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日記
 2017年8月〜
過去の日記目次
2018年1月1日(月)
あけましておめでとうございます
2017年12月30日(土)
立憲民主党躍進
 それにしても10月の衆議院議員選挙結果は意外な結果だったなぁ。誰しも自民党は惨敗するだろうと思っていたはずだが、蓋を開けてみればまさかまさかの圧勝だった。「モリ・カケ問題」におけるマスコミの印象操作にもあまり影響されず、意外と国民は冷静だったといえるかもね。麻生さんがホンネをついもらしちゃった「北朝鮮」要素も確かに大きいだろうな。

 その一方、最初は枝野議員がたった一人で立ち上げた立憲民主党も予想に反して大躍進。民進党がそのまま希望の党へ合流するかも…という流れの中で、ひとり筋を通したということで、あの石原さんでさえ「枝野は男を上げた」と評していたし、おそらく多くの有権者も、この点を高く評価したのだろう。

 だが、丹念にマスコミ情報に目を通している人は、みんな気づいていると思うが、これは「日本の有権者が、ろくにマスコミ情報に目を通していない」証拠としかいえないと思うね。どういうことかというと、枝野議員に「男を上げた」と評価できる要素は、何もないからである。

 希望の党へ合流することの是非が話し合われた民進党の会合で、枝野議員はそれに賛成しているのである。もし、ここで枝野議員が「政治信条が異なるので、希望の党に合流することはできない」と、ひとり異を唱え、民進党を去って新しい党を立ち上げたのであれば、「枝野議員は筋を通した」といえるし、私もその男気を高く評価したい。しかし、実際はそうではなくて、一度は希望の党への合流に賛成しているのだ。ところが、希望の党の小池東京都知事から「排除」されてしまい、やむを得ず立憲民主党を立ち上げたに過ぎない。このどこが、「筋を通した」ことになるのだろうか。

 立憲民主党支持者が、ろくすっぽマスコミ情報に目を通していないことまでわかる話しであり、彼らは、枝野議員の男気は表向きそう見えるだけということにも当然、今もまだ気づいていないだろう。上記事実は一部マスコミで報道され、それに対する反論が一切聞こえてこない点から考えると、おそらく事実だろう。日本の有権者の、現状を正確に把握する能力が、いかにお寒い状態か、よくわかる話しである。

 こうした事実すらも気づかない政治音痴の有権者によって立憲民主党が支持されるのを見た「風見鶏議員」たちが、あっさり民進党を捨て、立憲民主党へ次々に移って行くのも笑っちゃう話しであり、同時に見苦しい話しでもある。自分の政治信条よりも、選挙に勝つことを優先しているようにしか見えない。結局、いくら見かけだけの支持率が高い政党に移籍しても、議員自身は民進党にいた時と何も変わらないわけで、そういうことに有権者はもっと目を向けるべきだろう。



2017年12月29日(金)
秘書
 今年もいろいろあったげと、ボクちんが一番印象に残ったことといえば…

  これだっ
 ↓

このハゲーッ!!
ちーがーうーだろ!!


 日本中のハゲを敵にまわしてしまった大名言…あ、いや、失敬…大暴言として歴史に残ることは間違いないし、ここはやはり今年の「新語・流行語大賞」に選ぶべきだったと思うな。
 テレビでは、そんなことをいわれた男性秘書を「被害者の方」と呼んでいたけど、言った本人の豊田・元議員もある意味、被害者。五十ン才にもなって、あり得ない「大ポカ」ばかりする秘書に怒り心頭に達するのは、当たり前の話しで、いくばくかの同情も禁じ得ない。しかも、このネタを最初に週刊誌に持ち込んだというのも、この秘書の人間性まで垣間見えてくる。
 もし、この秘書が優秀だったら、怒り狂う必要もなく、豊田・元議員は今も議員を続けられていた可能性が高いともいえ、そういう意味ではちょっとばかり気の毒ともいえる。こういう暴言を吐く人が国会議員というのも、確かにその資質に疑問符が付くのも間違いないけどね。

 ただ、その一方で豊田・元議員は、逆説的ながらも日本中のハゲを救ったともいえると思うね。どういうことかというと、これまではダイレクトに「ハゲ」と呼ぶしかなかったものを、これからは「豊田議員の秘書のような」というオブラートで包んだソフトな表現方法が可能になったのも間違いない(笑)。こういう全国民が知っているタイムリーな話題を元にすれば、そんな遠回しのいい方でも、日本中で「豊田議員の秘書のような=ハゲ」を認識してもらえるようになったともいえ、ハゲの人権にも配慮した、人に暖かい日本社会がついに到来したことになる。なんと素晴らしいことではないか。豊田・元議員最大の功績といっても過言ではない!!

 まあ、大体、髪の毛の状態くらいのことで、バカにしたり(ボクちんは決してハゲをバカにしておりません!!)、ハゲご本人が気にするのも実に下らない話しだ。そんな表向きの状態どうこうよりも中身の方がはるかに重要。
 植物を見よ。茎や葉、花、果実…等々の各部位がツルツルのものもあれば、ボーボーに毛が生えているものなど、多種多様。しかし、彼らはそんな違いをお互いに一切気にしない。多少の例外はあるにせよ、それと同じでいいんじゃないか。


2017年12月28日(木)
青島みかん
 実家には、ユズ、大実ユズ、夏みかん、八朔、レモン、メイヤー、スダチ、キンカン、シークワーサー、青島みかん、石地みかん…計11種類の柑橘類を植えている。このうち石地みかんはまだ植えてから時間が経っていないので未収穫だが、ほかの柑橘は年により波があるとはいえ、全体では毎年、かなりの量の収穫がある。今年は大実ユズ、八朔、夏みかん、キンカンが大豊作だった。もちろん八朔やみかんは生食するし、ユズやレモン、スダチ、シークワーサーは、料理にも使えば、果汁を搾って利用したりもするわけだが、何年か前に植えた青島みかんも今年くらいから結構な量でとれるようになった。

 みかんといえば、冬の定番。炬燵の上に置かれたみかんは、日本の冬らしい風景といえるが、スーパーで売られているみかんは、当たり外れがあって、あまりおいしくないものもある。実は、みかん生産地・広島県内よりも関東圏のスーパーで売られているみかんの方が、同じ広島県産でも味がいいような気がずっとしていた。おそらく上得意先である関東地方や関西地方の卸業者に質のいいものが流れ、県内で流通しているものは二流品の方が多いということも実際あるんじゃないか。

 そんな中、うちの青島みかんは、ホームセンターで苗木を買ってきた普通の品種に過ぎないが、適度な酸味があって味がすごくいい。私の印象では「過去に食べたみかんの中でも、うちの青島みかんが一番おいしい」と思えるほど。
 みかんにありがちな「腐りやすさ」もなく、腐ったことは一度もない。実の大きさにバラつきがあるので、その時の腹具合に合わせて大きさを選べるのも都合がいい。唯一、種があるのは欠点だが(たまに種がない実もある)、その欠点を帳消しにするほどおいしいのだ。

 苗木代金の元を完全にとって、おそらく来年以降、スーパーでみかんを買う必要はあまりないだろう。管理に手間がほとんどかからないのに、おいしいみかんを作ってくれる青島みかんちゃんに感謝である。今年の収穫分はかなりの量だったが、ほぼ完食した。来年もおいしいみかんを期待しております!!


2017年12月8日(金)
シンギュラリティ飴
 常々、感じていることだが、企業の商品開発担当のみなさんは、その科学知識を別の方向にも活かすべきだと思う。今回はその提案をしたい。

 いうまでもなく科学は、現在でも商品開発に大いに利用されている。製薬会社が、薬の効果をより高めようとして、新しい成分を研究して配合したりすることは日常的に行われている。
 例えば、研究の結果、風邪薬にイソプロピルアンチピリンを配合することになり、その略でパッケージに「IPA配合」とか書いて商品の価値をアピールしたりする。もっとも、それを見て「IPA=イソプロピルアンチピリン」とわかる人や、さらにはイソプロピルアンチピリンの薬理作用まで知っていて「そろそろ製薬会社が風邪薬にイソプロピルアンチピリンを配合するんじゃないかと思っていたけど、やはりそうか!!」と理解できる人は、せいぜい薬学部出身者の何割かくらいだろうが、そんな科学の利用方法は当たり前過ぎて話題としてはつまらない。もっとダイレクトな使い方もできるんじゃないか…とボクちんなんかは常日頃から思っているわけよ。

 例えば…そうねぇ。


◆ボクちんが提案する商品企画案その1

「シンギュラリティ飴」

 シンギュラリティとは、技術的特異点のこと。AIの発達で人類の進歩が飛躍的に変わる境界をこう呼ぶ。このタイムリーな要素を製菓業界にも活かさない手はない。そこでだ。ボクちんが考えた企画案。その名も「シンギュラリティ飴」だっ!
 シンギュラリティ飴は、最初は普通のレモン味だが、ある一定時間舐め続けると、ついに味の特異点に達して、まさかまさかの「イカの塩辛味」に変わるという斬新なアメ玉。いいアイデアでしょ。UHA味覚糖さんとかに売り込むかな。



◆ボクちんが提案する商品企画案その2

「エントロピーチョコ」

 エントロピーとは? Wikipediaの該当ページの説明を読んでもわけがわからないので、見ても無駄。次のようなたとえ話をすることで説明としたい。もし理系出身のリケジョママが、息子の子供部屋に入ってみたとしよう。すると部屋中に物が散らかっていた。リケジョママなら、きっとこういう。いや、特に理学部物理学科出身であれば、絶対に次のようにいってほしい!!

「まあ〜なんてことでしょう!! エントロピーの増大だわっ」と(笑)。

 つまり秩序あるものが、無秩序に変化することだが、これをチョコレートにも活かしたい。エントロピーチョコは、一見普通の板チョコが真空パックに入っている。開封して置いておくと1時間くらいのうちに徐々にひと口サイズにバラバラになり、食べやすくなる。しかし、すぐに食べないと、さらに分解が進み、最後にはココアパウダーと化してしまうチョコレートなのだっ。空気中の酸素と結合して酸化分解が進む成分を適度に配合するところが、開発のポイントである。ただし技術的ハードルが極めて高いので、開発担当のみなさんの努力に期待したい。どっちにしても宇宙の法則にもつながるエントロピーの増大を間近に体感できる、いいアイデアでしょ(笑)。明治製菓さんとかに売り込むかな。



◆ボクちんが提案する商品企画案その3

 これは冗談じゃなくて本当にそう思うのだが、商品のデザインにももっと科学要素があってもいい。例えば、化学構造式って見ようによっては視覚的にもおもしろい。いや、数学や物理学の計算式でもいい。

 例えば、必須アミノ酸・トリプトファンの構造式とか、あるいは酵母の電顕写真やT2ファージのイラストを商品デザインに使ったりとかね。科学は、そういう方向にもっと利用すべきだと思うんだよね〜。大学時代に試験対策で暗記したこともあるビタミンB12の構造式を胸の部分にデザインとしてあしらったTシャツがあれば、ボクちんなら買うね(ただし値段は千円程度なのが絶対条件だけどな)。えっ、ほかに買う人、誰もいないって!? いや、意外とおもしろがって買う人いるって。

 企業の商品開発担当のみなさん、どうでしょう?



2017年11月13日(月)
パブロフの犬
 先日、ネット記事を読んでいたら、こんなことを書いている人がいた。

「旧日本軍=悪」という「パブロフの犬」

 …うまいこというなあ。そうそう。こういう単純な人ってよくいるよ。

 「パブロフの犬」とは、ロシアの生理学者イワン・パブロフが行った実験にちなむもの。犬にエサを与えるときに必ずベルを鳴らす実験を何度も繰り返すと、やがてエサがなくてもベルを鳴らしただけで犬がよだれをたらすようになったことから、生物に「条件反射」という学習メカニズムが備わっていることに気づいた。そこから条件反射のたとえとして、「パブロフの犬」はしばしば用いられる。特定の犬を指すものではない。

 でも「パブロフの犬」は、それだけじゃない。ほかにもまだまだあるよ。

・「軍隊=平和を脅かす悪」という「パブロフの犬」
・「自衛隊=平和を脅かす悪」という「パブロフの犬」
・「武器=平和を脅かす悪」という「パブロフの犬」

さらには左派マスコミにおもしろいように共通する点↓
・「権力=悪」という「パブロフの犬」
・「権力者=裏で何か悪いことをしているはず」という「パブロフの犬」
・「政権=裏で何か悪いことをしているはず」という「パブロフの犬」
・「政治家=裏で何か悪いことをしているはず」という「パブロフの犬」
・「自分=正義」という「パブロフの犬」

最近は特に…
・「安倍政権=戦争を企む悪」という「パブロフの犬」

逆に…
・「民主党・民進党=能なし政党」という「パブロフの犬」
・「朝日新聞=読む価値なしの売国新聞」という「パブロフの犬」

一方で…
・「マスコミが騒いでいる=きっと大問題」という「パブロフの犬」

その逆も…
・「マスコミが無反応=きっと大した問題ではない」という「パブロフの犬」


 すべてに共通することだが、本当にすべてがそう断言できることなのか、冷静に詳細に検討しないで、自分にとって「そうであってほしいと望む結論」を安易に選択してしまう人は、まさに「パブロフの犬」で判断していることが極めて多い。

 結局、多くの人は、自分自身が、ずっとそればっかり使い続けているので疑問にすら思わず、もう手垢まみれになっている二分法や定性的な思考方法が、実は重大な欠陥品であることに気づいてもいない。

 二分法や定性的な思考回路の持ち主は、ひとつの言葉でまとめられるものは、その中身も同質であると勝手に見なしやすいのが特徴。それこそ重大な問題といえ、上記の例すべてにおいて共通することだ。

 旧日本軍軍人の中には、確かに倫理的に悪いことをした人もいただろう。でも、旧日本軍のしたこと、すべてが悪かったわけではない。人間として立派な将校や兵士もいっぱいいた。なにより明治以降の国際情勢の中で、強力な軍隊が存在することによって、日本が欧米の植民地になるのを防いだ大きな利点があったことは間違いない。

 当たり前だが、世の中のすべてのものには光と影がある。いい点もあれば、悪い点もある。その両者を対等に比較して、冷静かつフェアな視点から評価しないのは、極めて問題だと思うね。

 「Aは、正義か悪か」…みたいな二分法で物事を判断している人は、意外に多い。そのどちらでもない可能性とか、条件によっては有益だが、別の条件では有害とか…そういう可能性を微塵も顧みず、白か黒かみたいな答えの引き出しをふたつしか用意しないで、どちらか一方の答えしか選べないものと勝手に思い込んでいる。それが、どう考えてもおかしいことはいうまでもない。にも関わらず現実にこうした欠陥品の思考方法しか持ち合わせていない人って多いのだ。
 もっといわせてもらえば多くの文系の人におもしろいように定量的な視点が欠落するのは、紛れもない事実である(理系の私からすれば、天地がひっくり返るほどのものすごい驚き)。

 「旧日本軍=悪」という単純な結論を選択したい人は、旧日本軍とか、政治権力とか、国家とかいうものが単に嫌いなだけ。本当に公平な視点から検証したことすらないはずだ。とにかく理屈抜きで、そういうものが嫌いなのだ。だから、たとえ反証があったとしても、それを絶対に認めたくない。そんなもんでカッコつけて公平面するなといいたいね。

 もっと世界に視野を広げると、往々として紛争当事者が、こうした二分法思考回路しか持ち合わせていないことによる弊害も大きい。実に困ったものだと思う。

 
2017年11月4日(土)
今週の取材
 今週は4日間、主に信州をまわった。台風の影響で紅葉がイマイチかも…と心配したが、思ったほど落葉しておらず、きれいなところも多かった。そのため予定通りの取材ができた。来春刊行予定の本のための取材だったが、これですべて完了。
 昨日は昨日で、その企画の打ち合わせに神田神保町へ行ってきた。神田神保町といえば、いうまでもなく「本の街」。かつて勤務していた出版社が近くにあったし、大学生の頃からよく通っていた街ではあるが、かなりご無沙汰。前回はいつ来たのか覚えていないが、もうかれこれ二十数年ぶりかもしれない。休日ということに加えて、ブックフェスティバル開催期間中ということもあって、人でごったがえしていた。
 それにしても新宿に出るのも久しぶりで、都営新宿線新宿駅に向かおうとして「あれ?どこだっけ」と迷ってしまった(笑)。 



長野県辰野町・横川渓谷支流(上・下とも)。





2017年10月14日(土)
北海道取材日記 7

山頂部にわずかに冠雪し、紅葉しかけた羊蹄山(ようていざん)。最近は「羊蹄山」と呼ばれることが多いが、私としては「後方羊蹄山(しりべしやま)」の方がしっくりくる。



10月2日正午前、函館フェリーターミナルから青函フェリーに乗船。ターミナルの位置は、前回と変わっていた。ところで北海道最後の食事は、今回もラッキーピエロのハンバーガー。テイクアウトで注文したが、結構待たされてフェリーの時間が刻々と迫って少々焦ったぜ。まあ、十分に間に合ったけどな。でもフェリーの乗船手続きをすませてから、列に並んだ車の中でちょっと急ぎ気味に喰うハメに。



さらば北海道の大地よ! ありがとう北海道で出会ったみなさん! 

2017年10月12日(木)
北海道取材日記 6
 9月30日は、野幌森林公園にある北海道博物館を見学。以前は北海道開拓記念館という名称で、2013年に渡道した時も見ているが、その後、展示内容を刷新し、改称して再オープンしたというので、どんなに変わったのか見てみたかったのだ。
 以前の北海道開拓記念館も圧倒的な資料が収集展示されて見応えがあったが、新しい北海道博物館も展示内容がよく練られ、かなりよかった。9時半の開館に合わせて入館し、出たのは12時半。つまり3時間も館内に滞在。結構、展示解説を細かく丁寧に読んでいると、かなり時間を要してしまった。

 やはり私としてはアイヌに関する展示が興味深かった。記念館の時も見ているが、「夷酋列像(いしゅうれつぞう)」は改めて見てもやはり圧巻で、展示品は模写と複製とはいえ目を惹かれた。

 「夷酋列像」とは、江戸時代に松前藩家老で画家としても知られる蠣崎波響(かきざきはきょう)によってクナシリ(国後島)とメナシ(知床半島から根室半島にかけての地域)周辺のアイヌの有力者12名の姿を描いた肖像画。蠣崎は本人を目の前にして描いたわけではなく、想像だけで描いたと思われる有力者もいて、しかもアイヌが履かない靴を履いているなど、誇張や嘘がかなり混じっていることが研究者から指摘されている。しかしそれを差し引いても圧巻といわざるを得ない。

 ネット上でも見れます→こちら
 Wikipedia「夷酋列像」のページ→こちら


 当時の松前藩は、アイヌが和人の横暴に対して蜂起したクナシリ・メナシの戦いなどがあって、幕府から統治能力に疑問を持たれていたという。そんな藩の危機的状況を打破するために藩主が蠣崎に命じて描かせたとされる。つまり豪華な衣装を纏い、いかにも屈強そうなアイヌの有力者たちでさえ松前藩には協力的であり、アイヌともうまくやっている=松前藩には統治能力がある…ということをアピールする狙いがあったわけだ。
 そのため蠣崎はこの絵を持参して上洛し、時の光格天皇をはじめ、諸藩の大名たちにも見せて称賛を受け、模写も多く作られたという。原画は33年前にフランスのブザンソン美術館で発見されているが、北海道博物館にあるのは広島新田藩(現在の広島県安芸高田市にあった広島藩の支藩)の藩士が描いた模写だそうだ。

 アイヌ民族は、江戸時代は松前藩の圧政や商人の横暴に苦しみ(江戸時代初期の頃は、アイヌがロシアに協力するようになると困るので、丁寧に扱えという家康の命もあったらしいが)、明治に入って開拓が進む中でも苦難の歴史をたどって来た人たちである。
 明治政府が制定した北海道旧土人保護法は、表向きは「保護法」と聞こえはいいが、アイヌの財産の搾取と風習の禁止が目的の法律ともいわれ、なにより信じ難いのはそんな前時代的な名称の法律がようやく廃止されたのが、なんと平成9年(1997)ということである。

 現在、アイヌは混血が進み、純粋なアイヌはほとんどいないともいわれる。道内にアイヌだけが暮らす集落が点々とあるわけではなく、アイヌの血を受け継いだ人たちが、日本人としてごく普通の生活を送っている。
 私は北海道をより魅力的にしているのはアイヌの要素も極めて大きいと思っていて、その冴えたるものがアイヌ語地名だと考えている。アイヌ語地名は、その場所の特徴をそのまま地名にしており、由来がわかりやすいこと、そして何よりアイヌ語の響きが美しいことである。もし道内地名のすべてが普通の日本語地名だったら、なんとつまらないことか。

 アイヌは高い倫理性をもつ民族で、自然観も素晴らしい。単なるエキゾチックな興味本位の視点ではなく、その文化には強く惹きつけられる。




30日の朝は札幌市郊外へ、ちょっと足をのばす。そこで見かけた定山渓天狗岳。



野幌森林公園にある北海道博物館。



北海道博物館の展示品のひとつ。函館市で出土した縄文時代後期の土偶(複製)。本州では縄文文化のあとに弥生文化に引き継がれるが、北海道では独自の続縄文文化、オホーツク文化、擦文(さつもん)文化へと移行する。



北海道博物館館内の展示。


2017年10月11日(水)
北海道取材日記 5
 9月27日は、焼尻島(やぎしりとう)に日帰りで渡ってきた。焼尻島というのは、道北の日本海側にある周囲12キロの島。すぐ西隣には天売島(てうりとう)も浮かぶが、同じく道北にある利尻島や礼文島と比べれば、どちらもずっと小さい島である。

 朝からあまりすっきりしない天気。前々日の天気予報では「曇」だったのに、当日朝の予報は「午前中は曇、午後から雨」に変わり、少し迷ったが決行することにして車を駐車場に置いて羽幌フェリーターミナルへ。
 チケットを買おうとする直前、「午後の便は、運休を検討中です」とのアナウンスがあった。午後は海が荒れるという予想なのだろう。今はオフシーズンなので1日2往復のフェリーしかない。そこで朝の便で島に渡り、約1時間半の往復便の合間に取材をさっとすませる効率的なプランを考えた。それなら正午過ぎには羽幌に戻れるので、午後はまた別の取材ができる。
 しかし朝の便が島に行ったきりとなると、そうはいかない。戻ってくる便も「午後の便」に含まれるのか、おそらく含まれないだろうとは思ったものの、ちょっと心配になり、チケットを買うときに確認してみると、戻ってくる便は予定通り運行し、午後に羽幌を出る便が運休する可能性があるとのこと。雨が降り出す前になんとかなるだろうと判断。今日を逃すと、数日後になる可能性もあるので乗船することにした。

 いざ船が出ると、海は荒れ気味で思った以上に揺れる。さらに沖合に出るともっと揺れ始めた。「航走車両は大丈夫なのだろうか」と心配になるほどの揺れ方で、客室の窓から見える水平線は大きく前後に傾き、なおかつ窓全体が海になったり空になったりもした(左右にも揺れるという意味)。さらに客室の高さに達するほどのものすごい波しぶきが何度も上がった。とにかく立っていられないほどの揺れ方で、特に船が大きな波を乗り越えたあとに、ぐーんと一気に下がるときの、まるで重力が半分消失したかのような感覚は最悪だった。

 乗船するまで「船酔い」なんて頭をかすめもしなかったが、さすがに徐々に船酔いしそうになった。ほかの乗客は、こんな時期だから観光客はほとんどおらず、みんな島の関係者ばかりのようで、慣れているようだった。私は、客室で座っていると本当に船酔いしそうだったので、廊下で立ったまま、ひざを曲げたりのばしたり…を繰り返す上下の動きによって、船の揺れを感じにくいようにして、やり過ごすことにした(結構効果があった)。しかしそれでも一度トイレに入ったときに吐きそうになったが、なんとか吐かずに我慢して焼尻に到着。1時間の揺れが終わってホッとしたものの、帰路もまた同じ揺れが待っているかと思うと気が重かった。

 港にレンタサイクル屋があることはネットで調べてあったが、実際に行ってみると、もう今年の観光シーズンは終わったということらしくて閉店していた。仕方なく徒歩で取材対象地へ行き、さっと取材をすませる。本当はもう少し落ち着いて取材したかったが、時間がなく、帰りの便を乗り過ごした上にもし午後の便が運休してしまったら、今日中に帰れなくなってしまうので、余計に急がざるを得なかった。

 予定通り取材を終えて港に戻り、便に間に合った。船が焼尻を出て、いよいよかと…と覚悟。また上下運動でなんとかやり過ごそう、と思っていたのだが…。あれっ! なんか大丈夫っぽい! なぜか朝の便のように揺れない。少し揺れるが、これくらいなら全然OKだ。結局、何事もなく羽幌に戻ってきて、かなり拍子抜けした。この時点で午後の便は運休が決定していたが、一時的に波の状態は朝より安定していたようだ。こんなに短時間の間に変わるとはね。

 羽幌を発ち、午後は雨竜町方面に向かった。





羽幌フェリーターミナル。ここから羽幌〜焼尻〜天売を結ぶ羽幌沿岸フェリーに乗船。



船酔いしそうになりながらも、無事に焼尻島に到着。オフシーズンということもあるだろうが、予想していたよりも閑散として、売店も閉まっていて何もない印象。ただフェリーの乗船客は結構いた。写真は焼尻島フェリーターミナル。



観光案内所の人に教えてもらった最短コースの階段を上がって振り返ると、フェリーはまだ出港していなかった。フェリーは続けて隣の天売島に向かう。



焼尻島の見どころのひとつが、オンコ(イチイ)の原生林だ。原生林内を一巡した。



帰路のフェリーから見た焼尻島。本当に平坦な島だ。左端に少し見えているのは天売島。



羽幌フェリーターミナルに戻ってきた頃は太陽も顔を出した。岸壁にはなぜか救急車が待機。どうも島の救急患者がフェリーに乗船していたようだ。



羽幌沿岸フェリー「おろろん2」。オロロンとは、天売島に生息するウミガラスの方言名で、その鳴き声に由来。オロロン鳥(ちょう)と呼ばれる。


2017年10月10日(火)
北海道取材日記 4

太平洋岸にある湧洞沼付近で見かけた朝霧に煙る原野



9月25日午後、陸別の取材を終え、稚内方面に向けて約200キロもの距離を移動する途中の光景。今回の取材では、次の取材地へ向かうのに100〜200キロもの移動が何度もあった。いくら交通量の少ないガラガラ道路とはいえ、高速道路ではなく一般道である。これほどの長距離の一般道による移動は、さすがに長くてしんどかった。



翌9月26日は快晴。稚内市のメグマ沼湿原の木道で撮影。花は閉じ気味のホロムイリンドウ1株のみ。でも彼方には利尻山がよく見えた。奧に見える白い建物は稚内空港ターミナルビル。



隣接するメグマ沼。駐車場から見下ろす。



メグマ沼湿原を散策中、稚内空港の航空機用特殊消防車が滑走路上を行ったり来たりしているのがよく見えた。何かあったのかと思ってしまったが、1台、また1台と戻っていった。訓練だったのだろうか。



サロベツ湿原センターに屋外展示されている泥炭掘削船。かつてはこの船によって湿原の泥炭が採取され、工場に送られてピートモスの原料として利用されていた。



下サロベツ原野園地の展望台から望む幌延ビジターセンターと広大な下サロベツ原野。奧に見えるのは利尻島。あたりは、すっかり秋の気配。



サロベツ原野にずらりと並ぶ風力発電所群。かつて本項日記で掲載した写真と同じ風力発電所。


2017年10月9日(月)
北海道取材日記 3
 当たり前だが、取材旅行は、どこの地方であっても常に自然との出会い、植物との出会い、動物との出会い、そして人との出会いである。まあ、ボクちんは日頃の行いが大変よいので(笑)、毎度毎度いい出会いに恵まれているのだが、今回も、いろいろといい出会いがあった。

 あるビジターセンターに立ち寄った。オフシーズンのお昼時ということもあって、ちょうど入館者は誰もおらず、女性スタッフの人と何気ない会話をしているうちに話しがはずみ、いろいろ貴重な情報をたくさん聞くことができた。以前にも立ち寄ったことがあったので、ざっと館内の展示を見るだけで短時間で出ようと思っていたのだが、結局2時間も滞在。私のためだけに2時間も対応して下さったスタッフの方に感謝である。その山の現状、環境保全の難しさ、固有種の危機的状況、地域の課題、さらにはアイヌ民族や地域の子供たちに対する環境教育のことまで話しが及び、知らない情報も多々あって、「えーっ!!そうなんですか」と驚くこともしばしば。また機会があれば、お伺いして、まだまだお話をお聞きしたいと思うほど。

 また別の某公共施設を訪れた時も幸運だった。その日は土砂降り。駐車場でしばらく待って、小降りになってから施設に向かう。こんな日なので来館者は誰もいない。事務所には初老の男性がひとり。実は以前、ある企画で写真をお借りした方だった。そのことも覚えておられ、いろいろ話しを聞くことができた。その方は、近年、周辺エリアで新種の植物を見つけておられる植物の専門家で、以前から一度お会いしてお話をお聞きしたいと思っていたので、いい機会になった。
 ある山に自生する町名を冠したキンポウゲ科の植物(品種)について、春の開花時に行けば、割と容易に見つけられると想像していたのだが、そうではないことがわかった。一般登山者もその登山道沿いで見られるものをそれだと勘違いしているが、実は登山道から外れたわかりにくい場所に生えている一群を指し、登山道沿いにあるものは母種の小型種に過ぎないとか。まだ結論は出ていないが、某山に生えるサクラソウ科の植物は新種の可能性がある…というような専門家ならではの情報をいくつか教えてもらう。さらに植物の関する貴重な資料を3冊も頂戴し、恐縮しながら施設をあとにした。来館者が多い時であれば、なかなか話しはできなかったと思うが、偶然の悪天候がプラスに作用。本当にラッキーだった。

 釧路湿原でもいい出会いがあり、それによって初めてタンチョウを見ることができた(そのうち動物記でアップします)。北海道に限らず、日本中、どこでも親切な人がたくさんいて、私の取材なんか特にそうだが、偶然のいい出会いに助けられることが本当に多い。お会いできたみなさんに感謝!



2017年10月6日(金)
北海道取材日記 2
 時系列が前後するが、9月15日早朝に乗船した青函フェリーでは、意外なことがあった。午前7時頃、けたたましい音が船内に響きわたった。函館到着を知らせるには早過ぎるし、何かの案内放送なのだろうか。客室にはまだ寝ている人もいるのに何もこんな大きな音をさせなくても…とちょっと思った。だが、それはJアラートだった。北朝鮮がミサイルを発射したことを知らせる警報音だったのだ。
 船内のテレビでは、「北海道方面に向けて発射された」と繰り返しいっている。ミサイルが途中で故障して、私が乗っている青函フェリーに運悪く落下命中する確率なんてほぼゼロに等しいことはわかっていても、さすがにいい気分はしない。報道を受けて客室から出て、外を見上げる人もいた。

 フェリー船内でもJアラートがちゃんと機能することはわかったが、せっかくの北海道取材旅行の記念すべき初日に北朝鮮はまったくもって余計なことをしてくれるぜ!


2017年10月4日(水)
北海道取材日記 1
 先月中旬から18日間、北海道へ行っていた。北海道に長期滞在するのはフリーになる前の旅行も合わせれば4回目。ある程度、慣れているとはいえ、今回もなかなかハードな日々だった。渡道した直後に襲来した台風18号は、道内でもさまざまな被害をもたらしたが、私自身はなんてこともなく無事にかわした。雨で丸一日停滞した時は、富良野市郊外の駐車場で過ごしたが、何度か一時的に土砂降りになり、周辺の木がザワザワしたくらいで、あっけないくらいだった。

 しかし、台風一過の翌日にその駐車場からさほど離れていない取材対象地に向かうと、早速、台風の被害に直面。入林申請して進入した林道で、倒木に遭遇したのだ。それほど太いものではなかったので、こういう時のために車にいつも積んであるノコギリで難なく排除に成功。あーよかった…と思う間もなく、2本目の倒木が…。この木も太くなかったので、ノコギリでギコギコ。わずか数分で排除。
 ところが、続いて3本目が見えてきて唖然。車を降りて近づくと、直径30センチはある大木。完全に林道を塞ぐように倒れていて、よく切れるとはいえ、私の折りたたみ式ノコギリで切断するのはとても無理そうだ。やむなく車を置いて徒歩で奧に入ることにした。

 入林申請した森林管理署にスマホで電話すると、これから管内の台風被害確認と修復に向かう予定だが、私がいる林道は午後になりそうだとのこと。まあ、そうだろうな。車の距離計で入口のゲートから1.1キロ地点というのは把握していたので、それを伝えると、登山道入口までは、あと1〜2キロだろうと教えてもらう。それくらいなら徒歩で余裕で行ける距離だ。
 取材目的は申請時に伝えてあったので、林道途中の駐車スペースに車を置いて徒歩で入りたいことを話して了承を得る。ちょうどすぐ手前にスペースがあったので、車を置き、カメラとスマホ、取材ノート類など、最低限の必要品だけザックに入れて歩き始める。倒木の反対側に出るのでさえ難儀したが、なんとかクリア。しかし、しばらく歩いてから、クマ対策グッズを何も持ってこなかったことに気づく。早朝なので、あまり気分はよくなかったが、時々手を叩きながら林道を奧へ。
 懸念した通り、倒木はこの先にもまだまだあった。その度に倒木をくぐったり、脇を抜けたりの繰り返し。林道終点までなんとか往復して車に戻った。あーやれやれ。

 それにしても昨日、丸一日滞在した駐車場ではそれほど台風のすごさを感じなかったのだが、わずか20キロしか離れていない、この林道周辺では大木が倒れるほどの暴風雨が吹き荒れていたことになる。地形や標高によっても、風の強さは変わるのだろうが、そのあまりの違いに驚いた。




台風が北海道に上陸した9月18日の夕方には、雨も上がり、虹が出た。



取材対象地近くの道道では、倒木が電線の上に。切断はしていなかったが、本文で書いた取材のあとに再び通ると、もう早速、北海道電力の作業車が到着して復旧作業が開始されていた。



件の林道に進入すると、1本目の倒木に遭遇。これくらいの細い木なら、切断も容易。



2本目の倒木。これも短時間で排除できた。



3本目の倒木。これはさすがに無理。チェーンソーならともかく、手作業のノコギリなら、かなりの労力を要する。ひと目見て排除を諦めて、徒歩で入ることに。



徒歩で林道を歩き始めると、またまた倒木…。この先にも数本あった。



2017年9月9日(土)
今日の一枚(14)

 薄くガスが立ちこめた森に朝日が差し込み、ありきたりの舗装林道が幻想的な雰囲気に包まれていた。昨日、広島県北部の某山で撮影。

2017年8月20日(日)
対馬にニホンカワウソが生息か!
 対馬で野生のカワウソが撮影されたという報道には、ものすごく驚いた。朝鮮半島のユーラシアカワウソが渡ってきた可能性と、もともと生息していたニホンカワウソの可能性があるそうだが、ボクちんとしては期待も込めてニホンカワウソの方に一票を入れたい。

 というも韓国からユーラシアカワウソが渡ってきたとは、ちょっと思えないからである。対馬〜韓国は、直線距離で約50キロも離れている。いくら泳ぎが得意のカワウソでも、さすがにこの距離は無理じゃないか。そもそも普段の行動範囲の陸地から離れて、長時間、海を泳いでくるなんて、カワウソの生態や能力としてあり得るのだろうか。

 泳ぎがあまり得意ではない動物が、運悪く沖合に流され、流木などに捕まって、50キロもの遠方に生きたまま流れ着いた…なんて話でさえ過去に聞いたことはないが、カワウソはなんといっても泳ぎが得意だ。普段の行動範囲から一時的に沖合に流されても、通常であれば自分のテリトリーの陸地に戻ろうとするだろう。暴風雨などの不可抗力で、それができなかった可能性もあるが、見つかったカワウソの糞はオスとメスのものだったとされる。つまり、そんな非常に稀な事例が、ほぼ同時に複数頭に起こっていた確率なんて相当に低いと考えざるを得ない。
 となると韓国からユーラシアカワウソが偶然に流れ着いたのではなく、ニホンカワウソがもとも生息していた可能性の方が、高いように思える。

 環境省の調査で、見つかったカワウソの糞を分析したところ、ユーラシアカワウソの結果が出たというが、四国などでニホンカワウソがまだ目撃されていた頃は、現在のようなDNA解析技術が発達する前のことであるから、比較対照に使える試料もデータもほとんどないのではないか。つまり、「これが正真正銘のニホンカワウソの遺伝情報」と呼べるものさえ、今のところ国内に存在しないということだ。だから、たとえ現段階で糞からユーラシアカワウソという結果が出たとしても、これだけではまだ朝鮮半島由来のユーラシアカワウソと断言はできないと思う。

 それにしても、もしニホンカワウソだったら、動物学上の歴史的な大発見といえる。数年前にも愛媛県でニホンカワウソが生き残っている可能性について話題になったが、対馬というのは意外だった。しかし、対馬ならあり得そうだ。対馬は市街地から一歩離れれば、未開発の山林が続き、海岸線も急峻で人間の目に触れにくいエリアも広い。そんなところで、密かにニホンカワウソが種をつないでいたとしても、まったく不思議ではない。もし、ニホンカワウソだとすると、数頭しかいない可能性は低く、100頭以上の、ある程度まとまった数で生息しているだろう(数頭では、数十年もの長期に渡る種の継続は困難)。


2017年8月18日(金)
科学の再現性とメディアのバイアス
 一昨日の朝日新聞に掲載されていた記事「科学とは 揺らぐ見極め」は、ようやく、こんなまともな指摘がメディアから出てくるようになったか、という思いで読んだ。記事にはこうある。

   英科学誌ネイチャーで2014年に発表されたSTAP細胞。多くの研究者が追試に挑んだが再現できず、同誌は「真実ではないことを立証した」と結論づけたことは記憶に新しい。
 その科学の再現性を巡って、昨年同誌はあるアンケート結果を掲載した。研究者1576人の回答を分析すると、70%以上が他の科学者の実験結果を再現しようとして失敗した経験を持ち、自身の実験結果の再現に失敗したことがある人も半数以上に上った−−。 実際、生命科学の研究では、追試ですぐに再現できないことも多いという。
 京都大・IPS細胞研究所の八代欺寿・特定准教授(幹細胞生物学)は「研究室が引っ越して実験を再開すると、従前のデータが出なくなることがあると言われる。また対象が微細になるほど、培養皿の揺すり方や培養液の注ぎ方など、操作の細かい違いに影響を受けやすい」と指摘する。
 
 
   

 そもそも科学の大前提は、「再現性」である。再現性とは、この記事トップでも触れている通り、「第三者が再現でき、事象をすべて説明できること」だ。STAP細胞の件では、当時、報道も世論もSTAP細胞を誰も再現できなかったということは、やっぱり小保方さんの捏造だった」みたいな結論になっていた感があるが、私は「そう結論づけるのはあまりに早計」と感じていた。その証拠に2014年12月22日付けの本欄で…
 生物の現象というのは、世間一般の人が想像するよりもはるかに複雑で、ひとすじ縄ではいかないものである。一度は提唱された仮説が、再現できなかった前例なんていくらでもあるし、当の研究者すらも気づいていない未知の因子によって結果が変わる可能性は十分にある。それだけ生物の世界は奥が深いということだ。

…と書いたが、まさに今回の朝日新聞が指摘する内容と合致していることをご理解頂けるかと思う。

 STAP細胞が話題になっていた時期に今回の朝日新聞記事のような極めて鋭い指摘を複数のメディアが出してくるようであれば、「さすがに日本のメディアは、レベルが高い」と大絶賛して差し上げるのだが、当時、こうした指摘はほぼゼロだったといってよく(というか、専門家からさえも聞かれなかった)、それどころか、あまりに的外れな文系コメンテーターの発言とかもあって、呆れたことの方が多かった。
 先日、「最近思うこと」で書いた内容にもつながる話だが、私がメディア情報を鵜呑みにしないのは、実際にメディア情報の中にこうしたバイアスが割とよく存在するからだ(特に科学関連の情報で目に付く)。


 文系メティアはもちろんながら、世間一般の人々は、世の中の現実とは自分が持っている過去の知識や経験で想像できる範囲をはるかに超えていることにいい加減、お気づきになったらどうだろうか。

 正直な話、STAP細胞のような高度な内容については、すべてのメディアを含めて、みなさん自身には結論を出す能力さえもないし(もちろん私にもない)、それどころか自分がよく知らないことに関しては、空気しか読めないし、実際、空気しか読まないまま勝手に結論を出していることも多いはず。これこそ多くの人に共通する紛れもない実態であり、何もSTAP細胞に限らず、理系・文系のあらゆる専門分野においてもいえることである。

 しかも「空気を読む対象」が、メディアを含めて自分以外の大多数の人になっている点が最大の問題であって、ある程度、情報の取捨選択をするだけで、もう少し真実に近づけるのだが、ほとんどの人はそれさえもあまり気づいていない。





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