官を批判する読者投稿が載っていた。まあ、なんだかなって感じなんだけど、問題なのは、外交カードとして使うべきビデオを外交カードとしてすぐに使わなかったことであって、今回の件において非公開にするメリットがどこにあるのか私にはまったく理解できない。中国から「ビデオを公開しないでほしい」といわれたそうだが、それこそ非公開が外交カードにならない証拠といえる。なぜなら日本にわざわざ外交カードを与えるために中国が非公開を依頼してくるはずもないからである。公開されると中国にとって都合が悪いからという以外に一体どんな理由があるというのだろうか。どうせ足下を見られて揺さぶられて、仙石が慌てて非公開を決めたってとこだろ。仙石は、「反小沢」くらいしか評価できる要素はないが、戦前なら確実に殺されてるな。

 まともな駆け引きがあったのかなかったのか知らないが、中国の要求をのんだ代わりに日本として得るものがあったのか。むしろ非公開にすることで、中国漁船の一方的ないい分だけが伝わって、「日本側に不都合なことがあるから公開しないに決まっている」と中国国内では思われていたではないか。国の名誉を損ねてまでして民主党政権は何を得たのか。

 警察が容疑者を追及するときに、こちらのカードを見せると駆け引きが難しくなるといって犯罪の証拠を出し渋るか? 証拠を見せることで何の反論もできないようにして自白させようとするのがフツーだろ。外交交渉だって同じでは? 確かに証拠を見せるタイミングはあると思うが、今回の件でいえばカードを切るタイミングは事件直後だったのは間違いない。モタモタしているから、こういう結果を招いてしまっただけのことだ。

 こういうピンボケ意見を、金を払って読まされる身にもなってほしいね。


2010年11月12日(金)
踵の痛み原因はカメラだった!?
 以前の日記で書いた「踵の鈍い痛み」。その後、痛みはまったくなく、先月の取材でもなんともなかった。ところが先週、南信州の峠道を歩いていると、また痛みが出てきた。うーん、またか。困ったな。でも、どうして先月はなんともなかったのだろうか…と考えて、あることに気がついた。それは、腰につけているカメラである。取材時、いちいちザックをおろしてカメラを出していたのでは非効率なので、ベルトで腰に固定できるカメラ取り付け具をアルミ材などで自作して、カメラをそのまま腰にぶらさげて歩いている。何かにぶつけそうで危なっかしく思えるかもしれないが、もうかれこれ十年以上、愛用してきて、これまでカメラを壊したことは一度もない。

腰に固定する自作カメラ取り付け具

 この取り付け具は、いつも腰の左側に固定するため(右利きなので、武士の刀と同じく左側の方が出し入れしやすい)、左足や左側股関節に偏って重量負担がかかり、身体に何らかの影響が生じることが予想された。そのため少しでもバランスをとるために、三脚は必ずザックの右側に固定して、身体の負担に左右で偏りが生じないように工夫してきた。それは確かに効果があったようで、これまで特に問題がなかったのは、この対策によるところが大きいといえるだろう。
 ところが、最近はデジタルカメラしか使わなくなり、フィルムカメラと違って高速シャッターが切れるので三脚を持参する必要性は格段に低下。先月の取材では三脚を持参したので、あまり影響もなかったのだろうが、白馬大池の時も今回も三脚を持参しなかった。そのためバランスをとる役目を担っていた三脚がなくなったせいで、にわかに身体の左側だけに余計に負担がかかるようになり、左足踵に痛みが出るようになったのではないかと思われた。
 そこで、峠道の途中でカメラ取り付け具を右側に固定しなおしてみた。するとどうだろうか。歩き始めてすぐ、ウソのように痛みが消えた。踵の痛みの原因はこれだったのだ。間違いない。原因がわかったので、今後は取り付け具を時々、左右交代することにした。こういうこともあるんだねぇ。何らかの痛みが出たら、もしかしたら荷物のバランスが悪いのかもしれないよ。



                                              ☆
2010年11月6日(土)
尖閣ビデオ流出
 ビデオを投稿した人、よくやった。大絶賛したいよ。もし民主党がこのままビデオを公開しないまま幕引きにしたら、民主党はもちろん、日本という国も終わったと思っていた。だが、おそらく海保関係者の中に「このまま非公開で終わらせてたまるか」と憤慨していた「まともな感覚の持ち主」がいたようだ。
 ところで、この件に関して、昨日の報道ステーションで弁護士の堀田力が、またまたトンチンカンなことを発言していた。この人は、かつて毒ギョーザ事件の時、「安いのだから安全性のリスクがあるのは仕方ない」と発言した「ちょっと感覚がズレている人」である。そういう人を尖閣ビデオ流出報道の時にコメンテーターとして呼ぶテレ朝の鈍感ぶりもどうかと思うが、やっぱり今回も変なことをいっていた。番組の中で堀田は、中国側の主張にも一理あるかもしれないと発言。さすがに古舘もこれはまずいと思ったのか、「ビデオを見れば中国側に非があるのは極めて明快」と付け加えていたほどだ。

 中国が尖閣諸島は自国の領土だと主張し始めたのは近年のこと。ずっと昔から主張していたのなら、その主張に耳を傾けてもいいかもしれないがそうではない。海底資源がありそうなので、本音では「完全に日本の領土」とわかっていても自国の領土だと数十年いい続けていれば、あわよくばぶんどれるかもしれない、と主張し始めたに過ぎない。それには国家として毅然と対応していかなければ、竹島や北方四島の二の舞になりかねない。チベットのような事態を招く可能性だってゼロではないだろう。だが、こうして堀田のような発言をする日本人が出てきたことを見れば、中国の戦略が確かに効いているといえるのではないか。いつの間にか「昔から領土争いが続いている長年の懸案」みたいな感じになっちゃって、だから「両国に言い分があるのだから、とりあえずこの問題は棚上げにしよう」と一歩下がった感じになっちゃっている。

 これは大戦中のいろいろな出来事にも共通している。中国や韓国なんて国は、それなりの視点で常に注意しなければならない相手なのだが、正直者の日本人と同じ感覚で対応する、呑気な人ってよくいるんだな。堀田だけじゃなくて、例えば筑紫哲也(故人)なんかもその一例。そして、日本に不利でも相手の主張を受け入れて公平で正しい判断をしている自分自身に「オレは公平だ」と満足もしている。一応は、「本当に正しいといえるのか」という視点はあることはあるのだが、その判断過程が甘いことも多々あるのだ。
 私もすべて無条件に日本に有利な判断をしろとはいわない。それをすると中国や韓国と同じになり、ほかの先進国のリベラルな知識人から「日本はそういう国なのだ」という烙印を押されてしまう。それは日本にとって決していいことではないと考えるからである。
 だが、この手の人の判断は、とにかく「論理」に難があることが多い。筑紫哲也なんか、典型的な論理音痴である。ヘビースモーカーで、肺がんはストレスが原因だと生前主張されていたそうだが、それってどんな医学的根拠があるのだろうか。単に自分がそう思いたいだけではないのか。こんなこと論理音痴でなきゃ主張しねぇよ。
 いくらインテリでも論理に問題があれば、結論は必然的にズレるのだが、音痴が自分の音程のズレに気づかないのと同じで、どこがどのように論理的におかしいのか説明しなければ理解できない(もしくは説明しても理解できない)。しかも分析も甘っちょろいので、沖合10メートルまで行って、「ここが最も深いところだ」と安直に判断しがちだ。いやいや、もっと深いところがあるでしょと私なんかはいいたいのだが、核心部分まで迫ることもなく、どこか無意識のうちに望んでいるせいなのかどうか知らないが「自分が公平であることを確認できる」手前の位置でもって、さっさと結論にしてしまう。そして「やっぱり日本に非がある」と満足している感が大いにある。

 例えば従軍慰安婦なんかもそうだ。韓国で実名を名乗って日本軍に強制連行されたと泣きながらテレビに登場する元・従軍慰安婦と称する韓国人女性がいる。そして、それを見て無条件に「日本はなんてむごいことをしたのか」と同情する日本人もいるわけだが、バカ正直がお得意の日本人にありがちな薄っぺらな判断だなって思うわけ。強制連行がゼロだったとまでは私も断言できないが、こういう人の中には、おそらく「自分の意志で売春稼業に入って、商売として日本軍の相手をしていた人」も確実にいるだろうと考えている。60年以上も昔のことだから、自分の意志だったとしてもそれがバレることは決してない。しかも日本軍に強制連行されて慰安婦にされたといえば周囲から同情され、いろいろ好都合なこともあるだろう。特に韓国では反日感情とあいまって、特にそれは効果的に働くと考えられる。しかも、うまくいけば日本政府から多額のお金をうけとれるかもしれない。「そんなウソをいってまでして実名で登場することは、さすがにしないだろう」なんていうのはバカ正直者の日本人の発想。ソウル大学の著名な教授が論文ねつ造なんかするもんか、中国の大手食品製造メーカーが粉ミルクにメラニンなんか入れるわけがない。でも、すべて実際にあった話だろ。中国や韓国のおぞましいほどの汚さについては、私はいろいろ間近で聞いた話をいくつか知っており、いずれすべて書きたいと思っている。こういう実例を知っているので、いくら自称・元従軍慰安婦が泣きながら訴えても、そのまま受け入れる気にはならない。すべてがウソとはいわないが、すべてが信用に値する根拠が希薄で、疑念を抱く要素が多分にあるのも事実。中立的な立場の第3国によって客観的に調査されて、本当にそうだったと証明されれば、確かにお気の毒とは思うけどね。

 さて、少し話題がずれてしまったが、尖閣の話に戻ろう。
 これって自宅敷地の話に置き換えるとわかりやすい。何十年と住んできて、それまでは何の話もなかったのに、ある日突然、隣の住民が、庭の真ん中あたりまで指して自分の所有地だと主張してきたら、「あ〜そうですか。ここは私も自分の土地だと思ってるんですが、おたくの主張にも配慮して、とりあえず問題は先送りしませんか。ご近所どうしの関係は重要ですから」っていうのかよ!!! 普通は「何いってんだ」と頭に来るんじゃないのかね。それをまあ、相手にも配慮しよう、ってよほどの論理音痴だね。アタマ大丈夫ですか。まったくもって、ご愁傷様ですというほかない。

 「中国との関係を重視して大局的観点から、いうべきことにもフタをしよう」。菅内閣の判断はまさにそれだった。でも、これって日本人にありがちな実に愚かな発想としかいえない。しかも、いくらきれいごとを並べても要は腹をくくることもできない責任回避の自己保身による判断としかいえない。菅内閣の中で腹をくくっているのは、いうべきことをはっきり主張している前原外相くらいだろう。前原は、民主党にいるのがもったいないほどだね。
 いっておくが、この判断における中国に対しての「大局的」とは、せいぜい数ヶ月先くらいの意味しかない。とりあえず問題をうやむやにして、中国のご機嫌を伺って、針がゼロに戻ったと思うところが大バカなのだ。中国はそれでさらに学習する。「日本という国をコントロールするのは実にたやすい。中国の国益上有益なことであれば、それが仮に真実でなくても、あたかも真実であるかのように主張して、あらゆる手段で圧力をかければ簡単に屈する」。この学習をした中国は、次の機会にも当然同じ手段を用いてくるだろう。そして、その度々に日本の国益は少しずつ損なわれていく。「大局的」というのなら、数十年先を見据えて中国に「日本という国は圧力をかけても無駄」と思わせることだ。そういうことをまるでわかっていないバカがなんと多いことか。その視野の狭さでもって政治家なんかやるなといいたい。


2010年10月30日(土)
PDF化大作戦!!
 今年あたりから「自炊」という言葉がネット上で使われるようになった。要は手元の書籍や雑誌を自分でスキャナーに通して電子データ化することで、ipadのような電子書籍端末が発売されても電子書籍自体が少ないということが背景にあるようだが、それだけではない。自炊向きの高性能スキャナーや断裁機が発売されたこともあって、部屋を占拠する大量の雑誌や本に困っていた人たちが、せっせせっせとPDF化に取り組んでいるという。確かに同じ環境にある私としても、それは大いに魅力的だ。今、自宅には大小の違いはあるものの本棚が計10個もある上に、押し入れも四分の一ほどがプラスチックコンテナに入れた雑誌に占領されているのが現状で、そろそろ限界に近づいている。これ以上本棚を増やすわけにもいかないし、仮に引っ越そうとしても、本の移動を考えるだけで、かなりのストレス。加えて、ほしい本を買えないのは困るし、何よりいつか床が抜けやしないかと密かに心配しているのも事実なのだ。

 そこで私もその流れに乗って「自炊」を始めることにした。確かに開く機会が多い本は、PDFよりも紙の方が効率いいし、そのまま残す本の方が多くなるとは思うが、滅多に開くことはないけど「古本屋に売ったり捨てたりするのは抵抗がある」程度の本は、とにかくPDF化してスリムになろうというわけ。

 とりあえず「自炊派」のみなさん御用達の富士通ドキュメントスキャナープラスの断裁機を購入。どれもネット上では高評価だったが、使ってみると確かに優れている。富士通のドキュメントスキャナーは、エプソン・カラー複合機のADFとは比較にならないくらい、取り込みとスキャンが高速で行われるので、見ていてうっとりするほどだ。ジャムったり、二重取り込みもたまに発生するが、きちんと検出して停止警告してくれる。だからスキャンミスすることもほとんどない。もちろん慣れは必要だが、添付のPDF管理ソフトScansnap Organizerも使いやすいので、サクサク作業が進む。これで、かなりの雑誌や書籍を処分できそうだ。



Scansnap Organizerの画面に表示された取り込んだ雑誌ファイル。



 ちなみにPDF化すると次の利点があるといえるだろう。

 1 OCR機能によりテキストデータに変換してくれるので、調べたい単語で検索できるようになる。紙の本では「どこに書いてあったかな」と思っても記憶を頼りにめくって探すしかなかったが、PC上での一発検索が可能となる。このメリットはでかい。

 2 紙の本だと、どうしても経年劣化や変色が起きるが、いつまでもきれいなまま保管・閲覧ができる。

 3 部屋にスペースが生まれる。

 4 バックアップは必要だが、それは同時に長所でもある。本ではバックアップするのは現実的ではない。

 5 外付けHDにまとめておけば、何千冊分のデータを持ち運べる。


 床が抜けないか、というのは一時期マジで心配していた。だが、機械工学の技術者である父に聞くと「建築物の構造は力学上何倍もの余裕を見ているので、あれくらいの本で床が抜けることはない」といっていたので、安心した。でも、まだ一抹の不安があるのも事実なのだが。


 
2010年10月14日(木)
広島から戻る
東名集中工事による渋滞

 連休最終日、渋滞を避けるため少し遅めに夜7時に広島を出発。しかし、それでもまだ甘かった。神戸手前あたりから長〜い渋滞にはまる。ようやく大阪から京都に抜けるあたりから解消したが、静岡で「東名集中工事」とやらの車線規制によるひどい渋滞にもはまって、結局約12時間(途中、2時間仮眠したが)もかかって帰り着いた。憤慨なのは、東名集中工事である。何十キロにわたって延々とコーンが置かれ、ずっと1車線。で、その間、あちこちで工事をしているのなら納得なのだが、実際に工事していたのはたったの一カ所だけ。つまり、ほとんどの車線規制は意味をなしていなかった。ネクスコ中日本のサイトには、工事箇所以外でも車線を規制している理由が説明してあって、それもわからなくもないのだが、何十キロの区間すべて規制しなきゃいけない説明にはなっていない。おそらくコーンを置いたり撤収したりする手間が大変だから、一度にまとめてコーンを置いて規制すれば作業が簡単にすむってことの方が理由としては大きいんじゃないか。利用者が渋滞にはまろうが知ったこっちゃないってわけよ。なにより行楽シーズンまっただなかの連休をまたぐような期間(連休中は工事は休んでいたようだが)に集中工事なんかするなよな〜。


広島の40日間

 広島に滞在中は、主に今秋刊行の本の校正作業にいそしむ。ほかにも家のことを手伝ったり、なんやかやと充実した毎日だった。先月中旬には、ちょっとした来客があり、いろいろな話を伺えたのもよかった。その中で若手生物系研究者の先生と生態系保全に関して意見を交わしたが、私が普段感じていることと同じ意見をお持ちだったので、久々に溜飲が下がる思いがした。
 また広島滞在中は、食生活が健全になるばかりか、なぜかあまりテレビを見たくなくなり、加えて早寝早起きスタイルが定着する。これは、自分でも不思議としかいいようがない。秦野に帰った翌日くらいまでは広島スタイルなのだが、それ以降は途端に寝る時間と起きる時間がそれぞれ2時間遅くなった。


                                              ☆
2010年10月8日(金)
無題
秋の収穫

 一昨日、実家の菜園に植えてあったサツマイモを掘ってみたところ、下の写真のように立派なイモが育っていた。今年の夏、広島市は小雨だったが、サツマイモはがんばってくれたようだ。早速、焼きいもにして、おいしく戴く。あと、そうそう。今年はナスも大健闘。高温小雨という悪条件にも関わらず、大変よくできたので、何度も食卓を飾った。
 たいした規模でもないが、それでも菜園のおかけで、実家の自給率100パーセント(年間を通してスーパーで買う必要がない)の野菜・果物は、タマネギやジャガイモ、ユズなど何種類もある。
 うちの菜園では、一切農薬は使わないので、虫もつきやすく、その駆除も手作業だが、でも虫がつくということは安全の証拠。健全な環境で育った野菜を食べていれば、身体にもプラスになっているはずだ。


畑のひと筋分だけ試し掘りすると、これだけの収穫が…


キセキレイ来訪

 先日、二階の窓から菜園を見下ろすと、背中が灰色、腹が黄色の見慣れぬ鳥が来ていた。図鑑で調べて、キセキレイだと判明。そっと窓を開けてカメラを向けて撮影したが、シャッター音に鋭く反応。飛んで逃げることはなかったが、あっという間に離れた場所へ足早に移動してしまった。だが、しばらく周囲を巡って、何かをついばんでいたようだ。本当は望遠レンズできちんと撮影したかったが、以前やってきたルリビタキのようにはいかなかった。
 実家周辺には、時々、普段は目にしない鳥がやってくる。もう随分前のことだが、すぐ近くにある池でカワセミを見たこともある。次はどんな野鳥が訪問してくれるか、楽しみだ。




2010年10月2日(土)
呉へ
 この1ヶ月は、今秋刊行予定の本の校正作業に取り組む日々。まだ作業はたっぷり残っているが、ひとまず一段落。そこで昨日は、大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)と鉄のくじら館(海上自衛隊呉史料館)見学のため呉へ行ってきた。実家からは広島高速と広島呉道路を経由すれば、わずか30分ほどだ。
 10分の1スケールの戦艦大和の模型展示で有名な大和ミュージアムだが、それ以外の展示内容も極めて充実していた。ここまで、よく集めたなぁ、というのが正直な感想だ。
 呉工廠の歴史的資料はもちろん、山を隔てて東側にあった航空機の設計・試作をしていた広工廠に関する資料、零戦や酸素魚雷、回天の実物も展示されていた。中には、広島原爆投下時、呉工廠周辺に置かれていた監視塔によって、飛来から原爆投下、そして広島上空を離脱するまでのエノラ・ゲイの行動をつぶさに観察記録された資料や、京都大学と海軍調査団が、広島に投下された爆弾が原子爆弾であると日本で最初に断定して打電した電報の実物もあった。
 また鉄のくじら館には、実物の潜水艦が陸上げされ、中を見学できるようになっており、これは特に見応え抜群だった。潜望鏡を左右に回したり、外を覗けるようになっており、狭い艦内の雰囲気も体感できて、非常におもしろかった。
 最後にちょっと足をのばして野呂山へ。山頂まで野呂山スカイラインで車で上がってみる。子供のころ、登山で何度か来ているらしいが、まったく記憶にない。中腹の展望台からは眼下に黄金色に輝く田んぼが広がり、青い瀬戸内海や点在する島々が美しかった。


 
大和ミュージアム外観(左)。館内の展示(右)

 
10分の1スケール戦艦大和の精密な模型(左)。巨大な潜水艦が目を惹く「鉄のくじら館」。大和ミュージアムの道路を挟んだ反対側にあるので、併せて訪問するのも便利(右)

 
大和ミュージアムの零戦や特殊潜航艇などの実物展示(左)。鉄のくじら館の目玉「あきしお」館内。2台並ぶ潜望鏡。ちなみに日本光学(現・ニコン)製で、レバーやダイヤルひとつで倍率変換したりフィルターを選択できるようになっていた。回すのも、かなり重い(右)


同「あきしお」の操舵席とびっしりと並ぶ計器類


野呂山の展望台から望む仁方の町並みと瀬戸内海

2010年9月19日(日)
そば
 昨日は、両親とともに有名なそば屋へ。といっても広島市内ではなく、山県郡の山里にあるので車で1時間もかかる。連休初日ということで、市内の幹線道路はいつもより混雑していたが、郊外へ抜けるとガラガラ。国道から県道、さらに山の中にぐねぐね続く道路を奥へ進むと、手入れされた竹林の向こうに目指す建物が見えてきた。途中、ひっそりと小さな看板が出ているだけだが、建物は立派で、開店前にも関わらず、すでに駐車場は満車に近い。中には山口ナンバーの車もあって、さすが有名店だけのことはある、と感心した。でも、父の車ではなく私の車で行ったので、ほかの人が見て「湘南から来ている!」と驚いたかもしれないが(笑)。
 メニューは、もりそばのみ。伝票もなく、レジカウンターもない、建物も営業の仕方もとにかく個性的なお店。肝心のそばだが、確かにすごい。実にシンプルだが、これまで食べてきた中でもトップクラスなのは間違いない。いや、あるいは一番かもしれない。
 この店のオーナーは、全国に弟子がいて、以前NHKのそば打ち入門番組の講師も務めた人で、イベントなどで全国を飛び回っていらっしゃるようだ。だから営業日は限られ、今月も営業は4日間のみなのだ。このお店がある北広島町豊平は、そばの産地として知られ、沿線にはそば畑が点在していた。豊かな山の水もあって、そばを打つのには最適なのだろう。
 のどかな中国山地の山里にはススキも顔を出し、秋の到来を感じさせた。近くの道の駅に立ち寄り帰途に就いた。





2010年9月6日(月)
山火事
 2日から実家に戻り仕事をしているが、今日は正午前から近所が騒然とする。消防車のサイレンがだんだん近づいてくるのに気づき、庭に出てみると裏山から煙が上がっているではないか!! ほどなく次々に消防車とパトカーがやってきて実家前の市道に10台くらい並び、消火栓から給水を始めた。しばらくすると広島市消防局のヘリも飛んできて、つり下げた容器で川から水をすくってきて何度も散布していた。さらにはテレビ局のヘリまで飛来。
 裏山といっても、実家からは少し離れている場所のようだし、風は反対向きに吹いていたので、さほど危機感はなかったが、今、この日記を書いている最中も消火活動が続いていて、実家前の市道は通行止になったままである。




実家前を通る消防車(左)と近所に集結した消防車(右)


山に散水する広島市消防局のヘリ


2010年8月31日(火)
白馬大池へ
 一昨日の夜10時頃、北アルプス・蓮華温泉の駐車場でのこと。明日に備えて寝る準備をしていると、車のフロントガラスに白く点滅する光点があるのに気づいた。正面は山の斜面なので、後方にある何かの光源が映っているのだろうか。しかし、ここは北アルプスの山中で、まわりは、うっそうとした森が広がるばかり。「?」とは思ったが、大して気にしなかった。ところが、少しして再び見ると、先ほどの位置とは違う場所で光っている。それで、ようやくピンときた。外に出て、LED懐中電灯で照らしてみると、フロントガラスに一匹のホタルがとまっていて、淡い光を放っていた。
 小さいので、ヘイケボタルかヒメボタルだろうが、昆虫の知識はないので同定は無理。そこで懐中電灯で照らして写真を撮影しておき、帰宅後調べてみるとヘイケボタルのようだ。8月末でもホタルを見れるとは思わなかった。
 私の車には、セキュリティーシステムの赤いLEDがフロント部分にあって、エンジンを停めると点滅するようになっているのだが、この光に誘われてやってきたのかもしれない。いやいや、私は日頃から行いがいいので、山の神に代わってホタルが表敬訪問してくれたということにしておこう(笑)。

 さて翌日は、白馬大池まで日帰りで往復。登山地図のコースタイムは3時間だが、前夜、目が冴えて熟睡できなかったこともあって全然エンジンがかからない。無風の樹林帯が続き、汗がだらだら流れる。しかも、しばらく前から左足かかとに鈍い痛みがあって、それもスピードダウンにつながった。あとから登ってくる人に次々に抜かれ、結局、予定を30分以上もオーバーして到着。白馬大池は、久しぶりだったが、以前と変わらぬ風景で迎えてくれた。
 朝から快晴が続いていたが、写真を撮り終える頃には雲が沸いてきて、やがてガスもかかってきた。再び往路を戻り、蓮華温泉に戻ったが、もうヘトヘト。決して険しいコースではないが、疲労困憊してしまった。
 蓮華温泉は前に一度入浴したことがあるので、小谷側の来馬温泉・風吹荘で立ち寄り湯することに。初めて入ったが、鉄分の匂いが漂い、浴室は赤く染まっていた。少し熱めの湯で疲労もかなり回復したが、明日以降予定していたコースの取材はちょっと無理そう。切り上げて帰途に就くことにする。途中のPAで1時間仮眠をとり、深夜帰宅した。
 ところで足の痛みは、普段の歩行ではまったく気にもならない程度のことで、悪化して歩けなくなるような事態はまずないと思っていたが、それでも足場の悪い登山道なので刺激が強くて痛みが増大したようだ。しかし、下山する頃は、なぜか痛みが消えてしまった。この痛みは、実は昨年の平標山登山に原因があるのだが、少なくとも関節や骨の問題ではなさそうだ。筋肉に慢性的なひどい「凝り」があって、それが運動によって解消したのか
も。


2010年8月29日(日)
最近のニュースで感じたこと+α
官房機密費の実態が無視された理由は?

 少し前のことだが、野中広務が自分が官房長官だった時の経験から官房機密費の実態を雑誌で暴露していた。その内容をネットで読んだが、驚くべきものだった。ある政治評論家は、自宅の新築祝いに官房機密費から数千万円を出すように要求してきたという。またマスコミの記者にもお金をばらまいていたそうである。ええええーーっ、そんな裏があるの!! じゃあ、その金を多少なりとも受け取っていたであろうマスコミは決してこの問題を追及しないだろうな、と思っていたら、本当にその通りだったので、私は目眩がしそうになった。すごい暴露話で、本来ならマスコミはこぞって話題にしてもおかしくないのに、なぜ無視されたのか。それは自分たちもその恩恵を得ていたからと思われても仕方ない。
 追及しなきゃいけない相手から「お金をあげます」といわれて喜んで受け取るような人たちに「ジャーナリズム」を標榜する資格があるとは思えないね。なんじゃ、そりゃあってなもんだろ。もちろん、それが事実かどうかはまだわからんが、それが事実無根なら各マスコミは、「弊社ではそのようなお金は一切受け取っておりません」と否定しなきゃね。それが、おもしろいように各社、この話題を無視。うーん、やはり怪しい。この問題に触れていたのは、一部のジャーナリストのみである。お金に行動が影響されない人の記事こそ、私は信頼する。
 ニュースを読んでいると、いろいろ見えてくる。マスコミにとって都合が悪いことは敢えて無視するみたいなことは実際によくある。ニュースは、そのまま読むのではなくて、こういう裏側も見るようにすると、表向きの格好いい顔だけじゃないってことがわかっておもろしい。


菅 VS 小沢

 鳩山元首相は、小沢さんへの恩返しとして小沢支持を表明したとか。なんだかな〜。一般市民が、選挙で議員支持を表明する理由とレベルが一緒。そんな個人的な理由で、政治家が与党代表を選んでいいのかよ。与党代表とは日本国の総理大臣とほぼイコール。それなのに恩返しで一国の総理大臣を選ばれてもなぁ。正直、東大大学院ってのが、ショぼく見えてくるぞ。こういうのを専門バカっていうんだろうな。それにしても小沢派の人たちって、どうして揃いも揃って腹黒そうな人たちばかりなんだろうね(笑)。


超ローカルな話題をひとつ

 うちの近所に、もう随分前から時々、拡声器付の車が巡回してくる。地元の自動車学校が一度つぶれて、経営者が変わったときにいろいろあったみたいで、不当な扱い(本人たちにいわせれば)を受けた人たちがいたらしい。まあ、ありがちな話なんだけど、その経緯を拡声器でくどくどと説明し、理解を求め、挙げ句には「ご協力ください」とまでいっている。公共的な問題ならわかるけど、そんな民間会社内の問題を説明されてもなぁ。ほとんどの市民には関係ない話。それにご協力くださいって何に協力するのか意味不明。その自動車学校のイメージダウンを計りたいのかもしれないけど、同じことを繰り返しいわれても、ちょっとひつこいし、最近はただの騒音にしか聞こえない。しかも、ごく短時間で内容を把握できる竿竹屋の移動販売と違って、長〜い経緯話を車で移動しながら垂れ流しているので、話の最初の方は遠くて聞こえないし、最後の方も離れてしまって聞こえなくて、結局何がいいたいのかよくわからないっていう、ちょっと笑っちゃう話なのだ。


2010年8月13日(金)
NHKスペシャルとアッツ島玉砕
 8月は戦争関連の番組が多いが、先週と昨夜放送されたNHKスペシャルは興味深く見た。先週の「封印された原爆報告書」では、広島の爆心地からの距離とそれぞれの場所で動員されていた生徒の生存率から原爆の威力を示すグラフが作成されて、それがアメリカの対ソ連核戦略の礎にされていたという内容だった。また被爆者の医学的データが日本側により収集されて、アメリカに提供されていたという話は、当時の情勢からいえば仕方ない部分があるのも理解するが、広島出身者からいえば複雑な気持ちで、番組を見終えたあともため息しか出なかった。
 広島市には今でも放射線影響研究所という施設がある。もともとGHQが原爆の威力を検証するために作った施設で、かつて市民からは「ABCC」というアメリカ原爆傷害調査委員会の略称で呼ばれていた。昔は「データをとるだけで治療はしない」と被爆者から批判されていたが、現在は日米合同の財団法人として平和目的に放射線による人体の医学的影響などを調査研究をしているらしい。放射線影響研究所のサイトからダウンロードできる施設紹介のパンフレットには、かつて批判されたことに対して反省の言葉が並んでいる。

 また昨夜の「玉砕」の内容もすごかった。アッツ島玉砕って日本軍は全滅したと思っていたが、瀕死の重傷を負ってアメリカ軍の捕虜となり戦後帰国したアッツ島守備隊の生存者が27名いたというのは初めて知って驚いた。そもそも大本営が援軍を派遣せず「見捨てた」結果であり、そんな「棄軍」は太平洋各地で繰り返されていたらしい。大本営の冷徹な論理、というよりも大本営の甘い計画が招いた惨事としかいえない。
 ところで番組の内容とは関係しないが、玉砕したアッツ島に対して、隣のキスカ島は、アメリカ軍に包囲されていたにもかかわらず、奇跡的に撤退が成功したことで知られている。アッツ島玉砕のあと、アメリカ軍は、実際には存在しない日本軍の影に翻弄された。レーダーに艦隊の影をとらえ、アメリカ軍は日本艦隊だと思い込む。それはレーダーに映った島のエコーであり、実際には日本艦隊はいなかった。ところが、アメリカ軍がそう思い込んでも仕方ない相当な理由があったようだ。それは、レーダーのエコーがあった場所から反撃があったからである。多くのアメリカ兵が、日本軍からと思われる雷跡や砲撃音を見たり聞いたりしている。それによりアメリカ軍は、レーダーの影が日本艦隊だと確信して、徹底的に砲撃を加えたという。しかし、実際には撤退作戦に用いられた駆逐艦艦隊はまだ離れた海域で待機しており、その場所に日本艦隊は存在しなかった。その結果、アメリカ軍は砲弾を使い果たし、砲弾補給のためにキスカ沖を1日だけ離れた。そのわずか1日という隙間に日本軍によるキスカ撤退作戦が、偶然にも敢行され、無事に成功したという。
 翌日、アメリカ軍はキスカ沖に戻ってきたが、日本軍が撤退したことは知らなかった。しかし、全員撤退して無人になっているにもかかわらず、アメリカ軍はまたしても不思議な日本軍の影に翻弄される。アメリカ兵たちは、キスカ島に灯火を見つけ、あるいは日本軍の曳光弾を目撃し、アメリカ軍は無人の島に砲弾を打ち込み続けたという。その後、島に上陸したアメリカ軍は、ようやく日本軍がいないことに気づいた。島にいたのは、わすが3匹の犬だけだったそうだ。
 キスカ島から無事に撤退できた人たちは、奇跡としかいいようのない現実を前にアッツ島で玉砕した友軍の霊によるご加護だと感謝したという。のちに「アッツ島の幽霊部隊」などといわれて広く知られることになった太平洋戦争中の不思議な出来事である。アメリカ軍の戦史にも記録として残っている点を考えれば、単なる錯覚や偶然として切り捨てるわけにもいかないだろう。



2010年8月7日(土)
雷鳥探してます??
 先々週、乗鞍岳の畳平でのこと。遊歩道を歩いていると、突然、見ず知らずの観光客の女性が、ニコニコしながら「雷鳥いましたよ」と声をかけてきた。一瞬、誰かと間違って声をかけられたのかと思ったのだが、どうもそういうわけでもなさそうだ。この日、畳平は観光客と登山客で賑わっており、まわりにはたくさんの人も歩いていた。それなのに、なぜか私にピンポイントで声をかけてきたのだ。「なんでだろう?」と思ったが、その情報は正直ありがたい。雷鳥はなかなか姿を現さないので、これはチャンスと思って、雷鳥がいたというポイントを教えてもらい、すぐに行ってみたが、残念ながらもう姿はなかった。

 ところが、その1時間ほどあとのこと。またまた別の観光客の人からも「雷鳥いましたよ」と声をかけられた。やはり、まわりにほかの観光客もいっぱいいるにも関わらずである。ザックに三脚を付け、それにデジタル一眼レフカメラをもっていて、なんとなくカメラマンっぽく見えるから、きっと雷鳥を探しているに違いないと声をかけてくれたんだろうけど、よりによって1日に2度も同じこといわれるとは。頭の上に「雷鳥探してます」という旗を立てた覚えはないんだけど、見える人には「雷鳥の写真撮りたいなぁ〜」っていうオーラみたいなものが見えるのだろうか。そんなに雷鳥と出会うことを期待しているわけでもないんだけどなぁ。

 でも話はこれで終わらない。今週、立山の室堂でのことだ。写真を撮っていると、後ろから「雷鳥いましたか」という声が…。振り向くと、遠足で来ているらしい小学生の男の子が一人ぽつんと立っていて、真剣そうな顔で、また「雷鳥いましたか」と聞く。「いや、いないよ」というと、残念そうに立ち去っていった。この一件で、さらに「??」と思ったわけ。こうなったら、いっそのこと「雷鳥探してます」Tシャツでも着て取材に行くかな(笑)。


                                              ☆






                      







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