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世の中のウソ


その3
世の中には正論に聞こえるウソがたくさんある 

 
この間、アマゾンのサイトで、ある本の書評を読んだときに感じたことを書きたい。それは、どのような食生活を送ることが健康に必要かを説くベストセラーにもなった本で、以前、私も読んだことがあった。この本の中では、牛乳の問題点が指摘されていたのだが、それに対して「自分は牛乳を30年にわたって飲んできたが、一向に健康に不安はない」という反論が書き込まれていた。だから、この本に書かれていることには説得力がないという主張のようだったが、残念ながら、この意見はまったく反論にはなっていない。おそらく牛乳生産者か、もしくはそれに近い立場の人と想像するが、反論するのなら、もう少し説得力のある反論をする方がいいだろう。

 私は牛乳に害があるという説に賛成も反対もしないが、この意見になぜ無理があるかといえば、自分一人の経験という、わずか1例の結果に過ぎないからである。例えば、タバコでもお酒でも、あるいはほかの食品でもなんでもいいのだが、それを長期間にわたって摂取し続けた時に身体にどのような悪影響があるか、という判断をするには、疫学的な検証、つまり相当数の人間を何年にもわたって追跡調査しなければ影響の有無について何かいうことはできない。
 仮に牛乳を継続的に飲むことで身体に悪影響があったとしても、毎日牛乳を飲む人全員に悪影響が出る可能性は低く、例えばそのうち30パーセントの人に何年後かに悪影響が出る、というような話なのである。つまり、この人が30年にわたって牛乳を飲み続けて健康に何の問題がなかったとしても、それは残り70パーセント側の可能性だって充分あり得るのだ。
 タバコに害があるのは、もはやいうまでもないことだが、30年間ヘビースモーカーだった人が、病気ひとつしたことがないからといって、タバコに健康への悪影響がないとはいえないのと同じことである。自分の経験を元にした意見は説得力がありそうで、正論に聞こえるが、実はそうではない。

 同じような反論というのは、日常生活でもよくある。例えば私は、一般的に女性は車の運転が下手だと思っているが、おそらくそれを女性ドライバーにいうと10人中9人の人から「男性にだって運転が下手な人はいる」と反論されることだろう。この反論は間違いではないが、私がいっているのは経験から感じられる「全般的な傾向」の話であって、男性にも例外があるのは当たり前なのだ。何もすべての女性ドライバーは運転が下手とは思ってもいないし、A級ライセンスをもつ女性がいることくらい知っている。また逆にすべての男性ドライバーが運転がうまいはずがない。
 このように「傾向」の話と「個別」の話が、ごっちゃになっているのもよくあることである。
 外国の人からは「日本人は勤勉で礼儀正しい」とよくいわれ、多くの日本人は納得して聞いていると思うが、日本人の中にはそれに該当しない人がいることは当のわれわれ自身が一番よく知っているだろう。このようなことについては「傾向の話」として納得しているはずなのに、どうして中身によって「傾向」と「個別」の区別がつかなくなるのか、理解に苦しむ。

 誰しも論理的におかしい考えに陥ることはあるし、私自身にも充分いえることだが、最初に浮かんだ判断を、充分考えもせずにそのまま結論にしてしまう人が、意外に多いというのは時々感じる。自分自身の考えにしろ、他人の考えにしろ、その「考え」が、本当に正しいのか今一度想像力を働かせて考え直すのは大切なことだ。正論に聞こえる意見にも実は矛盾があることに気づくこともあるし、それを繰り返すことで、より正しい結論に到達できる可能性も高くなる。そういう習慣をつけることは、想像力を鍛えることにもつながるだろうし、世の中にたくさんある「正論に聞こえるウソ」にだまされないためにも必要なことだと思う。そもそもテレビやネットの情報も鵜呑みにすべきではないし、社会的地位のある人や有名人の意見が正しいとは限らない。