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世の中のウソ


その6
宗教団体のウソ

 
今日、テレビを見ていたら、最近都内で「手相を見てあげます」と声をかけて、巧みに勧誘する宗教団体のことを取り上げていた。これまでも霊感商法によって高額な物品を購入させられたり被害が多いことでも知られる韓国の某団体だ。それにしても、この手の宗教団体にコロッと騙されてしまう人の気が知れない。被害が多いということは、それがなぜか正しく思えてしまう人もいるってことなんだろう。もし彼らの神が自分に対して、何かをしてくれるのを期待して、お金を払うのなら、まずそこからしておかしいんだよ。

 例えば、こういうことはいえないか。自分にとって最も身近な愛を注いでくれる存在とは親だと思うが、普通、親の子に対する愛とは、対価を要求しない無償の愛である。「お金をかけて育てたんだから、大人になったらその費用を払いなさい」という親なんか存在しない(中には要求する親もいるかもしれないが)。さて、次にその親と神を比較してみよう。神というのは、親のような存在をはるかに超越した崇高な存在。だからこそ信仰の対象になるし、尊敬もされるはずだ。それなのに親ですら無償の愛を注いでくれるのに、なぜ親よりも崇高な存在であるはずの神はお金を払えというのだろうか。お金をとるということは、「愛」ではなくて、むしろビジネスってことだろう。そもそも神というのは、貨幣経済とは無縁の世界にいらっしゃるはずでは? つまり、お金を欲しているのは、神じゃなくて、神を語って金儲けを企んでいるこの世の人間(=宗教団体関係者)ってことになるよね。

 宗教団体関係者も、それに騙される人も、共通するのは論理に弱いということだ。論理に弱いから、宗教団体は、おかしな主張を平気でするし、騙される方も疑問に思わず、そのまま騙されるってわけよ。ある程度の知識と頭の論理回路がしっかりしていれば、騙されることはない。以前、テレビでアーレフ(オウム真理教)の勧誘実態を追うテレビ番組を見た。その時、覆面記者に勧誘者が語ったのは「サリン事件で亡くなった人というのは、もともとそういう運命にあった人で、事件がなくても死んでいたし(だからオウムは悪くないってわけ?)、死ぬというのは魂の救済になるからいいことなんです」(正確に覚えていないが、そんな内容だったと思う)。「事件がなくても死んでいた」とは、何を根拠に言ってるんだよ。万が一にも死ぬことが魂の救済であったとしても、救済してもらうか否かは本人が決めることであって、おまえらに勝手に強制されることではないだろ。

 もうひとつ。大学の時、キリスト教系の某宗教団体が自宅に勧誘にやってきて「将来、これまでの人類全員が平和に暮らす世界が到来する」という。その「人類全員」とは、亡くなった過去の人も含めた人類全員とのことだったので、私は「そうすると、ものすごい人口密度になって、地球上で全員が生活するなんて不可能でしょ」と反論したところ、彼は黙ってしまった。現世のような有限空間ではなくて、「あの世」のようなイメージだったのかもしれないが、それでも「一体、その根拠はどこから来ているの?」という疑問は消えない。いかにも、そうであったらいいみたいな都合のいい夢物語を信じるのは勝手だが、そんな根拠のない話がアリというのなら、どんな話でもアリってことになる。

 宗教にまつわる話は、このように初めから論理が破綻していることが多い。ところで宗教というのは、法律などの社会システムが未熟な社会では一定の存在価値があった。「神様が見ている」というのは、悪事を封じ込める役割を果たしただろう。だが、社会システムが整った現代にあっては、むしろ弊害の方が大きくなってきたように感じる。宗教対立による戦争なんかいい例だ。あのような事態を生むようになると、何のための宗教かと思わざるを得ない。必要であるとしても冠婚葬祭の時だけみたいな、淡泊な関係の方がいいのではないかと思うが、生まれてこの方、宗教がすべてみたいな人の「洗脳」を解くのはかなり難しいだろう。