Nature Log
にっぽん全国 一度は歩いてみたい道  東海北陸 001 

■DATE


歩行時間/3時間5分
歩行レベル/家族連れ向き
最寄りの駐車場馬籠宿駐車場(無料)町営妻籠宿第2駐車場(有料)
最寄りの駅JR中津川駅JR南木曽駅
最寄りのバス停馬籠バス停妻籠バスターミナル(おんたけ交通・きそバスほか)
MAP(外部リンク)
/地図1=木曽観光連盟サイト(中山道の木曽路全体地図。該当するのはP34~42)
地図2=妻籠観光協会サイト
取材年月日/2010年11月05日・2015年05月13日
メモ/馬籠宿~妻籠宿は、グーグルマップのストリートビューでも通して見ることができる。また馬籠宿と妻籠宿の各観光案内所で完歩証明書(300円)が販売されている。
 
■コース概略


 
日本橋から大津宿(現在の滋賀県)まで続く中山道六十九次(なかせんどうろくじゅうきゅうつぎ)の宿場町のうち、馬籠宿(まごめじゅく)と妻籠宿(つまごじゅく)を結ぶ区間は、部分的ながらも石畳の道が続き、史跡等の見どころも多い。しかも江戸情緒あふれる宿場町の佇まいも素晴らしい。そのため街道歩きの定番コースになっている。

 最高地点は標高790m(現地標識では801m)の馬籠峠だが、どちらから歩き始めても緩やかな登りなので、家族連れでも無理なくこなせる。ただ、妻籠よりも標高が高い馬籠からスタートする方が、全体に下りが多くなるので楽。そこで本項では馬籠→妻籠の行程を紹介したい。馬籠宿と妻籠宿を結ぶ路線バスも運行されており、車利用の場合でも歩き終えたらバスで起点に戻れる。

 コースは岐阜県中津川市と長野県南木曽町(なぎそまち)にまたがるが、スタートを岐阜県側の馬籠宿としたので、「東海北陸エリアの道」として扱った。また写真は5月と11月に撮影したものを混ぜて使用している。11月撮影の写真の主なものには、その旨書いておいた。





■コースシミュレーション

 馬籠バス停付近に立つ現代風の道標だが、「江戸へ八十里半」「京へ五十二里半」と書いてあった。この遊び心がいいよね。
2 その向かいが馬籠宿の入口。


3 馬籠宿に入ってすぐ見かけた大きな水車。



4 生け花の飾り方ひとつとっても、センスがある。






5 石畳の坂道が続く馬籠宿。明治28年と大正4年の火災で江戸期の建物は焼失したため、現在の建物は復元されたものだが、雰囲気は十分だ。





6 作家・島崎藤村は馬籠宿の生まれ。その品々を展示する清水屋資料館の入口。

「笑門」と書かれたしめ飾り。笑門来福、つまり「笑う門には福来る」という意味の縁起物かな。



8 サワラを使った桶やまな板、弁当箱などの木工製品を販売するお店。


9 そばや栗おこわなどが名物のお店。大きな杉玉が目印。






10 藤村記念館。島崎藤村を記念する施設で、「木曽路はすべて山の中である」から始まる『夜明け前』の原稿などを展示。



11 馬籠脇本陣史料館。江戸時代にあった木曽路独特の文化や制度を紹介し、復元された脇本陣の上段の間を見学できる。



12 「火乃要鎮」と書かれた消火器が入った樽。上の手桶は、消火用というよりも、やはりきめの細かい演出用かも。

13 ツツジが満開になった5月の馬籠宿。






14 馬籠宿を抜けて県道に出た。陣場バス停があり、妻籠からバスに乗ったら、ここで下車してもう一度、馬籠宿を歩いて入口へ下ってもいい。


15 高札場跡(こうさつばあと)。高札場は、庶民に法令や禁令を周知させるために設置され、木札(高札)に掲示された。現在のものは正徳元年(1711)の記録が忠実に復元されているが、字が小さいので、人によっては高いところの札の内容を読むのに苦労しそう。今なら即、行政に苦情がいきそうだが…(笑)。
16 その高札場跡の向かいには、黄葉したイチョウが…。11月撮影。




17 道標と石標に導かれて、右へ曲がる。そばには道祖神が祀られていた。11月撮影。


18 陣場展望台に出た。あずまやのほか、島崎藤村『夜明け前』の一節を紹介する解説板と藤村の石碑が立っている。





19 陣場展望台から望む恵那山。中津川市街地や馬籠宿からも望めるが、ここからの眺めは素晴らしい。





20 展望台から下ると県道に出た。


21 そこに立つ石標。


22 この先で、また県道を横断する。水車小屋を見て、梨子ノ木坂(なしのきざか)を上がる。

23 登ってきた梨子ノ木坂を振り返る。







24 『東海道膝栗毛』を書いた十返舎一九の狂歌碑。「渋皮のむけし女は見えねども 栗のこはめしここ乃名物」。

25 馬籠峠直下の集落。右側の建物は登録有形文化財に指定された今井家住宅。


26 コース最高地点の馬籠峠。県道も越えている。峠の茶屋や正岡子規の碑などがある。



27 国土地理院地図を見ると峠の水準点標高は790mだが、標識には写真のように801mとある。





28 峠からは林間の緩い下り道となる。ハイカー自らが打ち鳴らす設置型熊除け鐘があった。

29 路傍には苔むした石仏も。


30 立場茶屋。中山道を旅する旅人のために建てられた休憩所で築200年。現在でも無料で休憩ができる。


31 ここ一石栃(いちこくとち)には、かつては木材の出荷を取り締まった白木改番所(しらきあらためばんしょ)があり、解説板によると、ヒノキの小枝まで許可の刻印があるかどうか調べるほど厳しく管理されていたそうだ。









32 子安観音堂と八重枝垂桜の古木。後者は町の天然記念物に指定され、開花時期は例年GW前後。


33 サワラの大木を見て、一石栃口の石標(タイトル写真)を過ぎると橋を渡る。


34 ふたつの滝が並ぶ。こちらは女滝(めだき)。落差8m。

35 男滝(おだき)は落差10m。吉川英治の『宮本武蔵』にも登場する。11月撮影。





36 下り谷の集落を抜け、田んぼのそばを通る。





37 木漏れ日降り注ぐ杉林の中に続く石畳の道。

38 県道に出た。


39 庚申塚。昔は年に6回ある庚申の日の夜に人々が集まり、徹夜で念仏を唱えたりしていたという。この庚申塚は道標も兼ねているようだ。






40 少し寄り道すると県内でも最古級とされる江戸中期の建物、県宝・藤原家住宅がある。11月撮影。





41 民家前には、おいしそうな干し芋が…。11月撮影。
42 大妻籠(おおつまご)の集落。写真は梲(うだつ。卯達とも書く)がある旅籠(はたご)の建物。現在も宿として営業している。11月撮影。

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すぐ先には水車小屋も。






44 神明橋(しんめいばし)を渡った先の竹林にあった石仏。11月撮影。
45 明治14年に立てられた町史跡の石柱道標を見送ると、再び田んぼの道。11月撮影。







46 妻籠宿入口に立つ大きな看板。


47 妻籠発電所を過ぎれば、この先が風情ある妻籠宿の街並み。
48 五平餅と信州そばのお店。



49 どこか懐かしい佇まいの酒屋さん。



50 水場があるけど、飲用はできない。



51 へのへのもへじの案山子。




52 馬籠も妻籠も、街道情緒演出のためにきめ細かい工夫が、あちこちにされている。江戸時代には、こんな花飾りを作る習慣はなかったかもしれないが、観光客に対する、ちょっとした気遣いが好印象である。宿場町の風情にも合っている。




53 妻籠宿本陣。本陣とは、大名などの高貴な人物が宿泊する施設のことで幕府が指定した。妻籠宿の本陣は、島崎藤村の母の生家でもあり、最後の当主は藤村の実兄が務めていた。明治20年代に取り壊されたが、平成7年に江戸後期の間取りで復元された。



54 本陣は南木曽町博物館を構成する3施設のひとつ。内部を見学できる。



55 本陣のわずか先。こちらは脇本陣奥谷(おくや)。脇本陣は本陣に次いで格式が高い宿泊施設。こちらも南木曽町博物館の施設なので併せて立ち寄りたい。11月撮影。


56 室内に立ち込める煙に朝日が差し込み、幻想的な雰囲気を見せる脇本陣奥谷の囲炉裏端。この写真を撮るために時間を調整したわけでもなく、たまたま入館した時がベストタイミングだった。しかも、ほかの入館者がほとんどいなかったのも幸いした。囲炉裏の炎は私が撮影を終えた頃に消えてしまったので、まさに絶好の機会にうまく遭遇できたといえそうだ。11月撮影。




57 妻籠宿の街並み。出梁造(だしばりづくり)や竪繁格子(たてしげこうし)などが特徴の建物が並び、江戸情緒たっぷり。町並み保存運動の嚆矢(こうし)となった地域だけに、味わいのある建物がよく残されている。





58 妻籠宿で見かけた郵便配達人。郵便マークの陣笠に「御用」「郵便」と書かれた箱を持参。街道情緒演出のために郵便局も積極的に協力しているようだ。この徹底ぶり。すごいわ。
59 妻籠のポストもこんな感じ。「書状集箱」とあり、屋根付き。



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 土産物屋さんには、ネコのぬいぐるみのそばに手書きで「なぎそねこ 婦人用3348円、紳士用4212円、幼児用2800円」とあった。ネコに婦人用とか紳士用ってどういうこと??と謎だったのだが、なぎそねこって南木曽町に古くから伝わる防寒着のことらしい。なるへそ、そういうことか。



61 妻籠バスターミナル。馬籠に車を置いた時はバスで戻ろう。南木曽駅行きの便もあるよ。










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